最終話 降り注ぐ涙
遅れてやって来た騎馬兵たちは道を塞ぐこちらの前で止まった。
数は7人、武器は一人が弓を携えており、残り全員剣を腰に下げている。こちらは三人で、弾丸は4発、乱戦になればおそらく装填している時間はない。
これまで古式銃での戦闘を重ねてきて、わかったことがある。それは、この世界においての古式銃の優位性だ。
この世界で主に用いられているのは、革製の防具がほとんど。現に、今目の前にいる騎兵達も皆、それを身に付けている。
その革製の鎧は弾丸に対してなんの弊害にもならない。いとも簡単に貫通するからだ。そして、その理由と遠距離からの攻撃が可能な点も相まって、古式銃は対人戦ならば無類の強さを発揮する。一対一で常人が相手ならば、まず負ける要素は無い。
だが、また大きな欠点も持っている。それは、弾数の少なさだ。一人が相手ならば、この点は特に問題ない事が多い。しかし、この様に多数との闘いにおいては、それは致命的な弱点だ。
対人最強の武器だとしても、その弾数は4発。敵の数によっては、足りなくなる事は想像に難しくない。
それを補うのに必要なこと・・・。それは、動き回ることだ。
遠距離武器、それは弓などにも言えることだが、その特質上、その場に足を止めて闘うことが多くなってしまいがちだ。
勿論、それが最善手の場合も多い。先のような、連携、支援を求められる戦闘においては、その方が利点がある。
しかし、前線で闘う場合においては、そうはいかない。
足を止める事、それは敵に無防備を晒すことに他ならない。それは、障害物を駆使したとしても変わらない。
身を守りながら闘うことは、一見、安全に見える。しかし、その行為こそが落とし穴なのだ。
人との闘いは、相手の次の行動の読み合いが重要となる。
その中で、一点に立て籠る相手ほど、行動が読みやすい相手などいない。そこで必要になるのは、身の安全の確保などでは無く、動き続けること・・・すなわち、相手を翻弄することである。
だが、この翻弄するということは、意図的にするのはとても難しい。目まぐるしく変化する戦況の中で、ゆっくり考察している時間などは無い・・・。
では皆、なにを基準に動いているのか・・・。それは、直感である。
この直感とは、主に自分ならばどうするかと考えることだ。そんな作業を自然に行い、次の行動に自然と移していく。
そして、その直感を掻い潜る一つの方法。それは、恐怖を捨てるという事。
人は誰しも、死にたくはないという感情を持って闘っている。それは所謂、恐怖との、自分自身との闘い。
恐怖を持たない相手は、常人の理解を越える。常識の考えの外を走るモノのだ。
人は自分の理解を越えたモノと遭遇した際、誰しもが驚き、恐怖に持つ。そして、その恐怖が限界に達した時、身体は固まり、勝敗は決する・・・。そういうモノだ。
だから、俺は・・・。
そして、レンガは足元に転がる先程の騎馬兵の剣を拾い上げる。
やがて、止まっていた騎馬兵たちは全員が馬から下り、各々の武器を手にして、レンガ達に向かって声を上げた。
「お前らの本拠地に案内するという条件付きで、降伏を認めよう。どうだ?」
中央に立つ男がそう言い放つ。恐らくコイツがこの部隊のリーダーだ。この男は、先程の男とはうって変わって、そこそこの人格者のようだ。
しかし・・・そんなモノに騙されてはいけない。所詮、どんな人間だとしても、コイツらは同じ穴のむしろ。だから、俺にもう、迷いは無い。
「端の奴等を、頼む」
「え・・・」
レンガは二人の返答すら待たずに行動を開始する。
今・・・先手を取ること。それが・・・今、最も重要な事だ!
レンガ達の返答を待つリーダーの男の隙だらけの顔面に、先程の剣を思いっきり投げつける。更に、それと同時に地面を蹴り、腰に備えられたナイフを左手で抜きながらその男、目掛けて突っ込む。
ギィン!!
