『河童注意』
このお話はフィクションです。
また作中の説は、何処かで見かけた諸説の一つですので、その程度の物だと流してください。
『河童注意』
夏のある日。
気紛れに遠出をしての飲み会を開き……飲み会を終えての帰り道、友人と2人で酔いを覚ますべく川沿いの夜道を歩いていると、そんな文字の書かれた看板が視界に入ってくる。
鉄の板に白いペンキを塗りたくり、その上に赤いペンキで文字を書いただけの看板だ。
街灯の光に照らされて浮かび上がっているその文字はなんとも安っぽい。
「河童注意ってなんだよ」
と、笑いを含んだ声でそんなことを言いながら友人がその看板を蹴飛ばす。
……まぁ、確かに河童注意って文字だけの看板ってのは意味が分からないよな。
観光客向けの賑やかしだというなら、それらしい木製看板に古めかしい河童のイラストか、それか河童を元にしたマスコットキャラの絵くらいは欲しいもんだ。
「いやいや、そもそも河童を観光ネタにするにしたって、らしい川でやれって話だよ。
この川を見て河童が居る~なんて発想をするやつはいねぇよ」
友人にそう言われて川へと視線をやると……アスファルトでしっかりと両岸を整備された川の姿がそこにはある。
暗くはっきりとは見えないが、見た感じ相当に浅い川であるようで……川底もアスファルトになっているようだ。
「魚だって居るかも微妙な感じだぜ、この川。
ここで河童を売り物にしようなんて馬鹿なこと、一体誰が考えたんだ?」
ヘラヘラとそう言う友人に、俺は同調して頷く。
いや、本当に、この川に河童というのはなぁ……。
浅いだけで無く緩やかな流れの川なので、河童の元ネタが暮らすには良い場所なのかもしれないが……。
「元ネタ?河童に元ネタなんてあるのか?
……元ネタってのはつまり由来ってことだよな?
人魚の元ネタがマナティ……みたいな」
そうそう、河童はそもそも妖怪を指した言葉じゃなくて、その元ネタの方を指した言葉だって話があってな。
いや、それも諸説あるらしいんだが、その話は結構な説得力があるんだよ。
「へぇー……。
……頭に皿乗せて、緑の肌の化物の元ネタってのは何なんだ?」
人間。
「は?」
いや、正確には人間の子どもか。
見た目どうこうじゃなくてだな、漢字の方だよ、河の童子、つまり河童。
「あー……?
よくわかんねぇな」
いや、今みたいに豊かじゃない時代の……戦国時代とかの頃は、孤児がそこら中に居たらしいんだよ。
人権なんて考えの無い時代で、当然孤児院なんて物も無い時代だ。
そりゃぁもうたくさんの孤児がそこら中にいて、そんな孤児達は誰にも助けて貰えないもんだから自分たちの力だけで生きていく必要があったとかでな。
で、そんな孤児達が何処に行き着くかっていうと……川だったそうなんだ。
飲水を確保出来て、魚だとかエビだとかの食料を確保出来て……川で野菜を洗ってた時代だから、その過程で出来た野菜クズなんかも手に入ったそうだ。
何も持たない子ども達がとりあえずの暮らしをするには良い場所だったみたいだな。
川の側で暮らし、川の側で寝て……川のそばで生きる。
そういう孤児達を昔の人は川の子ども……河童と呼んだそうなんだよ。
あの川には河童が居る、あの川には河童が住み着いた。あー嫌だ嫌だ、汚らしい、邪魔だ、迷惑だー……って感じでな。
「あー……それで河童か。
いや、なんつーか、まんまだな?」
川の側で相撲で遊ぶ……なんてのもまんまだろ?道具が無くても出来る遊びだからな。
「……尻子玉とかは?」
それは知らねぇよ。
河童が本来の河童の意味じゃなくて、妖怪としての河童になってから付け足された話じゃねぇの?
