Ep.7 脱獄 ~そして街へ~
後書きに[精神保護]が載っていなかったのを修正。
――死にたくない
ある大陸のある刑務所の一角にて圧倒的な存在がもたらす死が充満していた。
あらゆる者が生を諦めるその空間で、唯一その男だけが生への執着を手放さなかった。
男の名前はゼロ=ヨニク、後に世界を大きく動かす男。
◆◆◆◆
黒竜が再び咆哮を発した。
その咆哮は聞く者の心臓を凍てつかせ、元々限界まですり減っていた気力に止めをさしてゆく。
一人、また一人と泡を吹いて倒れていくなかで、只一人、ヨニクだけは先程と殆ど変わらない状態で、いや、寧ろ先程よりもしっかりと地面に足をつけていた。
自分でも何故まだ立っていられるのか不思議に思ったヨニクだがその疑問はすぐに解決する事になる。
[許容範囲を越えた精神へのダメージの予兆を感知しました]
[核スキル〈生存本能〉の自動防衛機能により、スキル〈精神保護〉を作成、展開しました]
突如として、頭に自分に似た声が響いた。その声はとても感情なんか感じられない冷たい声だった。
そうか、転移する直前にも聞いた事がある声だととは思っていたが……。
転移してくる前と似た様な状況に置かれたことで、ヨニクは自分が核スキル〈生存本能〉と〈可能性〉を手に入れていた事をやっと思い出した。また、そのおかげで助かったのかも知れないという事も。
成る程、〈精神保護〉の効果で急に恐怖心が消えたのか。
[また、生への強い執着心を確認、状況を逸脱する為に複合スキル〈生存の可能性〉を発動します]
声が途切れると同時に、ヨニクを縛っていた腕輪が割れた。と言うのは、さっき黒竜が降り下ろした腕によって宙に舞った瓦礫の一つが、偶然腕輪に当たったのだ。
動ける様になったヨニクは一目散に逃げ出した。
だが勿論、それを易々と逃がすような黒竜ではない。五メートルは有ろうかという口を大きく開いて、ヨニク目掛けて炎を吹いたのだ。
黒竜はブレスの予備動作で大きく息を吸ったのだが、その際転倒してしまったヨニクは為す術もなく炎に飲み込まれると思われたが、その未来は訪れる事はなかった。
ヨニクが倒れていた場所と黒竜の間には偶々酒蔵庫があったのだが、数十もの酒樽が引火し爆発したため黒竜のブレスの威力を軽減する結果となり、それによりヨニクは比較的軽度な火傷で済む事になったのだ。
竜のブレスを喰らっておいて、この程度の被害で済むなど、正に奇跡と呼ぶに相応しい偉業である。
しかし、奇跡はこれで終わらない。
爆発の余波によって瓦礫の下に飛ばされたお陰で、黒竜に死ななかった事を気付かれなかったのだ。
黒竜は勿論そんな事は知るよしもなく、残っている施設を虱潰しに破壊していくと、満足したのかその場を後にした。
[称号{生還者}を手に入れた]
黒竜が去った後、立ち込める煙の中動く影が一つだけあった。ヨニクである。
瓦礫の下に飛ばされた時頭を打って気を失っていたのだが、全てが終わった後に目を覚ましたのだ。
竜がいない事をしっかりと確認するため、もう一度瓦礫の下に隠れ視界が回復するのを待つと、徐々にではあるが煙が晴れてきた。
視界が殆ど回復すると、瓦礫の下から這い出て辺りを確認し、その光景に絶句した。
立派とは言えないが、しっかりとした造りの刑務所があった筈の場所には、瓦礫の山が代わりに置かれていたからだ。
心配になって思い付く限りの名を大声で呼んで見るが、一向に返事は返ってこない。
辺りを歩き周り人影を探すが、何処にも見当たらない。
日が落ちかけ、声も足も限界を迎えようとしていた時、ヨニクはある物を見つけた。
エンマに奪われていた一丁の短銃だ。
ヨニクは短銃を拾い上げると、自分の頭に向けた。
