第37話 浄化の炎
広場には、已然と暴れるマンティコア。それを、もう3人まで減ってしまった解放軍が、辛うじて食い止めてくれている状況だった。
そして、遠巻きにその光景を見ていたグレースは、不安な瞳をレンガに向ける。
「レンガ様・・・。」
その呟きにレンガは、唸るように答えた。
「大丈夫だ・・・。グレース。」
そう、俺にはもう次の算段はついていた。
今度は、俺自身があの樽を破壊すればいいのだ。
だが・・・問題もある。それは、遠距離射撃ではダメだという事だ・・・。こんな距離から撃ち抜いたとしても、精々風穴が空く程度しか無い。それでは、ダメだ・・・。
やるべき事は、あの樽を破壊して尚且つ、中身をヤツに振りかける。その必要がある。
まだ、幸運な事に古式銃には、もう一発だけ石つぶて、もとい散弾が残っている。
これを至近距離で放つ事さえ出来れば、可能な筈だ。
しかし、そこでもう一つの問題も浮上してくる。
それは・・・自分にそんな芸当が可能なのかという事だ・・・。
先程、樽を担いでいたとはいえ、ドミヤですら、駆け出すタイミングに躊躇していた・・・。そんな事を、果たしてこなす事が出来るのか・・・。
俺自身、別段、運動神経は悪い方では無い。寧ろ、いい方であった。
でも、それは普通の人間という括りの中の話だ・・・。ドミヤやシーデと比べてしまえば、そんなモノは無いに等しい・・・。
更に言うと、今度は、そのシーデの援護も無しときている。ますます、成功の確率が低くなっていく・・・。
だが・・・やるしか無いッ! やらなければ、確率もクソも無いのだッ!!
覚悟を決め、古式銃を入れ替えると、横のグレースを見た。
「グレース・・・。俺が突っ込んで、あの樽をぶちまけるッ! 火矢のタイミングは・・・任せる!」
「・・・わかりました。・・・どうか、お気をつけて、下さい・・・。」
グレースは引き止めたい言葉を必死に飲み込んでいた。
本当は、引き留めたい気持ちがあった・・・。しかし、彼女も、もう他に策は無いのだとわかっていた。
彼女は、こんな時に、何の役にも立てない自分が・・・悔しくて、申し訳なくて堪らなかった・・・。
今は、レンガ様を・・・信じよう・・・。
そんな祈る事しか出来ない自分が・・・。
そして、レンガはクラウチングスタートの構えを取り、飛び込むタイミングを計る。
正面には、激しく暴れまわるマンティコアの姿。これから向かう先にある、高速で振り回されている尻尾。それに激しい恐怖を覚える。
ドミヤのヤツは、こんな中を樽持って突っ込んだってのか・・・。
それを提唱したのは自分だったが・・・同じ役にまわって見て、初めて彼女の成し遂げた功績に感服した。
だが、レンガはそんな弱気になる考えを振り払う様に頭を振った。
・・・ダメだッ! 絶対安全なタイミングなんか、ありはしないッ!
迷うな・・・。自分で決めたことを・・・やり遂げるんだッッ!!
そうだ・・・。こうなったら、尻尾の振るタイミングだけを計って、飛び出す!
最悪、樽だけでも破壊すればいいッ!! 今は、それだけを考えろ・・・。
そして、レンガは完璧なタイミングを待つことは捨て、尻尾の振り子の感覚だけにその神経を研ぎ澄ます。
1・・・2・・・3・・・4・・・今だッッ!!
そんなタイミングと共に地面を思いっきり蹴り、転がる樽、目掛けてスタートを切った。
徐々に近づくにつれて、尻尾の起こす風が身体に伝わってくる。
怯むなッ!! 行けッ!!
そう、心で自分に渇を入れると、スライディングの様に滑り込み、樽への距離を一気に詰める。
もう、樽は目前だ!
イケるッッ!!
そして、迫る樽に目掛けて、古式銃を構えた。
だが、その時。尻尾がレンガの頭部を掠めた。
「ぐッッ!」
その衝撃に身体のバランスを崩してしまう。
そして・・・マンティコアの冷たい狂気に満ちた瞳と目が合う・・・。
まずいッッ!!
