2~叶side~
叶は、真帆と別れてから総指揮官のいる訓練所へと戻っていた。
まだ、時間は遅いままだ。真帆が初めて使ったと思われる魔術がどれだけの時間効果が続くかわからなかったが、あの時点で少なくとも城下町に紛れこめるようになることは理解っていた。真帆は頭がいい、ここの警備がどれだけ優秀かはわからないが、逃げ切れると踏んでいた。勇者である叶は、真帆や他人のステータスの詳細を知ることはできないが、パッと見ただけでどれほどの実力を持っているか肌で感じることができた。
だから、自分の基礎能力が如何に高くとも、自分に戦闘技術を教えてくれると言った総指揮官には足元にも及ばないことも瞬時に理解し、教えてくれることは全て吸収するんだと意気込んだ。
強いに越したことはない。
それは、叶達がいた世界で学んだことだ。真帆とは幼馴染みで小さな頃からいつも一緒に遊んでいた。まるでそれが当たり前かのように。
今思えば些細な出来事だったのかもしれない。でも、叶が真帆を総てから守りたいと思うことがあったのは事実。そして、強くなければ、そして人間関係の重要さも含め叶はただひたすらに、真帆を守る為だけに努力した。
何故、そんなに好きかわからないが、叶にとって真帆は唯一無二の存在だ。勝手にこちらの世界に連れてきておいて、牢屋に入れただと?叶の腸は煮え繰り返ったが、今すべきことは怒鳴り散らすでも暴れるでもない。
ずっと見守ってきた真帆を、自分の手に取り戻す為には何もかもが足りない。
まずは、真帆が教えてくれたように、この王国全員が真帆を排除しようとしているわけではない。
誰が味方で、誰が敵か、見分ける必要がある。今までもそうしてきた。そうして、幸いなことに叶は勇者だ。まずは戦闘技術を磨き、力をつけねばならない。
そこまで考えて、叶は真帆の魔術が発動する前に総指揮官に教えて貰った基礎を何度も練習し、他の時間が普通に動きだすまでに基礎を完璧に仕上げた。
「素晴らしいですね、これが勇者の力なのか、それともキョウ様自体が素晴らしいのか。」
基礎の確認をして貰った時の総指揮官の言葉だ。魔術が発動したことに気づいていない。叶はにこやかに笑い
「いえ、総指揮官殿の教え方がとても分かりやすいからですよ、あと、この世界にきてから身体が軽いんです。」
と答えた。
「これならば、もしかしたら一緒にこられたシホ様にも素晴らしい能力が開花されているかもしれませんね!一週間でこちらの言葉を覚えたことといい、大変聡明な方だと思いますし、離宮で何か学ばれるといいでしょうが…」
総指揮官の表情は明るい。叶は、総指揮官は王の決定を知らないのだと思った。もちろん自分も知らないフリだ。
「真帆は本当に素晴らしい人物です。まさか知らない世界に来て離ればなれになるとは思いませんでした」
叶が苦笑してみれば総指揮官は申し訳なさそうにした。
「申し訳ありません。上の決定には私とて口を挟めず…、でも、離宮にいれば安全です。…キョウ様には危険な目にあわせてしまいますが少しでもお力になればと全力で支えさせていただく所存です。」
本来の離宮とはどの建物なのかわからないが、完全に部下を騙しきっている王を思い腹が立つ。そう言えば、召喚された時に一人だけド派手なマントを羽織ってえらそうに椅子にふんぞり返っている太った男がいたことを思い出した。王とは、アレのことだろう。見た目から嫌悪感しかないような、嫌な雰囲気だった。どうやってあの場所から引き摺り下ろそうかと考えながら、そんな感情は微塵も見せずに、総指揮官のもと、訓練を再開した。
さすが勇者の能力と言おうか、3ヶ月経つ頃には、総指揮官と並ぶほどの実力をつけた。
