1、右も左も分からないんです
「強そうに見えても心はとても弱くて助けを求めているかもしれない。お父さんはそういう人を助ける人になってほしいんだ。どうか人を見た目で判断せずに寄り添ってあげる人になってほしい。お……さんはいつも……色んな人を助けて…いた。お前も……お……さん、み、たいに。」
「さ、ん。お父さん!」
はっと目が覚めた。周りには背の高い棚に本がみっちりと並べられている。
「ここは?」
酷く頭が痛い。こめかみを抑えながら立ち上がる。どうやら図書館のようだ。それもとても大きく広い図書館。
「ちょっとここは図書館ですよ。大きな声を出さないでください。」
と若い男の人に注意される。なんだか変わった格好だ。上から下まで真っ白でなんだかファンタジー映画の魔法使いみたいなローブを肩にかけている。
「すみません。」
私はとにかく平謝りする。目の前の男性は私を見てギョッとした表情で小声で言う。
「お葬式帰りですか?とにかくもう閉館時間ですしお帰りください。」
「ああ、はい。」
ていうかここはどこ?それに自分が誰かも思い出せない。こんな大事な事を忘れる?血の気が引いて気が遠くなりそうだ。
「ほら、早く。」
男の人は少しイライラして言う。この言葉にハッとして彼に聞く。
「すみません。ここはどこですか?」
「だから図書館ですよ。」
と何もない所から地図を出した。
「え、手品ですか?」
「テジナ?何を言ってるんです?ほらこの地図通りに行ってください。」
地図を開き教えてくれるが内容よりも地図の絵や写真が動いている。
「えっ動いてる!!何?ホログラム?」
「あんた何を言ってるんですか?魔法の初歩じゃないですか?」
「魔法?」
「魔法。」
魔法?記憶がなくても分かる。私の常識ではそんなものは存在しなかったと。
「魔法!!!」
「うるさいですよ!」
「ちょっとレオ君何を騒いでいるんです?」
彼の後ろから背の低い男性が現れた。50代位かな。じゃなくて!!
「魔法?!何を言ってるの?魔法なんて空想の!!産物!!」
「「はい?」」
あれ?嘘でしょ?私がおかしいの?
「君は?」
若い男の人の前に立って男性が優しい声で聞いてくれる。
「私?それがよく分からなくて。自分が誰なのかも分からないんです。」
「そうですか。レオ君、彼女はどこに?」
「さあ?そういえば急にここに現れましたけど。魔法を使えば可能だし特に深く考えていませんでした。」
「そうですか。それに見てください彼女の装い私達と違いませんか?」
「まあ言われてみれば。」
レオ君と呼ばれた若い男の人が私をジロジロと見る。私も自分の格好を確認すると彼が言った通り喪服を着ているようだ。だが何も思い出せない。
50代位の男性はフリルの襟が付いたワイシャツに緑の蝶ネクタイ、緑のベストに緑のズボンを履いている。
「彼女は多分、転移者です。」
転移者!!異世界!!って事?嘘でしょ!
「そんな!もう病魔は!」
病魔?
「ええ、ですが文献で見た事があります。彼女の足元。」
と指をさされたので見ると5行程文字が書かれている。なんだこれ?
「これは…嘘でしょ。だって1年前に黒の王夫妻が結界を張って。」
黒の王夫妻……。王って事はこの国の?
「そうですね。ですが誰かが儀式を行ってしまった。」
「でもあの儀式を行うには魔力がいるし王夫妻も神父様も騎士団長様もなしで?」
「だから彼女は記憶を失ってしまったのではないでしょうか?」
「まさか、そんな。」
ダメだ全く理解できない。とにかく私は異世界へ来てしまったという事だけは分かる。この場所は異質だし。
「とにかく黒の王夫妻に謁見の予約を。」
えっそんな歯医者さん予約するみたいな感じで?王に会えるの?
「はい。」
いや、はいって。マジ?
「とにかく今日はレオ君の家に泊まらせてあげて。」
「はいって!ええ!やですよ!」
「私、新婚さんだから。君は独身でしょ。それに君は女性に酷い事はしないし。明日朝1番で王城前に。戸締りは私が代わりますからね。よろしくね。」
「…はい。」
そんなに嫌そうにしなくても…。
「すみません。」
「じゃあついてきて。」
ムスッとしたまま歩き始めた。歩くスピードが早いので必死について行く。私はとにかく今は彼に縋るしかないのだから。