意外な巡り合わせ
代わり映えのない日常、それは退屈の極みである。
でもだからといって日常が一変するような、そんな漫画よろしく奇想天外なイベントが起こるわけもなく。この退屈な日々は入学してから変わらず続いている。
変化を求めてはいたが、自ら行動に移したりはしなかった。
それをすることを何処かで恐れていたのだろう。良い方に向けば万事解決だが、万が一悪い方に転がっては困るから。
矛盾の中で苛まれる日々、変わりたいけど変われない。そんな矛盾だらけの高校生活を僕は過ごしていた。
教室内はいつも賑わっていて、それを一歩引いて眺めている僕。いじめられているなどはないし、友人とよべる人間も少なからずいる。
だが所謂、陰キャラ的立ち位置な僕はいつも、その様子を眺める事しか出来なかった。
成績も普通、赤点こそとらないが秀でているところも特にない。典型的な、どこにでもいる高校生。
「悪い恭哉、俺寄りたいとこあるから先帰るわ」
帰宅準備をしていた僕に話し掛けてきたのは友人の一人だった。
別に何を言うわけでもなく、いつも一緒に下校している仲であるからこそこうして、一人で帰ることを伝えに来てくれたのだろう。
「わかったよ、また明日」
僕はカバンを担いで別れの挨拶を交わし、友人を見送ってから教室を出た。
何が不満とか具体的なものはない。でも常に輪から一歩引いた場所で眺めている自分が嫌いだった。
中心的存在になりたいとか、モテたいとか、そういう大き過ぎる願望はもっていない。
平穏、でも少しだけ刺激が欲しい。退屈な毎日を彩るための、ほんのちょっとしたスパイスを渇望している。
そう、例えばーーー
「止まりなさい!」
耳を劈くような唐突な叫び声に僕の身体は強ばり、反射的に後ずさっていた。
その刹那、目の前を大型トラックがクラクションを響かせ走り去っていった。
あと一歩でも前に出ていたら…間違いなく僕は轢かれていただろう。あんなトラックの存在を気付けないほど、物思いに耽っていたのだろうか。
自分の置かれていた状況を把握した瞬間、全身が粟立って鼓動が早まり、思わず座り込んでしまった。冷や汗がダラダラと流れ、喉がカラカラに乾いている。
そんな九死に一生を得た僕は、ゆっくりと近付いてくる跫音に気付き、後ろを振り返った。
「止めない方が良かった…ってわけでもなさそうね。大丈夫?」
腰まで伸びた艶のある黒髪に、僕より背が低い小柄で華奢な体付き。それはまるで人形の様に儚い美しさを光らせていた。
特に目をひいたのは、その整った顔に似合わない眼帯。目に疾患でもあるのか僕には知り得ないが、眼帯のせいでせっかくの美しさが欠けてしまっていて非常にもったいないと感じた。
「…まだ放心しているの? 本当に大丈夫?」
そう言うと彼女は僕に手を差し伸べてきた。
そこでやっと僕は彼女に見蕩れていた事に気付き、慌てて手を借り立ち上がった。
「う、うん。大丈夫だよ、ありがとう」
「そう。きちんと前を見て、周囲の音を確認なさい」
彼女は僕が立ち上がったのを確認すると、スっと手を引いた。僕はそれに頷き、改めて自らの愚かさに呆れ…ってあれ?
「あ、あの…」
僕はほぼ無意識に彼女を引き止めていた。
脳裏に浮かんだ疑問、彼女の行動には少し“おかしなところがある”。
くるりとこちらを振り返り、焦げ茶色の片目が僕を見据える。
「”なんで、この角からトラックが来ることがわかったんですか?”」
カーブミラーは確かに設置されている。
だが、彼女の位置からは見えていなかったはずだ。こちらに近付いてくるまでに時間もあったし、角度的にも映らないはず。
トラックの駆動音は確かに大きかっただろう。
だが前を歩く僕が、それに気付いていないわけがないと考えるのが一般的であって。何かが来てることくらい当然、分かっていると思うのが普通ではないのだろうか。
でも彼女は“僕が周りが見えていないことをわかっていたみたいに”僕を助けてくれた。
「そんなもの、たまたまよ」
にべも無い答えが返ってくる。
「たまたま…にしても、だって流石に…」
「何? なら無視しておけばよかったのかしら?」
そこなんだ。そこに僕は、引っかかりを覚えているんだ。
「無視する、という選択肢が出てくるってことは“これから起こるであろう事態を知っていた、あるいは予知出来るような何かがあった”ってことじゃないですか?」
彼女は分かりやすく表情を歪め、口許に手をあて考え事を始めた。
まるで責めるような言い方をしたみたいで、僕としてもバツが悪いのは確かだけど、命に関わることだし気になって仕方なかった。
暫く沈黙が続き、彼女は何か決意したのか僕をしっかりと見据えた。そしておもむろに眼帯を外す。
「…え?」
僕は驚くしかなかった。
眼帯の下にあったのは澄み切った青い虹彩。その瞳が、夕焼けに照らされとても神秘的に僕を魅了する。
カラーコンタクトなのだろうか。でもそうだとするならば、まるで見られたくないように眼帯で覆い隠すなんてことはしないはずだ。
「ついてきて」
彼女はそう言って、そうすることが当然のように僕の手を握り、歩き出した。
柔らかな感触、歩くスピードの速さにも驚き、僕の脳内は混乱で埋め尽くされている中、更なる衝撃が僕を待ち構えていた。