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第7話 揺れる使命

皆さん、お越しいただきありがとうございます。少しでも楽しんでいただければ幸いです

 城壁都市エリダノス……小規模の街を高い城壁で囲んだ都市。周囲の魔物の生態環境を調査し、異変があれば周辺に知らせる警報機の役割を担っている。

 その分、エリノダス自体も危険に晒されることも多く、危険に対抗するために腕のいい冒険者が多く滞在している。

 そう、ここは冒険者にとっては最高の場所であった。

 守っているだけでお金が貰え、衣食住が保障され、更には最大の危険が迫ったときには真っ先に逃げれる……まさに天国のような場所である。

 



「今日はお部屋開いてるといいね」

「そうか? 俺は同じ部屋のほうがいいがな」

「どうして? 私みたいな子供には興味ないんじゃなかったの?」

「勘違いするな、お前さんを一人にして、また大泣きされても堪らないからな――」


 シリウスは後ろから背中を殴られる。


「ばかー! もう泣かないもん」

「そうしてくれると俺も気が楽なんだがな」

「シリウスのバカー!」


 サリアはシリウスの背中をボカボカと殴り続ける。

 

「ああ、ミスったな……ちょっとこっちに来い」


 シリウスは突然、建物と建物の間にサリアを引きずり込む。

 思ったより狭い隙間に、サリアとシリウスの体が密着する。


「シ、シリウス……?」

「いいから、静かにしてろ」


 シリウスの低い声が耳元にかかりサリアは思わず俯き震える。 

 さらにシリウスはサリアの頬や頭、スカートから覗く太ももに触れる。


「いやぁ……しりうす……や、やめて……」


 サリアは思わず上ずった声を出す。


「変な声を出すな……ほら終わった」


 しかし、シリウスはいつもと変わらない口調でそういうと、サリアから離れる。


「いきなりなにをするの?」


 サリアの声には怒りがこもっていたがシリウスは特に気にすることもなく。


「いや、サリアが女だといちいち面倒に巻き込まれるからな。ちょっと格好を変えただけだ」


 そう言われ、サリアは自分の体に触れる。


「髪が短い……それにズボンになってる……」

「髪型を短く、髪色を黒く、長いまつげも短くしたし、顔つきも少し細く――」

「ほそく……私って太かったの?」

「あ゛あ゛! 泣くな! そういう意味じゃない、女性特有のあの、ああ、女性らしさを少し変えただけだ! そもそも俺の能力じゃ、形そのものは変られん、あくまで見た目だけだ。ぱっと見たときにどっちか分かり辛くする程度しか変えられん……」

「そうなの……?」

「ああ、そうだ。気にするな、お前さんは十分可愛いよ」

「……ありがとう」


 シリウスには理解できない気持ちが時々あった。

 別の目的で近づいたはずなのに、時々彼女に抱く不思議な感情……。

 観察対象のはずの彼女に感じてはいけない感情が、シリウスにはあった。


「――ウス? シリウス?」

「あ、ああ。なんだ?」

「どうしたの怖い顔して」

「……少し、考え事を、な」

「……そうなんだ」

「そうだ」


 シリウスはサリアの頭を雑に撫でる。

 自分が嘘をつくときに見せる不安定な表情を彼女に見せないために……。

 何かをごまかす時に彼女の頭を撫でる癖が付いてしまったと……。


「ここだな」


 石レンガ造りの四階建ての建物の前までやってくる。

 そこには宿屋と書かれた看板が掲げられていた。

 

「昨日と全然違う」

「そうだな、今日のほうがずっと立派だな……それに見ろ」


 シリウスは街中の至るところに付いている街灯を指差す。

 

