【2】
「ようこそ!地獄へ、ヒヒン!」
その言葉を聴いたとき、照井陽斗の思考は一瞬停止した。コンビニの出来事、この妙な場所、そして牛頭馬頭の登場。薄々気づいたけど、こうはっきりと言われるとやっぱり衝撃でした。
悲しさより、絶望より、先に湧き上がる感情は申し訳なさだ。両親の悲しんでいる顔を想像して、申し訳ない気持ちがいっぱいになった。陽斗は長い溜息をついて顔を俯いた。
そんな陽斗の内心をお構いなしに、牛頭が言った。
「一応、自己紹介しておく。わいは牛頭、こちらは相棒の馬頭。頭を見れば間違い筈ないだろう。見よこの立派な角!」
言って、牛頭は自分の角を見せびらかすのように数回叩いた。馬頭も同じく自分の特徴を強調した。
「そして、おいらの美しいたてがみを見れば二人の分別もつくだろう。」
馬頭も自分のたてがみを自慢げに指で梳く。暫くその感触を堪能すると、急に動きが止まった。
「いけない。仕事を忘れる所だった、ヒヒン。」
「モオー、今回帰ってくるのは早いな。毎回自分の世界に入ると中々帰って来ない。」
「流石に今日の“魂”の数が多い。ぐずぐずしていると、閻魔様から大目玉を食らう。」
「それもそうか。お前ら、今から言う事を良く聞けよ!」
陽斗は二人の会話に少し困惑した。
(先から、まるでここに大勢いるみたいな言い方だけど、ここは俺一人だけよな?)
馬頭は陽斗の疑問を答えるように説明した。
「まだ戸惑ってる人がいるみたいね。まずは自分の周囲を御覧なさい。」
陽斗は言われたとおりに周りを見渡した。すると、誰もいなかったはずの右側に、一人の老人が立っていた。老人も驚いた顔で陽斗を見つめ返した。
「うお!いつの間にこんなに人がいっぱいいた?」
陽斗の前後左右に人が次々と現れた。男女老若問わず、皆がお互いの存在に気づいて、一様に驚いた。
牛頭が愉快に笑った。
「ははは、驚いてる驚いてる。」
馬頭は相棒を無視して、続けて言った。
「今のお前たちは魂の状態。魂には形は無い。しかし、そこの松明の炎、廻光火に照らされて、生前の姿を元に魂に形を与える。先の暗闇の中で、自分の姿を認識出来るのは自分だけだ。他人の魂を見たら、青い炎だけが見えただろう。」
陽斗は納得した。
(成る程。先の青い炎は全部、人の魂か。元々ここに人がいっぱい居たな。自分の事が見えるのは自分の姿が魂に刻まれたからか。)
今度は牛頭が説明した。
「今からお前らを一人ずつ閻魔様の前に連れ出す。そこで審判を受けてもらう。へへ、無間地獄に残るか、転生するか、お前ら生前の行い次第だ。逃げるなんて考えないことだ。さもないと...」
牛頭の手には突如巨大な斧が握られた。馬頭の手にも同じく巨大な槍が握られた。牛頭が斧の石突をゴツンと地面に叩いた。一帯の空気も一緒に震えた。
「こいつでお見舞いする。分かったか?」
皆が慌てて頷いた。牛頭が満足そうに斧をしまった。
「モオー、よろしい。では、一人目は...」
陽斗は自分の順番が回るまで大人しく待っている。
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待っている間に、陽斗は自分の短い人生を振り返った。悪い事はしなかったと思う。ところで、カンニングは悪い事に入るのか?小学生のときは一回や二回くらいカンニングをしたと思う。別に誰かに害をなしたわけでもないし、悪い事ではないと思う。
カンニングについてもう一つ思い出す事があった。試験のとき、何回もクラスメイトに答えを見せることがあった。これは立派な人助けだろう。なら、これはいい事に入るのか?
あれこれを考える内に、陽斗の名前は馬頭に呼ばれた。
「次の人!照井陽斗!」
陽斗の居場所を探す素振りもなく、真っ直ぐに陽斗の方を見る。どうやら、ここ全員の名前を既に知っている。陽斗は挙手しながら、小走りに馬頭の前まで行った。
「はいはい!ここに!」
「よろしい。ではついて来い!」
馬頭は背を向けて建物の中に入った。陽斗も慌てて追いかけた。外から中の様子が見えないがここもまた奇妙な所だ。
遠くまで続く長い廊下。この廊下は大きい池の上に建てられた。周りには松明の類が見えなかった。代わりに、この池が蒼く輝いた。よく見れば、池の中に泳いでいる鯉たちが蒼く発光している。
陽斗はこの光景に目を奪われて立ち止まった。
「凄いなここ。何て魚です?」
別に答えを求めた訳ではないが、意外にも馬頭が答えた。
「本当の魚じゃない。式神だ。」
「式神?」
「あの魚は元々光の精だ。陰陽師がそれを召喚し、魚の形を与えた。」
「へえ、なるほど。」
馬頭はまた歩き出した。陽斗も素直についていく。二人はそれ以上会話を交わしていない。廊下を踏む足音と、たまには水が弾ける音だけが聞こえた。
陽斗はふと一つの疑問が浮かんだ。恐る恐る聞いてみる。
「馬頭...様、一つ聞いていいですか?」
「なんだい?」
「ちょっとした疑問だけなんです。ここから逃げ出した人はあったのですか?」
馬頭が立ち止まって、振り返った。陽斗の顔をじっと見つめる。馬の頭なので、どういう表情なのか陽斗も読み取れない。
「ああ、あったよ。偶にはやんちゃな魂がここに来る。ここに暴れた後外へ逃げた。」
「あったんだ。その人は今どうなるんですか?」
「さあな、野垂れ死にしたか、はたまた暴れ続けたか。ヒヒン!」
「魂が死んだら、どうなるんですか?」
「そのまま消滅、存在自体も消えた。火が消えたように、あっさりと。」
「捕まえて連れ戻さないんですか?」
「人手不足でな。そういう魂は放っておけと、閻魔様から御達しだ。」
「そういう事情ですか。」
「お前も逃げるなんて考えないよね?」
馬頭の目が光っているように見える。陽斗は慌てて手を振った。
「いいえいいえ、そんな事全然考えません。」
「ならよろしい。ほれ、着いたぞ。」
大きいな銅製の門の前に止まった。どうやら、廊下を真っ直ぐに歩けば、突き当たりにはこの門がある。馬頭の身長は2mくらいなら、この門は3mくらいある。両開きの門で、開けるだけで苦労するだろう。
馬頭は声を張り上げた。
「照井陽斗!連れてまいりました!」
中から抑揚ない男の声が答えた。
「入りたまえ。」
陽斗の体も緊張する。いよいよ閻魔様との対面だ。




