変わっていく日常
あの日以来、僕の隣にはいつも玲さんがいる。
共に登校し、昼食を共に食べ、共に下校する。
玲さん自体クラスに馴染んでいた方ではなかったようだが、男子の中では注目されていたらしい。
僕と玲さんが一緒に居ると、明らかに訝しげな表情で見られることが多くなった。
今まで話しかけられたこともない女子に、唐突に付き合っているのか、と聞かれたこともあった。男子からの差し金か、女子達の好奇心からなのかはわからないが。
僕は曖昧な返事をするだけだから、納得のいかない人たちは玲さんに直接聞いていたりもした。
「その質問の前に聞きたいのだけれど、あなた達に答える必要性をまず説明してもらえる?」
玲さんがクラスにあまり馴染んでない理由が、あの返答でわかった気がする。
必要以上に迫ってくる人間を嫌っているというか、そもそも人との距離を置くようにしているのか。
好奇心は玲さんの前では粉々に砕かれ、残るのは玲さんに対する嫌悪感か苛立ちなのか。
輪から引いた立ち位置の僕たちを気にするのはやはり、玲さんのあの端正な顔立ちと年不相応の大人な雰囲気をもっているからじゃないだろうか。
でも僕には何故か、玲さんはこの世界を蚊帳の外で眺めているだけのように思えて仕方ない。
遠くから諦めているかのような、そんな悲しい感情を持っているような、そんな気がするのだ。
「石本くん、そろそろ帰りましょう」
放課後、帰り支度をする僕の元に玲さんはやってきた。
それを疎ましく眺めるクラスメイトの視線なんて、本当に玲さんは気にしていないようだ。
僕に突き刺さる男子からの痛すぎる視線にも、慣れていかなければいけないかもしれない。
「う、うん。すぐ準備するよ」
カバンに押し込み、急いで帰り支度をしている僕を玲さんは無表情で待ってくれている。
ここ数日でわかったことだが、玲さんは普段からあまり表情を面に出さない。何を考えているかわからない、その読み取れない感情に教員も扱いに困っているというのもわかった。
教室にいる時は本を読んでいるか、どこか遠い所を眺めている。存在感があるようで、ないような。
少なくとも僕は、あの一件で玲さんが同じクラスメイトだと知った。騒がしい教室の影のように、ただ静かに日常を送っていた玲さんを僕は見落としていたらしい。
「ごめん、お待たせ」
「構わないわ、行きましょう」
僕が立ち上がると同時に、踵を返して教室を出る玲さん。その後を追いかける僕に突き刺さる視線、やはりこれに慣れるのはまだ時間がかかりそうだ。
「そうだわ、石本くん」
隣に並び下校する途中、眼帯の位置を調整しながら玲さんは僕に問いをぶつけてきた。
何のことだろうと僕は小首を傾げながら、その言葉の続きを待つ。
「連絡先を交換していなかったと記憶しているのだけれど、石本くんに問題がなければ聞かせてもらって構わないかしら?」
ドキ、と鼓動が早まった。
「何かあった時に連絡先を知っていないと対処出来ないでしょう?」
教室では見られない、玲さんの微笑み。こんなに笑顔が眩しく美しいのに、僕だけが知っているみたいでそれだけで心が踊る。
「そ、そうだね! えっと、これだよ」
そんな気持ちを表に出さないように、必死に感情を殺して連絡先を交換した。
「ありがとう、何かあったら連絡して頂戴。とれる時は対応するわ」
僕の連絡先に新しく加わった宮田玲という文字に、胸裡はドキドキが止まらなかった。
思い返せば高校に入って、女子と連絡先を交換したのは初めてかもしれない。
今までの僕だったら考えられない大イベント、女子の連絡先をゲットできるなんて夢のようだ。
「石本くん…隠せてないわ、破顔しているわよ」
その言葉に、僕は慌てて腕で口許を隠してしまった。恥ずかしいところを見られてしまって思わず顔が赤くなるのを感じた。
「えっ!? あ、そ、その…」
「あら、そろそろお別れね。それじゃ、また明日」
気付けば分かれ道に辿り着いていた。
玲さんは微笑みを浮かべたままヒラヒラと手を振って、街の方へ歩いていった。
それを見送り、僕も家の方へと歩みを進めた。未だに綻んだままの顔で少し足運びも軽やかになったような気がした。