リーダーの男は、レンガの突然の強襲に面を食らいながらも、投擲された剣を弾いた。
「このやろーー」
その男は驚きつつも、攻撃の主に視線を移す。しかし、もう、その場にレンガの姿は無かった。
男がレンガの姿を捉えた時には、既に全てが遅かった。
ズブゥ・・・。
低く構えた体勢から、逆手に持ったナイフが男の首筋に突き立つ。男は、叫び声を上げることも無く、鮮血を撒き散らし、その場に崩れ落ちる。
そして、レンガは倒れる男の動きに合わせながらそのナイフを引き抜き、更に右手に立っている男に向かって躊躇無く引き金を引いた。
ダンッッ!!!
弾丸はその男の胸の鎧を易々と突き抜け、背面から激しく血飛沫を巻き上げる。
「コイツッッ!!!」
その動きを合図に、レンガの元へ他の騎兵達が一斉に群がる。しかし、その先頭の男の頭部に一本の矢が突き立つ。恐らく、グレースの援護射撃。それで、自分の今の狙いをもう一度思い出す。
そう・・・。敵の弓兵、それを無力化すること、それこそが急務だ。
その獲物の場所は、それは自分の正面、数メートル前。そこにて、今まさに矢を放とうと構えようと動き出している。
続いてシーデも、自分の横の騎兵の群れに突っ込んで来た。
レンガはその動きに合わせて、騎馬兵たちの列をすり抜ける。そして、後方で矢を引く男に引き金を引く。
ダンッ!!!!
乾いた破裂音と共に、弓兵の胸に鮮血の花が咲く。しかし、それと同時に引かれていた矢が放たれる。
「くッ・・・!」
それを地面に伏せるように、何とか潜り抜ける。更にその動作と共に、空になった古式銃を地面に置き、すぐに新しい古式銃を手にする。そして、自分が来た方向へと振り替える。
丁度、シーデが一人の端の騎馬兵の胸部にクローを差し込んでいるのが見えた。
後、2人だ・・・。
だが、レンガの視線の隅から自分を追うように突っ込んでくる騎兵の姿。その男はもうすでに、レンガの目前にまで迫ろうとしていた。
本来ならば、ここは相手の攻撃を防ぎつつ後退するのが安全策。
しかし、レンガは危険をかえりみず、その男の懐を目掛けて地面を蹴る。
「うあぁぁッ!!」
「ッッ!?」
間合いもタイミングも騎兵の男の方が圧倒的に有利であった。しかし、レンガの想定外の行動に男は一瞬の躊躇を見せた。それこそが、致命的であった・・・。
「ぐうッッ!!」
剣を降り下ろすより速く、レンガが男の懐に激しくぶつかる。しかし、男は体勢を崩されながらも、剣を降り下ろす事はやめなかった。
「っつッッ!」
レンガの左肩に激痛が走る。振り下ろされた剣のガード部分がレンガの肩に突き刺さる。だが、その攻撃には致命傷を負わせるだけの威力など皆無。
レンガはその攻撃に耐えながらも、勝利を確信する。
そして、そのままの密着状態で、男の胸部に押し付けた古式銃の引き金を引いた。
シュッドパッ!!!
ゼロ距離で放たれた弾丸は籠った音と共に男の身体を破壊する。それと同時にレンガの肩に刺さったままの剣が、力無く滑り落ちていく。
だが、次の瞬間。レンガ視界に円状の盾が現れた。
「がッッ!」
その突き出された盾の強襲がレンガの顔面を襲う。目の奥で火花が散り、後方によろめきながら、大きく体勢を崩す。
なんとか、体勢を立て直しながら視線を上げると、妖しく光る刃が振り上げられているのが見えた。
これは、マズイッ!!
