我が片翼へ捧ぐ
クラリスは生きている。
爆発の後も魔力を吸えたので、クラーラはそれを確信しています。
ですが、無傷では済んでいないはず。
生きてさえいれば、とりあえずは殺されずに済むでしょうし、治療もしてもらえるはずだと、クラーラは三日かけて落ち延びた先、少年が住む亜人の集落。そこで一番大きい家で考えていました。
「あの金髪のお姉ちゃん、大丈夫かな……」
「クラリスは殺したって死にません。なので、大丈夫です」
クラーラは努めて冷静に言いましたが、胸中はおだやかではありません。
プライドが傷つけられたのはもちろんですが、クラリスと離れているのが不安で仕方がないのです。
「手持ちの魔石はあと15個。これだけで、クラリスを救出しなければならないのですが……」
どう考えても無理。
運動不足に加え、魔術が使えなければ町娘と同レベルの戦闘能力しかないクラーラが、クシナダと渡り合うにはマジカルパッケージと各種付与魔術が必須。
しかし、そのための魔石が足りません。
それでも、どうにかしてクラリスを助ける方法はないかと思案していると……。
「ごめん……なさい。僕がもっと上手くやっていれば、お姉ちゃんたちを巻き込まずに済んだのに」
クラーラが険しい顔をしているのは自分のせいだと思った少年が、クラーラの前に両膝をついて謝りました。
「ボク君のせいではありません。今回の敗北は全て、わたくしの迂闊さが招いた結果です」
「でも、僕がもっと前にアイツらをやっつけて家族を助けてれば、お姉ちゃんたちがアイツらに利用されることもなかったんだよ?」
「それは逆に駄目です。もし、わたくたちがあの屋敷に行く前にボク君がご家族を助けていたら、わたくしとボク君が出会えなかったでは……ちょっと待ってください。と、言うことは、あの屋敷の地下の霊子力タービンとやらを動かしているのは、ボク君の身内ですか?」
「うん。僕たちオロチ一族は、普通の人より魔力が多いんです。だから毎年、あの女の人と良く似た人が来て、家族をさらってたんです」
「なるほど、逆だった訳ですね」
毎年、襲撃していたのは年寄りどもの方。
今回は、襲う前に少年が打って出たので、それを察知した年寄りどもはこれ幸いにと、迎え撃つことにしたのです。
さらにタイミングよく、クラリスというオロチ一族以上の魔力持ちが現れたため、迎撃を依頼してクラリス捕らえるための囮としたのでございます。
「いくつか確認したいことがあるのですが、よろしいですか?」
「う、うん。僕に答えられることなら」
「では一つ目。一度の襲撃でさらわれるのは何人でしたか?」
「一人です。最初は、長男のイチロウ兄さんでした」
「ふむ、霊子力タービンは、オロチ一族一人で一年ほど回せると仮定できますね。では二つ目、襲撃は何回繰り返されましたか?」
「七回です。毎年、迎え撃つ準備はしていたんですが、集落への被害も限界にきていたので、今年は逆に打って出たんです。オロチ一族も、僕で最後になっちゃいましたから……」
「では、襲撃が始まったのは今から七年前なのですね?」
「ええ、僕はその頃のことはよく覚えていないんですけど、七年前のある日突然、あの女の人と良く似た人が襲って来たと聞いています」
少年の答えを聞いて、クラーラは頭を傾げました。
どうして七年前から? それまでは、どうやって霊子力タービンを回していた? いや、回す必要がなかった。もしくは、回さなくても良い事情があったのではないか。と、頭の中で自問自答を繰り返しました。
その答えを与えてくれたのは、自分でも少年でもなく……。
「あの二人は、コールドスリープしてたんだよ」
「コールドスリープ? つまり、凍って仮死状態になり、長い間寝ていたと……って、タムマロ様じゃないですか」
「ツシマで会った時以来だから、一週間ぶりくらいだね。元気にしてたかい? クラーラ」
「ええ、それなりに」
タムマロでした。
しかも何の前触れもなく、突然現れたのです。
「ところで、タムマロ様はどうしてここへ? まさか、観光ではありませんよね?」
「ここは亜人の集落だよ? そんな場所で、僕が呑気に観光なんてできるわけないじゃないか」
「では、何故ここへ?」
「君たちを助けるためさ」
胡散臭い。
それが、にこやかに理由を言ったタムマロに抱いた感想でした。
ちなみに、タムマロは亜人から嫌われています。
それはもう、毛嫌いされていると言っても良いレベルで嫌われています。
それはタムマロが勇者であり、かつて……。
「タムマロって……勇者タムマロ!? 魔王様の仇じゃないですか!」
亜人の王だった、魔王を倒したからです。
この世界の歴史では、魔王は亜人たちをそそのかして世界征服を目論んだ悪の化身ということになっています。
オロチ一族も含めて、この集落に住む者たちは魔王の臣下だったわけではないのですが、本当は亜人を迫害から解放するために戦った魔王は、全ての亜人種から崇拝されています。
そんな亜人たちにとってみれば、タムマロは正に仇敵でしょう。
「そう怒らないでよハチロウ君。それより今は、ここの御神体の所へ案内してくれないかな?」
「誰がするものか! 魔王様の命だけでなく、その遺産まで奪う気なの……って、どうして僕の名前を? 初対面……だよね?」
「初対面でも、僕にはわかるのさ。それより、持ち出すという意味ではその通りだけど、ソレが必要なのは僕じゃない。君の後ろにいるクラーラさ」
「お姉ちゃんが? え? じゃあ、お姉ちゃんが、魔王様が言ってたって言う……」
自分に、魔王の遺産が必要と言われて、クラーラは頭の上にクエスチョンマークが見えそうなくらい、怪訝な顔をして首を傾げました。
