何か、言い残すことはありますか?
「フローリストのこと?」
「ええ。クォン様から、何か聞かされていませんか?」
「う~ん……。何か聞いたような、聞いてないような」
「大切なことです。だから、意地でも思い出してください」
「そ、そんなこと言われても……」
数日かけて到着したアマノイワトでは何の収穫もなく、それ故にタムマロの目的が、自分たちに魔物退治をさせる方だったのだと確信したクラーラは焦りました。
焦るあまり、クラリスを質問攻めにしています。
「何も聞いていないわけがないのです! 何故ならフローリストを倒したのは、他ならぬクォン様なのですから!」
「ちょ、近い! それとも何? あたしとキスでもした……」
「ふざけている場合ではありません! このままでは、わたくしたちはあのスケコマシの思う壺なのですよ!?」
「それ、どういう事?」
「説明している暇はありません! もし、わたくしの予想通りなら……!」
厄介なことになる。
と、クラーラは続けようとして、異変に気付きました。
ですが、クラーラが気づいた異変の前に、彼女の趣味について少しだけお話しておきましょう。
クラーラは学生時代、魔道以外の学問も熱心に学んでいました。
その中でも特に好きだったのが、歴史と考古学。
この二つは、どちらも過去の出来事を解明すると言う意味では同じですが、前提が異なります。
具体的に言うなら考古学は探求であり、歴史は過去の人々が書いた物語に基づいた過去の記憶。
どちらも過去を解明しようとしていますが、後者が掘り下げた遺物に基づいて結論を出すのと違い、前者は口伝、書物等で伝えられるため、為政者が用意に改竄できてしまいます。
だから、クラーラはこの二つが好きなのです。
歴史を学び、その矛盾点を考古学で暴き出すのが、クラーラの趣味の一つなのでございます。
「間に合い……ませんでしたか」
そんなクラーラが今、最も興味があるのは、魔王とその四天王の物語。
魔王はともかく、四天王が残した逸話には事欠かないので、下手な学者よりも詳しいクラーラですが、直接戦った者にしかわからない情報は本人から聞くしかありません。
なので、こうなる前に、クォンからフローリストのことを聞いているかもしれないクラリスに、彼女のことを聞きたかったのですが……。
「出て来なさい。いるのは、わかっています」
「あらあら、勘の良いお嬢ちゃんだね」
クラーラの視界には、風に揺らめく山の木々と|眠らされてしまったクラリス、マタタビ、ハチロウの三人しか映っていません。
なのに声だけが、すぐ近くから聞こえてきます。
「そちらこそ、随分と隠れるのがお上手ですね。どうやってわたくしの監視網を抜けて、クラリスたちを眠らせたのですか?」
「簡単さ。あたいはあなたの監視網を抜けてなんかいない。あなたたちの方が、あたいの罠に飛び込んで来たのさ」
声の主の答えを聞いて、クラーラは話に聞いていた通りだと納得すると同時に、驚愕しました。
クラーラは片翼の腕輪を手に入れから、各種探知系魔術を半径500mの範囲に張り巡らせています。
なのに、自ら罠に飛び込んでしまうほど、クラーラは何も探知できませんでした。
その理由は……。
「究極の孤独。でしたか」
「へぇ、それを知っているってことは、あたいの事も?」
「当然、知っています。かつての四天王の一人にして、唯一の生き残り。紅い瞳のフローリストでしょう?」
「大正解! ご褒美に花丸をあげよう♪」
「結構です」
悪い予想が当たってしまったことに、クラーラは歯噛みしました。
この予想が外れていることを願って、クラーラはクラリスに、クォンがフローリストを殺したのかどうかを確認したかったのですが、それが叶う前に本人が現れてしまったのです。
「クォン様は、あなたを仕留め損ねていたのですね」
「ええ、あたいの役目はあの爺さんをリタイヤさせ、生き残ることだったからね」
「それは、魔王があなたに与えた、秘密の任務ですか? そうだったのでしょうね。ウィロウは、知らなかったようですから」
「いや? これは魔王様と、あたいたち四人で決めたことだ。当然、ウィロウも知っていた」
それはおかしい。
以前見た記憶で、魔王はウィロウに、「仇を討たせてあげられなくてごめん」と言い、ウィロウも「今は亡き姉」と言っていました。
なのにこれでは、魔王の記憶に反している。
と、クラーラは考えつつ索敵範囲を狭め、代わりに精度を上げました。
「これはこれは……。まさか、すぐ後ろにいたとは思いませんでした」
「あたいは魔蟲軍の軍団長だよ? あなたの警戒網を意に介さず潜むなど、朝飯前さ」
「ギフトの恩恵の、間違いでしょう。あなたの常時発動型ギフト、究極の孤独は、人間の知覚から姿を隠すことができます。ですが、その代わり……」
「あなたのように、魔術なりで知覚を数十倍に拡張できる者にしか姿を認識されない。と、言いたかったのかな?」
「ええ、そうです」
答えながら、クラーラは振り向きました。
そこに立っていたのは、魔王の記憶で見たウィロウと顔立ちは似ていますが、ウィロウとは違って真っ赤なショートヘアに、異名通り紅い瞳を怪しく光らせ、血色の執事服に身を包んだ女性でした。
「足が八本あると聞いていましたが、実際は二本なのですね」
「足? ああ、これの事かい?」
言いながら、フローリストが背中から伸ばしたのは蜘蛛の足。それが六本。
ですが左肩から伸びた一本を除き、他の全ては千切れていました。
「あの爺さんに千切られちゃってね。みすぼらしいだろう?」
「いえ、むしろ感心しました。あの人を相手に、よくもまあ、それだけの被害で済みましたね」