そう感じると、両手に持つ古式銃よナイフをクロスさせ、降り下ろされた刃をなんとか受け止めた。
「このッッ!」
「くッ・・・」
スゴい力だ・・・。このままでは押しきられる!
しかし、お互いのエモノの差は重量の差は明白。レンガがこの状態を切り抜けるのは容易では無かった。すると、風を切る音が聞こえた次の瞬間。
ドスッッ!!
「ぐあぁッ!」
男の背中に一本の矢が突き立った。それと同時に男の腕の力が抜ける。
レンガはその瞬間を逃さない。受け止めたままの刃を斜めにいなすと、右手に持つ古式銃に力を込める。
そして、目の前にある男の顔が、ドミヤを殺した男の、あの男の顔をダブる。
「うおおォォッッッ!!!」
喉が裂ける程に雄叫びを上げながら、その顔面に古式銃の銃身をなぎ払いつつ叩きつける。強い衝撃と共にのけ反る男の顔面。そして、更に残された左手・・・ドミヤに選んでもらったナイフを持つ手に力を込める。
「オオオォォッッ!!」
再び上げる咆哮と共に、逆手に持つその刃を首筋に叩きつけた。あの時・・・クリストを刺した時の嫌な感触がその手に甦る。
だが、今回は力を弱める事は無かった。男の首に深々と刺さったナイフに、その首を断ち切らんばかりに更に力を込める。
しかし、手にまとわりつく血でナイフを持つ手は滑り、やがてその手から離れる。
ドシャッ・・・。
レンガの手から解放された男は、そのまま力無く腹這い倒れた。男はもう既に絶命していた・・・。
「くッッ!」
しかし、レンガは流れる様な動きで古式銃でその男を捕らえる。そして・・・。
「ウオオォォッッ!!!!」
最後の弾丸をその身体に打ち込む。
そして・・・弾が残っていない古式銃の引き金を引き続けた。何度も・・・何度も・・・。
闘いを終えたその場には、レンガの叫び声と、引き金を引き続ける音だけが木霊し続けた・・・。
バシャッ!!
やがて、レンガは水溜まりの上に激しく音を立てて、大の字に倒れ込んだ。雨脚が強くなり、次々に降り注ぐ雨粒が激しく顔を叩く。
視界に広がるのは、次第に薄明かるくなって来ている夜空と二つの月。
「終わった・・・。終わったよ、ドミヤ・・・」
そう呟きながら、ゆっくりと瞳を閉じる。何も見えない暗闇の中に小さなドワーフの少女を見た気がした。
俺は・・・自分の思うままに動いた。感情のままに、動き、闘い、そして敵を討ち滅ぼした。
でも・・・今、自分の中に残ったモノ・・・。それは満足感とはほど遠いモノだった。
今あるもの、それは・・・強い喪失感と、後悔の念だけだった・・・。
何故、俺はこんな所に来てしまったのか・・・。何故、俺は王国での暮らしに満足しなかったのか・・・。
そんな後悔の記憶だけが、頭の中を巡り続けていた。
その感情を誤魔化す為に、怒りに身を任せてみた・・・。でも、結果は何も変わりはしなかった。
何をどうしても、この自分の決断から導き出された、結果から逃げる事などは出来やしないのだ・・・。
自分はいっそ、この闘いで死んでしまいたいとさえ、思っていたのかもしれない。そう出来たら、どれだけ楽だったのか・・・。
だが、そんな事を考えていると、一つの光景。一つの言葉が甦ってくる。
自分の前で護るように両手を広げる少女の姿。そして、その背中から声が聞こえてくる。
「これからも、自分を信じて進むでさ・・・。恐れちゃダメでさ・・・。」
そんなどこか懐かしい声を聞きながら、レンガは更に、瞳を固く閉じた。
尚も激しく降り注ぐ雨粒たちが、その固く閉じられた瞼に溜まり、やがて、次々と流れ落ちていった・・・。