魔術という魔術も剣技もどんどん吸収していく。魔族討伐にも一緒に赴き、軍隊にも実力を見せつけ、叶はその存在を王国中に広めることになる。
王太子もそれなりの実力者のようで、たまに剣を交わしたりもした。自分達を召喚した魔術師も叶の魔術を見て驚愕して、この二人とはいい関係を築いていた。
少なくとも、王太子に魔術師、総指揮官は真帆が本当に離宮で過ごしていると信じているようで、たまに離宮の様子を教えてくれたりもした。
もちろんそれは、王や宰相の部下からの報告によるもので、嘘だ。本当は会わせてやりたいし、自分達も足を運びたいが、異世界の住人ゆえに厳重に警備されていて王太子すらも離宮に近づけないとのことだった。
王と宰相にも一度会ったが、王は下卑た笑いで魔王を倒した暁には真帆ともう一度会わせてやると言ってきた。その言葉に宰相は目をキョロキョロさせていたので、きっと宰相は王にも嘘の報告をしているのであろう。この敷地内に真帆がいないことを知っているのは宰相だけのように思えた。だが、叶は牢屋に入れるように命令した王とて許す気はないのだけれど。
真帆とは、毎日寝る前に通信石で話をした。さすが彼女と言えようか、うまくやっているようだった。はじめは城下町にいたようだが、どうやら宰相の部下がうろちょろと真帆を捜しているようなので髪色を変えて城下町から少し離れた森の中の魔女のもとで過ごしているらしかった。彼女もそこで、魔女に色々なことを教えて貰っているようで、少しばかり楽しそうでもあった。新しいことを覚えていくのが何より好きな彼女だ。嬉しくもあったが、少しばかり息苦しい王城にいる自分とは違う環境の彼女を恨めしくも思えた。
が、たまに聞こえる彼女の切ないタメ息と言葉が叶を奮い立たせた。
「叶、早く、会いたいわね。」
ある日、突然真帆と連絡がとれなくなった。叶は焦った。今まで一度だって連絡できなくなることはなかったからだ。欠かさず毎日寝る前に声を聞いていたのだ。
誰かに…!と思ったが、叶が真帆と通信しているのを知っている人物はいない。誰にも話していないからだ。そもそも味方と思われる王太子達は、真帆は離宮にいると信じている。居ても立っても居られずに部屋の中を動きまわっていると、初めて、叶の持っている通信石が青く光った。念のため、と言われて総指揮官から通信石を貰ったが、使う時がなかったのだ。基本的にすぐ連絡できるところにいたし、魔族討伐時にも特に必要なかった。はぐれたとか、よほどの緊急時にしか使わないものなので、とりあえずお守り代わりにと渡されたものだからだ。
真帆は、叶の環境に気を使っていつも叶からの連絡を待っていたので光ることはなかった。
その、通信石が光っている。一瞬、通信を取るか考えたが、もしかして総指揮官からの緊急の可能性も、と考え、努めて冷静に通信石を手に取った。
「聞こえるかい?キョウ、とやら。」
聞こえた声はしわがれていて聞いたこともなかった。
「…誰だ」
低い声で問いかければ、相手のタメ息が聞こえた。
「ずいぶんと警戒してくれるね。ずっとアンタのお姫さんを預かってやっていたのに。」
叶はその言葉にハッとする。
「…魔女か?真帆はどうした」
思わず声が固くなってしまった。魔女から連絡が来るなどと、いい報告であるはずがないからだ。
「よくお聞き。シホは、魔王に連れていかれた。」
「なっ…!どういうことだ!」
叶の喉からヒュッと音が鳴った。
「己の目で、真実を確かめよ。正しき眼で。ひとつだけ言っておこう。シホは、魔王に気に入られた。無事だし、酷い扱いもされないはずだよ。どこかの偉いさんと違ってね。そういうことだ。」
そして、魔女からの通信は途切れた。
「待て!」
叶の言葉は部屋に響くのみだった。叶が叫んだ為に外に声が聞こえたらしい。
