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希望のフリントロック  作者: 猫丸 玉助
第2章 騒乱の王国
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第30話 月明りのぬくもり

辺りは静寂に包まれており、町の明かりも、既に疎らになってきていた。レンガとドミヤは、宿の通路奥にあるテラスから、その景色を眺めていた。


お互いに声を掛けるタイミングが掴めず、暫し、静寂がその場を支配していた。

先に、沈黙を破ったのはドミヤだった。


「旦那。さっきの男は、知り合いなんでさか?」

先程の白髪混じりの男の事を指しているのだろう。

別に隠していた訳ではなかったけれど、別段、知り合いという程の仲では無い為、どう答えればいいのかと、少し悩んでしまう。


「知り合いって程ではないんだけど・・・。前に少し、話した事がある人って感じかな。」

実際そうであった。何たって、お互いの名前も知らないのだから。


「そうなんでさか・・・。あの男と話していた、答えが何ちゃらってのは、何の話だったんでさ?」

当然、そう来ると思っていた。

その内容が内容なだけに、ドミヤには少し話辛い気がした。それを話す事によって、自分の考えている事がわかってしまう事に、少し戸惑いを覚える。


「・・・特に、ただの仕事の誘いだよ。」

間違ってはいないが、何とも曖昧な返答を返す。


「・・・そうなんでさか。」

ドミヤはその返答に、引っ掛かって来る事はしなかった。少しホッとする。


そして、再び静寂が訪れた。

すると、またドミヤが先に口を開いた。


「最近・・・旦那は、何か悩んでるでさよね? 前から、考え込む事は多いけど。ここ、最近は特に、多い気がするでさ・・・。」

「・・・みんな、何かしら悩みはあるもんだろ? そんな、大した事じゃないさ・・・。」

話が広がってしまいそうな雰囲気を感じて、思いっきり濁した。

自分の話をするのは、あまり好きでは無い・・・。


しかし、それを聞いてから、ドミヤは頭を乱暴にバリバリと掻くと、此方へ向き直り、はっきりと告げてきた。


「あ~ッ! あいは、まどろっこしいのは嫌いでさッ! なんで、ストレートに言うでさよッ!」

そして、ドミヤは此方が何か言う間も与えず、更に続けた。


「旦那は、この王国の空気に嫌な感じがして、今の生活にも疑問を感じてる。違いでさかッ!?」

彼女の予想は、ほぼ完璧に当たっていた。自分は、それ程にわかりやすい人間なのか?

