5~最終話~
魔族の軍と王太子の軍は停戦状態になった。
王太子は、軍隊のほとんどを現場に残したまま、王城へ戻る。
そして、王城の人間に告げた。
「今は停戦状態だが、いつまた攻撃を仕掛けてくるかわからない。勇者も魔王と奮闘を続けているらしいが、どうなるか分からないので、仕事より、各々が大事だと思える人とともに避難せよ。王城だからと言って安全ではないのだ。」
王城に勤めるほとんどの使用人は、それを聞いて避難を開始した。せめて、この危機を大事な人と過ごしたいという思いもあったであろう。
王や宰相、その一派は、王城のさらに奥の奥にある森のシェルターに避難した。前回の魔王との戦いの時に造られたもので、一番頑丈にできている建物であった。森に隠されたそれは、一見建物のようには見えず、そこまで広くない為に、王達の世話をする使用人は、その手前にある森の入り口の建物に残された。
「王や宰相は私達を見捨てるつもりだ…」
使用人から不満が上がったが、絶大なる権力の前に逃げ出すこともできなかった。
「王は逃げたが、王太子殿下は最後まで戦ってくださるとのこと、王太子殿下を信じるしかない。」
使用人や城下町の人々は祈った。王太子殿下と魔王討伐へと向かった勇者を信じ、祈った。
それぞれの避難が済んだ頃、魔族が今一度攻め込んできた。
同じように王太子が先陣を切り魔族と戦いを繰り広げる。
魔術師は、城下町入り口で、魔族が城下町の中に入らないよう食い止めていた。
その時、人々の心に、澄んだ女性の声が聞こえた。
「皆様、申し訳ありません。魔王がそちらに向かいました…!」
「シホの声だ…」
雑貨屋の女性はすぐに気づいた。なぜ、彼女の声が直接聞こえるのか。
刹那、空が真っ暗に染まる。一瞬で恐怖に支配されそうな禍々しい気配が街と王城を包んだ。
「待て!やめるんだ魔王!」
今度は、勇者の声が街と王城に響く。
人々は、空を仰いだ。建物の中にいる人は窓を開け見上げた。
そこには、ぽっかりと大きな空間があり、魔王と勇者が対峙していた。
「人間は、魔族に危害を加えた。我らは、ただ棲み家を脅かされたくないだけ。ならず者を止めろと王に言えば、王はどうした?我を討伐するだと?笑わせる。我は全てを終わらせる。」
魔王が口を歪ませる。
「ダメだ!それ以外の解決法もあるはずだ!」
そう言いながら、魔王と勇者は剣を交えていた。それを人々は固唾を飲んで見守った。
「魔王よ!協定を結ぼう!我らは、魔族に危害を加えない。魔族も人間に手を出さないでくれ!」
城下町入り口で、王太子が叫んだ。前線から急いで戻ってきたのだろう、肩で息をしていた。
「遅い。」
魔王が一言呟くと、一気に魔力が膨れ上がった。
「私が皆様を守ります!」
心に直接聖女の声が聞こえたかと思うと、城下町と王城、そのすぐ裏にある森の入り口の建物までを暖かな光が包み込んだ。
どこまでも安心できそうなソレを感じた人々は気づいた。
これが、伝説の勇者とともにいた聖女の最高魔術「聖結界」だと。
次の瞬間、どこまでも黒い魔力の塊が魔王の手から放たれた。
そして、結界の上を滑り、王城の裏にある森は一瞬で消し飛んだ。堅牢と思われたシェルターの影もどこにもなく、剥き出しの大地のみが、そこにあった。
ドゴォ…ン!という爆発音の後、一瞬の静寂に包まれたが、直ぐに魔王の笑い声が聞こえた。
「ふはは!勇者と聖女よ、さすがだ。そうだな。その力に免じて…王太子よ。取り引きをしようではないか。」
そして、王太子の姿は、一瞬で消えた。
戦っていた魔族も引き上げていった。
魔術師と副指揮官が、残された軍隊と人々をまとめた。
「これでいいか。」
魔王は、気だるげに王太子を見た。
