執事セオドアの愛
最終話です
『修道院に入りたい』
オフィーリアの言葉にセオドアは硬直した。
セオドアには一瞬、彼女が何を言ったのか理解が出来なかった。
修道院。
かつてセオドアが暮らしていた場所も修道院であったが、オフィーリアが告げる修道院は別の意味を指していた。
貴族の令嬢にとって修道院とは社会からの隔離を意味する。
問題を抱えた令嬢への罰として強制的に入れられる場所か、もしくは意に添わぬ結婚を強いられた者が逃げ込むためにあるような場所でもあった。
施設を管理する修道院の院長によって運営の内容は異なる。善意から成り立つ修道院は孤児の受け入れも多いが、セオドアが入った修道院のように外部と悪辣な取引を行うような修道院もあったり様々だった。
セオドアが知る限り、近隣の修道院でオフィーリアの理想にあうような修道院はない。
首都にも近いセドリアン領付近の修道院は大体問題児とされた令嬢を収容するような場所として扱われているからだ。そのような場所にオフィーリアを入れるなど問題外だ。
「かしこまりました。それほどまでにお嬢様が望まれるのであれば……」
セオドアの本心は、彼女を修道院になど入れたくはない。
オフィーリアには永遠に、自分と共に在ってほしい。
それが、彼女が望んでセオドアと共にいるのであれば殊更幸いであると思っていた。
しかし修道院ではそれが叶わない。
それならば。
「ですが少しお時間をください。お嬢様が一切の憂慮を抱かないような修道院を探して参ります。どうかそれまでお待ち頂けますか?」
作ってしまえばいいのだ。
オフィーリアと自身にとって理想の修道院を。
セオドアの行動は早かった。
何せ時間がない。少しばかり待ってほしいと頼んだものの、長ければ焦れてオフィーリアが何処かの修道院に入ってしまいかねない。
セオドアは急いで最良の土地を探し、没落した貴族が所有していた別荘地を購入した。
内装の工事をさせるのと同時に働き手を探し出す。
いくつかの伝手を使い、閉鎖間近である修道院を買った。幼いセオドアが住んでいたような修道院が摘発され、閉鎖間近となっていたのだ。
賄賂に与していたシスターを調べ上げ追い出し、従順なシスターだけを雇った。
薄汚れろくに食事を与えられない子供達の数はそこまで多くなかった。
小さな子供達にも衣類と食事を与え、過ごしやすい場所で暮らせることを約束させる。
始めの頃こそ急な環境の変化に怯えていた子供達も、安全な場所に暮らし始めると慣れていった。
修道院の暮らしが慣れてきたところで、セオドアはオフィーリアに提案した。
良い修道院があるから見学に行かないか、と。
結果、オフィーリアはとても気に入ってくれた。
セオドアがオフィーリアのためだけに築いた修道院だ。オフィーリアに喜んでもらえただけでセオドアには満たされた気持ちだった。
最後の最後でとあるシスターに素性をばらされてしまったのは想定外だったが。
オフィーリアは今、修道院で暮らしている。
ここには彼女を呪いの令嬢と揶揄する声もなければ、婚約者を紹介してくるような知り合いもいない。
幼い子供達と過ごし、慣れない畑仕事をしたり食事の準備をしては失敗して、時々落ち込んでいる。
それでも以前のようにふさぎ込むことはなくなった。
セオドアは相変わらず傍に居た。
従来修道院に未婚の男性がいることは禁じられているのだが、院長であるセオドアにそのルールは適用しない。セオドアが修道院の法律なのだ。
買われた立場であることを重々承知しているシスター達も口を挟まなかった。後ろめたい思いを抱きつつも、セオドアをいない者として扱ってくれている。セオドアに叛意した者の末路を彼女達はよく知っているのだ。かつて修道院で甘い汁を啜っていたシスター達を見てきた彼女達は、何の罪悪を感じることもなく必要ない者を切り捨てるセオドアの冷酷さを目の当たりにしていたから。
同じように扱われないために何をすべきか、よく分かっていた。
セオドアは柔らかな笑みを浮かべる。
修道院で生涯をオフィーリアが過ごすというのならば、セオドアもまた生涯を修道院で生きることだろう。
人並みに結婚し、愛し合い、彼女との子供を授かり老後まで共に暮らしていくという漠然とした夢を持ってはいたものの、今の状況と大して違いはないと思い満足していた。
肉欲だけが全てではない。
子を設けることだけが愛の証ではない。
睦言を交わすだけが愛でもない。
死ぬまで傍に居続けられることこそが、セオドアにとっての愛だ。
オフィーリアからの拒絶は絶望を意味し、オフィーリアとの隔離は死を意味する。
だからこそ、セオドアは言葉通り死ぬ気で成り上がった。
オフィーリアと一緒にいるには必要だという爵位を手に入れた。
オフィーリアが別の男と結婚しないよう裏で手を回した。
オフィーリアが修道院を望むから修道院を作り上げた。
そこまでひたすらにオフィーリアを求めたセオドアでも気付かないことがあった。
オフィーリアが、セオドアを好きだということを。
執事セオドアは気付かない。
それでも彼は、幸せなのだ。
「セオドア」
「何でしょう? お嬢様」
以前より少しだけ前を向き、目を合わせて話すようになったオフィーリアの隣にセオドアは立つ。
セオドアはか細い声で自身の名を呼ぶ彼女の声が好きだ。
「もしこの先……貴方に好きな人が出来たり、他の仕事がやりたくなったら」
「そのような未来はございません。私はお嬢様と共に在りますよ」
「そう……ねぇ、セオドア。実は考えていたことがあるの」
セオドアの表情が少しだけ強張る。勿論、オフィーリアには気付かないほんの少しの動きだ。
オフィーリアがこうしてセオドアに向けて考えていることを告げる時は、大概セオドアにとって予想外なことばかりだ。
それでも構わない。
どんな困難な課題であろうともセオドアは解決させる。
爵位を得ることも修道院を作ることも容易いこと。
そう。
あなたの愛を手に入れるためなら。
私は何だってしてみせる。
ブクマ、評価ありがとうございました。短いお話でしたが楽しかったです!