しかし、俺はその話が延長される事を嫌って、誤魔化そうと言葉を重ねる。


「そんな事、無いよ・・・。只、この生活に慣れてなくて、疲れてるから、そう見えただけだって・・・。」

「嘘でさねッ!!」


だが、そんな自分の言い訳を、彼女はバッサリと切り捨てた。


「何で、お前にそんな事がわかるんだよッ!?」


しつこい彼女に、思わず大きな声を上げてしまう。


「そんなん見てればわかるでさッ!! 何でいつも旦那は、そうやって自分の主張を言わないんでさかッ!? そんなに、あい達の事が信用出来ないんでさかッッ!?」


ドミヤも負けず劣らずに、声を張り上げてくる。


「何でそうなるんだよッ!? そんな事は一言も言ってないだろッ! 大体、何で悩んでたって、それは俺の勝手だろうがッッ!」


失言だった。言い終わった後で、その事に気が付く・・・。


「やっぱり、何かあるんじゃないでさか・・・。」

「・・・。別に、いいだろうが。ほっといてくれよッ!」


もう、それしか返す言葉が見つからなかった。一刻も早くこの話題を終わらせたい。


「あいだって、ほっとけるなら、そうするでさ・・・。でも、今、旦那が悩んでる内容は、あい達に関係ある事。そうでさよね・・・?」

「・・・。」


これは、完全に見抜かれているのか。でも、だからこそ、彼女達には話したく無い・・・。

そして、ドミヤは呆れた様子で溜め息を漏らした。


「旦那・・・。本当は、こんな話をする予定じゃ無かったんでさが・・・。ここで、はっきりさせようでさ。」

「何を、だよ・・・。」


ドミヤの言葉の意図が読めない。一体、何を言い出すつもりだ。


「旦那は、一人で悩んで、抱え込んで、それで解決する。そうするつもりなんでさよね?」

「・・・。」

「仮に、それで丸く収まったとして。それで、あい達が満足すると・・・本気で思ってるんでさか?」


どういう、意味だ? 解決すれば、それでいいんじゃないのか?

俺は、ドミヤの言っている意味がわからず、黙るしか無かった。


「旦那は、あい達の事を、どう思っているんでさか? なんで、あい達は一緒にいるんでさか?」


ドミヤは更に、よくわからない質問を重ねてくる。


「どうって・・・。目的が一緒だったからじゃない、のか?」


そんな返答にドミヤは、目を細める。


「なら、その目的はすでに達成された筈でさ・・・。では、なんでまだ、行動を共にしているんでさ? あいが、当てるでさよ・・・。」

ドミヤの恐ろしい程の冷たい言葉に、思わず背筋が凍りつく。

そして、その言葉は繋がれる。


「旦那は、あい達を可哀想な奴等だと思ってるでさよね?」


ドミヤからとんでもない言葉が放たれた。


「な、なに言ってるんだ!? そんな事・・・。俺はお前達をーー」

「同等に、でさか?・・・本当でさか?」


ドミヤが萎む俺の語尾を遮る様に、言葉を重ねてくる。思わず、俺は何も言えなくなってしまう。

そんな筈はない・・・。だけど・・・何故か強く否定する言葉が出てこない・・・。


俺は、無意識化に、彼女達を可哀想な子だと、不幸な子だと、レッテルを貼っていたのか・・・。


「・・・。」


すると、ドミヤは一呼吸置いて、再び口を開いた。


「でも、旦那・・・。勘違いはしないで欲しいでさ・・・。実際、あいは、困っていたでさ。それこそ、生き死に関わる程に・・・。だから、そんな時、手を差し伸べてくれた旦那には、本当に感謝しているんでさ。」

「・・・。」


「でも・・・そんな同情の目で見られる関係は、いつまで続くんでさか・・・。」

「ッッ!」


その時、彼女の言いたい事を理解した。


そう、無意識化だったとはいえ、俺はドミヤを、彼女達を下に見ていた・・・。自分だけ、高い位置から見下し、俺が、いなければ、何も出来ない。ここで、見捨てる事は出来ない。そう、勝手に思い込んでいた・・・。


