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伯爵令嬢オフィーリアの我儘

 フィリア修道院の見学後。

 すぐに私は修道院に入る手続きを進めた。

 父は月に一度会いに来ると約束をして別れた。


 修道院で生活を初めてから分かったことは……


 やっぱり私は甘い考えだったということ。


 生まれてからずっと使用人に世話をしてもらっていた私は何も出来なかった。

 掃除の仕方も分からない。

 子供とどう接すれば喜んでくれるのか、泣き止んでくれるのかも分からない。

 

 お皿を運べば割り。

 食事の盛り付けは下手。


 心が癒されるどころか落ち込む日々だった。


 それでもシスターや子供達は優しかった。


 慣れていけばいいのだからとシスターは言う。

 教えてあげるよ、と子供達が私に教えてくれる。


 優しい人達に支えられて落ち込んでばかりいられない。

 少しずつだけれども、私も生活に馴染んでいった。


「お嬢様」


 窓拭きを終えた私の元にセオドアがやってきた。

 手には薬用のクリームを持って。


「…………別にいいのに」

「そうもいきません」


 彼は毎日、私の手に薬を塗る。

 水仕事をしたことがない私の手は他の子達に比べて皮膚も柔らかく、すぐにあかぎれができる。

 だから、こうして毎日セオドアが薬用のクリームを塗ってくれる。


 近くの椅子に座り、私は汚れた手を彼の前に差し出した。

 セオドアは慣れた手付きで私の指に、手の甲に薬を塗っていく。


「……ねえ、セオドア。いつになったら本当のことを教えてくれるの?」


 私は毎日彼に投げかけている質問を、今日も投げる。

 

「何のことでしょう?」


 毎日同じ返答をされる。


「私、やっと執務室に入ることが出来たから調べたのよ? 室長の書類には貴方の名前が書いてあったもの」

「セオドアなど同じ名を持つ者は大勢いますから」


 まるで子供をあしらうように、彼はいつもはぐらかすから。

 私は未だに真実が分からずにいる。


 彼が、セオドアがフィリア修道院の院長ではないの? と。

 私はずっと彼に質問している。

 けれど彼はいつだってはぐらかす。

 私が真実を知っているとしても、今のようにはぐらかして会話は終わる。


「…………そう」


 だから私もこれ以上問いかけることが出来ずにいる。


 けれど私は何処かで彼の回答にホッとしていた。

 もし彼が本当に院長なのだと答えられた瞬間、私達の立場は逆転する。

 私は修道院に仕える者の一人で、彼が院長であるのなら。

 少なくとも彼は今隣に立ち、私を甲斐甲斐しく世話をしてくれることはないのだから。


「薬も乾いてきたようなので、もう動いて構いませんよ」

「分かったわ」


 私は立ち上がり次の仕事場に向かおうと思った。

 けれど一度止まり、後ろからついてくる執事を見上げた。


 セオドアは私が立ち止まると同時に足を止め、黙って私を見つめていた。


「いかがなさいました?」


 じっと見つめている私の視線に彼が尋ねる。


「ねえ、セオドア。貴方はずっと私と一緒にいてくれるの?」

「勿論です」


 即答だった。


「私がセドリアン家から正式に名前がなくなっても?」

「勿論です」

「それじゃあ、私は貴方にお給金も払えない」


 今はまだ修道院に身を置きながらも父の温情からセドリアン家の一員のままだった。

 修道院で生涯を過ごすのであれば、元の家の名を捨て、一人のシスターアリシアとなる必要がある。

 父や他のシスターからもすぐに答えを出す必要はないと諭された。

 けれど、今後私が名を捨てる時は来るだろう。

 その時こそ、私はセオドアと別れの時だと思っていた。

 けれど彼は名を失っても仕えると言う。


「私が貴方にあげられるものなんて、何一つも無いもの」


 私には何もない。

 婚約者に三度も捨てられるような女なのだ。

 

「とんでもないことでございます」


 セオドアが膝をついた。

 私の前で膝を折り、薬を塗った手を取り甲に唇を寄せた。


「私はいつも貴方から与えられてばかりいるのですから」

「私が? 何を与えているというの?」


 執事である彼に何も報酬を与えたことなんてない。

 セオドアは穏やかに笑みを浮かべるだけで、答えない。

 すると、もう一度唇を甲に押し当てた。

 セオドアの唇が当たる箇所だけが熱を持っているみたいで、私はじわじわと頬が熱くなるのを感じていた。


「……いずれ分かりますよ」


 含みのある答えだけを告げてセオドアが立ち上がる。


「参りましょう」

「ええ……」


 私には全く分からないが、彼が良いというのなら良いだろう。

 歩き出す私の歩幅に合わせ、セオドアがついてくる。

 必ず二歩ほど後ろの距離を一定に保ったまま。

 ほんの僅かに感じるセオドアの気配が当たり前になってしまった私にとって、セオドアがいない生活は想像が出来なかった。


 いつだって一緒にいた。

 幼い頃から、彼が屋敷にやってきてからずっと、ずっと。


(これじゃあ駄目ね……)


 私は自分に叱咤する。

 いつまでもセオドアの依存から抜けられない。

 彼から離れたくて、婚約だって望んで決めたというのに。

 三度も決意して、そして目論見は悉く白紙になったから。

 だから修道院にまで行くと決めたのに。


 セオドアが好きだった。

 恋というものを意識するならば、それはセオドアを意味するのだと気付いてから私の心はずっとセオドアのものだった。

 けれどそれではいけない。

 身分も違うし、美しい彼が自分に相応しいなど到底思えない。それこそ彼に対する侮辱だと思った。

 だから忘れようと、彼の想いを捨てようと父から婚約者の話を聞いたら受け入れるつもりだった。


 けれど思い通りにならない。

 未だに彼は、相変わらず私の後ろを歩いている。


 まだ傍にいてくれることに悦びを抱く、そんな自分が愚かで醜くて嫌いだ。

 だから早く……早く彼から離れたい。


 こんなにも浅ましくセオドアを慕ってしまう自身を彼から引き離すために。

 私はこれからも自分に抵抗する。


 彼に愛を告げるような、愚かな行為をするよりも前に。

 早く彼から離れてみせる。


 けれど。


「セオドア。明日は一緒に買い出しについてきてくれる……?」

「勿論ですよ。私はいつでも貴方のお傍におりますから」

「…………ありがとう……」


 せめて今だけでも。

 この我儘な恋を許してね。


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