「はい。目の上のたんこぶは消えました。これからは、私がならず者どもの面倒を見ます。魔族の棲み家には近づかせません。警備も増やします。ただ、我らとて魔力が必要です。森に入らないことはできません。」
王太子は魔王を見据えた。
勇者と聖女の存在をしっかりと示しつつ、王とその一派を排除する。そして、魔王が話し合いのできる存在というところまで人間に理解させるまでがシナリオであった。だが、それ以上のことはまだ決めていない。
「テリトリーをしっかり決めるのはどうかしら?目印をつけて、これ以上は魔族の棲み家、こちらは人間の立ち入る場所、みたいに。」
真帆がポソリとこぼした言葉に、魔王と王太子は真帆を見た。
「確かに、それならば無駄ないざこざはなくなるよね。」
叶もウンウンと頷く。
「では、その境界付近に衛兵を置き見回りをさせてはどうでしょう」
総指揮官も思案しながら口を開いた。
「では、そうしよう。また問題が発生するようならば、その都度話し合いでもしようではないか。」
魔王が王太子を見ると、王太子も頷く。
「争いをしたいわけではない。意思疎通さえできれば、共存できるはず。」
こうして、そこから細かいところまで話し合い、魔族と人間は協定を結んだ。
魔王の手により、シェルターに逃げた王と宰相その一派は一掃され、王城は混乱を極めていたが、絶大なる権力がいなくなった今、王太子の手腕が発揮され落ち着きを取り戻しつつあった。
王太子は、王の葬儀を済ませた後、王になった。
税も適度なものに戻し、無理やり奪ったような品物は民に返還した。
おかげで、城下町も活気を取り戻し、住みやすくなったと評判になった。
勇者と聖女である叶と真帆は、暫く王城に留まり手厚い歓迎を受けた。
元の世界へ帰ることも考えたが、そこまで未練もなかったし、何より真帆がこの世界を満喫したいと言うので、旅に出ることにした。
魔女にも会いに行き何気ない会話をしていると、ユラリと魔王が現れた。
たまには、魔王の城にも来てくれというので、魔王の城にも行った。真帆はもちろんのこと、叶も王太子が下準備として人々を避難させている間、魔王の城でお世話になっているので、魔王直属の魔族とも顔見知りだから居心地は悪くない。
ある街の境界線近くの衛兵がいる建物に行くと、精鋭部隊にいた隊士と魔族が外の広場で酒を飲み交わしていた。
総指揮官と精鋭部隊も叶と同じく魔王の城に暫くいたので、気があう魔族ができたようだ。
叶と真帆は微笑みあった。
「予測不可能だからと言って恐怖に負け対立するより、相手を知ろうと歩み寄った方が、こんなに素敵な世界だわ。」
「そうだね。トップが違えばこんなにも違う。あの王太子は…いや今は王か。彼はとても素晴らしいね。」
叶が真帆に答えると、真帆は静かに首を振った。
「叶が頑張ってくれたおかげよ。」
「それを言うなら真帆だって。魔王に連れ去られたって聞いた時は少しだけ生きた心地がしなかったけれど。」
叶が苦笑する。
「それは申し訳なかったわ。魔女がそんな言い方をするとは思わなかったの。自分の意思で行ったから。」
でも、と真帆は続ける。
「叶がいたから、できたことよ。叶と、魔王のもとでもう一度会うと、約束したから。」
どこまでも澄んだ笑顔で真帆は叶を見上げる。
「…俺も、真帆との約束があったからここまで来れた。狂わずにもいられたかもしれない。」
叶も、穏やかに真帆を見つめる。
二人は、どちらからともなく、キスを交わす。
広場では、隊士と魔族の笑いあう声が聞こえる。
近くの森は青々と繁り、日の光を反射し幻想的に風に揺らされ、空はどこまでも高く、青く澄んでいたー
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