しかし、その引き金を引くどころか、死にたいとも思えなかった。
おそらく、〈精神保護〉のスキルの効果で守られているからだろう。
ヨニクは、友が死んでもそこまで辛いとは思えない自分に嫌気が差した。
翌朝、ヨニクは友が大勢死んだとは思えない程、スッキリと目が覚めた。そんな自分にまたもや嫌気が差し、〈精神保護〉のスキルを恨めしく思ったが、スキルに復讐などできるハズも無く、その感情は捨て去った。
この日やることは決めていた。墓を建てる事である。
勿論、職人では無いのだから本格的な墓は造れないが、その分、人数分建ててあげようとヨニクは考えていた。
瓦礫を組み合わせて約400人分の墓を建て終わった頃にはもう夜の戸張が落ちていた。
瓦礫の中から見つけ出した薄い毛布を掛け、簡易的な寝床を作ると、その日は一晩中星を眺めながら、今後の事を考えた。
朝になる頃には、もうすっかり気持ちの整理は出来ていた。
ヨニクは、短銃をポケットに入れ、昨日瓦礫の中から発掘した食料や水、お金などを薄い毛布でくるめると、迷い無くその場を後にした。
目指すのは此処から真っ直ぐ西へ向かった所にある、トルトンという街だ。
この世界は街や村に入る時に取り調べがあり、犯罪者であれば入れてくれない所が殆どなのだそうだが、トルトンはその取り調べが緩く、犯罪者でも入る事ができるのだと以前キウスが言っていたのだ。
草原――刑務所は草原の中心にあった――を少し進んだ所で、横幅30センチ位の青い球体に出会した。所謂スライムである。
この世界には魔物が居るのだとキウスやノーラン達から聞いて知っていたのだが、実物を見るのは初めてだ。
どうせ牢獄暮らしだと思っていたので、実際には見ることは無いだろうとその時は聞き流していたのだが、もう少し詳しく聞いていたら良かったと少し後悔した。
スライムはこちらに気付くや否や体当たりをしてきた。
史上最弱だと恐れられるスライムも腐っても魔物というという訳か。
突然の攻撃に焦る事無く落ち着いて回避できたのは、〈精神保護〉の効果だろう。少し癪だ。
スライムが着地した所を狙って拳打を放つが、スライムの弾力が威力を軽減してしまい、あまり効いていない様だった。
それならばと、再び襲いかかって来たスライムを躱し、近くに落ちていた石を拾って投げつけた。中学時代に野球部に入っていたお陰か、狙い通りに命中した。
石が当たったスライムは体の一部がビチャッと飛び散ったかと思うと、動かなくなった。
[確認しました。称号{駆け出し者のハンター}を手に入れた]
称号を手に入れたのは良いのだが、〈精神保護〉の件でこの声が少し嫌いになりつつあったヨニクは何となく癪なので素直に喜ばないようにした。
ヨニクはスライムの死骸に手を入れると、ビー玉サイズの丸い結晶を取り出した。これもキウスやノーランから聞いていた事で、魔物の体内には魔核があり、これが沢山の用途で使えるらしい。
ヨニクは魔核を袋に仕舞うと、スライムにはもう興味は無いとばかりに、直ぐに歩みを再開した。
更に進んだ所で草原が途切れ、人の往来を感じさせる土の道が姿を現した。道は車が二台通れる程の大きさで、進行方向に向かって伸びる道と左右に別れる道があり、T字路を形成していた。道の脇には古びた立札が添えられており、見たことのない、象形文字の様な造りの字と道を指す矢印が書いてあった。
本来であれば理解する事の出来る筈も無い文字なのだが、いつの間にか手に入れていた特技[言語理解]によって難なく読み解く事が可能であった。
それによればあと4セルタもいけばトルトンに着くという事だ。
折角読めたのに肝心な距離は良く分からない。セルタって何だ?
