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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

存在夢 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 私たちは、どうしてひとりひとりが、異なるんだろう。あなた、考えたことがあるかしら?

 私たちは比べられる。生まれた時からずっとずっと。身体の大きさ、成績の良し悪し、何が好きで何が嫌いか。それこそ目と頭が追い付かないくらいたくさんのこと。

 私だって少しでも痩せられるよう、ダイエット中。他の子たちと比較して、痩せている自分を知るたび、もっと頑張んなきゃと思う。


 周りと異なって生まれたのなら、自分にしかできない何かがある。私はずっと昔からそう信じているの。ただ、命が終わるまでの間に、出会えない人が多いだけで。

 かつて私もね、自分の存在の意味に出会ったんじゃないか、と感じる出来事があったの。あなたの好きそうな話だと思うんだけど、聞いてもらえる?


 私ね、ずっと昔は食が細い女の子だったの。小さい頃って、ほとんどの子が長く眠ると思うけど、私は逆。今と比べたらずっと短い時間しか眠ることはできなかった。午後9時には、お母さんが布団へ寝かせてくれたけど、私はそこから日付が変わるまでに目が覚めてしまう。

 そこから夜通し起き続けるせいか、私は朝ごはんでまともな食欲が出ない。ゼリー飲料とかで済ませるようになった。明らかに栄養不足だっていうのに、この身体はゆっくり太り始めていたわ。

 そのことを親に相談したら、起きている間のテレビとかが禁止されたわ。悪い電波を浴びているから、そんな風になっちゃうんだって。もっと身体を動かしたりしなさい、ともね。けれど昼間くたくたになるほど身体を動かしても、ご飯を食べてゆったりとした時間を過ごしても、私は熟睡することができなかった。


 ある年の秋。涼しい風が吹き始めて、私の身体にかかる布団は多く、厚くなっていた。

 私は、たくさんの布団の中に埋もれる感触が好き。眠くはならないけど、身体がぽかぽか暖かくなるし、命の危険を覚えるほどでもない重い物にのしかかられていると、どこか安心する。私自身が守られているような気持ちにしてくれるから。

 その日も私は布団の圧迫ゆえか、身体が火照るのを感じながら、どうにか動く裸足のつま先同士をしきりにすり合わせていたの。

 

 その両足首を、不意にぐいっと掴まれた。下側からがっちりと。

 あり得なかった。シーツを挟んでいるとはいえ、今の私の身体は敷布団の上。寝る前の感触からして、何かが潜り込んでいる気配などなかったのに。

 悲鳴をあげた時には、私はすでに布団の中へ引きずり込まれていたわ。のどから出る声が、かぶさる布団の中でくぐもるのが聞こえる。これを突き抜けて、どれほどの音が外へ飛び出てくれただろう。それを捉えてくれる人は……。

 急に、私の身体は夢の中で高いところから落ちる感覚に襲われる。布団の中の真っ暗な景色が、ぱっと色づいた。

 

 気がつくと、私は身体を「く」の字に曲げて固まっていた。折れ曲がった腹から胸にかけて感じるのは、服とその下に隠れた柔らかい肉の感覚。私は他人の背中に、おぶさるようにして身体を預けていたの。

 知らない人だった。緑色の寝巻を着込んでいて、動く気配がない。腹部に感じるぬくもりからして、死んでいるわけじゃないようだけど。

 そこで私はようやく、周囲が明るいということに思い当たった。私が触れている人の服の色、体型が分かるということは、ここは先ほどまでいた暗い布団の中じゃない。だけど身動きが取れなかった。

 私の上にも誰かが重なっているのを感じる。私の姿勢を固定するのに一役買っているそれは、私が幼かったとはいえ、とうてい跳ね返し得るものじゃなかったわ。でも感じる柔らかい肉の感触は、私の下にいる人とそっくり。おそらくは人間の、女性のもの。

 

 そしてほとんど動かすことのできない、私の視線の先。まず私たちはどうやら、向こうが透けて見えるガラスのようなもので、数十センチ先の世界から隔てられている。私から確認できる範囲でも、たんぽぽの綿毛を思わせる白いカビらしきものが、ガラスにこびりついていた。年季が入っているのを感じさせたわ。

 そのガラスの向こうに見えるのは、土すらない岩がむき出しの地面。ひとかかえもある大きさの白い岩が、半ば地面に埋まりながら連なり、いくらかの起伏を作りながら先へ伸びていく。

 そしてここから十数歩進んだところに、岩に囲われた池があったの。学校のプールほどじゃないけど、温泉宿の浴場ほどはある。複数人が身体を伸ばして浮くくらいはできるだろう。

 その水は、周りの岩を拒むかのように真っ黒。そしてかすかに泡立ち、湯気を吐いていた。私が「お風呂のようだ」と思った矢先、その池の端へ新しい何かが降り立ったの。

 

 それは何者かの足。オレンジに近い肌をしていたけど、私たちが想像している足よりもずっと大きく。私に見える範囲では幅も高さも、視界に収まらない。その足の裏は、私の身体より何倍も大きい。

