第8話 これから進む道
そのまま、暫く、時間は流れた。
極限状態の中で大量に分泌されたアドレナリンも落ち着き、少しずつ冷静さを取り戻してくる。
仰向けに寝そべっていた上半身を、ゆっくりと起こす。
先程、極度に動かし続けた筋肉が、まだ悲鳴を上げている。
「・・・」
辺りをぐるりと見回して見る。
動くものの気配はなく、風の通り抜ける音だけが響き渡っていた。
その辺で、燃え盛っていた炎も、今はすっかり鎮火している。
この惨状を見る限り、生存者は絶望的かもしれない・・・。
先程までは、一種の興奮状態で、ドラゴンを倒す事のみを考えていた。
しかし、それから開放されると、様々な感情が顔を出し始める。
皆、死んでしまったのか・・・。
一緒に遊んだ子供達が尻尾になぎ払われ、瓦礫の木材に刺さり、貼り付けにされた光景。
よく、洗濯をしていた女性達が悲鳴を上げ、逃げ惑う所に火炎が注ぎ込まれ、暴れながら焼け死んでいく光景。
怒号を上げ応戦する青年達を、燃やし踏み潰される光景。
自分を庇い、ドラゴンの爪で引き裂かれた男の光景。
恐怖の叫びを上げ、ドラゴンに吹き飛ばされるグレースさんの光景。
「うっ!」
今まで見た事もない、凄惨な情景を思いだし、思わず、吐き気が込み上げてくる。
俺が戻った事で、何か変える事が出来たのだろうか・・・。
もしかしたら、只・・・被害を広げてしまっただけなのでは、ないのか・・・。
潜んでいた、グレース達を引っ張り出し、闘い、結果・・・残っているのは自分一人・・・。
戻った事で、何かが好転したとはとても、思えない。
そして、グレースが飛ばされた方角を見る。
そこで、一つの事に気が付く。
グレースさんは、もしかしたら・・・生きているんじゃないか・・・。
それに、確信等なく、只の願いだった・・・。
現実は、いたずらに残酷な光景を目の当たりにするだけなのかもしれない・・・。
でも・・・今は、自分が戻った事に、自分のした事に、只、意味が欲しかった。
そして、彼女が飛ばされた瓦礫郡に走り出す。
頼む・・・。お願いだ・・・。
神に縋る思いで何度も繰り返して祈る。
「グレース! グレース!!」
瓦礫群に着くと、その名前を何度も繰り返す。
しかし、そこからは、何の返事もない。
やはり・・・。
そんな考えを振り払う様に、頭を振り、目の前の瓦礫を慎重に退かしていく。
すると、彼女のものと思われると、白い足が見えてきた。
「グレース!!」
辺りの瓦礫を次々と退かしていくと、彼女の全身が露になる。
至る所に痣や切り傷はあるが、目立った大きな外傷は無さそうだ。
しかし、何度も呼び掛ける彼女の反応も何もなかった。
少し、躊躇して、彼女の胸に耳を当て、鼓動を確認してみる。
ドクン・・・・
ドクン・・・・
心臓の音を確認出来て、はぁっ、と安堵の息が漏れる。
こんな状態の時、どうすればいいのか・・・。
何となく、教習所でやった応急救護を思い返していると。
「うぅ・・・・・・」
彼女は苦しそうに呻きながら、少しずつ目を開けた。
「グレース!」
「うぅう・・・レンガ様・・・・・?」
彼女は直ぐに、こちらに気が付き、上体を起こそうとする。
「無理に起き上がらなくていいからーー」
「いえ・・・だいじょぶです・・・うっ!!」
そう言って、足を動かそうとした時、強く呻きを上げた。
彼女の右足首を見ると、少し腫れているみたいだった。
「折れてるのかもしれない・・・。そのままでいいから、動かないで」
彼女は、はい、と小さく頷いてから、何かを思い出した様に急に声を上げた。
「レンガ様! 火竜は・・・火竜はどうなったんですか!?」
「ああ、もう、大丈夫だよ・・・ほら」
そう言って、顔面がほとんど原型を留めていない火竜と呼ばれる生物の亡骸に指を指す。
「え・・・。レ、レンガ様が倒したんですか?!」
彼女は火竜の亡骸を確認すると、驚愕の表情で見せた。
