第29話 呪縛と償い
「ドミヤッッ!?」
俺は一瞬、何が起きたのかわからなかった。だが、すぐに理解した。
先程まで、少女を殴打し続けていた衛兵にドミヤが殴りかかったのだ。手に持った石斧が衛兵の頭部を叩き割っていた。
「キサマッッ!! 何をするッ!!」
そして、近くまで来ていた衛兵が剣を抜き、ドミヤに斬りかかろうと近づいた。
俺はその動きを察知して、古式銃を抜くと、躊躇無くその腹部に弾丸を叩き込んだ。
ダンッッ!!
撃ち抜いた衛兵は、崩れ落ちると、盛大に前のめりに倒れ込んだ。
そして、撃鉄を起こしながら、次の目標を探していると。
「旦那ッッ!! 伏せるでさッッ!!」
ドスッッ!!
そのドミヤの叫びと同時に、左肩に激痛が走った。見ると、自分の肩に深々と一本の矢が刺さっていた。
「くッ!!」
人生で味わった事ない激痛に全身の力が抜け、思わずその場に膝をつく。意識が徐々に遠退いていく。
しかしッ!!
ダンッッ!!
矢が放たれる前に、辛うじて捕捉していた弓兵に向かって引き金を引いた。
古式銃の反動が、更なる激痛を呼ぶ。だが、捕捉していた弓兵に弾は当たったらしく、その場に倒れるのが、うっすらと確認出来た。だが・・・。
ドスッッ!!
その弓兵が最後に放った矢が、今度はレンガの腹部へと突き刺さった。
そして、そのままレンガは仰向けに倒れた。
「レンガ様ッッ!!」
グレースの悲鳴が草原に響き渡った。
身体が、うまく動かない・・・。
辺りから何かがぶつかり合う音、叫び声が聞こえて来る。
視界が、どんどん暗くなって行き、先程までの激痛も今は、あまり感じなくなってきていた。
そして、俺の意識はそこで途切れた・・・。
俺は、日の指す廊下を歩いていた。これは、どこかの廊下、確か・・・学生時代に通っていた学校の廊下だ。
しかし、自分はもう既に成人して、就職も済ませている身。そして、知らない世界に来ていた筈。
俺は夢を見ているのだろうか・・・。
そんな自分の思考を無視するかの様に、その足は進み続ける。
すると、教室内から、話し声が聞こえてきた。
「ーーツ、この前も、やってたぜ・・・。」
「ああ・・・。あれだろ? 確か、ケンとタクが揉めてた時だろ?」
この声は聞き覚えがある。確か・・・小学校から一緒の後藤と斎藤の声だ。
懐かしい・・・卒業してからめっきり会う機会も無くなった二人だ。
そして、また、自分の意識とは反して、俺の足は勝手に止まった。
「アイツは、昔っから何かあると、直ぐに首を突っ込む癖があるからなー。俺が、どうにかしてやる的な感じでさ・・・。」
「そうそう、あーいうの、何て言うんだっけ・・・。偽善者??」
そう言って、二人の爆笑する声が響き渡る。
これは、恐らく、自分の事を話している。こんな事があったのは、朧気に覚えている。
「アイツの家、かなりヤバイ事になってるらしいぜ・・・。全く、人の世話焼いてる場合かっつの。」
「ああ、聞いた聞いた。なんか、母親が男作って、いなくなったらしいぜ。何か、昼ドラみたいになってるよな。もう、他のクラスの間でも、相当噂になってるみたいだぜ。」
そうだ。この時期は丁度そういう時期だった気がする・・・。
母が居なくなり、魂の抜けた父が仕事から戻ってくる。そんな毎日。
何故、母居なくなったのか。
その理由は簡単だ・・・。
この時期、父の会社の経営は上手くいっていなかった。
大幅に残業代は削られ、目に見える程、落ち込んでいく生活。この時、家庭内の空気はお世辞ににもいいものでは無かった。
そんな時、家族の一人である母が取った方法は、逃げると行った方法だった。
毎日、遅くまで家に帰らず、徐々に帰って来る事すらも無くなっていった。それに呼応する様に、父もまた、家で酒を浴びる様に飲み潰れる毎日。
そして、母は新しい宿り木を見つけると、あっさりとこの家を捨てて行き、父は廃人同様になっていった。
何十年と育んでいった絆が壊れたのは、一瞬だった・・・。
何故、こんな時こそ、協力する事が出来なかったのか・・・。
何故、こんな時こそ、助け合う事が出来なかったのか・・・。
「俺たちも気を付けないと・・・。アイツと同類と思われたら、イヤだもんな。」
「そうだな・・・。でも、アイツはトラブル処理機みたいで、便利なトコがあるから、そこだけは、上手く使って行こうぜ。」
「それがいいなッ! これぞ持ちつ持たれつの関係ってヤツでしょー。」
再び聞こえる、二人の爆笑と共にその話題は終わりを迎えた。
そうだ・・・。これで、これを聞いて、学校をサボりがちになった。当時は相当のショックを受けたものだ・・・。
だが、今、あの経験を経た自分には、彼らの言葉が強ち、的外れで無い事がわかる。
この時の俺は、確かに、家での騒動から目を瞑る為、周りの世話を焼いていた。同じ家に住みながらも、何も出来なかった自分への、慰めの様な行為だ。つまりは、俺も、母と同じく逃げたのだ・・・。
そして・・・この後の自分は、父の自殺がトドメとなり、全ての交遊関係を断絶。一人で生きて行くという道に進んで行った。
そして、・・・俺は、また仲間を、交遊関係の中にいる。
俺は・・・同じ事を繰り返しているのだろうか・・・。
俺は、一人がいいのでは無いのか?
