第5話 未知との遭遇
「ふぅーー。」
やっと、川から部屋へ戻ってくる事が出来、どさっ、と勢い良く腰を下ろす。
・・・なんだか、水浴びに行っただけなのに、凄く疲れたな・・・。
本来、疲れを取る場の筈なのだが、今は余計、疲労度が増した気がする。
丁度、やる事の無い、この時間を使い、古式銃の冊子を読もうかとも考えたが、部屋の明かりは夜になると、備え付けの蝋燭が灯されているだけで、かなり薄暗い。
あまり、読み物をする様な環境では無さそうだ。
する事がないと言うのは、非常に落ち着かないものだ。
どうしたものか、と窓の外を眺めていると、グレースさんが声を掛けてきた。
「・・・あの。」
「ん? なに?」
少し驚いた。
恐らく、彼女の方から話し掛けてくれるのは、これが初めてだった気がする。
「先程は、あ、ありがとうございました・・・。」
彼女は手に巻かれた布をいじりながら言った。
多分、治療の事を言っているのだろう。
「いいよ、それより血は止まった?」
「はい・・・多分、止まっています」
「なら、よかった」
「・・・・」
「・・・・」
相変わらず、会話が続く気配はないが・・・。
すると、今回は彼女が再び、声を上げた。
「あの・・・。」
「なに?」
軽く、デジャブを感じるやり取りだ。
「・・・あの時・・・使われたのは、あの・・・術具、なんですか?」
彼女の口からは聞いた事のない単語が飛び出した。
術具?・・・それはなんだ?
会話の流れから、猪モドキに使った、古式銃の事を言っているのは間違いないだろう。
しかし、これが何なのか、説明する訳にはいかない。
術具が何なのか、聞きたい所ではあったが、上手い言い回しが見つからない。
「そうだよ・・・」
当たり障りのない、短い返答を返す。
「あ、やっぱり、そうなんですね・・・。私、初めて見ました・・・。あの、貴族の方は皆さん、お持ちなんですね・・・」
話が続く事は、嬉しいのだが、自分の返答一つで色々バレる危険性もあり、何か、尋問でもされてる様な気分でもあった。
それは、彼女の口ぶりからすると、貴族の使う何かの様だ。
この世界の武器なのだろうか・・・。
だが、この会話が続きそうな今、絶好のチャンスだとも考える。
慎重にこちらも質問を重ねてみる。
「エルフはさっきみたいな、動物に襲われた時、どうしてるの? やっぱり、弓矢?」
「そうですね・・・。主には・・・弓が多いです。でも、術で戦う方もいらっしゃいます」
・・・術!? 忍者みたいな感じなのか?! それとも、魔法的なものか・・・。
普通の現代人の自分にはそれが、何なのかい、今一、ピンと来ない。
そんな心境に少し、渋い表情をしていると。
「あの、レ、レンガ様は・・・術は見た事はないんですか?」
一瞬、まずったか、とも思ったが、彼女の表情に怪しんでいる様子は無い。
これは、正直に答えても大丈夫そうだ。
「そうだね。実際に見た事はないかな・・・」
「あ、では・・・良ければ、少し・・・お見せしましょうか?」
「え!? 君も使えるの?!」
思わぬ提案に、声が上ずってしまう。
術なんて言う、いかにも神秘的な力だから、かなり使う人を限定するものかと思っていたが、そうでもないらしい。
しかし、実際こうやって目の前で見る事が出来るのは、願ってもない事だ。
俺は、当初の目的を忘れそうになる程、心が踊っていた。
「では・・・」
そう言うと、グレースさんはこちらへ近づいて来た。
すると、彼女は右の掌に水瓶の水を貯めた。
・・・これから、何が起こるんだ・・・。
俺は、そんなサーカスが始まる前と同じ心境で、彼女の動作に注目する。
今度は左手の布包帯を外し、その下の、先程の傷が露になる。
