Ep.5 過去
投獄されてから、今日で1ヶ月経過と言った所か。と言うことはあと3年で……。
時間が迫っているという焦りもあって、最近は脱獄について考える機会が多くなった。
そもそも世界が違うんだし、仮に脱獄したとしても俺が向こうにやり残した事はできないと思う。それこそ無駄にリスクが伴うだけだし骨折り損だろう。
だが、それでも頭から離れない。離したく無いとさえ思う。
それは何故か?
きっと、このまま何もしないと後悔すると本能で解っているからだろう。しかし、理性が邪魔をする。
ハイリスクノーリターン。誰が好き好んで実行に移すというのか?
そのリスクがもっと低いのであれば、もしかしたら決断していたのかも知れない。
スキルの存在を知った時は、やるしかないと思った。
脱獄に役に立つスキルがきっと有るのだと意気込んだ。
それから思い付く限りの行動をしてみた。壁に張り付こうとして見たり、息を潜めて見たり、等々。
しかし、獲得できたスキルは[観察眼]という脱獄には関係なさそうなスキル1つのみ。
因みにこれは脱出経路を探っている時に手に入れたものなのだが、キウスとノーラン曰く、ほとんどが持ってるノーマルスキルなのだそうだ。
せっかく手に入れた訳だが、使い続けないとゴミスキルらしいのでまだ一度も使ったことはない。
やることが他に無いので、今日あたり試しに使って見ようかな?
結局、どうあがいてもリスクを下げる方法は無いんだろうか?
――この時も思考が延々とループするばかりで、実行に移すという結論には至る事はなかった。
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「なぁ、ヨニク。俺達、出会ってまだ1ヶ月しか経って無いけど、友達……だよな?」
刑務作業を済ませ牢に戻ると、キウスが突如として口を開いた。
それ自体はいつもの事なので何とも無いのだが、今日はどこか真面目な空気が流れている。
「ああ、勿論だ。臭いこと言う様だけど、友達には過ごした時間なんて関係無いよ」
「……そうか。じゃあ話さ無いのは良く無いよな。あの、さ……ヨニク、俺、一週間後に死刑だと」
え? 一週間後に、死刑……?
「ついに、処罰の日程が決まってな
俺、親父を殺したんだ。……俺の親父は軍に所属する兵の一人だったんだけど、ただの一兵卒で終わる人生が悔しかったんだと思う。
息子の俺に仇を取れ、とか言って嫌いな勉強を嫌と言うほど押し付けてきてさ。俺は文官なんかじゃなくて、親父と同じ武官に成りたかったってのに。
ある日、武官の夢が諦め切れず、コッソリ槍の稽古を続けていたんだけど、それがが見つかっちゃって、親父と口論になった。
親父なら、きっと解ってくれるって思ってたけど、その時無理なんだって分かった。この人はどうしても俺を武官にしたく無いんだと。それでカッとなって、持ってた槍で……な」
そこまで言うとキウスは一息吐いた。
きっとどうしようもなく辛いのだろう。俺なんかが想像出来ない程に。
目を瞑り、俯いている姿からは、暗いオーラが滲み出ていた。
暫く時間を置いて、再びキウスは口を開き、短くこう言った。
「幻滅……したか?」
と。
少し考えて俺は答えた。
「幻滅していない。確かに、親を殺すのは許されない事だ。だけどそれは、ここで俺がキウスと過ごした時間とは何の関係も無いこと、そうだろ?」
俺がそう断言すると、キウスは信じられない物を見るような表情でこちらを凝視してきた。
「本当に幻滅してない……のか?」
「ああ、きっと君の中で葛藤があったのだと思う。この話をしたら、もしかしたら幻滅されてしまうかもしれない。もう自分を友達とは思ってもらえないかもしれない、って。それでも、君は話してくれた。幻滅しない理由なんて、それで十分じゃないか」
初めてキウスの頬を涙が伝う。
「……ヨニク、ありがとう」
「フフ、そんなに泣いてっと、不細工過ぎてそれこそ幻滅するぞ!」
「ハ、ハハ……コロスゾ?」
「すみません」
………
……
…
既に夜の戸張はおり、辺りは静寂に包まれていた。
そんな静寂を乱す声が一つ。
「なぁ、一週間後に死刑って本当なのか?」
「ああ、そうだ」
ヨニクとキウスであった。
消灯後も熱が冷めず、二人は会話を続けていたのだ。
といっても、ヨニクは何やら考え事をしていたようで、自ら話すのはこれが初めてであった。
「ならさ、二人で脱獄しないか?」
「だ、脱獄?」
そう、ヨニクはずっとこの事を考えていたのだ。
脱獄はハイリスクノーリターン。少し前まではそうであった。だが、今は違う。
脱獄が成功すれば、キウスの命が助かるというリターンがある。
リターンがあるならば、やらない手は無い。それがヨニクの考えであった。
しかし、
――脱獄は、しない
返って来た答えはヨニクの期待とは異なるものだった。
早速物語に詰まるという、ね。