わからない・・・。
俺は、何がしたいのだ?
わからない・・・。
俺は、人に何を求めるのか?
わからない・・・。
「・・・ガ様。・・・ンガ様ッ!」
誰かに呼ばれる声が聞こえて、目を開けた。
急な眩しさに目をしかめると、そこには空が広がっていた。
「旦那ッッ!! 大丈夫でさかッ!?」
その叫びに、ドミヤとグレースが自分の事を見下ろしている事に気が付く。
そうだ・・・。俺は、衛兵の反撃に合い、意識を失ったんだ。
肩と腹部の傷を確認して見る。巻かれてた布に少し血が滲んでいたが、もう痛みは、大分消えている。
恐らく、グレースが治療してくれたのだろう。
「グレース・・・ありがとう。」
「いえ・・・。ご無事で良かったです。」
彼女は目を涙を溜めたまま、左右に首を振った。
「残りの衛兵は・・・どうなったんだ?」
そう言いながら、上半身を起こすと、見知らぬ人物に気が付く。
「無事で、なによりだ」
昨晩、広場で話した男と見知らぬ男が二人、その横にはエルフが二人並んでいた。
片方は、先程、衛兵に暴行を受けていたエルフだ。
問題の衛兵達は、至る所に倒れていた。今はもう、危険は去った後のようだ。
自分以外は負傷者はいないみたいで安心する。
「何故・・・ここに居るんですか?」
いきなり現れた、男達に疑問を投げ掛ける。
確か、意識を失う前までは、近くに誰かがいる気配はなかった筈。
「たまたま、この付近で作業していたら、凄い音が聞こえてたものだからな・・・。」
どうやら、また、自分の事を監視していた訳では無いらしい。
「この方達も、加勢してくれたんです。」
グレースが言葉を繋いだ。
そして、取り返しのつかない事をしてしまった現実が甦って来る。
「皆、ごめん・・・。俺が勝手な事したばっかりに・・・。」
俺は、その場にいる全員に、深々と頭を下げた。
謝ったところで、今さらどうにも出来なかったが・・・。
「最初に手を出したのは、あいですから・・・。こっちこそ、ごめんなさいでさ・・・。」
そうだった。最初に手を出したのは、ドミヤだ。
いつも、わりと冷静なドミヤにしては、これはかなり珍しい行動だった。
「いや・・・俺も相当に我慢の限界だったから、逆に助かったのかもしれないよ・・・。」
そう、我慢はしていたものの、もう、破裂寸前だったのは、本当だ。
しかし・・・これからどうする。これでは、、もう王国に戻るって訳にもいかないんじゃないのか・・・。
それ以上、返す言葉が見つからず、沈黙が訪れた。
「取り合えず、このエルフ達は我々が保護しよう。君達は、王国に戻るといい。」
「・・・。でも、王国に戻っても、大丈夫なんですか?」
「ああ、数日は襲撃の事実も判明しないだろう。それに、判明しても、恐らく、我々に疑いがかかる。だから、問題はないさ。」
彼の口ぶりからして、既に王国からそれなりにマークはされているようだ。
「しかし、この出来事で、我々の予定も少し繰り上げになってしまったな・・・。後、二・三日で答えを出して貰えるかな?」
男は、意味深な言葉を出した。
彼らは、何かをするつもりなのだ。恐らく、その為に王国へ出向いているのだろう。
だが、それはもはや、自分には関係の無い事だ・・・。答えはもう、出ているのだから・・・。
「レンガ様? 何の話ですか?」
グレースは男の発言の意図がわからないといった表情で此方を見てくる。
「いや・・・。何でも、無いよ・・・。」
俺は、その問いを何となく濁してしまう。
しかし、もはや、説明する必要も無いのだろう。後は、この男に返事をするだけで、元の生活に戻るだけなのだから・・・。
「あのーー」
そう思って口を開き掛けたが。
「取り合えず今は、早々にここから引き上げよう。誰かに目撃でもされたら、厄介な事になってしまうからな」
男はそう言うと、衛兵の死体を積み込んだ馬車に、乗り込み、後部から、顔を覗かせた。
「では、近いうちに、ゆっくり話をしよう。」
そう言って、馬車はこの場を後にした。
完全に切り出すタイミングを誤ってしまった。だが、男の言った通り、ここで長話をしている場合では無いのだろう。
俺は、仕方ないと思い、また後日に男を訪ねる事に決めた。
