第39話 最期の力
均衡状態が続く広場。その重苦しい空気を裂くように一人の男が口を開く。
「それで?・・・どうするんだ?」
ドミヤを拘束している男は、退屈そうにレンガとエギルに交互に目をやる。しかし、見られたどちらもが何の返答も出来ずに、只黙ることしか出来ずにいた。
その時、男の手の中にいたドミヤが小さなうめき声を上げた。
「うぅ・・・。これは・・・。何が、どうなってるでさ・・・?」
ドミヤの動きに反応して、男は剣を彼女の見える位置にかざす。レンガはその声が耳に届くと、弾かれた様にいち早く顔を上げた。
そして、その首をがっちりと拘束されている少女としっかりと目が合った。
「おっと・・・動くなよ。そのままじっとしていろ」
ドミヤはレンガ達の様子と男の言葉で今、自分が置かれている状況を理解した。それから、目の前に立ち尽くしているレンガに再び目を向けると、視線を暗く落とした。
「旦那・・・ごめんなさいでさ・・・。」
「いいからドミヤッ! そのまま動くなッ!」
手を前に突き出して、ドミヤが奇行に出ないように呼びかける。ドミヤは命を捨てて抵抗しかねない、そんな雰囲気を彼女から感じ取ったからだ。
「でもどうせ、あいを餌にろくでも無い条件を出されてるんでさよね・・・。今の状況を見れば、何となくわかるでさよ・・・。」
図星を突かれて返す言葉が見つからない・・・。何か手を打たないと、今にもドミヤは暴れ出しそうな雰囲気を強めている。
「よせッ! ドミヤッ! お願いだから、もう少し待ってくれ!!」
しかし、何も策などは思いつかず、只ドミヤに必死に懇願することしか出来ない。
やがて、ドミヤは、諦めた様に深く息を吐き出した。
「旦那・・・。わかったでさ・・・。」
そんな二人のやり取りを見て、男は盛大に吹き出した。
「おいおい、どんだけこんなドワーフなんかと仲良しなんだよ。お前、相当に変わった性癖の持ち主なんだなッ!」
男は下品にゲラゲラと笑い続ける。だが、レンガはそんな男の反応とは対照的に、低く唸り上げた。
「だまれ・・・。」
男はレンガから発せられた言葉に凄まじい殺気を感じ取り、表情を強ばらせる。更にキツく睨みつけられた瞳の奥から言い知れぬ光を感じとり、一歩後ずさる。
再び、広場が静寂に包まれる。そんな時、突然、男の背後で小さな物音がした。
ガサッ・・・。
男はその音に肩を震わせながらも、ゆっくりと背後を振り返る。
しかし、目線の先には炎を上げるマンティコアの亡骸、炎を上げる崩れた家屋。先程と、なにも変わった様子は無い。
・・・なんだ。瓦礫が崩れた音かよ。驚かせやがって・・・。
男はそう考えると、小さく溜め息を漏らし、正面に向き直ろうとした。しかし、その一時の脱力感から腕に込められていた力が一瞬、緩む。
その手の中にいたドミヤはその変化を見逃さなかった。一気に自分を拘束していた腕を力任せに振り払った。
「あッ!! 貴様ッッ!!」
突然、腕を振り払われた男は怒った様に声を上げる。しかし、ドミヤはそんな言葉には一切耳は貸さず、真っ直ぐレンガの方へ駆け出す。
「ドミヤッ!!」
勿論、レンガもその動きにいち早く気が付く。だが、駆け出した彼女の後方で、男が剣を水平に構えたのも見えた。その動作に、レンガの中で何かが激しく燃えたぎった。
そして、先程放り出した古式銃の在りかに目をやる。
ダメだ! あんな場所じゃ間に合わないッ!
古式銃はレンガから離れた位置にまで転がってしまっていた。
クソッッ!!
直ぐ様、古式銃の事を諦めると、今度は自分に駆け寄る少女に精一杯、手を伸ばした。しかし・・・。
ブッシュゥゥ!!
レンガの手がその手に届く刹那、少女の腹部から鋭利な刃が生まれた・・・。そこから吹き出した赤い雫がレンガの顔を汚していく。そして、少女は糸が切れた人形の様に前のめりに倒れて行く。
「ドミヤッッ!!!!」
レンガはその光景を前に、喉が裂けそうな程の叫びを上げた。そして、その倒れ込む身体を支える様にしっかりと肩を抱き抱える。
「ちッ! もう、こうなったら・・・てめえらを道連れにしてやらッッ!!」
男はそう言うと、ドミヤの身体から乱暴に剣を引き抜き、血に濡れた刃を高々と振り上げる。
「この・・・クソ野郎ッッ!!」
レンガは激しく吠えると、左手にドミヤをしっかりと抱き抱えたまま、右の拳を痛い程握りしめる。
せめて相討ちになっても、そんな思いだけが彼を突き動かしていた。
だが、レンガのその動きは遮られた。それは、先程までレンガの手の中にいた筈の少女が、再び立ち上がり二人の間に立ち塞がったからだ。
「おいッ!ドミヤッッ!!」
レンガの前で大きく手を広げて立ちはだかる少女の背中に声を張り上げる。しかし、少女は何も言わない。血を流したままの身体でその場から動こうとはしなかった。
そして、少女にその肩先から見えた。男が容赦なく剣を降り下ろそうとする動作が。その狂気に血走った目が!
「やめろッッ!!」
そう叫んだ瞬間ーー
ドスッ!!
