あたし、もう働かなくていいな
クラーラが眠って早五日。
クラリスと、相変わらず子猫姿でクラリスの髪の毛に隠れ続けるマタタビと、魔術で作った木偶人形にクラーラを運ばせたハチロウ、ヤナギは、アイチ地方のナゴヤにある娼館に身を寄せていました。
その目的はもちろん、宿と路銀の確保。
道中はマタタビとハチロウのおかげで飢えずに済みましたが、クラリスたちの財布は危機的状況だったのです。
「クラリスお姉さま、大丈夫ニャ?お腹、空いてないかニャ?」
「だいじょばない……。お腹空いたよぉ……」
基本的に、娼館では食事が出ません。
お金を払えば用意してくれるでしょうが、高いだけで不味く、オマケに量も少ないので、クラリスたちは娼館で寝泊まりしても食事は外でします。
ですが、今のクラリスたちにはお金がない。
ハチロウが娼婦を相手に稼いで戻るまで、クラリスは食事ができないのでございます。
「こ、こうなったら、うちも体を売って……。ああでも、やっぱり人間は怖いニャ……」
「あたしが我慢すれば良いだけなんだから、マタタビちゃんはそんなこと考えなくていいの。って言うか、簡単に体を売ろうなんて考えちゃダメ」
偉そうなことを言っていますが、だったらあなたが働きなさい。と、言ったら駄目でしょうか。
と、言うのも、クラリスは基本的に働きません。
ナゴヤはオオヤシマでも五本の指に数えられる大都市だけあって、規模の大きいギルドがあります。
なのに、腹が減ったと言ってハチロウを働かせ、マタタビに心配させるだけで、ギルドの依頼を受けて金を稼ごうとは全く考えないのでございます。
「気分転換に、クラーラでも犯そうかな……。でもなぁ、反応がないから面白くないしなぁ」
言いながら、クラリスはスヤスヤと眠り続けるクラーラに視線を移しましたが……犯すな。
食欲を性欲で誤魔化そうとしないで、少しは働け大飯食らい! と、クラーラが起きていたらツッコむのでしょうが、生憎と寝ているため、私がツッコんでしまいました。
おっと、そうこうしていたら……。
「た、ただいま……」
右手に数十枚の千円札を握りしめたハチロウが、戻ってきました。
半ベソをかいて顔中キスマークだらけで服もほぼ脱がされていますが、ハチロウは穀潰しのクラリスとは違ってしっかりとお金を稼いできたようですね。
そんな半死半生のハチロウを見るなり、クラリスは瞳をキュピーン! と、言わさんばかりに怪しく光らせて、労いの言葉もかけずにお金をひったくってしまいました。
「ひぃ~ふぅ~みぃ~……。ちょっとハチロウちゃん。五万円くらいしかないんだけど?」
「だ、だって、この娼館はお姉さんが20人もいないし……」
「値段設定が低すぎるんだよ。全身を三千円でツルッツルにするのはリーズナブルで良いと思うけど、同業者がいないから料金を上げても問題ないんだよ? いや、むしろ上げろ。ここの店主に他の店を紹介してもらうから、午後からは一回一万円くらいでやってきて」
「今の三倍以上の値段で!?」
「何? 文句でもあるの?」
「そ、そういうわけじゃ……」
ひったくったお金を数えつつ、目を細めて無茶ぶりするクラリスは女に寄生するヒモ男そのもの。
自分は畳の上で「腹が減った」と言いながらゴロゴロしていただけなのに、たった半日で五万円も稼いで来たハチロウに文句を言うとは言語道断。
完全にダメ女です。
もし、私に天罰の一つも落とせる力と権限があったのなら、10回は落とすレベルで駄目です。
「そ、それよりさ。お姉さんたちから、お姉ちゃんたちの役に立ちそうな話が聞けたんだけど……」
「お腹が空いてるから、あとで良い」
「いや、でも、神様が人間に転生したお話だよ?」
ハチロウが聞いたのは、ナゴヤにあるアツタ神宮に祀られている神様が、絶世の美女に転生してチュウカの皇帝をたぶらかしてオオヤシマへの侵攻をやめさせた。という、お話です。
もっとも、実際にチュウカの皇帝を色気で誑かしたのは神様ではなく、八大龍王の一角であるヤマトタケル。ちなみに、オス。
この世界での出来事が、旧世界の伝説と混同されただけでございます。
「そんなことよりも、あたしにとっては腹ごしらえが先なの」
「でも、クラーラお姉ちゃんだったら……」
「クラーラは爆睡中。だから、この話はこれで終わり」
普段から、得た情報をどう扱うかはクラーラ任せ。