王国宮殿の一室。清潔で至る所に派手やかな装飾を施されている家具が並んでいる部屋へ、一人の男が入って来た。
「国王閣下、先程火の手が上がる養殖場に送った部隊の一人から報告を受けました。西の養殖場は壊滅。生存者なし。エルフたちは全員連れ出された模様です。現在、その他9名が襲撃者の一団の痕跡を追跡中とのことです」
男は国王と呼ばれた男に片膝をつき、丁寧に言葉を並べる。国王は報告を聞き終えると、ゆっくりと顎に手をあてた。
「恐らく・・・その一団とは最近チラホラと噂にもなっていた亜人解放を唱っているという者達か・・・。まさか、ここまで直接的な手段に出てくるか・・・。しかも、それを率先して率いているのが同じヒト種とは、皮肉なものだな・・・。」
そう言い終えると、深く溜息を漏らす。男はそんな国王の様子を察して呟く。
「嘆かわしい限りです・・・。よもや、同族である我々に対して弓を引くなど・・・正気の沙汰とは思えません。国王閣下、今後の対応はどうなされますか?」
国王は少し考える様な仕草を見せてから口を開く。
「そうだな・・・。所詮は寄せ集めの集団。現段階では、王国に対してそれほどの驚異にはならないだろう・・・。そんなモノに大量の戦力を割くわけにもいかんな」
「では、追撃部隊の要請は見送る形をを取りますか?」
「いや・・・しかし、これを機に国民達の反乱の兆しが広まる様な事がなってはいかん・・・。ならば、どうするか・・・。そうだ、あの男を、シゲンをここへ呼べ」
そう促すと、男は一礼してすぐさま退出して行く。
これを機にあれを試すのもいいだろう・・・。
国王は心でそう呟いていると、再び部屋に一人の男が入って来た。
「私に何様ですかな? 閣下」
それは高価な衣類と眼鏡を掛け、陰気を漂わす男。今も、薄ら笑みを浮かべるその表情から、あまりまともそうな雰囲気は感じられない。
「シゲン、貴様は例の固体を試す場が欲しいと懇願していたな。丁度良い作戦があるのだが・・・あの固体はすぐに使えそうか?」
シゲンは国王の言葉を聞くと、途端に目を輝かせ、少し興奮気味に声を上げた。
「それは勿論ですよ! いつでも実戦投入する準備は出来ております! 何なら、今すぐにでも・・・。」
シゲンは更に興奮を高め、次第に鼻息の音すらも漏れ始める。だが、国王はそんな様子を気にすることもなく、更に続ける。
「その目的なのだが、西の養殖場のマンティコアを潰した一団だとしても、問題なくこなせそうか?」
その言葉にシゲンは一瞬驚きの表情を浮かべる。しかし、すぐに落ち着きを取り戻すと、眼鏡を上げると言葉を繋いだ。
「あれを潰した者達が相手なんですね・・・。素晴らしい・・・。これは面白いではないですか。マンティコア。あんなモノはただの失敗作。野性動物と変わりはありません。知能を有している私の完成品とは比べる意味もないかと・・・。」
シゲンは嬉々とした目で国王を見る。国王はそれだけを聞くと、再び口を開く。
「わかった・・・。では、詳しい話を将軍から聞き、すぐに部隊を編成して現地へと向かわせろ」
そう簡潔に命じると、シゲンは上機嫌にその場から去って行った。再び、部屋に静寂が訪れると、国王は外を一望できるテラスへと歩を進める。
王国があの様な禍々しい固体を有するというのは不本意。だが、目的の為には致し方ないか・・・。
そして、テラスから身を晒すと遥か北の空へ目を向けた。
禁断の北の土地、そこに眠っている遥か太古の遺産。我々はそれを手にするまでは、歩みを止めることはできぬ、我らの種の更なる繁栄の為にも・・・。
エピローグに続きます!