 ややあって、今度は私の頭上から重いものをずりずりと、ずらす音がした。石にしては耳を塞ぎたくなるほど音が高い。それが止むと、今度は私の身体が上から押される。ぎゅっと上下に挟まれてうめいちゃうけど、我慢はできた。

 かぶさっている人が重みをかけてきたわけじゃなさそう。上の人も下の人も、先ほどから何の反応も示していない。意識がないのかもしれなかった。そうなると上から圧をかけてくるのは、おそらく先ほどの音の主。

 

 圧迫感が消える。再び余裕が生まれたのも束の間、外の池に視界の上からどんどん落とされていくものがあったんだ。今度は音までは聞こえなかったけど、水はねを飛ばしながら黒い水に吸い込まれている者は、すぐに分かった。

 人間だ。ぱっと見たところ、子供と大人の別なく、湯気の立つ水の中へと沈んでいく。落ちるまでの間、誰一人、叫んだり四肢をばたつかせたりしない。こちらを向いて落ちていった人は、一様に目をつむっていた。やはり意識がないのかも。

 10人ほど放り込まれたかと思うと、人の落下はそこでストップ。代わりに今度は彼らの落ちてきた方向から、一本の茶色い棒が池の真ん中目掛けて降ってきたの。容赦なく差し込まれたその棒は、ひとりでにぐるぐると池の中を回り出す。心なしか立つ泡の数が増え、湯気の濃さも増してきた。

 棒が回るのも速くなり、もはや肉眼でもとらえきれないほどになった時、突然動きがぴたりと止む。しばし落ち着いた棒の先は、やはりおのずから池の外へと持ち上がっていった。黒い水へ存分に浸ったそれの先は、いくらか赤いものが混じっていたように思う。


 棒が見えなくなると、今度降ってきたのは大きな指。今も池のふちにあるのと同じ、オレンジに近い色の肌と、一本だけで私を押しつぶせそうな太く大きいもの。見えるのは二本だけで、それぞれが池の端と地面とのすき間へ、長く鋭くとがった爪を差し入れた。

 次の瞬間、「池が持ち上がった」。いや、厳密には私の見ていたものは池じゃなかったんだ。

 爪に挟まれ、岩の地面からせり上がってくるのは、先ほどの黒い水とは対照的に、真っ白い壁。それが上へと向かう爪の動きに合わせてどんどん背を伸ばしていき、やがて地面から離れる。岩の地面に残されたのは、ぽっかりと開いた大きな穴。

 頭の上から、また新しく音が聞こえる。嚥下する音だ。好きな飲み物をごくごくと、音を鳴らしながら一気に喉へと注いでいく。あの時、耳にするものにそっくりだったの。

 4回、5回と、いかにも旨そうな音が響き、止む。再び現れた大きい指は、先ほど持ち上げた白い壁をつまみながら、元の穴へ戻したわ。中の黒い水はすっかり空になっていた。

 壁なんかじゃない。あれはカップだったんだ。あの手足にとっては小さな、でも私たちにとっては大きすぎる食器。そのひとつなんだと。

 先ほど黒い水へ落ちていった人たち。あれが、重なる私たちの上から取られていったのは、ほぼ間違いない。彼らが投入された後にやってきたのは、おそらくマドラーだ。偏りや溶け残りをなくすためのかき混ぜ棒。あれらの人がすっかり溶けてなじむよう、あの水の中へ加わったもの――。


 逃げなきゃ、と思ったわ。このままじゃいずれ、私自身も放り込まれてしまうと。でも先ほどから身動きは取れず、かといって声を出すのもはばかられた。

 水は無くなったとはいえ、まだ足がガラスの外に見えている。もしも声が聞こえてしまったら、本当に捕まってしまうかも。

 私はわずかな音も漏らすまいと、必死に口を閉じて、息を止めていたわ。ほどなくずっと上の方から、また甲高く擦れる音が立つ。思わず、奥歯を噛みしめてしまうほどの不快感をこらえていると、いきなりぱっとまぶしい光が目に飛び込んできたの。

 

 いつの間にか、夜が明けていたの。私はいつも通り枕に頭を預けて、天井を見上げていた。光はカーテンのすき間から入り込んで、ちょうど私の顔へこぼれてきたところだったの。

 今まではずっと起きていたから、空が明るくなっていく様を見ていて気付かなかったわ。いきなり浴びる朝日が、こんなにまぶしいものだったなんてね。

 その日から私は、他の人と同じように長時間眠ることができるようになったわ。お母さんは自分の言いつけのおかげだって思っていたけど、私は違う気がするの。

 黒い水の中へ放り込まれる候補から外れた……と思いたいけど、今でも楽観視はしていない。

 あの時、ちらりと見ただけだけど、水の中へ入れられていく人たちは、みんな太っていたの。同じ消費をするなら、重くて大きいものを選ぶ。きっとあの手足は、そう考えている。

 だから私は今でも、ダイエットに力を入れているのよ。私の存在が、あの黒い水の味付け役だったなんてことで、終わりにしないためにね。

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