あ、やっと起きた/これ、どういう状況ですか?
ヤナギとオハナの人生は、決して恵まれたものではありませんでした。
物心がついて少し経った頃に両親を亡くし、それからはぼろ布とお互いの体温で寒さをしのぎ、残飯を漁って食い繋いでいました。
そんな、いつ死ぬかもわからい生活をしていた二人にとって、髪と瞳の色に目をつけた女衒に拾われて遊郭に売り飛ばされたのは、もう少し先まで命が保証されるという意味では幸運でした。
もっとも、売られた先が悪かったせいでヤナギは命を落とし、オハナはそこからさらに売られて、転生者に改造されてしまいましたが。
「よし、じゃあそういうことで、この糸をほどいて」
「何が「そういうこと」なんだい? あたいはまだ……」
「まだ、何? これ以上グダグダ言うようなら、あなたも洗脳されていると判断して、ぶん殴って正気に戻すけど?」
「わかった。わかりました。糸をほどくよ」
クラリスの満面の笑みを浮かべた脅しに従って、オハナは糸をほどきました。
その行為にナリヒラは「おまっ……! 何してんだよ! 拾ってやった恩を忘れたのか!」と、言って憤慨しています。
「拾われたのは確かだけど、アンタは約束を果たさなかったじゃないか」
「約束? 約束も何も、そこの青髪がお前の妹なんだろ?」
「ええ、認めるつもりはなかったけど、その子はあたいの妹だ。だけど元々、アンタが探してくれる約束だっただろう? その約束があったから、あたいはアンタの趣味も手伝ったんだが?」
「う、うるせぇ! どうしてこのナリヒラ様が、お前みたいな人食いの化け物との約束を守らねぇといけねぇんだよ! っつうか、妹の方から来たんだからもう良いじゃねぇか! だから助けろ! 今すぐ、このド貧乳のなんちゃってチャイナ娘をぶっ殺せよ!」
ナリヒラの開き直りっぷりに、オハナが現れたことで少しだけ鳴りを潜めていたクラリスの怒りが、再燃しましました。
ド貧乳と言われたのも理由の一つですが、クラリスの逆鱗に触れたのは……。
「良くないね。それは非常に良くない。労働には、それに応じた対価があって然るべき。なのにアンタは、それを払わなかったわけだ」
「だ、だから何だよ。だいたい、ソイツはキョウトでさんさん人を殺して食った化け物だぞ? ギルドにも討伐依頼が出されているほどの賞金首なんだ。それなのに、オレは匿ってやったんだ。対価としちゃあ十分過ぎるだろ!」
「いいえ、不十分よ。なぜなら、本来支払われる対価である約束が、果たされなかったんだから」
クラリスは対価と契約に対してシビアです。
女将さんの教育の弊害ではあるのですが、それが果たされなかったと聞けば、赤の他人の事情にも土足で踏み込むほどです。
それが理解できないナリヒラは……。
「だから何だってんだよ! オレは転生するまでイジメられてたんだ! 力がある奴らに踏みつけられる方だったんだ!」
「だから何よ」
「わっかんねっぇのか猿! そんなオレが力を手に入れたんだから、弱者を踏みつけるのは当然だろ! 強者が弱者を虐げるのは権利だ!」
あろうことか、クラリスの怒りに燃料を投下しました。
「あっそう。じゃあ、アンタは弱肉強食を肯定するのね。だったら、アンタよりも強いあたしには、アンタを殺す権利がある。アンタに虐げられた女の子たちに変わって、アンタに復讐するわ」
「何でそうなんだよ! いいか? オレはいじめられてたんだ! 被害者なんだぞ!?」
「被害者? 笑わせるな。アンタ、さっき自分で「強者が弱者を虐げるのは権利だ」って、言ったじゃない。だったら、弱かったアンタがイジメられてたのも当然じゃない」
「そんな訳あるか! お前はあれか? イジメを受けるのはイジメられる方にも悪いところがあるからとか言う似非偽善者かよ!」
「あら、原因はあるんじゃない? だってアンタ、中身は転生前と変わっていないでしょ。なら、原因はアンタのその腐った性根。アンタをイジメてた奴は、性根が腐りきってて集団にとっては害悪でしかないアンタを、排斥しようとしてたのよ」
「違う! オレは何もしてないのに、アイツらがオレを一方的にイジメたんだ! だから、オレは悪くない! やられたことをやり返して、何が悪いんだよ!」
ダメだこりゃ。救いようがないクズだ。
と、情けなく涙と鼻水を垂れ流し、失禁までしたナリヒラを見ながらクラリスは内心、嘆息しました。
なので、これ以上の問答は無意味だから、さっさとウジがわいてそうなこの頭を潰してトンズラしようと考えたのですが……。
「動くな! そのお方を解放して投降しろ!」
「誰よ、アンタら」
灰色の迷彩服を来た集団が、フロアに突入してきました。ハチロウが「し、下にもいっぱい……」と、言っていますので、ビル自体が彼ら、オオヤシマ自衛軍に包囲されているようです。
「ハッッハッハッハ! 形勢逆転だなクソアマ! 死にたくなけりゃあ、さっさとこの手を離せ!」
「形勢逆転? おかしなことを言うのね」
クラリスにとって、オオヤシマ自衛軍の装備は初めて見る物ばかりなので性能などは検討もつきませんでしたが、動きを見る限り、よく訓練されていて連携も取れていることだけはわかりました。
それでも、オオヤシマ自衛軍の装備は確かに優秀ですが、あくまでも対人を想定していますので魔王並の魔力持つクラリスには到底太刀打ちできないでしょう。
ですが、クラリスにはそれがわかりません。
なので……。
「アンタらこそ動くな。少しでも動けば、コイツの頭をザクロにする」
ナリヒラを人質にしました。
もしクラーラが起きていたら、一目でオオヤシマ自衛軍の装備が自分たちの驚異ではないと判断して、ゴリ押ししていたでしょう……って、あら?
ハチロウの木偶人形に抱えられたクラーラが……。
「ふぁ~……ぁ。ああ、良く寝ました」
「あ、やっと起きた」
噂をすれば影。
タイミングを見計らっていたように、クラーラが目を覚ましました。
ですがクラーラは状況が理解できずに、今も半開きの瞳を頭ごとキョロキョロさせて……。
「これ、どういう状況ですか?」
と、クラリスに問いました。
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