「キョウ様、何かありましたでしょうか」
扉をノックしながら、従者の声がする。
「…あ、すまない。寝ぼけて夢を見たようだ。問題ない。」
努めて冷静な声で答えタメ息をつく。
真帆が、無理やり連れていかれたのか、それとも自らの選択なのかはわからない。魔王の力は強大だ。座学で嫌というほど習った。だが、真帆は聖女だ。どれほどのことができるかわからないが、叶が戦いに挑む時、いつも真帆の色を自分が纏っていた。あれは多分、力を増強するような魔術だろう。ほんのりと暖かい真帆の色。あれが聖女としての力なのかもしれない。
魔女は、魔王が真帆を気にいったと言っていた。利用するつもりなのか、何なのかわからない。でも、無事だとも言った。鵜呑みにするわけにはいかないが、嘘でもないような気がした。魔女は魔王のことを何か知っているのかもしれない。
そんなことがあった次の日、叶には魔王討伐の命令が下された。
討伐にあたっての予定や戦略を決めるにあたり、意欲的に話しあったのは、王太子、魔術師、総指揮官、副指揮官だけであった。副指揮官は少しチャラい感じがするが、総指揮官を心から尊敬していることが見てとれた。
他にも数人、王や宰相の部下達もいたが、彼らは魔王のところまでのおよそ一週間の日程だけを聞き、後は任せたとその場を去っていった。
「すまない、本来ならば、我らが一枚岩になって立ち向かわねばならないのだが…」
王太子が叶に申し訳なさそうに謝罪をした。
「その、王も宰相も戦闘のことはからきしダメで、ただ魔王という存在に怯えているだけなのだ。キョウ殿の前では尊大な態度を取ってはいるが…」
王太子がなおも言い訳かのような言葉を続けようとしたので、叶は言葉を重ねた。
「大丈夫です。今、ここにいるメンバーにだけ、伝えたいことがあります。」
そして、叶は彼らに真帆が牢屋に入れられたこと、宰相に手を出されそうになって逃げ出したこと、森の魔女の下へ身を隠していたこと、そして…魔王に連れさられたことを話した。
「…なっ!それは、まことか…!」
「どうりで離宮に近づけないはずだ…」
それぞれがそれぞれに驚愕し、言葉を失った。ここにいるメンバーは、王や宰相に仕えているわけではなく、王国をよりよくするために王国自体に忠誠をしているように見えたが、それは正しかったのだと叶は確信した。
「なので、真帆をぞんざいに扱った彼らを俺は許さない。でも、真帆が魔王の下にいる以上、俺は魔王の下へいく。けれど、王の為じゃない。真帆と俺の為だけに行く。だから、あいつらは要らない。邪魔だし。」
叶は、あまり見せない悪い笑顔を見せた。
暫く沈黙が訪れた後、もう一度王太子が頭を深々と下げた。
「許されることではないが…本当に申し訳ない。私にも責がある。今、王城は腐っているんだ。キョウ殿がくる以前から何とかしたいと考えていたが魔王復活によってうやむやになっていた…私が動く時がきたようだ。」
頭を上げた王太子から、迷いの見えないまっすぐな瞳が叶へと向けられる。叶は王太子ならこの王国を守れるのではないかと安堵した。軽くだが、城下町の有り様を真帆から聞いていたからだ。活気あった街がだんだんと荒んできていたらしい。
「キョウ様の魔王討伐には私と精鋭部隊を連れて行ってください。お役にたたせていただきたい。」
総指揮官が叶に一歩近づき頭を下げる。そして副指揮官と魔術師の方へ振り返る。
「副指揮官は私の留守の間代理を頼む。お前ならできるはずだ。魔術師にもここに残って貰いたい。万が一魔族が城下町や王城に出没した時対処して貰いたいのだ。」
二人が頷き、話はこれからの予定と戦術の詳細を煮詰めていった。
そして、出発当日、城下町の人々に熱い声援を向けられながら叶達は魔王討伐へと向かったのであった。