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希望のフリントロック  作者: 猫丸 玉助
第1章 葛藤の放浪
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第4話  初めての緊張感

今は、グレースさんには、少し外してもらい、一人、村の裏手の森に古式銃の試し撃ちに来ていた。


一応、族長から、村の周辺に危険な動物などはいないかの確認は取って置いた。

もし、突然、猛獣にでも襲われでもしたら堪ったものではないからな。

族長曰く、余り出ないとの事。

余りと言うのが少し気になったが・・・まぁ、多分、大丈夫だろう。

しかし、族長の様子からして、人の住む村の付近であっても、猛獣類いが出るのは当たり前という雰囲気を醸し出していた。

改めて、自衛の手段くらいは確立して置かなくてはと思う。


「さてと・・・。」


カバンを下ろし、中から古式銃と火薬と弾薬を取り出す。


最後に触ったのは、もう6年くらい前か・・・。


祖父の強引な古式銃教室を思い出す。

装填、発射については、何度かやった事があった。

発射した時の、凄い反動を覚えている。


「まずは・・」


フリントロック式の装填は、まず、銃口を垂直にして、銃口から火薬を流し込み、奥へと詰める。

巨大バナナの様な形の大火薬ケースから、小分けの火薬ケースへいくつか移して置く。

慣れている人は、この大火薬ケースから、直に流し込んでも出来るらしいが、まだ、自分には無理だろう。

下手こいて、暴発でもしたら、大変だ。


移し終えた小ケースの火薬を、丁寧に銃口から流し込む。


次に綺麗な球体の金属の弾丸を銃筒に投入する。

そして銃筒に並ぶように付けられている、押し矢という棒状のものを外し、それを銃口に入れて先ほどの弾丸を、更に奥へとしっかりと詰める。

これで装填は完了。


取り合えず、正面に転がっている倒木に狙い定める。


発射は撃鉄を倒し、引き金を引くと、撃鉄が勢いよく戻り、中の火薬に着火、爆発し、弾丸が発射されるという仕組みだ。

撃鉄を倒して、両手でしっかり握り、引き金に指を掛ける。

昔の衝撃を思い出し、鼓動が早くなっていく。



ドクン・・




ドクン・・




ドクン・・・




ドクン・・・・





ドクン・・・・・




そして、引き金を引く。

シュボッッ!!、と倒れた撃鉄の先端部から、激しく火花が上がり、続いて、ダンッッ!!、という爆発音と共に銃口から、弾丸が発射された。

雷鳴の様な音を上げ、弾丸が飛び、正面の倒木へ突き刺さった。


反動は思った程ではなかったが、爆発の白煙は凄まじい。

昔より、筋力がついたのか、しっかり握っていれば、片手でも撃つ事が出来そうだ。


倒木に近づき、着弾点を確認して見る。

流石に、貫通はしてないものの、かなり深く突き刺さっているみたいだ。

あの祖父の事だ かなり改良を加えたに違いない。

早く、発砲した本人が驚かない程度には慣れて置かなくては・・・。


今度は、二つの筒に先に装填して撃って見る事にする。


ガチャ!


ダンッ!!

 

ガチャ!


ダンッ!!


