第1話 怪しい男
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気力だけで何とか街から離れることはできたサリアだったが、彼女の体はすでに限界迎えていた。
「絶対に……復讐……す、る……」
体は前のめりに倒れても、サリアは前へ進もうとした。
一歩でも、一センチでも、ここで止まってしまったらまた誰かに何かを奪われるとそう思ったからだ。
しかし、サリアは意識を失った。
「さて、これで俺の計画が進められる……まさか、こんな所で出会えるとは」
サリアが意識を失うとほぼ同時に、長い黒髪を垂らした切れ目の男が現れる。
男はサリアの体を抱かかえ、どこかへと歩き出す。
「っ……こ、ここは……」
サリアは馬車の揺れる振動で目を覚ます。
周囲には空の檻が複数置かれ、状況的に何者かに捕まった事は確かだった。
「目覚めたか」
「ひっ……」
突然聞こえた男の声に驚くサリア、それと同時に何か武器になりそうなものを探す。
「俺は名は、シリウス・パンドクス。しがない奴隷商人だ」
もはやサリアにとって男の素性などどうでもよかった。
ただ、この場から一刻も早く逃げださなけれ、自分の命すら危ういからだ。
「まあ、俺みたいなのに突然拾われて、多少困惑もしているだろうが、勘違いしないで欲しい。俺は別にお前さんを売り飛ばそうなんて考えてない、むしろ助けてやろうとしたのだ」
シリウスが話している後ろで、手ごろなナイフを見つけたサリアはそれを持って背後から突き刺そうとする。
「おい! 危ないじゃないか」
しかし、シリウスの体はサリアが突き出したナイフを弾き返す。
「恩人をいきなり殺そうとするんじゃない。まずは、落ち着いて話を……」
「ば、化け物……」
サリアは思い出した、人の姿を借りて人間を食う悪魔の話を……きっとこの男はそうに違いないとサリアは絶望した。
どうして自分ばかりが不幸になるのだと、この世界は平等ではなかったのかと。
「その目だよ、その目……それこそが俺の求めていたものだ。はるか高みにいた人間が……それこそ自分がそうなるなんて一ミリも考えてない人間が、一番真下まで落下した時の目……すばらしい」
シリウスは手綱を握っているのに関わらず、サリアの方を向いて喋っている。
「私を食べる……?」
だが、サリアの耳にシリウスの言葉は届いていなかった。
「はぁ……これ以上は器が持たんな。どうするか……お前さん、誰かを憎んでいるんだろ? どうだ、その手伝いを俺にさせてくれないか?」
「憎む……」
その時、サリアの頭に怒鳴るブライドと下品に笑うリーナ、更には卑しい顔を浮かべるレオナルドが浮かび上がる。
「憎い、殺す……私がこうなっているは……あいつらのせい……」
絶望していたサリアの目に、憤怒の炎が再び燃え上がる。
「すばらしい。実に美しい目だが……俺の声が聞こえているか? 俺の名はシリウス。今、お前さんには二つの選択しをやろう。一つはこのまま奴隷として売られるか、もう一つは俺の仕事を手伝うか……だ。どちらにする?」
「何故? ここであなたを殺す」
サリアは、先ほどとは違い。しっかりとナイフを両手でがっちりと握り、力を込める。
「俺を殺す? ははっ、面白い。だが、さっきも見ただろうがお前さんじゃ、俺は殺せない……だが、いいぞ。お前さんが俺の仕事を手伝っている間、いつでも俺を殺してかまわん」
「今ここであなたを殺す!」
ナイフを突き出し、シリウスの無防備な背中を狙うが、先ほどと同じでナイフが背中を傷つける事はなかった。
「どうして……」
「知りたいか? お前さんが俺を手伝ってくれるって言うなら、教えてやろう」
「私はもう人とは群れない、一人でお前を殺して……あいつらも殺す!」
サリアは何度も、何度も、ナイフを突き立てるがどれもシリウスには効果がない。