耳元に響いた風切り音と同時に男は身体が激しく揺らした。見ると、男はその肩から木の突起物が出現させていた。それはグレースが馬車から身を乗り出し、放った一本の矢だった。
男は激痛に一瞬、怯みはしたが、再び狂ったような目をレンガ達に向けた。そして、握られた剣を再び振り下ろそうと動き出す。
だが、次の瞬間。激しい叫び声が広場全体を包み込んだ。
アアァァァァァァァッッ!!!!
その異質な叫び声は、その場にいる者の全ての動きを容易に止めた。その声の主は、炎を纏った一匹のケモノ。
それは・・・絶命した筈のマンティコア。それが、再び大地に立ち上がり、夜空に向かって激しく吠えていたのだ。そして、その瞳は目の前に立ち尽くす男をしっかりと見据える。
「う・・・こ、この化け物がッ!!」
男はその無機質な瞳に射抜かれ、全身に恐怖を宿す。しかし、その恐怖に押し潰されまいと、虚勢を張る様に叫び、剣を突き出し襲いかかった。
そして、その刃をマンティコアの首筋に深々と突き立てる。
アアアァァァァーー!!
「どうだッ!! この死に損ないの化け物がッッ!!」
手負いにマンティコアは、その強襲にあっさりと巨体をぐらつかせた。
「くたばれッ!! この役立たずがッッ!!」
深く突き刺さった刃を抜き去ると、止めを刺そうと、再び剣を構えた。しかし。
ガンッッ!!
「ぐあッ!!」
次の瞬間、男の無防備な顔面にレンガの拳が炸裂した。その突然の攻撃に男は激しく体勢を崩し、その場に膝をつく。
「てめぇ・・・。」
男は激しくレンガを睨みながら、口許を拭い立ち上がると、切っ先をレンガに向ける。
「お前だけは・・・絶対に許さねェッッ!!」
しかし、そんな脅しにレンガは全く動じはしなかった。怒りの瞳を向けたまま、丸腰でその場に立ち塞がった。
「上等だッ!! 刻んでやらッッ!!」
そう吐き捨てると、レンガ目掛けて地面を蹴る。しかし、その動きと同時にその身体は地面に激しく押し倒された。
「があァッ!! コイツッ!!邪魔だッ!!どけッッ!!
マンティコアに抱き抱えられる様に組み伏せられた男は、その身体に何度も刃を突き立てた。だが、マンティコアはそんな攻撃を受けても尚、力を緩めようとはしない。
「ぐあぁぁぁぁッッ!! 離せッ!! コイツゥッッーー!!!!」
やがて、マンティコアが身に纏っている炎が男の皮膚を焼き始める。生きたままジワジワと焼かれる男は、盛大に絶叫を上げ、もがき続ける。
そして、マンティコアは男に体重を預けたまま、その瞳から生気を失っていった・・・。
レンガはマンティコアのその瞳を見て、一瞬視線を落とすと、その場から踵を返す。そして、レンガはグレースに治療されながら、横たわる少女の元へと駆け出した。
「ドミヤ・・・。」
「ドミヤちゃん お願い頑張って・・・。」
二人の願いを込めた呟きは少女に届かず、瞳を固く閉じたまま何の反応も無かった。
そんな二人の元へ、エギルがやって来た。
「レンガ君・・・取り合えず、今はこの場から離れよう」
「・・・・わかりました」
そう言うと、レンガは広場に転がったままの古式銃を拾い上げようと歩き出す。すると、耳障りな呻き声が聞こえてきた。
「頼むぅ・・・。た、たすけでくれぇぇ・・・。」
未だに焼かれている激痛に、男は顔いっぱいに苦痛の表情を張りつけ、目の前に現れたレンガに慈悲を求める。
すでに男は、至る所の皮膚は溶け始め、髪はすっかり焼け焦げていた。
一瞬、古式銃を男に構えようかと考えた。しかし・・・収めた。
この男に、慈悲は与えてやれない・・・。
コイツのお陰で、何人・・・何十が犠牲になってきたっていうんだ。それはコイツの仕事、与えられた役目なのかもしれない。しかし・・・コイツはそれを嬉々として遂行していた。それだけは間違いない。
「まっでぇくれッッ!! おネガいだぁぁッ!!たずけてくれぇぇぇッ!!!」
何も言わずに踵を返したレンガに、男は更に叫び声を上げる。
「これが、お前が今までやってきた事への責任だ・・・。受け入れろ・・・。」
レンガはもう、振り返ることもしないで、そう告げてから歩き出した。そして、もう、男の声が耳に届くことは無かった。
「グレース、ドミヤは・・・?」
ドミヤの元に戻ったレンガは、グレースに尋ねる。しかし、彼女はその問いに苦渋の表情で首を振った。もう、彼女の表情だけで大方の想像はついてしまう・・・。
「わかりません・・・。大きな傷はもう塞がりつつありますが・・・。出血が・・・。」
その返答にレンガは顔を歪めながらも、ドミヤの手を強く握った。レンガも同じ様に視線を落とすが、俯いたままのグレースの肩にそっと手を置き小さく囁く。
「ありがとう・・・グレース。ごめん・・・。」
いつも間にか駆け寄って来ていたシーデも哀しげな表情のままドミヤの傍らに立ち尽くしていた。
そして、レンガはその小さい身体をそっと抱きかかえて馬車へと歩を進める。声を掛けられずいたエギルは、レンガとすれ違い様に小さく呟いた。
「すまなかった・・・。」
「いえ・・・。こちらこそ、すみませんでした・・・。」
レンガはエギルを見ずに静かに言い残すと、ドミヤと共に馬車の中に消えて行く。
そして、もはや言葉ならない叫びを上げ続ける男だけをその場に残し、馬車はゆっくりと広場を後にして行った。