連射とまではいかないものの、なかなか早く撃てる。

片手撃ちも試してみたが、右手は安定するが左手はどうも難しい。

練習を重ねるしかないか・・・。

その後もホルスターから持ちかえながら、2丁をうまく撃つ練習など色々試して見た。

昔、ゲームセンターでガンを使うゲームをやったものだが、本物は随分と勝手が違うと感じる。

画面外を撃ってリロード出来たら、どんなに楽か・・・。



数時間が経ち、そろそろ喉も渇いてきた為、今日はこの辺で切り上げる事にした。

火薬はまだ、山程あるが、補充ルートがない以上、節約していった方が良さそうだ。


村に戻ると、広場では洗濯をしたり、山菜を千切ったりと、各々、忙しそうに作業に勤しんでいた。

そんな風景を見ていると、何もせずに、ただ滞在している事に、少し罪悪感を感じてしまう。


机に置かれている水瓶に近づき、すぐ横で洗濯に勤しむ女性に声を掛ける。


「すみません。このコップで、水を貰ってもいいですか?」

「あ! 構いませんが、すぐ新しいものをお持ちします!」


女性は自分の声に気が付くと、緊張した表情と、相変わらずな反応を見せる。


「いえいえ、これでいいですよ」


立ち上がろうとする女性を制して、水をコップへ移して、それを飲む。


「お気遣い、ありがとうございます」

「お構いなく、そうだ・・・この辺で焚き火を出来る所はありますか?」

「それなら・・・あの辺りが、最適かと思います」


そう言って、指を指した方に焚き火の跡があった。


「よろしければ、お焚きしましょうか?」

「あー大丈夫です。洗濯の邪魔しちゃって、すみません」


女性にどうも、と声を掛け、焚き火跡に向かう。

このよそよそしい、村人の反応はいつか、変わる日はやって来るのだろうか・・・。


焚き火を前にして、しまったと気が付く。

現代の便利道具なしで、火なんて起こした事はない。


・・・仕方ない。ライターでやるか。


その辺から、枯葉を集め、着火剤の代わりに使い、何とかそれなりの火力になってくる。


ただ火を起こす事が、こんなにも大変だとは・・・。


数々の文明機器の偉大さを改めて、痛感してしまう。


そして、火が安定して来た所で、カバンから、スプーン上の工具を取り出し、箱内に散らばっていた金属片をスプーンに乗せる。

暫くすると、熱しられたスプーンの上で、金属片は溶け、水飴の様になる。

その水飴は、そのまま、スプーン底へ溜まって行き、綺麗な球状帯になっていく。


・・・これで、一回、火から離せばいいのか・・・。


一度、スプーンを火から離して見る。

すると、徐々に温度が下がって来た、水飴は急速に固まって行き、球状の金属の弾丸へと姿を変える。

触れるくらいまで、しっかり冷ましてから、付属されていたニッパーを使い、綺麗に形を整える。

これで完成だ。


作業自体は簡単なものだったが、これでたったの一発・・・何とも、地道過ぎる作業。


何はともあれ、これで、弾を自足する事は出来そうだ。

後は、金属片の代わりになりそうな素材を探して行かなくちゃな・・・。


「何してるんですか?」


すると、突然、後ろから声を掛けられた。

見ると、すぐ後ろで子供が4人、俺の地味な作業をずっと見ていた様だった。


「ちょっと、仕事で使う道具をね・・・」

「うわー。何か凄いです」


咄嗟に吐いた嘘だったが、現在、絶賛失業中の自分には、その嘘は悲しすぎた。

更に、追い討ちとばかりに、純粋に目を輝かせる子供達の視線が突き刺さる。


「・・・ははは。・・・今、君たちは何してるのかな?」

「もう、みんなお手伝い終わったから、ブラブラ散歩してんたんです」

「普段は、何して遊んでるの?」

「うーん。特にないけど、走ったり、虫捕まえたりとかかな・・・」


よし、今日はもう・・・運動がてら、彼らと遊んで過ごすか!