「さっきから、言葉だけはしっかりとしちゃいるが、力が伴っていないぞ。いいか、殺してやるって言葉だけで人が死ぬなら、この世に人間ってやつは残っちゃいない。冷静になれ……俺の仕事の手伝いをすれば、お前さんの憎むあいつらっての殺し方も教えてやる。復讐には力が必要だろう」
「力……復讐する力……」
シリウスの言葉に、少しだけ冷静さを取り戻すサリアは、ナイフを床に置き、座った。
「とりあえず、話だけは聞く気になったようだな。で、お前さん名前は?」
「……サリア」
「サリアか……サリア、もう一度聞くが俺の仕事を手伝う気はあるか?」
「……あいつらを殺すためなら、何でもする」
「その言葉が聞きたかった。よし、もうじき付くから少し休んでいろ」
「嫌だ……」
「……まあ、好きにしろ。ただ、眠った振りだけはしておいて暮れないか?」
「何故?」
「まあ、色々と理由はあるんだが……俺の仕事に関わるかな」
「分かった、仕事のためなら仕方ない」
サリアは納得はしてなかったが仕事を手伝うといった以上、言う事を聞く事にした。
しばらく、馬車に揺られていると、人の声が聞こえてくる。
「とまれ! ギルドカードを見せろ!」
「どうぞ」
「ふむ……奴隷商か。積荷を確認するぞ」
どうやらどこかの検問のようだ。
番兵が移動する音がサリアには聞こえる、音は馬車の荷台の後ろまで来ると止まり、荷台のカーテンが突然開く。
「おい! 何だこのガキは」
「ああ、それだったらお得意さんのご注文でな……なんならお兄さんも試していくか?」
「ふん、こんなきたねえガキとやったら病気になっちまう」
そう言いながら、番兵はカーテンを閉めて、また馬車の正面側に戻っていく。
「問題ないな、よし行け」
「どうも」
そして馬車はまた動き出す。
「さあ、サリア付いたぞ。商業街ディルフィナだ」
検問を抜けると、大きな通りが続いており、周囲には多くの店が並び、人が隙間無く行き交っている。交易の要とも言える運河の発着場のある街だ。
サリアは荷台のカーテンの隙間から、人が行き交う姿やずらりと並ぶ店を見ていた。
「さてと……」
シリウスは通りを曲がった暗い場所に馬車を止める。
「おい、サリア。こいつに着替えろ」
そういってシリウスは薄汚い服をサリアに向けて投げる。
「着替えたら声をかけてくれ」
サリアは服を脱ぎ、脱いだ服を綺麗に畳む。
「着替えた」
「うーん、まあまあ似合ってるな……これでサリアも立派な奴隷だ」
「……はっ、騙した!」
サリアはナイフでシリウスを狙う。
「ふむ、やはり良いな。その諦めないという姿勢……だが、もう少し学習できると、より完璧なのだが……」
シリウスはサリアの腕を捻り、ナイフを取り上げる。
「いいか、これも仕事だ。それにサリアの元の格好じゃ目立ちすぎる。この辺じゃ貴族ってだけでも異質な目で見られる。姿や言葉、立ち振る舞いには気をつけろ。目のいい奴は何時でもお前を狙っている」
「守って――」
そこまで言いかけてサリアは気付いた。
自分と目の前の男の関係は仕事を一緒にするだけだって事を、裏を返せばそれ以外の関係ではない。もし仮に自分が酷い目にあったり、攫われてもこの男は私を助けない……自分の身は自分で守らなければならないとサリアは認識を改めた。
「実にいい目だ。さて、賢いサリアなら分かると思うが、俺の仕事はなんだ?」
「奴隷商人」
「そうだ、じゃあ街に俺が向かう理由は?」
「奴隷の売買」
「正解だ。俺はここにある奴隷を買いに来ている。サリアと同い年ぐらいの気性の激しい少年だ。首元と、どちらかの足首に奴隷の刺青がある。さて、サリアの最初に仕事はその少年を探すことだ、いいな? 金は渡す。行って来い」
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