ですが、それがヒントとなり、七年前から急にオロチ一族が襲われ始めた理由に辿り着きました。
「ボク……ハチロウちゃん。魔王がその遺産をこの集落に持って来たのは、八年前ではないですか?」
「え、ええ。そう兄からは聴かされています。何でも、いずれここに、ソレを必要とする人が現れるから、来たら渡してくれと言われたとか……。でも、どうしてそれがわかったんですか?」
「魔王がオオヤシマまで来たのが、八年前だからです。おそらく、魔王軍によるオオヤシマ侵攻……いえ、シルバーバインのキュウシュウ侵攻は、魔王がその御神体とやらをここに隠すための囮作戦だったのではないでしょうか」
クラーラの仮説はだいたい当たりです。
ですがそのせいで、眠っていた老人たちを起こしてしまいました。
魔王の魔力を敵の侵攻と誤認してコールドスリープが解けてしまい、アシナヅチとテナヅチは永い眠りから覚め、戦力を整えるために、オロチ一族を必要としたのでございます。
もっとも、魔王はそうなることも、わかっていてここに来たのですが。
「タムマロ様。その魔王の遺産とやらは、何なのですか?」
「そこまでは僕も知らない。ただ、クラリスを助けるためには君がそれを手に入れる必要があると、ナビが言っている」
「相変わらず、タムマロ様の能力は親切なのですね。でもそれ、本当にクラリスを助けるための方法ですか? それとも、タムマロ様の目的を達成するためですか?」
「もちろん、前者さ。クラリスは可愛い、僕の愛弟子だからね」
嘘だ。と、疑いながらもクラーラは、魔王が言っていた人物がクラーラだと信じこんだハチロウに案内されて、タムマロを最後尾にして集落の最奥にある洞窟を進んでいます。
いえ、洞窟と呼ぶのは語弊がありますね。
一言で言うならトンネル。
山を半円状に切り抜き、内壁をコンクリートで補強し、壁画が描かれたそれは、旧世界の遺跡でした。
「ハチロウちゃん。壁に描かれている絵は、何の絵ですか?」
「大昔に起きた、戦争の絵だそうです」
「戦争? 人が人の中に座って戦っているように見えるのですが……」
「人が乗れるほどの大きさの巨人を操って、戦ったと聴いています」
「では、巨人よりも大きな四角い物はなんですか? わたくしには、落ちてきているように見えます」
そして、逃げ惑う人々も。
ですが巨人に乗った人たちは、それが見えていないかのように戦い続けています。
不思議そうに壁画を眺めるクラーラに説明するためか、タムマロは呆れているかのような声で……。
「増えすぎた人類が、宇宙に住み始めて半世紀。宇宙に追いやられた人たちは地球に住む人たちに反旗をひるがえし、戦争を仕掛けた」
と、呟きました。
それをクラーラとともに聞いていたハチロウは、信じられない物でも見たかのように驚きました。
「ど、どうしてそれを? その話は、オロチ一族に伝わる神話なのに……」
「知ってた訳じゃないよ。ただ、似たような話を昔聴いただけさ。今の話が伝わってるってことは、この壁画はコロニー落としを描いたものなんだね。まるで、ガ◯ダムみたいな出来事だ」
タムマロが言ったことを、クラーラは理解しきれませんでしたが、旧世界が滅んだ原因はわかりました。
コロニーとは、宇宙に浮かべた居住地。
戦争の果てに、それを爆弾のように落として文明が維持できないほど人類は減ってしまった。
なんとも愚かしい結末ですが、クラーラは人間らしい終わり方だと、納得してしまいました。
「着いたよ。これが魔王様が残していった御神体。魔王様は『片翼の腕輪』って、呼んでたそうだよ」
「凄い魔力だね、コレ。伝説級くらいなら、楽に使えそうなくらいの魔力が込められているじゃないか」
伝説級どころじゃない。と、クラーラはタムマロの言葉を頭の中で否定し、透き通るような蒼色の宝石がはめ込まれた腕輪に見入りました。
確かに、現時点で込められている魔力は伝説級相当。
ですが、貯め込める総魔力量は神話級数発分。
この腕輪は魔力を貯蓄することに特化した神具だと、クラーラは予想しました。
「封印も厳重だ。僕なんかじゃ、解き方がさっぱりわからない」
「……この封印は、もし、無理矢理腕輪を取ろうとすれば封印は攻撃魔術へと変わり、この洞窟どころか周囲10キロメートル四方が消滅します」
「そりゃ恐ろしい。封印を解くには?」
「鍵が必要です。しかも物質的な鍵ではなく、キーワード。この封印を解除できるのは、魔王自身か魔王からキーワードを教えられた者。そして……」
「どんな術式でも一目で理解できる、君だけと言うことだね?」
「ええ、その通りです」
すでに、クラーラは封印の術式を解析し終え、この腕輪が魔石を高密度に圧縮した物をコアとして構成されていることも、魔王のお手製だということも、キーワードもわかっています。
さらに、魔王が術式に散りばめた、三つのメッセージにも。
そこには、こう記されてありました。
一つ目は「運命に抗え、否定しろ、そして拒絶しろ」。二つ目は「壁画をよく観察しろ」。
そして三つ目は、「あなたなら、大丈夫」と、記されていました。
「まったく、何が大丈夫なのやら……」
「クラーラ? どうかしたのかい?」
「いいえ。何でもありません。では、封印を解きます」
クラーラは腕輪へと右手をかざして、一呼吸置きました。
そして、魔王はどうしてあんなメッセージを残したのか。魔王がこの腕輪を贈ろうとしたのは、本当は誰だったのかと疑問に思いながら……。
「我が片翼へ捧ぐ」
と、キーワードを唱えました。
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