「これだけの光が灯っていると言う事は、この街の設備は王都と変わらない」

「……だから?」

「つまり、水道設備がしっかりしてるってことだ」

「お湯が出る?」

「ああそうだ、かなり期待できるぞ」

「やった」


 サリアは嬉しそうに宿屋の中に入る。

 遅れてシリウスも中へと足を運ぶ。


「シリウス、見てお湯が出てる」


 中には簡易的な休憩所が併設されているようで流し台からお湯が出ていた。

 サリアはそこで嬉しそうに手を濡らして遊んでいる。


「おいおい、水は貴重なんだぞ。あんまり遊ぶな」

「はーい」


 二人がそんなやり取りをしていると、カウンターの置くから店主のような男がやってくる。


「いらっしゃいませ。旦那様、本日はどういった部屋を御所望で?」

「二人部屋を一つ……なるべく設備のいい部屋を頼む」

「分かりました。幸いこのご時勢ですので部屋のほうは余裕がありますので旦那様のご希望の部屋をご用意させていただきます……お食事はどうしますか?」

「ああ、お願いするよ」

「畏まりました……今、部屋の鍵を取ってきますので少々お待ちください」


 そう言うと店主はまた奥へと消える。


「おい、サリアいつまでも遊んでるんじゃないぞ」

「うん、分かった」


 流し台から離れ、シリウスの元までやってくるサリア。


「食事を用意してくれるそうだ。良かったな」

「なんで?」


 シリウスの言葉にサリアはキョトンしている。


「ずっと干し肉ばっかじゃ飽きるだろ?」

「ううん、シリウスの干し肉おいしいよ」

「そういう話じゃないんだがな……まあ、いいか」


 奥から店主が戻ってくる。


「こちらが部屋の鍵です。お食事はお部屋までお持ちしますので……それと他に一組しかお客様は居りませんので、お楽しみの際は周りを気にする必要はございませんよ」

「……余計なお世話だ。いくぞサリア」

「はい」

「ごゆっくりおくつろぎください」


 店主は頭を下げて、二人の背中を見送る。


「ったく、とぼけやがって……多いんだ、お前らみたいな輩が……まったく世も末だ」


 店主はシリウス達が見えなくなった途端、毒を吐き出し、またカウンターの奥へと消えていった。




 鍵に記された番号は三階を示していた。


「ここだな」


 三階の一番角の部屋。

 中に入ると、昨日とまった宿の3倍は有りそうな広さの部屋が目の前に現れる。

 大きなベッドに、姿見や立派な大理石の使われた机と上質なクッションの付いた椅子。

 更には大きな浴室まで着いていた。


「確かに一番いいのと言ったが……」

「すごい、広い」


 サリアは中に入ると一目散にベッドに飛び込む。


「ふかふかだよ、シリウス」

「あんまりはしゃぎ過ぎるなよ」


 シリウスはそう言って、椅子に腰を下ろす。

 ずっと固い馬車の操車席に座っていたせいか軟らかい場所に座ることに彼は違和感を感じる。


「なんだが、尻がむずむずするな」

「むずむずするの?」

「いや、気のせいだ」

「むずむずするんだ」

「ええい、うるさい! お前さんはさっさと『放風』を出来るようになれ!」

「そうやってすぐ話題を変える……大人ってずるい」

「ずるいとかずるくないとか、そういう話はしてないだろう」

「じゃあ、お尻の話は?」

「もうその話は終わった、今は魔力操作の話だ」

「ほら、話題を変える。何も終わってない……お尻むずむずするんでしょ?」

「だから! もうその話は――」


 コンコンと扉を叩く音がする。


「お食事を持ってまいりました」


 続いて女性の声。


「入っていいぞ」

「失礼します」


 給仕の女性が食事の乗った盆を持って入ってくる。


「こちら質素なものではございますが、牛の肉のステーキに牛のテールスープとサラダとバターロールでございます」


 テーブルに盆がおかれる。

 ニンニクの香ばしい香りが鼻腔をくすぐり、食欲を呼び起こす。


