第40話 命の暖かさ
養殖場を出た馬車は、真っ直ぐに解放軍の村を目指し、全速力で走っている。
俺は馬車後部の椅子に座り、目を閉じているドミヤを膝に寝かせていた。その傍らで、グレースが床に膝をつき、ドミヤの腹部の怪我の治療に集中していた。
こんな時、俺は何も出来ず、ただドミヤの手を握ることしか出来なかった・・・。
ドミヤの傷は想像以上に深い様子で、今も彼女の身体から染みだし続けている血液が俺の太ももを濡らし続ける。
流れ出る血液に比例して、徐々に彼女の顔色も雪の様に白くなっていく・・・。
あれから、誰も一言も発していない。静寂と時間だけが流れていく。
すると、その静寂を破って、前方で馬車を操るエギルが軽く舌打ちをしてこちらに声を掛けて来る。
「レンガ君達・・・大変だ。追っ手が来てしまったようだ」
その言葉に、虚ろな目を馬車の後方に向ける。
まだかなり離れていたが、騎馬兵が二人。降りしきる雨の中、走って来るのが微かに見えた。
レンガはそれを見て睨む様に目を細めた。
まだ、終わってないのかよ・・・。
その時、腕の中のドミヤが微かに動く気配を感じる。
「ドミヤ! だいじょぶか!?」
ドミヤは薄く目を開いて、少し笑ってから掠れた声で呟く。
「あぁ・・・。旦那、無事だったで、さね。そう、でさね・・・。ちょっと寒いでさぁ・・・。」
その声を聴いて、グレースは嗚咽を漏らし始める。
身体が寒いっていうのは今、一番聞きたくない言葉だ。それにグレースのこの反応は・・・。
「それなら、あたしの上着を貸してあげるっすよ! ちょっと油臭いかもしれないけど、我慢するっす。それとこれはあたしのお気に入りなんだから、後でしっかり返すっすよッ!」
そう言って、シーデはいつも通り明るく笑った。いや・・・いつも通りではないのだろう・・・そう努めているだけなんだろう・・・。
レンガは寒がるドミヤの手を両手で、包み込む。徐々に薄くなっていく彼女の気配を繋ぎ止める様に・・・。
「シーデの上着も、旦那の手も、凄く・・・あったかいでさ・・・。」
ドミヤは気持ち良さそうに、ゆっくりと瞬きをした。
そんな今にも消え去りそうなドミヤの様子に、思わず熱いものが込み上げてくる。しかし、それを押さえつける様に、絞りだしながらも声を上げた。
「後少しで・・・上手い物いっぱい食えるからな。今日はいっぱい動いたから・・・腹減ってるだろ?」
言葉の節々を掠れさせながらも、何とか笑って見せる。
「そう、でさね・・・。いっぱい、食べられそうでさ・・・。今までも色々・・・美味しい物が、食べられたでさ。でも・・・あの火竜の、肉が一番、美味し、かったでさ・・・。」
普段の彼女からは考えられない様な弱々しい声で呟いた。
やめろ・・・やめてくれ・・・。想い出の話しなんかしないでくれ・・・。
「わかった。じゃあまたドミヤの為に、頑張って火竜を倒すからまた一緒に食べような!」
「約束でさよ・・・。でも、旦那だけ、じゃ危なっかしい・・・から、少し心配でさ・・・」
ドミヤの声が更に小さくなっていく。傍らで治療を続けるグレースの嗚咽が更に激しくなる。
「何言ってるんだよ! お前も一緒に来るんだよ」
「わかってる、でさ。あいは・・・いつもでも、旦那の傍にいるでさ・・・。」
続いて、笑みを浮かべいるシーデの大きな瞳から、小さな雫が一つ、床へ落ちて行った。そして、それを見てしまったレンガの瞳にも涙が滲み出す。
しかし、それに逆らう様に目を強くしかめた。
ダメだ! ここで泣いたら・・・認めてしまう。そんなのはイヤだッ!
だが・・・ドミヤの声は風の音にすら負けてしまいそうな程、小さくなってきていた。
「そうだな・・・。これからも一緒に色んなとこ行くんだから。さっさと元気になってくれないと困るぞ!」
「わかってる、でさ。姉さんとシーデと旦那と・・・一緒に居て、すごく楽しいでさ。生きてて・・・始めて、心から楽しいって思えた、でさ・・・。」
ドミヤは何かを思い出している様に遠い目をした。その表情に、ドミヤの存在がどんどん薄れていく気がした。
自分の寿命を半分分けてもいい・・・。だから、ドミヤを、誰か・・・助けてくれ・・・。
何かにすがる気持ちで、心の中で何度も何度も祈り続ける。
「姉さん、シーデ・・・あいがいない間、旦那のこと、頼むでさ・・・。それだけが、心配でおちおち、休むこともできないさから・・・。」
そんな力ない声に、グレースは何度も頷きながら涙声で叫ぶ。
「わかったッ! わかったからッ! ドミヤちゃん!! もう少し頑張ってッ!」
やめろ・・・。もう終わるみたいな事を言わないでくれッ!