そもそも河童は尻子玉を抜くって逸話もあるが、川に引きずり込んで溺れさせるって逸話もあるんだぜ。
後は地獄に子どもを連れ去ってしまうとか。
「はぁん、なるほどねぇ……。
しかし河童か……その河童が大人になったりしたらどうなるんだ?河大人になってそのまま住み着くのか?」
語呂悪いなぁ……それ。
つーか、河童は大人になんてなれねぇよ、1年保たずにおさらばだよ。
冬を越えられないだろう?川に頼った暮らしじゃ。
「あー……。
ってことは河童は河童のまま死んじまうのか」
そもそも川の水をそのまま飲んでるんだからなぁ……。
寄生虫に病気に……まぁ、そう長くは生きられなかったろうな。
「……しかしそうだとしたら、孤児って意味の河童って言葉が、どうして今じゃ妖怪ってことになってるんだ?」
孤児が減ったり、あるいは大事な水源である川をしっかりと管理するようになって、河童という存在がある時から居なくなったんだろうな。
で、河童という文字だけが文献だかに残って、その字面や、河童達の逸話なんかからこんな妖怪じゃないかと想像して……って感じだと思うぞ。
そもそも妖怪の方の河童の肌の色だって、河童伝説が生まれた当初は緑じゃなくて青だったなんて話もあるからな。
『青い肌』ってのを緑色って解釈した絵描きが居たせいで緑になったとかなんとか。
「青い肌の河童ってのはー……かなり嫌な絵になるな」
河童がリアルに居たら緑の肌ってのも相当嫌な見た目になると思うがなー。
と、そんな話をしながら川沿いの道を友人と歩き続けていると……ふとバシャバシャと騒がしい水音が聞こえてくる。
その音は川の方から聞こえて来て……魚でも跳ねたかとそちらの方へと視線をやると……何人かの人影が川の中に居る様子が視界に入る。
「おいおい……こんな時間に川で何してんだ?
酔っぱらいが飛び込みでもしたか?」
……いや、よく見ろよ、あいつら子どもだぞ。
小学生くらいの子どもがー……4・5人か?
「うっへぇ……もう0時回ってんぞ、親は何をしてんだよ。
……警察に通報するか?」
どうだろうなぁ……親がしっかり面倒を見ていたけど、今だけここを離れている……なんてパターンかもしれないぞ。
川べりで花火をしていて飽きて川遊びを始めたとか、あるいは夜のうちに魚捕りの罠でもしかけているとか……。
「にしてもなぁ……いくら浅い川だからって、溺れる時は溺れるもんだし、それに足を滑らせてアスファルトに頭を打ったりしたら大惨事だぞ。
……おおーーい!ガキ共!!こんな時間に川に入ってんじゃねぇぞー!
お父さんとお母さんはどうしたーー!」
友人が川に入ったまま水音を上げ続ける子どもたちに向けて、そんな大声を上げると……子どもたちははたと動きを止めて、同時に水音も止まる。
「怪我しないうちにさっさと川からあがれー!
どうしても泳ぎたいってならプールいけ、プール!
市民プールに行けば子どもは安い料金で遊べんだろー!!」
返事は無く……子ども達は川から上がろうとしない。
川に入ったまま、動かないまま……声も上げずにじっとこちらを見つめてくる。
「……くそっ、聞こえているなら返事くらいしろよなぁ。
川に入ったまま出ようとしやがらねぇし……やっぱ通報かぁ?
変に近付いて変質者扱いされてもアレだしなぁ」
まぁ……通報が1番だろうな。
緊急じゃぁないから110番は迷惑か?えぇっと……こういう時は何処にかけたら良いんだろうな。
「ネットで最寄りの警察署の番号調べて、そこで良いんじゃねぇの?
ちょっと待ってろ、すぐ調べっから」
そう言って友人がスマホを弄りだした……その時に、バシャリバシャリと水音がして……どうやら子ども達が動き始めたようだ。
友人の忠告を聞き入れて、川から上がる気になったのか、水音を立てながら川岸へと近付いてきて……ノソノソとアスファルトの川岸へと上がり始める。
「……通報しようとした途端にこれだよ。
全く……子どもはさっさと家に帰って寝ろ……ってなんなんだお前ら?!」
愚痴を呟いていた友人が突然そんな声を上げながらに驚愕して……俺は無言で後ずさりしながら怯む。
川岸へと上がった子ども達が土手を上がり、土手の上の道……今しがた俺達が歩いていた道へと近付いて来たのだが……街頭の光を浴びる子ども達の肌の色が真っ青だったのだ。
色彩的な意味の青では無く、血の気が無いという意味での真っ青。
血の気が無いというか、無さ過ぎるというか……あれは……生きている人間なのか?