堕落しきっていた生活で、鈍ってしまった身体を解すのに、丁度いいだろう。


「じゃあ、遊びを教えるから、いっしょに遊ばないか?」

「え! いいんですか!?」


周りにいた村の大人達から、心配そうな視線を感じる・・・。


「遠慮なしで、バンバン遊ぶぞ」

「わかりましたーー!」


子供たちは、元気に答えると嬉しそうに飛び跳ねた。

自分は、別段、子供が好きという事はなかったのだが、この世界に来て、初めて気がねなく接してくれた事が嬉しかったのかもしれない・・・。


しかし、家庭環境的に、子供と接する機会が無かった彼は知らなかった。

子供の無尽蔵の体力というものを・・・。


彼は現代の遊びを教え、夕方まで遊び通した。

そして、日暮れと共に、子供達とは広場で別れ、自室へと足を運ぶ。

その彼の顔は疲労困憊で、意気消沈といった所だった。


・・・子供を舐めていた・・・丁度いいなんてレベルじゃない・・・。


彼は身を持って、若さのパワーと。自分がいかに歳を取ったのか痛感していた。


「・・・お疲れ様でした」


自室の小屋の前には、グレースが立っていた。


「子供の体力って・・・凄いんだな」


終始、子供に振り回されていたであろう、自分の醜態を見られていた事を少し恥ずかしく思い、苦笑いを浮かべる。


「あの、中に、お水を御用意してありますので・・・宜しければ・・・」


彼女の気配りに簡単にお礼を告げ、早々に部屋へと入る。

部屋に戻ると、まず、水を一杯、口に流し込むと、勢いよくベッドへ倒れ込んだ。

そして、いつの間にか、彼は、そのまま眠りに落ちてしまっていた。





俺は、夢を見ていた・・・。


上下が反転した世界、そんな不可思議な空間に俺は立っていた。

どこからか、人の声が聞こえる。

それは、叫び・・・怒った様でもあり、また哀しい様でもあった。


すると、突然、頭上に広がる世界の一角に、火が灯される。

その火の勢いを止まらず、瞬く間に、燃え広がり、頭上の世界を真っ赤に染めていく。

俺の耳は、幾つも聞こえて来る、断末魔の叫びに支配されていく。

恐怖に身体がすくみ上がる。


そして、今度は自分の足元にも、小さな火が一つ、灯される。

俺は、これから起こる事を想像して、固く目を瞑った。


すると、今度は、暗闇の中、自分のすぐ後ろから、誰かが囁く声が聞こえる。

俺は、驚きに目を開き、後ろへ振り返る。

そこには・・・。


「!!」



はっ、として、飛び起きた。

視線の先には、見慣れない木目の天井が広がっていた。


・・・夢か・・・。


そして、身体中に嫌な汗が浮かんでいる事に気が付く。

だが、何故か、先程まで見ていた筈の、夢の内容を思い出す事が出来ない。


あまり、いい夢ではなかった様な気はするが・・・。


すると、グレースさんが此方を見ている事に気が付く。

恐らく、急に飛び起きたから、驚かせてしまったのだろう。


「あの・・・だ、大丈夫で、しょうか?」

「あ、うん・・・。大丈夫だよ、ちょっと変な夢を見ててね・・・」


また、更に変な奴だと思われたら、堪らない。

ここは、適当に濁しておこう。


外を見ると、もう、完全に日が暮れていた。

時計がない為、現在の時間が全くわからない。

ふと、昼間の運動と、寝汗でベタベタしている身体が気になってくる。


「そういえば・・・風呂ってどうしてるの?」

「フロ?・・・ですか?」


彼女のそのイントネーションから、恐らく、何の事かわかっていない様子だった。


「うーん・・・そうだな、身体や髪を洗ったりする所かな」

「あ・・・水浴び場の事ですね」


そう来たか・・・。

大昔の人は、水で身体を流していたと言うが、ここも同じらしい。


昼間は寒い気温ではなかったけど・・・この時間に、水浴びって大丈夫なのか・・・。


そう思って、窓の外へ手を出してみると、少し冷たい風が、その手を通り抜けて行く。


でも、まぁ・・・このベタベタはどうにかしたいし。それに、この子にコイツ、クセーとか思われて嫌だしな・・・。


渋々、寝起きの身体を伸ばす様に、ベッドから立ち上がる。


「今の時間もつかえる?」

「あ、はい・・・可能ですが・・・少々、冷えるかもしれませんが」


やっぱり、皆、日がある内に済ませるものなんだな。

これは失敗したが、今回は仕方ない。


「ちょっと、軽く流したいから、そこへ案内を頼めるかな?」

「あ・・・はい! では、すぐに準備を致します」


そう言うと、彼女はバタバタと動き始める。

俺は念の為、カバンと古式銃を持って行く事にした。


そして、松明を持った彼女の案内の後へ続き、真っ暗の森を進んでいく。

辺りには昼とは、一風変わった鳥や虫の鳴き声が静かに木霊している。

慣れない夜の森を歩くというのは、少し怖いものだなと感じる。


暫く進むと、小さな川が姿を現した。


「・・・こ、こちらです」

「ん、ありがと」


