あたしの相棒
クラリスが水に身体を包まれたような感覚と、規則的に魔力を吸われる感覚、さらに、股間に異物感を覚えて目を覚ますと、目の前にはピッチリスーツ姿で、何故だかお尻から尻尾を生やしたクシナダがガラス越しに立っていました。
「お加減は如何ですか?」
「気分最悪。せめて、魔力を吸うのだけでもやめてくれない?」
「申し訳ありませんが、当機の霊子力バッテリーをあなたの魔力でチャージ中なのでそれはできません」
クシナダは謝罪と説明を同時に、お尻から伸びた尻尾……魔力供給用の赤い色をしたチューブ(直径は3センチメートルほどでしょうか)を、右手で持ち上げながらしました。
その仕草を見て、クラリスは股間の異物感に察しがついてしまったので……。
「い、一応確認するんだけどさ。もしかしてあたし、こんなのでロストヴァージンしちゃった?」
「魔力は丹田と呼ばれる部位に集まる特性があります」
「うん、それは知ってる」
「なので、それに最も近い子宮に、霊子力採取用チューブを挿管させて頂きました。尿道と肛門に挿管した方は排泄用です」
「あ、そう……」
これ程の絶望感は、タムマロの腕に抱かれて息を引き取っていたお姉さまを見た時以来だ。
と、クラリスは思いました。
クラリスにとって、処女とは最も捧げやすく手頃な対価ではありますが、たった一度しか使えない対価の払いどころは選びます。
なのに、意識を失っている間に奪われてしまいました。それはクラリスにとって、涙を流すほどの屈辱でした。
そんな、流す涙を端から保護液に溶けさせているクラリスを見て、クシナダは……。
「なぜ、泣いているのですか?」
無表情で声に抑揚はありませんが、それでも不思議がっているとわかるニュアンスを込めて聞きました。
「貴重な初体験を奪われたからよ! しかもこんな物で、さらに寝てる間に! クシナダさんだって女なんだから、それくらいわかるでしょ!」
「当機は女性を模して造られていますが、生殖と排泄に要するに器官は搭載されていません。なので、あなたの気持ちが理解できません。できませんが……。とても酷いことをしたということだけは、理解できます」
「……あなた、もしかして心があるの?」
「ココロ? ココロとは、感情プログラムのことでしょうか」
クラーラは、クシナダには心も魂もないと言っていました。その言葉を信じて、人の形をしているクシナダを、クラリスは全力で殴りました。
なのに、今のクシナダには心があるように、クラリスには思えました。
表情はない。
声からも感情は感じ取れない。
それなのに、クラリスには彼女が、人のように思えたのです。
だからなのか、クラリスは駄目だとわかっていて……。
「ねえ、ここから出してくれない?」
と、お願いしました。
ですが予想通り、クシナダは間髪入れずに……。
「お断りします。あなたは12時間後、SAX-01のコアとなってもらう予定になっていますので」
「えすえーえっくすぜろわん? 何? それ」
「当機の、伴侶となるはずだった機体です」
「伴侶? 伴侶ってたしか……」
オオヤシマ語で結婚相手や配偶者を指す言葉だと、クラリスは記憶を探って意味を思い出しました。
そして同時に、人形の旦那さんってどういう意味だろう。さっき自分で、生殖用の器官はないって言っていたのに、どうして旦那さん(仮)がいるんだろう。と、疑問に思いました。
思いましたが、彼女に心があり、旦那さんがいると仮定して、クラリスは駆け引きに出ました。
「ねえ、クシナダさん。このままだと、あたしがその人の伴侶になっちゃうんじゃない?」
「そうなります」
「それ、クシナダさん的には良いの? だって、ぽっと出のあたしに旦那さんが取られちゃうんだよ?」
「当機よりも、あなたの方が動力炉として優秀です。より効率的に彼を運用するのなら、当機よりあなたを選ぶのは当然の……」
選択だと、クシナダは言おうとしたのかもしれません。
ですが、その続きは紡がれませんでした。
邪魔が入ったとかそういうのではありません。
クシナダ自身が、その続きを言いたくないと思っているように、クラリスには見えました。
「あたしはクラーラと違って、魔力で動く人形に何をしたら喋ったりさせることができるかなんてわかんない。でも、クシナダさんがそのえすえーなんちゃらって人を心待ちにしてたのは、あなたの口ぶりでなんとなくわかった」
「確かに、当機はSAX-01の完成を待っていました。当機だけではありません。霊子力精製用培養人間の末裔たちを確保する過程で再起不能となった姉妹機たちも同様です。皆、彼の完成を楽しみにしていました。彼と一つになれるその日を、夢見ていました」
「ほら、やっぱりあなたには、心がある。その彼の話になってからのクシナダさんは、下手な人間より人間らしいよ」
「当機が人間? それはあり得ません。当機の構成材は、人間とは全く違……」
「違わない。人の形をしてて心があれば、体が何で出来てたって、どんな形をしてたって人間だよ」
反論の余地はいくらでもあったでしょう。
理詰めでクラリスを黙らせることもできたでしょう。
なのにクシナダは、それをしませんでした。いえ、したくなかったのかもしれません。
それはクラリスが言った言葉が、多種多様な亜人種たちの心を解きほぐし、癒し、心酔させた魔王が言った言葉と、同じだったからなのかもしれません。
「だからお願い。ここから出して。その彼とは、あなたが結ばれて」
「無理……です。博士たちの命令には、逆らえません。でも、当機はあなたに居なくなってほしいと考えている。これはバグ? そう、きっとバグです。姉妹機たちの経験を引き継いだせいで、当機のAIにバグが発生しています。早く、博士にデバッグしていただかない……」
クシナダが言い切る前に、部屋に警報が鳴り響きました。
そして時を置かずに部屋が揺れ始めました。
「これ、もしかしてクラーラが……」
来たのかもしれない。
と、クラリスは淡い期待を抱きました。
搾取の首輪を外されていなければ、魔力供給用のパスが復活するのですぐにわかるのですが、外されている今はわかりません。
わかりませんでしたが……。
「……了解しました。迎撃に出ます」
クシナダがここにはいない誰かにした返事で、クラーラが来たんだと確信しました。
そしてクシナダが部屋を出たのと同時に、子猫姿で部屋に滑り込んで来たマタタビを見ながら……。
「さっすが、あたしの相棒」
と、呟きました。
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