そして、グレースさんは目を閉じると、その身体が淡く発光を始める。
「・・・おお!」
あまりに不思議な現象に思わず、声が漏れてしまう。
更に、グレースさんの右手の水が軽く浮き上がり、生きている様に動き出し、その水を左掌の傷に当てがった。
暫くすると、徐々に発光は収まり、彼女はゆっくりと目を開ける。
そして、左掌を覆っていた右掌を退かすと、先程まで、そこにあった傷が綺麗に無くなっていたのだ。
「おおお!! これは、すごい!」
まるで、一流マジシャンのマジックでも見た様な心境で、思わず拍手をしてしまう。
普通であれば、それは、あまりに現実離れし過ぎて受け入れがたい光景だったのだが、今の自分の身に起きた状況もあってか、案外すんなりと受け入れる事が出来た。
「あ、ありがとう・・・ございます」
彼女は少し、照れながらそう言った。
「このくらいなら・・・村の方も、皆、出来ますので・・・。」
謙遜する彼女の言葉を他所に、俺は凄いものが見れた満足感で満たされていた。
彼女曰く、エルフは皆、術を使う事が出来るとの事。
今のが術だとすると・・・恐らく、術具ってのは術を使う道具って所か・・・。
「このくらいって事は、他にも種類があるの?」
「はい、石や木を使ったものとか・・・他にも色々、あります」
その人によって、適応している属性の様なものがあるみたいで、それは生まれつきの資質の様なものらしい。
「いや、本当に凄いよ・・・」
「いえ・・・わ、わたしなんか・・・後は、樹と土を少ししか、出来ないので・・・。全然だめなんです・・・。」
彼女は少し照れながらも、首を何度も、横にふるふる、と振った。
「樹と土も出来るのか! 是非、見てみたいな」
「あ、はい・・・。いいです、けど・・・今日は外も暗いので・・・。明日でも、宜しいですか?」
彼女の言う通り、もう結構な時間になっている。
思いも寄らないモノを見て、興奮してしまい、時間を忘れてしまっていたみたいだ。
「そうだね。じゃあ、それは、明日楽しみに取って置く事にするよ」
少し、残念ではあったが、これで明日の楽しみが出来た。
「はい・・・。ありがとうございます」
思わぬ形で、この世界の情報を得る事が出来た。
まさか、こんな頂上現象の様な力が、当たり前に存在する世界だとは思っても見なかった。
自分は基本的には、胡散臭い力などについては、どちらかと言うと、否定的な方ではあった。
しかし、あれだけ、はっきりした形で、見せられてしまっては、流石に疑う余地もない。
すると、彼女が伺う様に、こちらへ視線を向けてきた。
「あの・・・。宜しかったら、明日、レンガ様の術具も・・・もう一度、見せて頂いても・・・・いいですか?」
彼女のその提案を聞いて、少し考える。
先程の術なるものに比べれば、見せるだけなら、何ら問題は無さそうだ。
恐らく、術具として持っていれば、これからは、公に身に付けていても、大丈夫だろう。
先の、猪モドキの件もある。
これからは、何時でも、使用出来る様、先に装填して置いた方がいいかもしれない。
「構わないよ」
「ほんとですか!」
そこには、頬を緩ませ、嬉しそうに笑う少女の姿があった。
それは、年相応に明るく、可愛らしい姿で、極度に怯えている彼女の姿は、なかった。
普段、暗く影を落としている彼女の様子見て、思った事がある。
彼女は・・・若くして、何か抱えて生きているのではないかと・・・。
それが、何なのかは、おおよそ、検討もつかなし、図々しく聞く事などは、勿論、出来ない・・・。
でも、そんな彼女を見て、この世界にはまだ・・・自分の知らない、当たり前のルールが、数多く存在しているのだと、いう事はわかった、気がした・・・。