無言のまま、無表情のまま子ども達がこちらへと近付いてくる。
子ども達が近付いてくればくる程に街頭の光がその姿を顕にしていって……その目が黄色く濁っているのが見えた時点で、俺と友人は何も言わずにその場から逃げ出した。
何がなんだか分からないが、兎に角尋常では無い状況だという事だけは分かる。
あんな色の目もあんな色の肌も見たことがない……ホラー映画で見た死体だってもう少しマシな色をしていたぞ。
走って走って、兎に角走って、来た道を駆け戻って……後ろを振り返りながら走っていた友人が、だんだんと駆ける速度を落としていくのに合わせ、俺も速度を落としていく。
そうして足を止めて、切れて荒れる息を整えながら……周囲を見渡して……あの不気味な子ども達が周囲に居ないのを確認して、ホッと胸をなでおろす。
「……い、今のあれ、なんだ?
川遊びのせいで体が冷えて血色が悪くなるとああなるのか?」
俺に聞くな、俺にも分からん。
……肌の色もそうだが、目の色もやばくなかったか?
「やばいなんてもんじゃないだろ。
前に黄疸ってやつの目を見たことがあるが、そんなレベルじゃなかったぞ……」
友人がそんなことを言い終えた瞬間に、すぐ側でカタンッと何かが倒れる音がする。
「うおおおお?!
なんだ、なんだよ?!またあいつらか?!
……って、なんだよ……看板が倒れただけかよ……」
突然の音に怯えて震え上がった友人が……その音の主を視界に入れて、そんな言葉を漏らす。
友人と一緒になって驚いて腰が抜けそうになっている俺が、その音の主へと視線をやると、そこには……、
『河童注意』
と書かれた看板が倒れていた。
よくよく見てみれば、それは先程友人が蹴飛ばした看板のようだった。
その看板と、先程のなんでもないはずの、ただの雑談のつもりで話したはずの河童の元ネタの話が、その看板とリンクしていく。
「……いやいや……いやいやいや……この現代に川で暮らす孤児ってのは流石に無いだろ……」
力のない友人の言葉。
……俺もまぁ、無いと思う。
ただあの子ども達の服……えらく古い感じじゃ無かったか?
具体的に言うと、第二次大戦の時代を描いた映画やドラマに出てくる感じっていうか……。
「……なんだ?太平洋戦争中の孤児が川で死んで……それが化けて出たってか?
おいおい……そりゃぁいくらなんでも……。
そもそも昔は川で死ぬ孤児は河童なんて言葉が出来上がる程たくさん居たんだろ?
なら時代なんか関係無しに、もっとたくさんの、とんでもない数の……河童が川には……」
言わなければ良いのに、友人がそんなことを言ってしまって……その直後にバシャバシャバシャバシャバシャと川の方から水音がしてくる。
尋常ではない数の、尋常ではない水音。
その音はとんでもない異常事態が起きているのだと、俺達に知らせて来て……俺と友人は恐怖に震え上がる。
それが何の音であるのか、川の中に何が居るのかを確かめる勇気は俺達には無かった。
そのまま川の方を見ずに、駆け出して、そのまま必死で駆けて、町中を何処に行くかも分からずに走っていく。
すると、前方に川がそこにあると示す土手の姿が見えて来て……俺達は無言で角度をかえて、道を曲がり別方向へと駆けていく。
しばらく駆けるとまたそこに土手が見えてきて……。
そこで俺達はようやく自分達が何処に……何処の町に居るかということに気付く。
この町、四方を川に囲まれてるじゃねぇか?!
