宿探し、そしてスラムへ
前回までのあらすじ
冒険者ギルドへ無事登録できたタナカはグレッグたちと別れ、
宿の場所を聴き忘れたため宿を探して街中を歩き始めた。
宿を探してうろうろしていると何かが壁にぶつかるような音。「痛い!やめっやめて!」という声も聞こえてきた。
本当にもめごとによく出会う日である。
もしかしたらLUK高さが影響しているのかも知れないが、これではマイナス補正なのでは無かろうか。
隠密スキルをオンにして近づいてみると、明らかに柄の悪い男5人ほどが、男の子を足蹴にしながら嬲っていた。
見つけてしまったのも何かの縁だろうし、試したいこともあるので助けてみよう。
「あのーすみません、この近くにどこか良い宿ってありませんかねぇ?」
「なんだてめえは?俺らはいま忙しいんだよ、どっかいけ!」
そうだそうだと合いの手を入れる男たち。
男の子はうずくまったまま動かない。
「ええと、なんでこうなってるんですかね?」
「こいつが俺らにぶつかってきやがったから教育してやってんだよ!殺してもバレないし何のお咎めもないしな」
ニヤニヤ笑いながら男同士で笑いあっている。弱いやつが悪いんだと笑っている者もいる。
「そうですか。では、私が弱者のあなた方を始末してもよいのですよねぇ。」
オフにしていた威圧系スキルをオンにすると同時に嬲っていた男たちに向けて殺意向け睨んだ。
一瞬世界が歪むような殺意が吹き荒れ男たちを襲う。
「ぇ?え?あああああああああああーーーーー・・・・・・・・」
高Lvの威圧はもはや暴力と変わらない。真っ青な顔をして倒れるもの、糞尿をまき散らしてひっくり返りあとずさりする者、
自分の髪をむしりながら頭を抱えて叫んでそのまま動かなくなるもの。
全員が倒れてしまっている。死んでこそいないが酷い状態だ。
「まさか威圧しただけでこうなるとは。これも思った以上に強力ですねぇ。まぁこれで反省しないなら殺してしまうのが良さそうですが。」
殺すという選択肢が普通に入ってくるあたり、もしかしたらアバターと一体になったことで、精神的な構造が変化しているのかも知れない。
さらに、グレッグさんやバウマンさんの話を聞く限り、この世界は命が軽く、暴力の比重が重い。
それらを加味した結果、過剰防衛で良いという結論を得ていた。
ふと先ほどの男の子のことを思い出す。
「おっといけない、先ほどの子はどうなったのでしょうかね。」
周囲を見回してみると路地の隅に両足を抱えて震えている子どもの姿見える。
「えーと、大丈夫ですか?歩けますか?」
「ひっ・・・」
子どもに話しかけてみるも、震え、体を更に固くするばかりである。
ものすごく怯えているようだ。
普通の子どもが先ほどの光景をみれば、こうなるのは当たり前だと今更ながらに気づく。
とりあえず男の子に回復魔法をかけてみることにした。
「【ヒール】【マインドヒール】」
傷は【ヒール】で十分だろう。
【マインドヒール】は精神異常を回復する魔法なので、おそらく効果があるはずだった。
すると男の子は少し落ち着いたようで、顔を上げてこちらを見ている。
「え?・・・あなたは誰?助けてくれたの?殺したりしない?」
相変わらず怯え、体を硬くしながら上目遣いでこちらを伺っている。
「私は魔術師のタナカです。先ほどは見かねてついついやりすぎましたねぇ。
彼らは死んでいませんし、君を殺したりもしませんから安心して良いですよ」
しばらくをじっと見つめ合っていたが、途中で大丈夫だと思ったのか、立ち上がって恐る恐るこちらへ歩いてきた。
男の子?いや、細すぎてわからなかったがおそらく女の子だろう。
全身土や埃で汚れている。髪はくすんだ灰色、西洋風の少女のような顔立ちをしている。骨格も少女の物に近い。
見分けにくいのは恐らく栄養不足で成長が足りていないからというのもあるのだろう。
「私はターニャです、助けてくれてありがとう。タナカさんはどうしてこんなところにきたの?ここはスラムだよ。普通の人はあの建物からこっちにはこないよ。」
