第36話 決死の突撃
未だ、広場では、マンティコアとの激しい攻防は続いていた。
レンガの活躍により、尻尾の刀剣を失ったことで、多少、優勢な展開にはなっていた。しかし、レンガ達の攻撃はどれも決定打には欠けており、闘いの終局を見るまでには至らない。
レンガは、離れた位置から射撃と装填を繰り返し、援護攻撃に徹していた。そこで、一つの事に気が付いた。
「こいつ・・・。傷を、再生してやがる・・・。」
俺は呟くと、その身体を見た。その身体には四方からの攻撃に晒され、無数の傷が残ってはいた。だが・・・それにしては傷の数が少なすぎる。幾ら、弱い攻撃と言っても、これだけの弾丸と矢、それに刃に食らって、まだピンピンしているというのは、異常だ・・・。
そうなのだ。このマンティコアは高い自然治癒能力を有している。それは、瞬時に回復する程では無かったが、時間を掛けて、確実に、古い傷を再生しているのだ。
それは、この状況下では・・・十分、驚異になり得る。
そして、次の瞬間。戦況に動きが見られた。
バシッッ!
ガシャッン!!!
マンティコアの尻尾が数名の解放軍の動きを捕らえ、そのまま激しく吹き飛したのだ。
これで、もう残った解放軍はエギルと2人兵のみ・・・。
そして、ドミヤとシーデも激しく肩で息をして、その動きにも徐々に陰りが見え始めている。
「このままじゃ・・・まずい・・・。」
今のまま戦闘が続けば、近い未来にどうなるかは、想像に難しくない。
まだ、前衛が一人でも多く残っているうちに、なにか策を打たなければ・・・。
だが・・・何の策も浮かばない・・・。今、この場にある攻撃手段では、決定打に欠ける物ばかりだ・・・。
そんな事を考えている間も、前衛の皆への尻尾の強襲は続く。そして、シーデ目掛けて、鞭のような尻尾が繰り出された。
ビュゥンッ!!
ガシャァンッ!!
シーデはその尻尾を辛うじて、空に逃げてかわした。そして、少し大振りにだった尻尾は、辺りのランタンを叩き割り、建物の壁に飛び散った油に次々と引火していく。
火・・・。油・・・。ッッ!?
レンガはその光景を眺めて、閃いた!
そして、すぐにマンティコアから視線を外し、広場をぐるりと見渡す。暗闇を照らす為、そこかしこ設置されているランタン・・・。それに目が留まる。
「これだッッ!!」
レンガは尻尾の攻撃を裁き、一歩退くエギルに向かって声を上げた。
「エギルさんッ!! この養殖場の油の蓄積の場所は、わかりませんかッ!?」
エギルはその声に気が付き、怪訝な顔で見せた。
「さぁ、詳しくはわからんが・・・。だが、今そんなこと聞いてどうするんだッ!?」
それは、こんな時に何を悠長な事を、とでも言いたげな口調だった。
しかし、レンガも一刻を争う状況。すぐにもう一度、言葉を重ねた。
「大事な事なんですッッ!!」
エギルは眉をひそめるながらも、ただ事ではない様子を察し、すぐに応じた。
「おそらく、衛兵の詰め所にあるはずだッ!!」
レンガはそれだけを聞くと、すぐ様に少し離れた位置で矢を放つグレースの肩を叩いた。そして、そのまま、村の中央の屋敷、詰め所に急いだ。
屋敷の入り口はマンティコアによって大きく破壊されている。その破壊された中へと飛び込む。
中は光は無く、真っ暗。しかし、幸運にも目当ての物はすぐに見つかった。
「この樽で間違いないッ!!」
入り口の壁沿いに樽が並んでいる。その内の一つを掴む。
軽いッッ!?
それは想像以上に軽かった。だが、その理由はすぐにわかった。
先程の建物の倒壊で、大量の油が床に染み出していたのだ。
そして、遅れてグレースも中へ飛び込んで来た。
「レンガ様ッ!!」
「グレースッ!! すぐに中身が無事な樽を探してくれッ!!」
くそッ!!頼む・・・あってくれッ!!
そう心で願いながら、二人は樽を確認していく。
「レンガ様ッ! ありましたッッ!!」
そう言って、グレースが一つの樽を示した。レンガはすぐに、その樽に飛び付き掴んでみる。
よしッ!! 無事だッッ!!・・・これなら、イケるッッ!!
本当ならば、何個か探したいところではあった。しかし、外の状況がわからない以上、下手に時間は掛けられない。
「これを外に運び出すッッ!! グレースは反対側を持ってくれッ!!」
そう言うと、二人で担ぎ上げた樽を広場へと運搬していく。
広場に出ると、戦況を見る。
戦闘に参加しているのは・・・5人。よしッ! あれから、犠牲者は出ていないッ!!
そして、適当な場所に樽を降ろした。すると、運び出した樽を怪訝そうに見たグレースが尋ねてきた。
「レンガ様・・・これをどうするんですか?」
その言葉に再び、頭を巡らせる。
当初の予定では、複数の樽を投擲する予定だった。
だが・・・現実に持ち出せたのは、一つだけ・・・。今から戻って、取りに行くか?・・・いや、そんな時間は無いかもしれない・・・。
いつ、この均衡が崩れるのか、わからないのだ・・・。そうなってしまったら、策も何も無くなる。
ならば、答えは一つだ・・・。
こいつを確実に・・・直接、ヤツにぶつけるしかないッ!!