ですが今はクラーラが寝ているため、クラリスではハチロウが得て来た情報が有用なのか判断できません。
「ハチロウ君だって、お腹が空いてるでしょ?」
「空いてるけど、クラーラお姉ちゃんのそばから離れたくない」
「じゃあ、ハチロウ君とマタタビちゃんはお弁当にする? あたしはヤナギちゃんのところで食べて来るから、一緒に待っててよ」
「僕はそれでいいけど、マタタビちゃんは大丈夫なの?」
「少しの間なら平気ニャ。だからお姉さまは安心して、お腹いっぱい食べて来てニャ」
「いや、クラリスお姉ちゃんにお腹いっぱいになるまで食べられたら、五万円なんてすぐなくなっちゃうから腹八分目……六分目で抑えて。お願いします」
ちなみにヤナギは、クラリスたちが寝泊まりする娼館の対面で営まれている酒場で働いています。
なのでクラリスは、魔力さえあれば食事を必要としないヤナギのまかないまで食べるつもりで重い腰を上げたのですが……。
「たっだいま~♪ て、ちょうど良いタイミングだったみたいね」
両手で大きな風呂敷包みを抱えたヤナギが戻ってきました。
その風呂敷包みから漂ってくる匂いから、中身が食べ物だと察したクラリスの胃袋がグーグーどころかゴロゴロと、雷のような音を鳴らしていますが、ヤナギはそんなクラリスから食べ物を隠すように背中を向けました。
「クラリスちゃん、ステイ! これをあげる前に、少しお話があるの」
「聞く! 聞くから、早く食べさせて!」
「ダ~メ。だってクラリスちゃん、食べ始めたら食事に集中しすぎて話を聞いてくれないじゃない」
「う~……わかった。わかったから、早く話して」
クラリスとヤナギが出会ってからまだ三週間ほどですが、ヤナギはクラリスの扱い方がクラーラよりも上手くなっています。
クラリスは一見、食欲と性欲に関しては本能のままに動いているように見えますが、女将さんの教育の賜物で、対価だと認識させれば先に相手の要求を叶えます。
今回も直接的な言い方はしていませんが、自分の話を聞けば食べ物を与えると、暗に言ったのでございます。
「酒場で聞いたんだけど、どうもクラリスちゃんとクラーラちゃんって、お尋ね者になってるみたいなの」
「それ、どういうこと? あたしらは別に、賞金首になるようなことなんて……あ、してるわ」
クラリスの頭に浮かんだのはヨナゴとゴジョウラクエンでの件だけでしたが、クラリスとクラーラがお尋ね者になった本当の原因は、シマネでの件。
対神用決戦大魔術の強大すぎる力を警戒し、危機感を抱いたオオヤシマ政府の転生者たちが、二人に賞金を懸けたのでございます。
「だから、ここも早く発った方が良いと思う」
「わかった。わかったから、早くそれをちょうだい」
「いや、話聞いてた?」
「うん、聞いた。ちゃんと聞いたから、早く食べさせて。本当に限界なの。クラーラが大嘘ついてくれちゃったから、本当に余裕がないのよ」
クラーラの話では、自分が眠っている間は普段よりも魔力消費が少ないということでした。
ですが蓋を開けてみれば、普段の二倍近く。
ヤナギがガワだけ実体化しただけならば、クラーラが言う通りいつもより少なく済んだのですが、クラーラが眠る前に自身に施した|対物理、対魔力防御魔術、新陳代謝抑制魔術、時限式覚醒魔術等、各種魔術のせいで、普段よりも吸われる魔力の量が多くなっているのでございます。
「はいはい。じゃあ、食べて良いよ。マタタビちゃんとハチロウ君も、ちゃんと食べるんだよ」
「わかったニャ」
「ありがとう、ヤナギお姉ちゃん。でも、お代は?」
「わっちの給料から差っ引いてもらうから大丈夫。だから、ハチロウ君が稼いだお金は路銀に充ててね」
「うん、わかった」
三人のやりとりを、食べ物を頬張りながら見ていたクラリスは、心の底からこの三人がいて良かったと思いました。
マタタビがいれば、食材さえあれば美味しい料理を用意してくれる。
ハチロウがいれば食材に困らないし、路銀も稼いでくれる。
ヤナギは年長者として二人のメンタルケアもしてくれるし、ハチロウほどじゃないけど路銀も稼いでくれる。
それを再確認したクラリスは……。
「あたし、もう働かなくていいな」
と、思わず「いや、お前も働け」と言いたくなるような独り言を、三人に聴こえないようにこぼしていました。
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