第2話 愛の破片
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サリアは逃げ回っていた。
人混みを書き分け、馬車の前に飛び出しては馬車の操車から怒号をぶつけられた。
「待ちやがれ!」
「おい、二手に分かれるぞ!」
「おう」
サリアの後ろを商人が追いかけていた。
もちろんただの商人ではない奴隷商人だ。
「やだ、やだ、やだ……もういやだ……」
人混みに紛れ、商人をまき、人気の無い路地に逃げ込んだところで、無造作に積みあがった木箱を見つけ、その影に身を潜める。
「はぁ……はぁ……」
息切れに加え、湧き上がる恐怖心で徐々に呼吸の感覚が短くなり、そのせいで全身の酸素が足りなくなり、視野がどんどん狭くなる。
「助けて……誰か助けて……」
何故こうなってしまったのかサリアは先ほどの出来事を思い出す。
サリアはシリウスと別れ、人がごった返す大通りを歩いていた。
今まであまり外に出ることがなかったサリアは、人の多さに圧巻されながらも、どこかで心が浮き足だっていた。
「人多い……」
活気溢れる商店の呼び声、頻繁に行き交う馬車、様々な格好をした人々……その空気感がどれも新鮮であった。
「違う……お仕事しないと……」
自分と同じくらいの刺青のある少年を探すこと。
もちろん全てが始めてのサリアに、少年を探すことは難易度が高すぎた、そのためシリウスは彼女にいくつかヒントを渡していた。
奴隷は船の近くに置かれる。
人の目に余りつかない場所。
奴隷の値は奴隷商人に直接聞くこと。
買う気が無い奴隷には近づかない。
この四つだった。
「船を捜す……」
人混みに気をつけながら、サリアは道を進む。
入ってきた入り口と反対に進めば船着場に着く。
それはなんとなく分かっていた。
「お、大きい……」
大きく開けた船着場は、今入ってきたばかりの魚や野菜、珍しい道具がすぐにでも買える様に広げられていた。
サリアは、次に人目があまり無いような場所を探す。
そんなサリアを値踏みするようにして視線を向ける男が二人いた。
「あれ、逃げ出したのか?」
「わからねぇ、わからねぇが……高く売れそうだなぁ」
男達は気配を消して、サリアを後ろから追いかける。
「ここかな」
開けた船着場から少し離れた荷箱の積みあがった場所に隠れるようにして、大量の檻が並べられている場所があった。
中にはげっそりとやせ細った人や亜人達が鎖に繋がれ、檻に容れられている。
「見ちゃだめ……」
サリアはシリウスのヒントを思い出し、檻を見ないようにして奴隷商人を探す。
「探し物かい、お嬢ちゃん」
後ろからの声に、驚き振り返るサリア。
そこには怪しい笑みを浮かべた商人の男が立っていた。
「探しものなら、おじさんが手伝ってあげようか?」
商人の男はジリジリとサリアに近づくが、怖くなったサリアは振り返り走り出す。
「ま、待て!」
「おい、なにやってんだ!」
サリアに近づいた男とは別の男が影から現れ、二人にサリアは追いかけられることとなった。
呼吸を整え、脳を落ちつかせる。
幸い、周囲に男達の姿は無かった。
「また、何もしてないのに……どうして私ばかりが……」
思わず涙を流しそうになる。
だがサリアは歯を食いしばり、木箱の陰から姿を現す。
丁度、そこに男たちがやってくる。
「いたぞ!」
「捕まえろ!」
サリアを見つけた男達は彼女を追い詰めるように、迫ってくる。
「私は……強くなる」
武器も力も何も持たないサリアが、唯一男達に対抗できるのは、その憎しみの気持ちだけだった……。
「あいつらに復讐するために……」
一人の男に向かって走り出す。
――もう奪われたくない。
――もう傷つきたくない。
――もう笑われたくない。
「うわぁぁぁっ!!」
サリアは男に突っ込んだ。
「ちっ、このガキッ! 放せ!」
サリアは男の腰をがっちりと掴み、放さそうとはしない。
「いい加減にしろ!」
男の肘がサリアの背中に直撃する。
肺の中の空気を全て吐き出し、逆流する胃酸が喉と舌を焼く。
「がっ……ごほっ、ごほっ……」
「ちっ、手間かけさせやがって……まあ、いい金になりそうだし大目に見てやるか……なっ!」
うずくまるサリアを男を蹴り飛ばす。
「おいおい、あんまり傷を付けるなよ」
「おっと、わりいわりい。久々に走ったから足に余計な力が入っちまった」
「ったく、気をつけろよ」
蹴った男と別の男が、サリアの髪を掴む。
「へえ、思ったより可愛い顔してるな……ちょっと、体は貧相だけど」
「まじかよ、売り物にする前に服従できないように体に分からせておくか?」
「やめとけ、やめとけ……」
サリアは、へらへらと笑う男達の顔を必死に睨みつける。
しかし、彼女にはこれ以上、どうすることも出来なかった。
「これで理解できたか?」
シリウスの声と共に、男達は力なくその場に倒れる。
「サリア……お前さんの気持ちがどんなに強くても、力が無ければ何も成し遂げられない」
シリウスはサリアを抱かかえる。
「なあ、サリア。俺が何故、こんな事を頼んだかお前さんは分かるか?」
サリアは思った、私は売られるのかなと。
「わ、私が……私がどれだけ出来るか……た、試すため……」
きっと、こんな簡単な仕事も出来ないから。
「それは違うな」
サリアは驚いた。
きっと自分の答えは肯定されると思ったからだ。
「お前さんはずっと勘違いをしている。俺はお前を試す気もないし、見捨てるつもりもない。ただ、お前にさんが素直になるのをずっと待っている」
サリアは黙って聞いていた。
「さっきの馬車の中でもそうだ、俺を殺したい……俺はそれが面白いと褒めたよな。憎いやつらを殺したいと言ったときもすばらしいと褒めた。自分の気持ちに素直になれ、余計なことを考えるな。いいか? 今のお前は憎い奴を殺せるか?」
「ころせない……」
「では、奴らが持っているものを奪えるか?」
「奪えない」
「では、奴らが落ちていく様を笑えるか?」
「笑えない」
「それじゃあ、どうやって復讐する」
「……分からない」
「だから、俺を頼れ。俺はお前さんの味方だ。困っているなら俺に言え、悩んでいるなら俺に相談しろ、行き詰まったなら俺に当たれ、俺を殺したくなったら俺を殺せ……」
シリウスはサリアをゆっくり地面におろす。
「何度も言うぞ、俺はお前さんの味方だ……それじゃあ、サリア。これからどうするか分かるか?」
「お仕事を……一緒にする」
「ま、まあ、それもそうだな。とりあえず今はそれでいい。それじゃあ、行くぞ」
そう言ってシリウスはサリアの頭を雑に撫でる。
その行為はサリアにとって初めての経験であった。
「……ありがとう」
思わず口から出た感謝の言葉。
サリアは思ったのだ。この人ならば今まで自分が知りえなかった愛というものを教えてくれるのではないかと。
シリウスならば……と。
サリアはそう思った。
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