彼女達が不幸かどうかという事などは、彼女達が自分で判断する事。他人が勝手に決めつけるものでは無い・・・。

その行為は、形こそ違えど、この世界の、王国の人間達とやっている事は同じだった。

生い立ちの幸か不幸かで、身分を決めている様なものだ・・・。


俺は彼女達の為にと思って、やっていた行為は、結果的に彼女達を傷つける事になっていた・・・。

俺の向ける哀れみの視線が彼女達を、傷付けていた。

そしてそれは、今、寂しそうな口調で語ったドミヤの表情が物語っている。


俺は、彼女達と同等になろうと接してきたつもりだった。しかし、現実、彼女達に見せていた姿勢は、いつまでも上から目線の姿・・・。

それは、とても残酷な事だった・・・。


「ドミヤ・・・。お、俺は・・・。」


ドミヤから一歩後退した。そして、力の入らない足が折れ、その場に腰を落とした。

俺は、何も、わかっていなかった・・・。あの時から、何も・・・。

その時、過去の友人が放った言葉が甦る。


ー直ぐに首を突っ込む癖があるからなー。俺が、どうにかしてやる的な感じでー


俺は、あの言葉の真の意味を、何もわかっちゃいなかった。結局、俺がやっていた事は、昔も今の同じ。

過去に、何も出来なかった自分への慰め。自分より不幸な相手を見つけては、一時凌ぎの優越感に浸っているだけ・・・。

それは、幾ら歳を重ねても、違う世界にやって来ても、何も変わりはしなかった。


「旦那・・・。」


ドミヤの囁く様な声が聞こえた。

俺は、ドミヤに、彼女達になんて言えばいいんだ・・・。どうすれば、いいんだ・・・。

わからない・・・。


すると、ドミヤはへたり込んでいる、俺の背中に、自らの背中を預ける様に座って来た。

肌寒い、夜の外気の中で、彼女の暖かい体温が伝わって来るのがわかる。


「あいは、わかってくれたなら、それでいいんでさ・・・。同じ事を言うでさが、あいは、旦那に心から感謝してるでさ・・・。」

「ドミヤ・・・。」


「あいは、あの時、工房から逃げ出して、完全に路頭に迷って、心細くて・・・。そんな時、旦那と姉さんが、食べ物を分けてくれて、一緒に連れて行ってくれて、ホントに嬉しかったんでさ。もう、それで、あいは十分、救われたんでさ・・・。ありがとうでさ。旦那・・・。」