そして、それが出来るのは、一人だけだ!
「ドミヤッッ!! こっちに来てくれッ!!」
ドミヤは自分を呼ぶ声に気が付くと、すぐに飛び退き、こちらへ駆けて来た。
そして、目の前まで来ると、額の汗を拭い、呼吸を落ち着けた。
「なんでさ、旦那・・・。あいは旦那と違って暇じゃないでさよ・・・。」
いつもの毒を含んだ軽口を浴びせてくるが、今はそんなやり取りをしている場合じゃ無い。
「ドミヤ、お前なら、コイツを担いで走るくらい、出来そうかッ!?」
彼女は、怪訝な表情を浮かべつつも、樽を片手でヒョイと持ち上げ、肩に乗せて見せた。
「こんなん楽勝でさ。・・・ほら、飛んだり跳ねたりも出来るでさよッ!!」
ドミヤは笑いながら、その場で何度もジャンプして見せる。
これなら・・・イケるッッ!!
俺は、心の中でそう確信した。
そして、俺は二人にこれから起こす行動を説明した。
その内容を簡単にまとめると、こうだ。
まず、ドミヤが樽を担ぎ、マンティコアに走り込み、油をぶちかます。そして、油に濡れたところをグレースの火矢にてトドメを刺す。
至ってシンプルだが、今取れる最善の策は、もうこれしかない・・・。
「旦那も、まぁ・・・よくこんな状況で、思い付くでさね・・・。」
「それは、誉め言葉として受け取っておくよ・・・。」
「わかりました、レンガ様。それで行きましょうッ!」
三人は互いに頷き合うと、すぐに行動を移すべく動き始める。
それから、レンガは今も前線で闘い続ける4人に叫んだ。
「みんなッ!! これからドミヤがそいつに、この樽の油をぶちまけるッ!! 突っ込むドミヤに注意が向かない様、陽動に協力してくれッ!!」
「わかったっすッッ!!」
「わかったぞ、レンガ君ッ!! 任せてくれッ!!」
先程の尻尾を破壊した功績があってか、今度はエギルも他の2人にも躊躇の様子は無かった。
そして、4人はドミヤとは反対側に固まる様に、陣形を組み、注意を逸らし始める。
しかし、注意が反対に向いたとはいえ、高速で振り回す尻尾は全方向に行き来している。完全に安全とは言い難い状況だ・・・。
勿論、ドミヤもそう感じていた様で、走り出す構えを取りながらも、なかなかそのスタートを切れずにいる。
「これは・・・なかなかに、タイミングが難しいでさね・・・。」
レンガの横でドミヤは冷や汗を流していた。その口からは珍しく、弱音が漏れていた。
何とか、自分も上手く立ち回れないものかと、考えていた時。
シーデがマンティコアの一瞬の隙を突き、尻尾、目掛けて飛びついた。
「だりゃぁぁぁぁーー!!!」
そして、そのまま尻尾の先端に肢体で組み付き、右手のクローを一気に振り下ろした!
グシャァッッ!!
クローは尻尾に深々と突き刺さり、マンティコアは悲痛の悲鳴を上げ、その巨体を大きく崩した。
「今だッッ!!」
レンガのその声よりも早くドミヤはスタート切った。樽を肩に乗せたまま、物凄いスピードでマンティコアに迫る。
そして、小さく跳躍すると、その胴体目掛け、樽を高々と振り上げた。
「だぁッッ!!!」
しかしッ!!
マンティコアは本能で危険を察知したのか。今まで、一度も使うことのなかった前足を繰り出してきた。
バキッッ!! ガシャァッン!!!
脇腹にその衝撃を受けたドミヤは、声を上げる暇のなく、詰め所に吹き飛ばされた。
そして・・・ドミヤが振り下ろそうとした樽は、無情にもゴロリと地面に転がる・・・。
「ドミヤッッ!!」
「ドミヤちゃんッ!!」
レンガとグレースは同時に兵舎の方へ声を張り上げたが、何の応答も無い。
レンガは思わず、飛ばされたドミヤの方へ走り出そうとしたが、グレースが右手を広げで制した。
「レンガ様 今は・・・。それに、丈夫なドミヤちゃんなら・・・あのくらい、きっと平気な筈です・・・。」
俺は、グレースのその唸る様な言葉に正気に取り戻す。
そうだ・・・。今ここを離れても、どうにもならない・・・。今、俺に出来る事、それは・・・。
マンティコアの傍らに、転がる樽を見る。
今、自分に出来る事。それは、次なる一手を考える。それだけだ・・・。
すると今度は、響き渡った激しい音と共に、尻尾の先端に組み付いていたシーデが、尻尾ごと地面へ叩きつけられた。
ドゴンッッ!!
「ぐぅぅ・・・。」
短い呻きを漏らしつつ、シーデはそのまま地面にうつ伏せに倒れ、その動きを止めてしまった。
「シーデッッ!?」
叫びは空しく、広場に木霊した。
シーデは痛みにもがく様に微かに動いてはいた。しかし、もうとても闘える様子ではないだろう・・・。
ここまで来て、一気に形勢が狂い始める・・・。
だが・・・まだ功を奏してか、樽は無傷の状態でマンティコアの傍らに転がっている。
レンガは、それが無事な事を、もう一度、確認する。そして、静かに息を吐き出した。
まだ・・・策はあるッ!!