「お坊ちゃまのほうは何かお嫌いなものはございますか?」

「なにかないか?」

「……ないかな」

「大丈夫だ、同じものをお願いするよ」

「はい、すぐお持ちします」


 そう言って一礼すると給仕の女性は部屋を出て、すぐに同じものをもって戻ってくると、それを机において。


「ごゆっくりお楽しみください」


 と言って部屋を出て行った。


「さて、食事にするか」


 シリウスがナイフとフォークを手にステーキに手をかけようとしたところで、サリアが俯いているのに気がつく。


「どうしたサリア、食べないのか?」

「その……私……今更だけど、お金とかないからシリウスに何もお返しできない」


 サリアの答えにシリウスは思わず噴出す。


「お、お前さん、そんなことを気にし出したのか? 本当に今更だな」

「うん……」

「気にするな、俺がサリアに望むものはお前さんが強くなってくれることだけだ、そのためなら金だって時間だって惜しくない……だから気にするな」

「で、でも……」


 シリウスはサリアの頭を雑に撫でる。


「さっきも言っただろ、気にするなって。さあ、冷める前に食べちまおう、せっかくの食事だ。熱いうちに食わなきゃもったいない」

「うん……ありがとう」

「ああ……だから、いい加減に『放風』は使えるようになってくれ」

「……それは難しい」


 その後、二人は特に話すこともなく食事を終え、ベルを鳴らし、給仕に片付けてもらう。


「さて、食事も済んで落ち着いたことだ、そろそろ魔力そ――」

「次はお風呂だね」

「は? お前さんなぁ……さっきも言ったが――」

「だめ?」


 サリアは上目遣いでシリウスにお願いする。


「……いいぞ入って来い」


 シリウスは何かを言いかけたが、諦めて彼女の願いを優先させることにした。


「やったー。シリウスも一緒に入ろ?」

「それは断る。風呂まで付きやってやらないような歳でもないだろ?」

「シリウスって私のことを自分の都合で大人扱いしたり、子供扱いしたりする」

「ああ? いや……同じ子供でも自分で出来るか出来ないか違いがあるだろ……それと同じだ」

「じゃあ、私は一人でお風呂は入れない」

「お前さん……こう、プライドとかないのか?」

「ない」

「はぁ……仕方がないな。今回だけだぞ」

「うん!」


 サリアの今まで一番元気な返事にシリウスは頭を抱える。

 男と風呂に入ることを喜ぶとはどう言う事なのかと……。

 まるでサリアの父親にでもなった気持ちで、彼女の将来を憂いていた。

 自分にはそんな資格もないと分かっていながら……。



「早く早く!」


 脱衣所でいそいそと服を脱ぐサリア。

 そのサリアとは正反対に気重そうに服を脱ぐシリウス。


「はぁ……どうしてこんなことに……」


 シリウスはふとサリアの事を見る。

 歳の割には痩せた体、至るところにある傷跡、しかしそれらより目を引いたのは背中にある大きな火傷の痕。


「なあ……サリア」


 その傷について、訪ねようかとシリウスは思った。


 ”彼女はただの器だ”


 シリウスの頭に声が響く。


「そうだ……俺は――お前さんを……」

「どうしたの?」


 気付けば先に浴室に入っていたはずのサリアが戻ってきていた。


「ああ、なんでもない」


 そう言ってシリウスは雑に頭を撫でる。


「そういえば、髪、戻さなくていいのか?」


 シリウスは自分の暗い気持ちを誤魔化すためになんとなくサリアに聞いた。


「別にいいよ。シリウスとお揃いで……まるで親子になったみたいだから、このままがいい」


 シリウスの心臓がやけに強く脈を打つ。

 違和感がシリウスの脳を熱くさせる。


「……そ、そうか、確かに長いと手入れも大変だろうしな」


 震える声で冷静さを装いながらも、シリウスは沸き立つ違和感を拭えないままにサリアと浴室に入った。

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