第4話 酒場と宿屋
皆さん、お越しいただきありがとうございます。少しでも楽しんでいただければ幸いです。
農耕の町インダス……その名の通り街道沿いにある町の一つで大きな畑が並んでいる、珍しいものもない普通の町である。
町自体は街道を挟んで酒場と役場、民家が並び、周囲を木の柵で囲んでいるだけでのもので村と言っても遜色はない。
「ここが町なの?」
酒場の裏に馬車を止めているシリウスを見ながらサリアが尋ねる。
「そうだ、これでも立派な町だ」
「寂れてる」
「サリアの言う通りだ」
シリウスは馬車を止め終わると、サリアの頭を撫でる。
「だが、これがありのままの事実だ」
サリアはシリウスが何故悲しそうなのか分からなかった。
「どうして悲しそうなの?」
「……男には聞かれたくないこともたまにはある」
「そうなの?」
「ああ、そうだ。だからそういう時は気を使って聞かないのがいい女だ」
「私別にいい女になんてなりたくないよ」
「馬鹿言うな、いい女になることも復讐に繋がるもんだ」
「分かった」
「じゃ、この話は終わりだ……ここが宿だ」
そう言ってシリウスが入ったのは、酒場と書かれた木造の建物だった。
「どうした?」
「ううん……」
サリアは微妙に鼻につく独特な臭いにが気になった。
中は、多くの冒険者が席を埋め尽くし、大声で話しながら酒を呷っている。
一見仲良く平和そうに見えるが……。
「うるせえ!」
「なんだと!」
突然殴りあう男たち、飛び交う酒瓶と罵詈雑言、終いには武器まで使うものまでいる。
「すまないが、宿を頼む。一番いい部屋を二部屋」
「すみません……見ての通り、今日は生憎予約が多くて……一部屋であれば……」
「ならば一部屋で構わない」
「はい……ありがとうございます」
腰の低そうな酒場の主人と話すシリウス。
どうやら酒場の二階が宿屋のようだ。
「大丈夫か?」
「うん……」
血気盛んな酒場の状況にサリアはシリウスのズボンの裾を強く掴む。
「おいおい? なんだお前ら旅の貴族か?」
シリウスとサリアの元に一人の男が絡んでくる。
上半身を露出した背の高い筋肉の塊のような男だ。
「おお! 今日も見れるぞ、ゴルゴアさんの十八番が!」
「おいおい、まーた、旅人に喧嘩売ってるぜ」
「もう気にするだけ無駄だろ、それよりもどっちが勝つかに賭けようぜ」
「最近は、みんな金をおいて逃げちまうからなぁ」
酒場の人間達もシリウスたちに注目していた。
「はい、我々は旅のものですがなにか?」
「随分といい身なりしてるよな、ちょっと俺にも見せてくれよ……特にお嬢ちゃんの方の服が気になるなぁ」
ゴルゴアは嘗め回すようにサリアを見ている。
「気持ち悪い」
「ああっ!?」
サリアの言葉に男はイヤらしい顔から、怖い顔に変わる。
「今度は怖い」
そう言ってサリアはシリウスの後ろに隠れる。
「ってめえら、俺様のことを馬鹿にしてんのか?」
「いいえ、私は何も言ってませんが……」
「黙れ! てめえの連れがガキが言ったんだから保護者が責任を取るべきだろ? 謝って済むなら今だぜ」
「おやおや、でしたらあなたの保護者はどこにいるんですか? 是非ともその方にあなたが私の連れを怖がらせた責任を取ってもらいたいのですが?」
「ば、馬鹿にしやがってぇ!!」
ゴルゴアはその巨体からは想像も出来ない速さでシリウスの顔面を拳で捉える。
「決まったぁああ!」
「まーた一撃だぜ面白くねえ」
「賭けは俺の勝ちだな」
周りの男達は次々と勝手なことを言っており、今目の前で起こっている状況を正しく理解出来てない。おそらくこの酒場でこの異常事態を正しく理解できているのはゴルゴア本人だけだった。
「な、なんだ……てめぇ……」
ゴルゴアは震えていた。
自分の全力のパンチを顔面に受けて、微動だにしない目の前の男に。
「くっそ……」
ゴルゴアが一気に後ろに下がったことで、周りの人間もその異常に気付き始める。
「お、おい……あいつ全然ダメージを受けてないぞ」
「ってか、あの位置から一ミリも動いてすらいねえ」
「や、やべえんじゃねえか」
すでに幾人かは、酒場から逃げ出し始めている。
「シリウス大丈夫?」
「ああ、俺は誰かに喧嘩を売られたときは先に殴らせる事にしている」
「なめんじゃねええぞおっ!」
涼しそうに受け答えするシリウスにゴルゴアは今度は勢いを付けて殴りかかってくる。
「サリア、少し下がっていろ」
「うん」
向かってくる拳をシリウスは右手の手刀でゴルゴアの腕を弾き飛ばす。
その勢いで、ゴルゴアの体は酒場の壁をぶち抜いて外へと飛んでいく。
「実に残念だが……二発目は喰らったことがないんでな」
シリウスは酒場のカウンターに金貨を一枚置く。
「ご主人、すまないな壁を壊してしまった。これを修理費の足しにしてくれ」
「い、いえ……だ、大丈夫です……これは部屋の鍵です。ど、どうぞごゆっくり」
シリウスは鍵を受け取ると階段へと向かう、サリアもその後に続く。
二階に上がり、鍵に書かれた部屋番号まで進むと鍵を開けて中に入る。
中にはシングルベッドが一つと、小さな椅子と机が置かれているだけだ。
「ベッドはサリアが使うといい。俺は床に寝るのに慣れている」
「一緒に寝る?」
「生憎だが、子供と寝る趣味は俺にはない」
そう言ってシリウスは床に寝転がる。
「もう寝るの?」
「おいおい、俺はさっきごみ掃除をしたばかりだぞ……疲れちまった」
「嘘。全然疲れてないでしょ」
「……男には――」
「聞かれたくないときがたまにある?」
「そうだ」
「でも、今私は何も聞いてない。確認してるだけ」
「……一緒だ」
「むぅ……」
サリアは怒った顔をしながらシリウスの隣に寝転ぶ。
「何をしている?」
「一緒に寝てる」
「……そうか」
しばらく、お互い何も話さない時間が流れていたが先に口を開いたのはシリウスだった。
「お前さん、最初に会ったときより随分と丸くなったじゃないか」
「そうかな……」
「ああ、最初は拾った猫みたいに思えたが、今のお前は長年連れ添った猫だな。一体、どういう心境の変化だ?」
「……シリウスが味方だって言ってくれたから」
「だとすれば、お前さんに甘い言葉を囁く奴にはみんな心を開くってことか」
「違う……シリウスだけ特別だから」
「特別か……」
「うん」
また、静かな時間が二人の間に流れる。
「ねえ……魔力操作? について教えて」
「あ、ああ……そういえばそんなことも言ったな」
「もっと分かるように」
「……善処する」
こうして二人の時間が過ぎていった。
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