そして、俺は彼女を包む手に更に力を込める。
「旦那、痛いでさ・・・。あいは、レデーなんでさから・・・もっと、優しく扱うでさよ・・・。」
そんな言葉に、初めてドミヤに会った時を思い出した。元気で、生意気だった時のドミヤの姿を・・・。
そして・・・瞳からも一粒の涙が溢れ落ちた・・・。
「そんな顔、しないで欲しいでさ・・・。旦那の事は、あいが・・・見守ってる、でさ。だから・・・これからも自分を信じて、進むでさよ・・・。」
閉じかける目で、こちらを見てから、彼女は小さく笑い掛けた。
そんな顔を見ながらも、レンガは無理矢理に笑顔を作った。
「そうだな・・・。これからも、しっかり守ってくれよドミヤ」
ドミヤはそれを聞くと、満足した表情を浮かべた。そして、ゆっくりと瞳を閉じた。
「旦那・・・。後悔、はしないで・・・真っ直ぐに、進む・・・で、さ・・・。」
そう言うと、ドミヤの手が力無く、床へ滑り落ちて行った・・・。
「ドミヤ・・・。」
グレースは激しく泣きながら、何度もドミヤの名前を呼んでいるみたいだった。でも、俺には・・・そんな音が遥か遠くから聞こえて来る様であった。
今は、もう・・・涙一つ出る気配すら無い。もう・・・我慢する必要はない筈なのに・・・。
その時、頭上を矢が掠めた。それが飛んできた方角に目をやる。騎馬兵が二人・・・もう、かなり近くまで迫ってきていた。
レンガはゆっくりと立ち上がると、腕の中のドミヤを優しく自分の座っていた所に降ろした。彼女は穏やかな表情で瞳を閉じている。
こんな時・・・俺にしか出来ない事をしろだったよな。ドミヤ・・・。
そして、最後にドミヤの頬にそっと触れてみた。
「ドミヤ・・・ありがとな・・・。」
俺はもう・・・立ち止まらない。立ち止まってはいけないんだ・・・。そして、エギルさんの後ろに立つ。
「エギルさん・・・村の場所を、教えて下さい」
「・・・レンガ君?」
エギルは一瞬、怪訝な顔を見せたが、すぐに地図を出して村の場所を指で示した。俺は、それだけを確認すると、その地図を受け取り、踵返した。
「彼女たちを・・・お願いします。また、村で会いましょう」
エギルが何か言っていたが、それには耳を貸さずに古式銃を抜く。そして、後方より迫る騎兵を見る。
なんで、コイツらは争うとするんだ・・・。同じ星に生まれた生物同士、共に生きようと出来ないんだ。
押さえつけ、縛りつけ、利用して・・・こんな世界を作りあげるんだ・・・。コイツらになんの権利があるっていうんだ!
俺には、理解できた。利用される者の気持ちが、捨てられる弱者の気持ちが。
だから・・・俺はコイツらを許せない。ドミヤを殺し、更に自分達を追ってくるコイツらを!!
・・・行くぞ。
レンガは心の中でそう呟くと、一気に走り出す。
驚きの表情を浮かべる少女たちの脇をすり抜け、その勢いのまま一気に馬車から飛び出す。そして、近づく騎兵目掛けて、引き金を引いた。
シュッダンッッ!!!!
轟音と共に放たれた弾丸が騎兵の胴体を抉る。騎兵は力無く体勢を崩して、激しく落馬する。
レンガはそのまま宙を舞った。激しさを増している雨粒が全身を打ち付ける。
やがて、地面に着地すると、衝撃を逃がす様にその場に頭から転がった。
そして、顔を上げると、更にもう一人の騎兵が迫ってくるのが見える。
シュッダンッッ!!!!
続けて迫る騎兵に、躊躇無く引き金を引く。爆発音と同時に、騎馬兵は上空に大量の血しぶきを舞い上げ、馬から滑り落ちる。
そして、更に遠方からも、迫る騎兵達の姿が朧気に見えてくる。
本来なら、一人でこの人数を相手にするのは無茶なのだろう。でも、今の自分には臆する気持ちなど微塵もない。
相手が誰であろうと、何人であろうと闘ってやる。自分の中に燃え上がる怒りの感情のままに、闘ってやる。自分の命が終わろうとも、知ったことか!
ズシャッ!
すると、背後で何かが落ちる様な音が聞こえた。その音の方向へ目をやろうと思った時。
自分の横に弓矢を携えたグレースとクローを付けたシーデが現れた。
「何で、お前達・・・。」
「だって、ドミヤちゃんと約束したばかりですもの・・・。」
「まったく、二人ともいきなり勝手な行動しないでほしいっす。あたしまで、流れで来ちゃったじゃないっすかー」
そして、二人は正面に向き直り、迫る騎馬兵にしっかりと武器を構える。
コイツらは・・・。
そんな二人を見て驚きながらも、先程の古式銃の装填を始める。
コイツらは・・・本当に・・・。
今はまだ、小降りだが雨脚が強くなれば、古式銃はまた撃てなくなるかもしれない・・・。天候が悪化する前に手早く終らせる・・・。
装填を終え、古式銃を手に正面を見据えるレンガの瞳からは、静かな怒りの色が宿っていた。