「あなたに褒められるとは光栄の極み。感動しすぎて、泣いてしまいそうだ」
「泣きたければ、どうぞご勝手に。それより、話があるのでは?」
フローリストがその気なら、クラーラはとっくに殺されています。
なのにフローリストは、三人を眠らせ、クラーラの背後に潜んだだけ。
その事実が、フローリストに対話の意志があると、クラーラに気づかせました。
「あなたに話があるのは確かさ。だけど、あの幽霊が来るまではかからない」
「時間を稼ごうとしても、無駄と言うわけですか」
「そういうこと。あの子は今……ああ、たった今、山に入ったとろこだ。あの子の移動速度でも、ここに来るまで一時間はかかるな」
「こんなことなら、次の町に行って宿を取っておけなどと、頼まなければよかったですね。失敗しました」
「気にすることはない。何故なら……」
「この状況も、魔王が見た未来通り。だからですか?」
今まで見た夢の内容から、魔王は未来を知っていたと、クラーラは確信しています。
さらにフローリストの不適な笑みも手伝って、この状況も予定通りなのは間違いないと、クラーラは思っているのですが、違和感が払拭できていません。
「あなたに話……と、言うより伝えたいことが、三つある」
「聞きましょう。今のわたくしには、それしかできませんから」
「ご謙遜を。あなたなら、三人にかけた幻惑魔術を解いて、反撃することも余裕だろう?」
「できますが、今はしません。あなたから得られる情報の方が、間違いなく有益ですから」
フローリストの態度はおかしい。
喋り方は尊大なのに、見下した感じはしない。敬意を払われているとさえ、クラーラは感じています。
それが自分個人に対してなのか、魔王の遺産である片翼の腕輪を身に付けているからかは、判断しかねていますが。
「じゃあ、話そう。一つ目は、次にあなたたちが目指すべき場所。トーキョーに行きなさい。そこに、あの幽霊の姉がいる」
「これはこれは、ご親切に。ですが、ヤナギの姉の捜索は、わたくし的には優先度が低いのですが……」
「それは当然、わかっている。だから、二つ目。ミヤギ地方に、『オガミサマ』と呼ばれている巫術師たちがいる。その人たちに、会いなさい」
「巫術師? その人たちに会って、何をしろと?」
「さあ? そこまでは、あたいも聞いていない」
「わかりました。機会があれば、行ってみます。それで、三つ目は?」
「あとは、あなた次第」
「は? それが、三つ目ですか?」
「ええ、その三つが、あたいが託された……」
フローリストは、最後まで言うことができませんでした。
クラーラは最初、どうしてフローリストが言葉を区切ったのかではなく、どうしてフローリストの胸から、片刃の刃が伸びているのかがわかりませんでした。
ですが、フローリストが刺されたという事実を理解していくにつれて、彼女の背に隠れているそれをやった人が誰なのか、予想がつきました。
「余計なことをしてくれたね。フローリスト」
「その声……勇者タムマロか」
「その通り。僕の予定を狂わせたんだから、覚悟はできているよね?」
「覚悟? そんなもの、魔王様からこのお役目を賜った時にできている」
フローリストの胸を貫いた刃の主は、タムマロでした。
ですが、クラーラは動揺していません。
動揺したい気持ちを押さえつけて、冷静に二人の会話を聞いています。
「お前の顔が見れなくて残念だ。きっと、歯噛みして悔しがっているのだろう?」
「どうして、そう思う」
「お前の予定が、魔王様によって狂わされたからさ。魔王様が打ったこの一手で未来は変わる。お前の企みは破綻する!」
未来が変わる?
タムマロの企みが破綻する?
その言葉を聞いて、ここでのフローリストとの邂逅は、タムマロにとって予定外の出来事なのだと理解しましたが、フローリストの肩越に顔を覗かせたタムマロの表情が、クラーラには不思議で仕方ありませんでした。
タムマロは悔しがってなどいません。
むしろ歓喜している。
それが、不思議でしかたないのです。
「いいや。むしろ、感謝しているよ、フローリスト。君のおかげで、余計に時間を食ってしまうことになったけれど、今回は上手くいくかもしれないんだからね」
「なん……だと? それはどういう……」
「今から死ぬ君が、知る必要はないよ」
言うなりタムマロは、フローリストの胸に刺さった刀を引き抜きました。
そのせいで、クラーラは返り血を頭から被る羽目になったのですが意に介さず、倒れ込んできたフローリストを受け止めました。
そして、クラーラにしては珍しく……。
「何か、言い残すことはありますか?」
遺言を、聞いてあげることにしました。
ですが、喉にあがってくる血のせいで上手く喋れないのか、フローリストの口から漏れるのは血とうめき声だけ。
それでも、クラーラは彼女の口許に耳を寄せて、辛抱強く待ちました。
そして待った末に、フローリストは……。
「あなたの未来に、幸多からんことを……」
とだけ言いました。
それが遺言? どうして初対面のフローリストが、わたくしの幸せを願った? それとも今のは、誰か別の人の幸せを願っての言葉? と、疑問に思いましたが、その答えを問いただす前に、タムマロの魔術によってフローリストは、灰になるまで焼かれてしまいました。
読んでいただけるだけで光栄なのですが、もし「面白い!」「続き読みたい!」など思って頂けたらぜひブックマーク、下の評価を5つ星よろしくお願いします!
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