そう言うと、ドミヤの小さな頭が、もたれ掛かる様に首に触れた。


「だから、今度は、あいにも恩返しをさせて欲しいんでさ・・・。苦しんでいる旦那の、手助けをしたいんでさ・・・。」


そんなドミヤが掛けてくれた言葉の数々に、俺の気持ちに重くのし掛かっていたものが、崩れ落ちていく。


「旦那は、今、何を悩んでいるんでさ・・・?」


そして、俺はその言葉に促された様に、固く閉じていた口を開いた。




自分が話している間、ドミヤは何も言わずに、ただ黙って聞いていてくれた。

俺は、彼女に思いの丈の全てを話した。自分とドミヤ達を取り巻く環境の事を。そして、これからどうしたいかを。


「やっぱり、そうだったんでさね・・・。でも、別に、旦那が気に病む事ではないでさよ・・・。」


ドミヤは小さな声で呟く様に言った。

彼女が言っている意味は理解出来る。これが、この世界の常識・・・当たり前の事なのだ。

自分もこの世界で人として生きていくならば、受け入れていくしかないのだろう。

人は誰しも、どうにもならない事を呑み込み生きていく。時には、自分の感情を押し殺し、自らの姿すらも変えて生きていく。

それが、社会の中で生きていくというものだ。

そんな事は十二分にわかっている・・・。しかし・・・。


大蛇の時に出会った男の言動、行動が頭を掠める・・・。


あれが、この王国の秩序、ルールなのだ。

勿論、皆がそうという訳ではないのだろう。

しかし、あれがまかり通ってしまう。それが、このポーカ王国という国の基盤である事は間違いない。


俺は・・・そんな空気に呑まれたくは無い。呑まれるわけにはいかないのだ。また、同じ過ちを繰り返したくは無い。


俺は、家族が四散した時・・・。何も出来なかった。いや・・・しなかったのだ・・・。

自分には、何も出来ないと決め付け、ただ見ていた。そこから、嵐が過ぎ去るのをただ、待っていた。

その結果・・・全てが崩壊した・・・。


あの時、父は助けを求めていたのかもしれない。身も心もボロボロになり、どうする事も出来ない袋小路にハマってしまっていた。

そして、長く人生を共にして来た筈の、母の行動・・・。それに、ただ見て見ぬふりをしていた自分・・・。

そんな環境が、父をどれだけ追い込んでいたのか・・・。


あの時、俺にはもっと出来る事があった筈なんだ。

父と話し、母と話し、三人で話す。そんな行動を起こせれば、もっと違った未来もあったのかもしれない・・・。


だが、当時の俺は、そんな事には気が付かず、自分の世界から目を背け続けただけ。

気が付いたのは、全てが壊れた後だった・・・。


そんな時、自分の心の奥底に刻み込まれた。

何もしなかった事の結果を・・・。恐れて行動を起こさなかった事への罰を・・・。流され続けた結末を・・・。


あの時・・・俺は、事の顛末を流れに任せてしまった。天の意思に委ねてしまったのだ。

そして、今も・・・また繰り返そうとしていた。

行動を起こす事を恐れ、戸惑い、躊躇し、保留するという結論に達しようとしていた。あの時と同じように・・・。

自分の意思を曲げてはいけない・・・。自分の願望は誰かに委ねてはいけない・・・。

己の願いは、自らで掴み取るものなのだから! 自分の駒を進めるのは、自分自身でしかないのだから!



「いや・・・ドミヤ。俺は、そうしたく無い。そうしたら、いけないんだ・・・。」

「旦那・・・。」


そう、自分の行く末は自分で見つける。もう絶対に流されてはいけない。その決心がつく。

今、背中にいる彼女がもう一度、自分に気が付かせてくれた。再び、間違えそうな俺の背中を押してくれた。


「俺・・・明日、皆に話してみる。」


そう、それが今、俺に出来る事の第一歩。あの時・・・出来なかった事への第一歩。


「それがいいでさよ。きっとみんな、わかってくれるでさよ。」

「そうだな・・・。」


ドミヤはそうは言ったが、勿論そんな確証などは、どこにも無い。自分の進めた駒が、全てを壊してしまう可能性だって十分に、含んでいる・・・。

また、俺の心に迷いという悪魔が、顔をもたげてくる。


「よし、そろそろ寝るか。明日、やる事が出来ちゃったしな。」

「りょーかいでさ」


そう言うと、お互いどちらともなく立ち上がった。

先程まで背中にあった、体温が消え、夜風がやたらと寒く感じる。


俺は自分に言い聞かせる。

これで・・・。言い筈だ。俺は、最善の選択を出来た筈なんだ・・・。

心に生まれた悪魔を追い払う様に、自分に言い聞かせる。


そして、俺は、気合いを入れる様に自分の頬を平手で打った。

すぐに、また迷いが生じる自分の弱い心に鞭を打つ様に、何度も、何度も・・・。



すると、背中越しに、暖かなものが包み込んできた。一瞬、何が起きたのかわからず、頬に手を当てたままの姿勢で固まる。


「旦那の前は、あいが護るでさ。だから・・・旦那は迷わず進むでさよ・・・。」


ドミヤの囁く声が耳をくすぐった。


俺は・・・彼女達を救った気でいたのかもしれない。しかし、本当の意味で救われていたのは自分の方だったのかもしれない・・・。

彼女達の存在が、氷塊の様に固まってしまっていた自分の心を、少しずつ溶かしてくれていた。そんな風に感じる。全ての人間を拒んで、只、縮こまっていた俺の心を・・・。


今でも、大勢でいる事に喜びは感じられない。

しかし、自らを成長、強くする為には、自分以外の人間が必要なのだと思う。それは、自らの弱さを隠す為じゃない。

そう、自分とは違う人間と、話し接する事によって、自分に足りない何かを見つけていく為に・・・。


そして・・・彼女は自分に与えてくれた。決断する決心を、暗く先の見えない道を進む勇気を。

俺は、もう一人ではない。彼女達が一緒ならば、俺はなんだって出来る。そんな気さえしていた。


俺は、ドミヤの言葉から大事な何かを見つけられた。

だから、俺は、自分の腹に回されている彼女の小さな手に触れ、一言だけ言った。


「ありがとう・・・。ドミヤ」



月明かりだけが照らし出す、小さなテラス。そこには、暫くの間、折り重なる二つの影だけがあった。

それは・・・生い立ちも、住む世界も、人種すらも違う二人が、気持ちを通わせた証だった。それが、ほんの刹那だったとしても・・・。


そして、青年は、実感していた。

今、初めて一歩を踏み出す事が出来たと・・・。




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