「では、レンガ様。私達も行きましょう」
馬車が見えなくなると、グレースが促してきた。
俺は、その意見を肯定すると、一歩を踏み出した。
「ッッつ!!」
足に力を入れた途端に、腹部に痛みが駆け抜けた。
「あ、レンガ様。まだ、無理をしないで下さい! 完全に治った訳では無いんですから・・・。」
そう言うと、グレースは肩を貸そうと近づいて来る。
「姉さんッ! いいっすよッ! こういう仕事は、あたしに任せるっすよ!」
すると、シーデが腕をグルグル回しながら、近寄って来る。そして、よいしょと、俺を背中に担いで見せた。
「ありがとう、シーデちゃん。レンガ様も、あまり無茶ばかりしないで下さいよ・・・。」
「ごめん・・・。」
もう、それしか言葉が出なかった。女の子に助けられ、おぶられている・・・。
これ以上に情けない事も無い・・・。
「まぁまぁー。無事だったから、いいじゃないっすか~。」
シーデは場を和ます様に、少しおちゃらけながら笑う。
「・・・。」
ドミヤは珍しく、何も言わなかった。今回の事を結構、気にしているのだろうか。
でも、こんな時、なんて言葉を掛ければいいのか・・・。
そして、そんな事に頭を巡らせている内に、いつも間にか眠りに落ちてしまっていた・・・。
ドミヤ達は、眠ってしまったレンガを連れて宿へと帰還した。
夕飯は、備蓄してあった物で済ませ、今日も早くに消灯してする事になった。
「ドミヤちゃんは、まだ寝ないんですか?」
「あいはこの本を読みたいんで、先に寝てていいでさよ」
あいは、姉さんにそう告げると、机に置かれている小さな蝋燭にマッチで火を灯した。
「ドミっちは本が好きっすねー。あたしは、細かい字を見てると、すぐ眠くなっちゃうっすよー。」
その言葉通り、シーデが本を読んでいるところは見た事が無い。彼女の行動は、主に食べている、寝ている、運動しているの3パターンが殆どだ。実に、彼女らしい。
「じゃあ。お先に寝ますね。」
「おやすー。ドミっちー。」
そう言うと、二人はベッドに横になった。旦那は、帰りからずっと眠っている。
あいは、彼が昨日の夜遅くに、部屋から出て行くのを見ている。あまり、寝ていなかったのだろう・・・。
本のページを捲りながらも、先程の事を朧気に考えていた。
何故、あいは、あんな事をしたんでさか・・・。
あの時、考える事も無く、身体が勝手に動いていた。気が付いたら、衛兵に襲いかかっていたのだ。
確かに、あのエルフを不憫に思う気持ちはあった。しかし、そんな事は、もう嫌という程、見て来た筈。今更、どうにかしようとは、思っていない。
では、何故か・・・。
あの時・・・自分が考えていた事は、旦那の動向だ。あいは、彼は、きっと動くと思っていた。
だが、自分の予想と反して、彼は動かなかった・・・。拳を握りしめて、必死にその場に足を止めていた。
でも、それは、自分も願っていた事。彼が時折見せる、あまりに不条理な行動に頭を悩ませていた筈。
だから、あの時の彼の決断は、歓喜すべき行動の筈、なのだ。
しかし、あいの身体は、それを拒絶する様に動いた。その彼の決断を、否定するかの様に・・・。
そこで、あいは気が付く。
彼が、クリストに立ち向かい、打ち倒した時の、歓喜の気持ちを。誰も歯向かう事が出来なかったクリストを倒した彼に抱いた希望の気持ちを。
それからのあいは、旦那の行動を呆れ、文句を言いながらも、彼の行動に期待していた。
そして、彼が自分を、違う世界へ連れて行ってくれる。そう信じていたのかもしれない・・・。
自分では無い得ない未来を、彼を利用する事によって得ようとしている。
過去に自分がしてきた事から、逃げる事しか出来なかった過去の自分を、彼に払拭して貰おうと思っているの、だから・・・。
あいはまた、過ちを重ねてしまう、ところだった。
今、自分が償える事は、彼にしてあげられる事は・・・。
暫くすると、部屋の中で誰かが起き上がった。
旦那だ・・・。
あいは、決意を固めると、広げている本を閉じた。
そして、あいは、彼に声を掛けた。
「旦那・・・。少し、話があるでさ・・・。」