そう言って、持って来たカバンを地面に下ろすと、急に彼女が近づき、自分の服に手を掛けた。


「ちょっ! 何してるの!?」


俺は彼女の予期せぬ行動に、動揺し、思わず大きな声を上げてしまう。

そんな声に、彼女は驚き、飛び退いた。


「え! あっ! た、大変、申し訳ありませ・・・申し訳ありません!」


激しく目を泳がせながら、何度も謝罪の言葉を重ねてくる。

俺は、その尋常でない様子に、驚きつつも、直ぐにたしなめる。


「あ、びっくりしただけだから、大丈夫だよ! ごめん、いきなり大きい声出したりして」


彼女はそれで、多少落ち着いた様だったが、まだ少し目は泳いでいた。


「じゃあ、すぐ流しちゃうから・・・君は、あそこの木の裏とかで少し待っててくれるかな」

「は、はい! かしこまりました!」


彼女は早口でそう言うと、バタバタと木の裏に走り去って行った。


あー・・・ビックリしたな。でも、昔の貴族とかは、着替えとかも使用人にやらせていたらしいから、それみたいなものなのか・・・。


全く、王族はけしからんな、等と考えながら、服を脱いでいく。

そして、川に軽く手を入れ、その温度を確かめる。


これは・・・結構、冷たいな・・・。


小学生の頃の水泳のシャワーを思い出しつつも、冷たさを我慢しながら、身体に水を掛けていく。

いっそ、川に入ってしまえば、早いのだが、この水温ではちょっとやりたくはなかった。


グレースさんが持って来てくれた桶で、髪を流し終える。

石鹸なんかが無くても、案外スッキリするものだな、と感じる。

そして、布で軽く身体を拭き、服を着ていると。


ガサッ、と森の茂みの方角で音がなった。


突然の事で驚いたが、今度は音の発信源を注視してみる。

もう一度、聞こえたその音は、方向的にグレースさんではない。


何か、いるぞ・・・。


更にもう一度、ガサッと音が鳴ると、茂みから何かが姿を現した。


そこへ現れたのは、小ぶりな牛程のサイズはある、猪の様な見てくれの動物だった。

だが、その牙は異常に発達しており、ただの猪ではない事だけはわかる。

猪モドキは、こちらを見ながら、徐々に距離を縮めてくる。

その唸る様に、上げる低い唸り声には、威嚇、明らかな敵意を感じる。


これは・・・通行するってだけじゃ、無さそうだな・・・。


相手を刺激しない様、静かにカバンから古式銃を取り出すと、焦らず、ゆっくりした動作で装填していく。

そして、弾丸を込め終わり、撃鉄を起こそうとした時。


猪モドキは、突然、地面を蹴り、猛烈な勢いで、こちらへ突進して来た。


うわ、はやっ!!


一瞬、その突進スピードに面食らってしまったが、すぐに切り替え、猪モドキの軌道上から逃げる様に、走り、そのままヘッドスライディングを決めた。

猪モドキは、自分の横を通り抜けて行く。


これで、どっかに行ってはくれないかと、淡い期待を抱くが。

猪モドキは、通り過ぎた先で振り返り、足で何度も地面掻き鳴らす。

何処かに行ってくれる様子は微塵もなかった・・・。


すると、異変に気が付いたグレースさんの声が聞こえた。


「だ、大丈夫ですか!?」

「こっちに、来たらダメだ!」


直ぐ様、こちらへ駆け寄って来ようとする、彼女を制して、猪モドキを見据える。

自分の心臓が壊れそうなくらい、鳴り響いているのがわかる。


ガチャッ!


一度、深く深呼吸してから撃鉄を下ろす。

震える右手を左手で抑える様に、渾身の力を入れ、銃口を猪モドキへと向ける。


落ち着け・・・落ち着け・・・。


焦り、すくんでいる自分へ、何度も語り掛ける。


さっき、装填出来たのは一発だけだ・・・もし、外したら、次はない・・・。


覚悟を決め、引き金を引いた。


シュッダンッッ!!!


破裂音と共に、弾丸が発射される。

その激しい轟音は、静かな森に響き渡った。


しかし、放たれた弾丸は、猪モドキの背中をなぞり、飛び去って行く。


あ、しまった・・・!!


自分が狙いを外した事を理解して、血の気が一気に引いていくが。

猪モドキは轟音に驚いたのか、自分とは反対に向かって、猛スピードで走って行った。


それを確認すると、緊張の糸が一気に切れ、その場に力なくへたり混む。


はぁー。良かった・・・弾は外したけど、取り合えず、逃げてくれて・・・。


あまりの不甲斐なさに、情けない気持ちでいっぱいだったが、今は安堵の気持ちの方が勝っていた。


あんな、草食っぽい動物相手でこの様じゃ、この先が思いやられるな・・・。


乾いた笑みを浮かべながら、初戦の苦い感想を思いを馳せた。

すると、再び、茂みからグレースさんの声が聞こえてきた。


「あ、あの! 大丈夫ですか! お怪我は無いですか!?」

「あーうん。何とか、大丈夫だよ・・・。」



満身創痍から、完全に生気が抜けて、発する声量もすっかり、萎んでいた。

だが、そんな自分とは対照的に、グレースさんは焦った様子で自分の元へ駆け寄って来る。


バコッ!

