第0話 復讐の始まり
一年ぶりの復帰作です。よろしくお願いします。
絢爛豪華の調度品がズラリと並ぶ廊下を歩く一人の少女がいる。
名をサリア・ヴァルド・マクスウェルと言い、ここ王国サジテリアでも知らぬものはいないほどの名家マクスウェル家の長女であった。
絹のように美しい金の髪を後ろで結わき、質感の良い白いシャツとグレーのプリーツミニスカートと膝まで長い黒ローブを身に着けた、可憐な少女である。
しかし、今の彼女の青い瞳には不安と焦りの強い色が見えていた。
つい先ほど、心当たりのない罪で父親から呼び出されたばかりだからだった。
「失礼します。お父様」
父親である、ブライド・シーゲル・マクスウェルは自室の机で両肘を付き、入ってきたサリアを睨みつける。
「お前は自分のした事が分かっているのか?」
ブライドの言葉には、途方も無い怒りを感じる。
「申し訳ありません。お父様……私には心当たりが――」
「お前が知らぬ振りをすると言うのなら、それも構わない。どちらにせよ、お前が我がマクスウェル家の名に傷を付けたことは変わらないのだからな。その意味は分かるな?」
彼女の言葉に嘘はなかった。
しかし、問題の根本はそこではない。
自分と同じ名を持つ人間が疑われている事実がブライドの自尊心が大きく傷つけたことが問題であった。
例え、それが間違いであってもサリアへの処遇は変わらない。
「お父様……」
「お前には失望したぞ。優秀だからと傍に置いておいたと言うのに……まさか、王子の命を狙うとはな。国王もこの件に関しては、例え我らが代々王家に使えた身であっても許す事が出来ないとまで言い切った。つまり、お前のした事はこの国の未来を潰そうとしただけではなく、マクスウェルの名を地に叩きつけたこととなんら変わらない! 本来であれば今すぐ民衆の前で反逆者として晒し首にしてやりたい所だが……慈悲深い王子の情けにより、お前の処遇は不問にするように懇願された」
王子と聞いてサリアは一つ思い当たる事があった。
先日、この国の第一王子である、レオナルド・ウィナライト・サジテリアに求愛をされ、それを断ったこと思い出す。しかし、それ以降レオナルドと関わる事は無く、ましてや命を狙うなど理由などサリアには思い当たる事はない。
それが何故、サリアがレオナルドの命を狙ったという話になるのか……しかし、この状況ではもう何を言ってもサリアの処遇が覆る事がない事だけは分かっていた。
「お父様は私ではなく、王子の言葉を信じるのですか?」
サリアの言葉にブライドは怒りに任せ机を叩き、立ち上がる。
「貴様、父親に向かってなんだその態度は! その人を小馬鹿にしたような言い方、その人を見下すような態度……どれれもこれも忌々しい女と同じ! やはりお前も、あの女と同じ……私を捨てて兄を選んだあの女と同じだ!!」
サリアは違うと否定したかった。
しかし、それが逆効果だと何度もサリアは何度も経験している。
父親は母の事となると怒りの感情に全てを支配されてしまう。
だから、サリアは口を固く閉じる。
「もういい! 今よりお前は私の子でも、マクスウェルの人間でもない! 赤の他人だ、今すぐこの家から出て行け!」
そう言ってブライドは近くにあった本をサリア目掛けて投げつける。
不意を突かれたサリアの頭部に本が当たり、痛みでうずくまる。
「痛そうな振りをするな! そうやって弱者の真似事をしていれば、優しくしてもらえると思っているのだろう……今ここで殺されないだけましと思え!」
ブライドは蹲るサリアを蹴り飛ばし、その勢いで彼女は壁にぶつかる。
更にブライドは力なく転がるサリアを何度も蹴る。
「お前がいるから! 私はあの女のことを! 忘れられないんだ! さっさと私の前から消えろ!」
容赦のない蹴りが何度もサリアの内臓を痛めつけ、終いにはサリアは口から鮮血を吐き出す。
「くっ……汚らしい……」
その時、部屋の扉が開き、少女が一人入ってくる。
「失礼しますわ。お父様……あら、誰かと思えばお姉さまじゃないの」
サリアに似た少女。名はリーナ・アイラ・マクスウェル。
サリアの一つ下の妹であり、能力はサリアに劣るが処世術に優れ、特に父親の心の隙間に取り入ることが得意である。
しかし、能力で優れるサリアにいつも劣等感を感じており、いつかサリアを殺してやりたいといつも思っていた。
「丁度良かった。そいつを屋敷の外へ放り出すよう執事に頼んでくれ。そしてリーナよ、その汚物が二度と戻ってこないよう。しっかりと見張っておいてくれ」
「はい、お父様。お任せください」
そういうとリーナは嬉しそうに部屋を出て、すぐに執事を二名連れて戻ってくる。
「さ、行きましょう」
「ああ、頼んだぞ」
リーナはブライドから溺愛されていた。
ブライドが愛した女と瓜二つの容姿で、ブライドが望みを叶え続けた彼女はもはやブライドの心の拠り所その物。それは父と娘という関係を超えていた。
だからこそ、父の心を乱す存在であるサリアが邪魔だった。彼女さえ居なくなれば父の心もマクスウェル家の未来もリーナの思い通りだからだ。
それが遂に今日という日に達成する。