その夜、蝋燭の明かりが消えた一室で、彼女は床に、足を抱え、胎児の様に身体を丸めて眠っていた。
何かから身を守る様に、何度も、身体を丸め直す、彼女にそっと、毛布を掛けた。
何で、そんな事をしたのかは、自分でも、よく、わからなかった・・・。
でも、その夜は、久しぶりによく眠れた気がした。
翌日、手早く朝食を取り、今日はグレースも一緒に、昨日の練習場へと来ている。
そして、早速、昨日、彼女が話した、土と樹の術を見せて貰った。
土術は砂利を噴射、触れている周辺の地形を変えたり、ぬかるみを形成したりと、補助的なものが主であった。
しかし、樹術は、それとは対照的に、ツタを目標物に絡ませたり、術で強化された枝を飛ばしたり等、やや攻撃的な術といった所だ。
次々と術を披露する度に上がる、自分の歓喜の声に彼女は終始、照れている様だった。
そして、一通り術を見せて貰い、今度はこちらが披露する番になる。
古式銃を取り出すと、彼女に見える様に掌に水平に置く。
その簡単な装飾が施されている古式銃を、彼女は、しげしげと見つめた。
「すごい・・・。不思議な形ですね・・・。この、光っているものは何ですか?」
彼女の指が、側面にある、金属で出来たライオンを模したエンブレムを示した。
「これはただの飾りだよ。強さの象徴を表してるみたいで・・・だから、強そうな動物が彫ってあるんだ」
・・・確か、そうだった気がする。
「そうなんですね・・・。確かに、強そうです。それに・・・すごく、綺麗です・・・。」
余程、そのエンブレムが気に入ったらしく、その視線はエンブレムに釘付けになっていた。
「じゃあ、撃って見せるから、少し、離れてて」
今度は射撃を披露する為、彼女を後ろの木まで下がらせる。
昨日、散々撃ち込んだ倒木に、銃口を向け、撃鉄を下ろし、引き金を引いた。
シュッダン!!
彼女はきゃっ、と小さく声を上げ、耳を塞ぐ。
弾丸は倒木に深く突き刺さり、また、新しい穴を一つ、形成していた。
「び、びっくりしました・・・。近くで聞くと、凄く大きな音なんですね・・・。」
彼女はふー、と息を吐き出し、胸を撫で下ろしている。
「慣れないと、音が少し、怖いかもね」
そう言いながら、倒木へと近づき、今、着弾した部分を彼女に示す。
「あ・・・。ここに当たったんですね・・・すごい、深い穴が開いてます・・・。」
彼女は興味しんしんで、弾丸が入り込んだ穴を、しきりに覗き込んでいる。
「これが・・・術具なんですね。感激です・・・。」
こちらには、重火器の類いは存在していないのだろうか・・・。
まぁ、この文明のレベルでは無さそうではあるが。
「王国の方では、こういう術具が流行っているんですか?」
王国・・・。
また、初めて聞く単語が飛び出してくる。
その言葉の感じからして、都の様な所だとは思うが・・・。
「・・・これは、個人的に作ったもの、だからさ・・・」
勿論、嘘八百である・・・。
しかし、都を知らないとは、流石に言えない。
今は、この返答が無難な所だろう。
「えっ! 手作りなんですね!・・・凄いです!」
そんな自分の心中とは裏腹に、純粋に褒め、感激する彼女の様子に心が痛い。
その後も、あれこれ、雑談した後、古式銃の練習をする事にした。
後ろで、グレースさんがずっと眺めているものだから、少しやり辛いが・・・。
次の日から、彼女が練習に付いて来る様になった。
別段、断る理由もないので、そうしている内に、付いて来るのが当たり前となり、今では、その光景がすっかり定番化してしまっていた。
・・・誰かと、こんな風に時間共有するのは随分、久しぶりだった・・・。俺も、彼女も、多くの話をするわけでは無い。でも・・・。この時間、この瞬間に、どこか・・・安心して自分がいる。そんな気がしていた。