「まぁ、ラッキーが重なっただけだよ・・・。途中は、もう完全に諦めモードになってたからね・・・」
途中、すっかり呆然自失になっていた自分を思いだし、少し気恥ずかしくなってくる。
もう、こんなのと殺り合うなんて、二度とごめんだ・・・。
「いえ、レンガ様、本当にすごいです・・・。私達なんかの為に戻って来てくれただけでは無く・・・更に、倒してしまうなんて・・・。」
戻って・・・。
彼女の言葉を聞いて、心に鈍痛が走る。
そう・・・。一度は逃げ出した・・・。あっさりと、全員を置き去りにして・・・。
一度は、恐怖に屈して、一人逃げた、只の・・・卑怯者だ。
「レンガ様?」
黙っていた自分に、彼女は怪訝な表情を向けて来た。
そんな、彼女の顔を見て、思わず言葉が漏れる。
「・・・俺はすごくなんか、ないよ・・・。君達を置いて逃げた、ただの臆病者だ・・・」
「そんな事は、ないです。戻ったレンガ様は、私達の為に、身を呈して闘ってくれました!・・・それは、簡単に出来る事じゃないと思います・・・」
「・・・ありがとう・・・」
俺は、打算的で、弱い人間だ・・・。
そんな言葉を欲しいが為に、発言した気がしてくる。
自分の失態を覆う為に・・・。
でも・・・。
彼女だけでも、救う事が出来た・・・今はそう思う事にした・・・。
暫くして、気持ち切り替える為、これからどうするか考える。
もう、ここには留まるのは・・・無理だろう。
どこかへ、移動するしかない。
ポーラ王国。
現状、そこへ行くのが最善な気がする。
あまりの知識の少なさに、選択出来る程、目的がない事を改めて痛感する。
しかも、その唯一の目的地に行く方法すら、わからない絶望的な状態。地図もない上、方角までわからないときている。
これでは、この世界に来たばかりの時と、なにも変わらない、と思い深く落胆する。
「・・・レンガ様・・・。その、これからどうされるのですか?・・・」
そんな自分の心中を見透かした様な問い掛けが、飛んでくる。
そして、ふと、一つの事に気が付く。
もう、彼女に身分を隠す必要はないじゃないか? 全て、洗いざらい話して協力関係を結ぶ・・・これが、今出来る最善策ではないのかと。
彼女も、ここに留まるとは思えない。それならば・・・。
そう考えるが、もう一つの考えが頭を掠めた。
でも・・・全てを語るという事は今までの事が、全て嘘だという告白になる・・・。あれだけ、もてなされ、あれだけ良くされて・・・。火竜の時も・・・。
真実を告げた時の、報復・拒絶を恐れる。
自分ならば・・・普通ならば・・・絶対に許されない事だろう・・・。
・・・。
暫く、考え込み、そして決める。
でも、明かさなければ何も始まらない。拒絶された場合、甘んじて、その罪を受け入れよう・・・。
これは、自分自身で決め、やってきた事なのだから。
決心は固まった。
「あー・・・グレースさん・・・。少し、大事な話があるんだ・・・」
「はい、何でしょうか?」
「少し長くなりそうだけど、聞いてくれーー」
不思議そうにこちらを見る彼女に、ここに来た経緯、現状を洗いざらい語り始める。
何も、口を挟まず、黙って聞いている、彼女が怖かった・・・。
だが、話をやめる事はせず、その顔を見ない様にして全てを語り尽くした。
「そういう訳だったんだ・・・。」
話し終えても、尚、彼女の顔を見る事が出来ず、只、遠くの景色を眺める。
そして、彼女が口を開いた。
「・・・少し、お話が難しくてわかりませんが・・・。ここではない、どこか別の世界から来た、ということなんでしょうか?」
「まぁ、多分・・・そういう事だね」
ぶっちゃけ断言は出来ないが、そうだと思う。
しかし、彼女の普段通りの、ゆったりとした口調からは何も読み取る事が出来ない。
やはり、怒っているのだろうか・・・。
すると。
「・・・わかりました」
「へっ??」
次に彼女の口から放たれた、あまりに拍子抜けする言葉に、思わず間抜けな声が漏れる。