「ああ、ここはスラムだったのですねぇ。私はただ宿を探していただけなのですがねぇ・・・。ターニャちゃん、どこか泊まれる場所は知りませんかね?」
「宿はしらないけど、うちに来る?すぐそこだし、お母さんと私しかいないから広いよ。」
「あーではお邪魔しましょうかねぇ。その前にターニャちゃんこっち向いて、浄化魔法かけますから。かるく手を広げてください。」
タナカは先ほどのお詫びを含め、綺麗にするため【浄化魔法】を使った。
【エルダーファンタジー】ではクエスト以外使い道がない魔法だったが、こちらでは使い道が多そうである。
ターニャちゃんの一瞬白く輝くと全身の汚れが綺麗のとれ、垢までこそぎ取られかのようにみずみずしい若い白く肌が、
くすんでいた灰色は銀色に、服の汚れもすべて落ちて真っ白い服になっていた。服はボロボロのままだが。
「わぁ!なにこれすごいっ!肌も頭もかさかさしない!こんなにきれいになったの初めて!」
キャッキャと喜んでいる様子をみるとターニャには満足してもらえたようだ。
いささかやりすぎた感は否めないが、喜んでくれたなら問題ないだろう。
「それでは行きましょうかね。連れて行ってもらえますか?」
「うん!ついてきて!」
ターニャが小走りで走っていき、その後についていくと本当に歩いてすぐの建物の中に入っていった。
崩れこそしないだろうが見た目は完全に廃墟である。
階段を上り、奥の部屋へ進むとターニャちゃんのお母さんらしき人が床で横になってる。
ケホケホと咳もしているようだ。
「ターニャちゃん、お母さんは病気か何かですかね?」
「うん、ずっと咳してて熱があって。お母さんはかくしてるけど、たまに血の塊みたいなの吐いてるみたい・・・。」
元の世界で考えると結核だろうか?素人判断するより回復魔法を試してみた方が早いだろう。
ターニャちゃんに話を聞いてみると、どうやらずっと体調が悪いため仕事を続けられなくなり、
治療費のためお金が尽きてスラムへ流れてきたようだった。
この世界での治療は基本的に、教会での回復魔法か、薬師の薬を買うかのどちらかのようだ。
もしかしたら私の【キュア】で治療できるのではないだろうか?
魔法にもレベルがあり、私の回復魔法はすべて最高レベルのLv10になっていた。
【エルダーファンタジー】では【キュア】は状態異常回復魔法の一つで、ゲーム内では病気のバッドステータスを解除するのに使っていた。
高レベルダンジョンで付与される病気状態の解除にはキュアLv10が必須だったのだ。
「ターニャちゃんのお母さん、一応治療してみても良いですかねぇ?もしかしたら駄目かも知れませんが。」
「ええ、大丈夫ですが、お支払いするお金はありませんがよろしいのでしょうか?」
「通りすがりではありますが、一晩泊めて頂く恩に報いようと思いましてねぇ。」
そんな話をした後、ターニャの母に【キュア】と【浄化魔法】をかけた。
体が淡い緑色に発光し、続いて白く発光、先ほどまでの薄く汚れた印象はなくなっていた。
部屋は灯りがなく、うす暗いため容姿はあまり見えないが。
「体の調子はいかがですかね?」
「ええ、なんだか急に体が軽くなりました。それに咳も止まったみたいです。教会で治療を受けても治らなかったのに・・・」
「それはよかった。おそらく教会の回復魔法はレベル不足だったのでしょうねぇ。」
「タナカさんありがとう!お母さんもこれで元気になるよね!」
「どういたしまして。これで心置きなく眠れますねぇ。晩御飯は買っていませんから、これでも食べましょうか。」
取り出したのは馬車で移動中にバウマンからもらった白パンだった。
「白いパンなんてはじめて!食べていいの?」
「貰い物です、遠慮せず食べていいですよ。お母さんもどうぞ。」
「ありがとうございます。まともな食事なんて久しぶりです。」
聞いていて切なくなってくる。
少し多めにターニャちゃんとお母さんに分け、3人で食べ終えた。
その後、床にヘルハウンドの毛皮を敷いて眠りについた。
更にヘルハウンドの毛皮は夏でも心地よく眠れる良い物だった。
今日の一番の収穫はこれかもしれない・・・。