レンガは、ほぼ反射的に、古式銃を樽に構え直した。
しかし、マンティコアの動きの方が一瞬、速かった。振り上げた前足がレンガに向けて迫る。
グッシャッッ!!!!
しかし、その前足は振り下ろさせることはなく、代わりにマンティコアの大きな悲鳴が広場を包んだ。
キャァァァァーー!!!!!
「レンガさんッッ!! 今っすッッ!!!」
声の方向を見ると、いつの間にか起き上がったシーデが、マンティコアの首に両手のクローを深々と突き刺し、その首筋に張り付いていたのだ。
「助かるッ!! シーデッッ!!!」
レンガはその言葉と同時に、引き金を力いっぱい引いた。
シュッダン!!!!
爆発と共に撃ち出された、大量の石つぶてが油樽にぶつかり、そして、破壊した!
そこから吹き出した大量の油のシャワーは、マンティコアとシーデに容赦なく降り注ぐ。
「シーデッ!! 離れろッッ!!」
レンガの叫びと同時に、組ついていたシーデは、その場から飛び退く。そして、レンガ自身もその場から離れながら、他の解放軍達に叫んだ。
「全員離れろッッ!!!」
その動きを見て、グレースは火矢を構える。引かれた弦が低く音を立てた。
そして・・・彼女の細めた瞳と、マンティコアの見開かれた瞳が交差する。
グレースはその瞳を見て一瞬、目をしかめると。
「・・・ごめんなさい・・・。」
そう、一言だけ溢した。そして、その矢は放たれた。エルフの顔を持つ、巨大な生物に・・・。
ドスッッ!!
流星の如く放たれた、その矢はマンティコアの胴体に突き刺さると同時に、激しい炎を巻き起こした。
ゴォォォォォォ!!
キャァァァァァァァァ!!!!!!
広場には哀しい音色が盛大に響き渡る。
紅蓮の業火に焼かれ、哀しき生物の魂は、夜空へと還っていく・・・。
その身体から立ち上る煙は、まるで全ての苦痛から解放していく。そんな風にも見えた・・・。
ドンッ!!!!
やがて、その巨体は力無く崩れ、その場に倒れ込んだ。
グレースには一瞬、見えた気がした。苦痛に歪んでいたその表情が、和やかになった。そんな気が・・・。
「やったぞぉぉ!!!!」
マンティコアが倒れるのと、同時に解放軍の歓声が上がる。その中にいたエギルは、レンガに目を向けると、無言で握り拳をつくって深く頷いて見せた。
レンガはそれを、見て少し笑うと、その場に腰を落とした。
「・・・終わった・・・。」
その身体はまさに、満身創痍。長時間に渡る死闘の緊張感から解放され、完全な脱力状態であった。
すると、そんな余韻に浸っている背後から、呼び声が聞こえて来る。
「レンガさ~ん・・・。ヒドイっすよぉ~~。」
それはシーデだった。だが、その姿は、全身から油をボトボトと滴らせ、見るに無惨な姿だった。顔には、レンガを恨み様な表情が浮かんでいる。
「くッ・・・ははははッ! ごめんなシーデ」
「笑い事じゃないっすよッ!!」
笑い続けるレンガに向けて、彼女は怒った様に、尻尾で地面を打つ。だが、レンガは尚も、笑いが止まらなかった。
目頭に薄く涙も浮かべながら、笑い続けるレンガは、やがて空を指差す。
「でも、大丈夫だよ、シーデ。」
すると、指差した上空からは、パラパラと少量の雨が降り始めている。しかし、そんなレンガのフォローを思いっきり否定する様に、彼女は更に大声を上げた。
「こんなちょっと雨じゃ、なんの意味もないっすよッッ!!」
更に怒って、抗議し続けるシーデだったが・・・。その様子はどこか楽しげにも見え、次第に、その頬も緩み始める。
そんな中、広場にエギルの声が響き渡った。
「さぁッ!! みんな、すぐに撤収するぞッ! 怪我している者から馬車に担ぎ込むんだッ! 急げッッ!!」
そうだ・・・のんびりしている場合じゃないか。
早い段階であちこちで火は上がっていた。王国も異変を察知して、増援を出しているかもしれない。
そう考えると、レンガは未だ、じゃれついて来るシーデを押し退けて再び腰を上げた。