全く、[言語理解]君にはもう少しマシな仕事をして欲しいモノである。
ヨニクは囚人であるという事を考慮して、道を少しハズレた、ちょっとした林の中を歩いていく事にした。
使い勝手が良さそうなので食料や水と一緒に持ってきていた果物用のナイフで草木を掻き分け進んでいると、前方から人の声や馬の蹄の音が聞こえてきた。
見つかると色々とマズいので、ヨニクは太い木の裏に身を隠しやり過ごす事にした。
しかし――
「最後の休憩を摂る事にする!! 総員、しかと休んで置くように!!」
運悪くヨニクの居る林の真ん前で休憩を始めてしまったのだ。
だが幸いな事に、疲れているのか周りを歩き回ったりする者は居らず、用も反対側の森で足してくれたので、滞在中にヨニクが見つかると言う最悪のパターンは回避出来た。
それはそうと、休憩中の会話から推測するに、この軍は刑務所に現れた竜を討伐しにきたらしい。
あの竜を人間が討伐するなんて到底想像出来ないが、スキルがあるから案外いけちゃうんだろうか。
うーん、やっぱり想像出来ない。
それにしても魔物がいる上に竜がいるとかどんだけ物騒な世界何だか。
嗚呼、日本が恋しい、って言っても日本でも殺されかけてる俺からしたらどっちもどっちっていう気がしてならないんだが。
揃いの青い鎧を身に纏った数千にも登る兵士達が過ぎ去り、ヨニクは再び歩き出した。
ヨニクは日がすっかり傾いてしまう程、長い間歩き通しであったのだが今だに街の「ま」の字も見つかっていなかった。
この世界は元の世界と比べて科学の発展が遅く開発も進んでいないため、水源の近くにしか街が造られる事はない。そのため、街と街の間隔が遠いとは聞き及んでいたのだが、半日懸けても着かないというのは完全にヨニクの計算外であった。
仕方ない、一旦休憩を挟もうか……。
ヨニクは刑務作業で一度遠出した折、夜営の仕方を学んでいたので拙いながらも夜営の準備をすることが出来た。
道中で消費して残り半分程度になってしまった食料を咀嚼しながら辺りを警戒していると、一台の馬車が刑務所の方面から走って来るのが見えた。
今度も軍隊が来た時と同様に茂みに隠れようとしたヨニクだが、そう言う訳にはいかなくなった。馬車が紫色をした大きな蜘蛛型の魔物に攻撃され、転倒してしまったのだ。その勢いで馬車から投げ出されてしまった商人風の男は頭部はなんとか守ったものの手足を強く地面に打ち動けそうに無い。
ヨニクは男を鍵爪で突き刺そうとしていた蜘蛛に手にもっていた果物ナイフを投げつけた。勿論勝算がある訳ではない。だが、日本にいた頃の価値観からか人が目の前で死ぬのを黙って見ている事が出来なかったのだ。そうは言っても普段なら、自分が死ぬと分かっているのに首を突っ込む様な愚は犯さないのだが、〈精神保護〉のスキルのせいで恐怖心が弱まっている為か、思わず動いてしまったのだ。
カキンという音を立てて、ナイフが大蜘蛛の外骨格に弾かれた。恐らく大蜘蛛にはダメージが無かっただろうが、その攻撃は大蜘蛛の怒りを買うには十分であった。大蜘蛛は男からヨニクへと向き直り鍵爪の付いた二本の前足を上げて威嚇した。
ヨニクは若干恐怖心を感じたが、精神保護のお陰か直ぐに立ち直り、林から道路を挟んだ向かい側の森の方へと駆け出した。逃げるとは思って無かったのか、大蜘蛛は拍子抜けした様にその場から動かずにヨニクを目で追っていたが、少しすると先程の事を思い出したのか奇声を上げながらヨニクの後に続いた。
ヨニクは精一杯走ったのだが、慣れない森の中だった上に相手が悪すぎた。数十メートルも走らない内にヨニクは大蜘蛛に周り込まれてしまい、逃げ場の無い状況に陥ってしまった。
大蜘蛛はジリジリとヨニクに近付くと態と急所を外して攻撃を仕掛けてきた。弱らせてから狩るという事だろう。実に蜘蛛らしい戦い方だ。