「……は、橋だ、橋を渡って家に帰ろう。
お、俺の家の近くまで行けば周囲に川は無いし……池も無いし沼も無い……兎に角家の中に逃げ込もう」
友人のその言葉に俺は否も無く頷く。
バシャバシャバシャバシャと周囲に響き渡る水音に怯えながら……何故だか車の1台も、人影も見当たらない土手側の道を駆けて……目的の橋へと近付いていく。
橋というのは川に近くはあるが……同時に川から遠くもある。
目の前のこの橋は4車線の車道がある程の大きさの物で、その分高さは相応にあり……川の水面からの距離は相当なものだ。
ならばきっと……あの河童達に捕まることも無いだろうと……そう無理矢理に思い込むことで勇気をどうにか振り絞って……橋を渡るべく、友人と共に駆け出す。
その橋の上から見える光景は……まさに地獄絵図だった。
バシャバシャバシャバシャバシャバシャと、凄まじい音を立てながら水面を埋め尽くす何か……いや、河童達。
先程の川と違って、この川はかなりの水深があるはずなのに、河童達はお構いなしだ。
いっそあれが頭に皿を乗せて、甲羅を背負った妖怪の類であってくれたなら、人を助けたなどの逸話などがある分、また頭の皿という弱点がある分、恐怖心が和らいでくれるのだが……。
と、そんな益体もないを考えながら俺と友人は橋の上を駆けていって……そうして俺達はどうにかこうにか友人の家へとたどり着くことに成功した。
友人が一人で暮らしている友人の実家へと駆け込んだ俺達は……玄関に鍵をかけ、慌てて家中の窓を閉めて鍵をかけ……家中の灯りを付けてテレビをつけて……パソコンに電源を入れて明るい内容のネットラジオなんかを流して……そうしてようやくに人心地がつく。
そのまま一言も発さず……黙ったままで友人の部屋で項垂れて、体を休める俺と友人。
何十分くらいそうしていただろうか。
夏の日に……酒を飲んだ後に走ったものだから、喉が異様に乾き、体が火照り、頭が痛くなってきているが……俺も友人も水を飲む気にはなれず、というか水音のするあらゆる物に触れる気にならず、俺達はそのままただただ、ぐったりとし続ける。
そうしているうちに友人がだんだんと顔色を悪くしながら、呼吸を荒くしながら苦しみ始めて―――。
結論を言ってしまえば、俺達は熱中症だった。
まず友人が倒れて、続いて俺も倒れそうになって……慌てて救急車を呼んでの緊急搬送。
窓を締め切って蒸し風呂状態の部屋で何をやっていたんだと、救命士の人にしこたま怒られてしまったりもした。
そしてそのまま一晩入院。
幸い俺も友人も命に関わるようなことも無く、明日には退院出来るそうだ。
本当は今日退院しても問題無いとのことだったのだが……熱中症が如何に危険なのかというお勉強と、熱中症になったらどう対処したら良いのかのお勉強をしてから退院しろとの、医者からのお達しがあってそうなった。
俺も友人も、昨日のあれは熱中症のせいで見た幻覚だったとか、俺達の脳みそがおかしくなって作り出した妄想だったとか……それらしい理屈をこねながらも……どうしても恐怖が拭いきれなかったので、その入院を受け入れることにした。
兎にも角にも心が落ち着くまでは、人が多い場所に居たいと考えての結論だ。
「河童注意?
そんな看板、あの川の近くにあったかな?」
熱中症についてのお勉強の合間の休憩時間に、なんとなしに言葉を交わしていた看護師さんがそんなことを言い始める。
勿論あの河童達のことは話してはいない、俺が話したのは「友人と川の側を散歩していたらそんな看板を見かけた」程度の内容だ。
「私、その川に近くに住んでるんですけど……うーん。
……やっぱりそんな看板は見た覚えが無いですね」
……。
俺は河童の由来の簡単に話しつつ、あの川には近づかない方が良いと、看護師さんに一応に……念の為にと話しておく。
「あははは、そうですね、河童には気をつけた方が良いですねー」
まぁ、当然に笑われてしまって、相手にもされなかったのだが……それでも念の為にと念を押しておく。
看護師さん、あんな川の近くには住まない方が良いと思いますよ。
後日。
『足首ほどの深さの川で看護師が謎の溺死』なんてニュースを見かけた俺と友人は……そのまさかの出来事に、深く深く戦慄して……そうして二度とあの川には近づくまいと心に誓ったのだった。
お読み頂きありがとうございました。
ホラーを書くのは苦手なのですが、公式イベントの賑やかしの一つにでもなれたのなら幸いです。