執事達を連れ、屋敷の敷地の外にサリアを投げ捨てた後、リーナは執事を下がらせる。
そして、サリアの顔まで近づく。
「やっと目障りなあんたが消えてくれて清々するわ。本当は殺してやりたかったけど、王子があんまりにもあんたのことが好きみたいで許してくれなかったの。でも、王子もいずれは私が手に入れてみせるわ、そしたらあんたなんてすぐ殺してやるんだから」
もはやサリアには反論する元気すら残っていなかった。
「じゃあねー。いつまでも家の前にいないことね。そのうち本当に野良犬が来ちゃうから。あっはははは」
下品な笑い方をしながら、リーナは敷地の中へと戻っていた。
「どうして私が……」
サリアは痛みを堪え何とか立ち上がる。
「家族だと思っていたのに……」
サリアの中には絶望が渦巻いていた。
一番に信頼されるはずの家族に一番最初に見限られ捨てられる。
これは彼女にとってこれまで受けたどの罰よりも堪えるものであった。
「とにかく街を出なきゃ……」
ここは貴族が多く住む、比較的安全な居住区であるが、それは明るい内の話である。
一度日が暮れれば、どんな人間が出入りするか想像もつかない。
それならいっそ、街の外で身を隠したほうが余程安全だった。
街の外で夜を過ごす人間などいないからだ。
「はぁ……はぁ……」
痛みに耐えながら、サリアは人目に付かない様に街の外を目指す。
しかし、そこに狙っていたかのように一台の馬車が止まる。
「やあ、サリア……君をずっと探していたよ。さあ、今度こそ僕の所においで」
中から問題の王子である、レオナルドが降りてくる。
レオナルドは傷ついたサリアを見るなり、馬車に連れ込もうと手を引く。
「ご、ごめんなさい。私はあなたの好意に応えられないとお伝えしたはずです」
と言ってレオナルドの手を振り払う。
「おいおい、馬鹿なこというなよ。このまま行けば魔物にでも襲われて死んでしまうぞ? それもいいのか?」
サリアはレオナルドの言葉を無視して歩き続ける。
そう彼女にとってレオナルドという人間の傍にいることを選ぶことは死ぬことと同義であった。
レオナルドには変わった趣味があった。
それは世界中の気に入った女性を自分の傍に置きたいというものであり、レオナルドはわざわざ別荘地に豪華な家を作り彼女達をそこに住まわせたいた。
もちろん、レオナルドの趣味を受け入れ、そこに住む事を選ぶ女性もいるが、それはサリアに絶対に真似できない行為である。
サリアにはずっと欲しいものがあった。
それはサリアの母が全てを捨ててでも手に入れた愛というものだ。
だが、その愛は今まで生きてきた中で見つけることが出来なかったものであり、この先どこかで見つけられるかもしれないものだった。
それを見つけるためにも、サリアは自由を失うわけにはいかなかった。
「私は、あなたの中に愛を感じない。だから、私はあなたの傍にはいけない」
サリアの言葉にレオナルドは激昂する。
「おい! ふざけるな! 何のためにお前をここまで追い詰めたと思っているんだ、今までの女達は俺が王子だと聞けば尻尾を振って付いてきたぞ! ここまで追い詰めれば、喜んで俺に仕えたぞ! なのにお前は……ふざけるな!!」
レオナルドの言葉にサリアはピクリと反応した。
「あなたが元凶なの?」
レオナルドの話を聞いたサリアの瞳には感情の色が消えた。
「ああ? そうだよ、俺様が全部仕組んだんだよ。面倒な遠回りして、お前を追い詰めて、他に頼るものがなくなれば俺のものになると思ってな! なのに、なんでお前はそこまで俺を拒否するんだ? 女なんて、黙って強い男に抱かれてれば幸せだろ?」
その時、サリアの中で何かが弾けた。
「お前! お前ぇぇぇぇっ!!」
サリアはレオナルドに飛び掛る。
その目は殺意に満ちており、サリアの両手はレオナルドの首に向かっていた。
「う、うわあああああああ! 殺さないでくれ!」
レオナルドはサリアを押しのけると、慌てて馬車へと逃げ込む。
残ったサリアは痛みと苦しさと虚しさと悲しさで、堪えきれなくなり泣き出してしまう。
「私は……私は、今まで何のために……」
どうして私がこんな目に会うのだろうか。
今までずっと、文句も言わずに頑張ってきたのに。
どんなに嫌がらせをされても、お父様に嫌われても、家族だからといつかは分かり合えると我慢してきたのに……。
"自分の人生に意味は有ったのだろうか?"
その時、サリアは自分の中で黒い感情があふれ出すのを感じた。
どこか懐かしさを感じるその感情は、少しだけ残った心の白い部分を漆黒に染める。
そして、その心はサリアに静かに語りかける。。
(与えられた不幸は、与えた者に返さなきゃ)
もう痛みはなくなった。
(与えられた孤独は、与えた者に返さなきゃ)
もう苦しみはなくなった。
(さあ、復讐を始めましょう)
サリアは立ち上がる。
その瞳はどこか虚ろで、色を映していなかった。
そしてサリアは世界に復讐するために、歩き出す。
もし、少しでも面白いと思っていだけたら星で応援していただけると嬉しいです。
そのほか感想等、気軽に書いてください。
ここまで見ていただきありがとうございます。