バシャッ!


すると、自分の前に転がっていた桶を、盛大に蹴り飛ばしてしまい、中に残っていた水が溢れ、俺の全身に飛び散る。

だが、今はその冷たい水が、自分の緊張を解きほぐしてくれた。


「はははっ! こりゃ、ちょっと冷たいけど、いい気付けになるよ」


彼女の仕出かした意外なボケと、自分の姿の滑稽さに思わず笑いが混み上がる。

動いて、また、汗、かいたから丁度いいかもな・・・。


しかし、少女からは何の返答もなかった。

目元を拭い、少女の方に目をやって見ると。

彼女は、真っ青な顔で驚愕の表情を浮かべ、ガタガタと震えていた。


「あ、ごめん。何か悪い事を言っーー」

「も、も、申し訳・・・申し訳ありません!!・・・ああぁ・・・。」


これまで見た事が無い程、取り乱し、謝罪を繰り返している。

俺は、何がどうしたのか、理解が出来ず、固まってしまう。


「え、え・・!?」


少女は、尚も動揺している自分に、何度も頭を下げ、今度は後ろに勢いよく倒れた。


「ちょっ! 大丈夫か?!」


そう、声を掛けるが、彼女にはその声は全く届いていない。

まるで、狂った様に、謝罪を繰り返し、自分が転んだ事すらも理解していない様子だ。

そして、今度は、勢いよく、こちらに駆け寄り、自分の衣服の端で、俺の水に濡れた箇所を拭き始める。


・・・なんだ・・・どうしたんだ??


すると、自分の鼻に鉄の様な匂いが届き、彼女の左の掌から出血が起きている事に気が付いた。


「ちょっと! 血が出てるって!」


しかし、彼女に、その言葉も一切届かない。

ただ、謝罪を繰り返し、一心不乱で拭き続けている。


あー、仕方ないか・・・。


そう思い、少し強引に、彼女の左の掌を掴み、患部を高く上げる。

彼女の掌を伝ってきた血液が、自分の頬を流れていく。

しかし、それでも彼女の動作は止まろうとしてくれない。


パニックになってる人を、落ち着かせるには・・・これしかないか・・・。


幼い頃、母が泣き止まない自分に、やってくれた事。

軽く抱き寄せ、ゆったりとしたテンポで背中を擦る・・・。


彼女は一瞬ビクッ、と身体を跳ねさせ、強ばらせたが、徐々に力は抜け、大人しくなっていった。


「大丈夫だから・・・」


そう小さく囁き、少しの間そうしていた・・・。




「・・・あの、すみません・・・」


暫くして、彼女の声が上がった。


「ああ、ごめん。もう、大丈夫だね」


そう言って、彼女の身体を解放する。

すると、彼女は顔を伏せたまま、もう一度、小さく謝罪した。


「申し訳ありません・・・」


「構わないよ。・・・ちょっと、怪我の具合を見たいから、一回、手を下ろすよ」


そう言って、彼女の掌を自分の視線の前に持ってくる。

もう血は止まり掛けていたが、結構切れているみたいだった。


「血は殆ど止まってるみたいだけど・・・念の為、少し、川で流すよ」


そのまま、彼女を引っ張り、川で軽く濯ぐ。

そして、先程の身体を拭いた布の端を千切って、その傷にあてがい、しっかりと縛る。


「よし・・・これで、大丈夫だろ」


「あ、あの・・・ありがとうございます・・・。」


彼女は下を向いたまま、消え去りそうな声で言った。

そんな彼女の様子を見ていると、急に恥ずかしさが込み上げて来る。


・・・咄嗟の事だったとはいえ・・・何か、凄い事をしてしまった気がする・・・。


今、この森の静けさが、更に気恥ずかしさを際立たせ、何とも言えない気分になってくる。

そんな空気に耐えられなくなり、軽く咳払いをしてから口を開く。


「・・・ま、また、さっきみたいなのが来ても困るし・・・そろそろ、戻ろうか・・・」

「・・・そうですね」


そう言って、ゆっくりと顔を上げた彼女の表情は、とても柔らかなもので、少し微笑んでいる様にも見えた。




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