追い詰められてしまったヨニクだが、不思議となんとかなるという気がしてならなかった。これは精神保護の効果もあるだろうが、きっと〈可能性〉と〈生存本能〉という頼もしいスキルがあることもその考えが浮かんでくる一つの要因だったのだろう。
実際その考えは正しく、
[核スキル〈生存本能〉の自動防衛機能を展開しました]
という声と共にヨニクの頭にはこの状況を切り抜ける方法が浮かんできた。ヨニクはその指示に従いポケットから短銃を取り出すと大蜘蛛へ向けて引き金を引いた。
ヨニクはその攻撃には逃げ出す為の時間を作り出す狙いがあると考えていたのだが、その予想は結果とは180度異なるものだった。
放たれた銃弾は不思議な青い光を纏いながら、ヨニクを切り裂かんと目の前まで迫っていた大蜘蛛の鍵爪を穿ち、それどころか大蜘蛛の本体にも大きな穴を作り出したのだ。大蜘蛛は撃たれた反動からか後ろに倒れ、その後は動く事は無かった。
ヨニクは暫く呆然と立ち尽くしていたのだが、道で今も倒れて居るであろう商人風の男の事を思いだし、大蜘蛛から魔核だけ抜き取ると男の方へ駆け寄った。
魔核を取り出す際吐きそうになったのは致し方あるまい。
[称号{オラインの森の主}を手に入れた]
商人風の男に近付き、大丈夫ですかと声をかけると弱々しい声で、馬車の中の娘は無事なのかを訊いてきた。
ヨニクは馬車の中で倒れている美しい女性の方へ行くと、女性の容態を確認した。かすり傷が所々にあるが大きな傷は無く、気を失っているだけであった。
その事を商人風の男に伝えると、有り難うと感謝の言葉を述べ、今度は馬車の中の回復薬を傷に掛けて欲しいとお願いされた。ヨニクが言われた通りに男にポーションを掛けてやると、みるみる内に傷口が塞がっていった。それでも流石に大きな傷は完全には直せ無いようで、特に重症だった背中の傷は痕が残ってしまった。
魔物がいるようなファンタジー世界だしこう言う不思議アイテムも有るだろうとは思っていたけど、実際見て見ると怖いくらいの効果だな、というヨニクの内心の驚愕を他所に、商人風の男はさっきまで重症だったと思えないほど自然に立ち上がると、ヨニクの横を通り過ぎて娘という女性の方へと駆け寄った。
命の恩人に対して少々失礼な態度ではあるが娘の事がとても心配なのだろうと理解した。
気を失っただけだと伝えた筈なのだがそれでも気が気じゃ無いだろうしね。
娘が目を覚ますと商人風の男は娘に状況を説明し、二人で喜びを分かち合った後、ほとぼりが覚めると商人風の男が娘の手をとってヨニクの方へと歩み寄り、二人で感謝の意を述べた。
その後、話を聞くと商人風の男改め行商人のカルトルさんとその娘イレナさんは、盗賊に馬車を襲われて護衛を置いて逃げてきたとの事だった。護衛とはこの先のトルトンで合流するとの事だったので、自分も目的地が同じであると告げると、二人に同伴する事になるのは自然な流れであった。
大蜘蛛の攻撃で重症を受けていた二頭の馬にポーションをかけ立ち上がらせると、三人は馬車に乗り込みトルトンへと出発した。
最後の方が少し雑になったでしょうか?
今回は6000字です。取り敢えずの目標まであと4000字!!
――ステータス――
名前:神埼 学(ゼロ=ヨニク)
種族:人間
各種能力値:不明
心核:残り1/3
核スキル:[可能性 生存本能]
常用スキル:[疲労無効 身体強化ex 精神保護(精神へのダメージを緩和し、あらゆるマイナスの感情を抑制する)]
保有スキル:[観察眼]
特技:[言語理解]
装備:[果物ナイフ(瓦礫の下から見つけた)
短銃
看守の制服(下着。瓦礫の下から拾った)]
称号:[囚ワレシ者 駆け出し者のハンター(魔物を初めて倒した証 魔物への攻撃力+極小) 生還者(圧倒的な力を前に生還した証 恐怖体制+大) オラインの森の主(オラインの森の主を倒し、新たな主になった証 オラインの森の魔物に怖れられるようになる)]