「え?・・・レンガ様はこの地の方ではない、で、宜しいんですよね?」
「まぁ・・・。それで合ってるけども・・・それだけ?」
その予想の斜め右を行く返答に、困惑する。
「他にも、何かあるんですか?」
「いや・・・ない、けど・・・。」
まったくの想定外の出来事に完全なパニック状態になり、つい、余計な事が口から溢れ出してしまう。
「だって、今までの事が嘘だってなると・・・君も村の人も全員を騙してたってことになるだぞ。・・・それで、平気なの!?」
「んー。そう、言われましても・・・。私も村の皆さんも、レンガ様に何も悪い事などされてないですし・・・。寧ろ、貴族の方とは思えない程、優しく接してくれる方だったので・・・」
「そもそも、俺は貴族なんかじゃないし、寧ろ、それを偽っていたんだよ!?」
もはや、自分の目的など、とうに見失い、更にまくし立てる。
「うーん・・・。でもですね、身なりからして、私達に比べたら、かなりの身分の方だとは、思いますけど・・・」
だめだ・・・。わかってくれそうにない・・・。
そもそも、自分のいた世界と、この世界では、常識そのものが違う。
元居た世界にも、身分の様なものはあったが、ここまで、絶対的なものではなかった。
普通ならば、差別とかで騒ぐレベルの事も、こちらでは至極、当然の事なのだろう・・・。
「・・・そもそも、その、貴族っていうのはどういう人なのさ?」
ずっと疑問に思っていた事を聞いてみる。
グレースさんはそうですね、と呟くと。
「我々とは違う、ヒト種の方々の事です・・・。レンガ様も、お姿からしてヒト種の方で間違いないと思いますが・・・。」
一つ謎が解けた。人間=貴族で間違いないみたいだ。
「でも・・・俺はこの世界の人ではないよ?」
「・・・でも、レンガ様はヒトなんですよね?」
「まぁ・・・多分そうだと思うよ・・・。」
自分がヒト種なのかは断定できないが、グレース曰く、間違いないらしい。
もう、これ以上、食い下がるのはやめよう・・・。少し納得いかない所もあったが・・・。
「じゃあ・・・。これからの事を、決めよう」
歯切れの悪い感じで、話題を変える。
「俺は、これから王国に行こうかと思ってるだけど・・・。良かったら、道案内を頼めないかな?」
本題を持ち掛ける。
彼女もここに、一人で残るわけでは無いだろうし、どこかに行くにしても一緒に行く方がいい筈。
「・・・王国ですか・・・。」
だが、彼女は少し浮かない表情を見せる。
中心都市の王国。ヒト種の栄える場所。
恐らく、貴族と呼ばれる者が多くいる土地。彼女の種族は、やはり、余りいい扱いは受けないのだろうか。自分自身も身分を証明するものがない為、どうなるかわからないが・・・。
まさか、運転免許書は使えないだろうし。
「もし・・・あれなら、途中の村まででも、構わないからさ」
彼女が馴染めそうな村が見つかれば、そこで別れてもいいだろう。
ここは、大事な所だ。多少、強引にでも、連れ出したい。
「・・・いえ・・・。お供させて、下さい」
少し考えて、彼女はそう口にしてくれた。
そして、思わず、安堵の息が漏れた。
「ありがと。助かるよ」
「あ・・・それと、もう少し気軽に接してくれていいから。村の人にするような感じで。崇められたりするの好きじゃないから・・・。俺も、これからはグレースって呼ぶからさ。」
丁度いい、タイミングだと思い、ずっと気に悩んでいた事を提案してみる。
正直、少し慣れて来てはいたが、出来ればもう少し軽い方がありがたかった。
「え? あ、はい・・・。少し難しいですが、努力してみます・・・。でも、レンガ様って、ほんとに変わった方ですね」
彼女は、愉快そうに微笑んでくれた。
「よく、言われるよ」
変な人か・・・。馴染み深い言葉だった。変な人は、どこの世界に来ても、変な人なんだな・・・。
でも、取り合えず、これで王国を目指す事が出来そうだ・・・。
そして、深く、安堵の溜め息を吐いた。