後編
「パパぁ〜?」
「ん……」
朝か。
可愛らしい子どもの声と、スズメの鳴き声で目が覚める。まともな体勢で寝ていないから、身体中がひどく痛んだ。せっかくのスーツもシワだらけだ。
「今……何時だ? ヤスエ……」
二日酔いに歯を食いしばりながら立ち上がると、目の前に見知らぬ少女が立っていた。
「ヤスエ……?」
「……どうしたの? パパ?」
「……いや」
夢から覚めた。目の前には、愛娘のキョトンとした顔があった。
「何でもないよ……ヤスエ。なんだか酷い悪夢を見ていたようだ……」
俺は頭を振った。まだ頭痛が酷い。全く、《代行》だの《代行》だの、それから《代行》だの。本当に悪夢だった。
「ちょ、やめてよパパ!?」
本物の家族だ。俺は思わず感極まり、娘を抱き寄せようとして、普通に嫌がられた。年頃の娘の、冷たい反応が、実に本物っぽい。
「キモい!」
「どうしたのヤスエ? あなた?」
騒ぎを聞きつけ、リビングから妻が顔を出す。玄関先で、妻と目が合った。こちらも、《代行》ではない、見知った顔だった。俺は安堵のため息を漏らした。
「あらやだ、そんなにジロジロ見ないでよ。私の顔に何かついてる?」
「いや……綺麗だなと思って」
「まぁ、ちょっと何言ってんのよ朝っぱらから」
「ねえママ、パパったら、さっき私のこと抱きしめようとしたのよ!?」
娘が頬を膨らませて妻の方に駆け寄る。俺は見知った玄関から、それを宝物のように見つめていた。いや、”ように”じゃない。本物の宝物だ。自然と目が緩む。本物のヤスエが、本物の俺を指差して、言った。
「……キモいと思わない? だってあの男の人、ただの《代行夫》サービスの人なのに。あ〜あ、早く本物のパパ、帰って来ないかなぁ……」




