第2話 安心と罪悪感の
エルフの男の後に続き、森の奥へと踏み込んで行く。
この森は相当に広く、終始聞いた事のない鳥?の声が響き渡っている。
彼の案内が無ければ、遭難は必至だろう。
ふと、前を歩く男の背中を見る。
本当は、もっと色々と質問したかったが、ここでヘマすると、後々、大変な事になりかねない・・・。
今は、様子を見ながら、沈黙するしかないと考える。
しかし・・・その村に着いてからは、どうするか・・・。
その事だけは、村に着くまでにまとめた方が良さそうだ。
なんせ、ここは、日本は愚か、地球ですら、ない土地。
自分の知る、法律だの常識だのが、通用しない可能性が非常に高い・・・。
彼の身なりからして、お世辞にも、あまり文明レベルが高い様には見えない。
もし、何かあった時、どんな方法を取ってくるのか、検討もつかない。
最悪、処刑だ、生け贄だ、とかなってしまう事も考慮しておいた方がいいだろう・・・。
こんな状況になって見て、改めて、自分がいかに、法律に守られていたのかを、実感してしまう。
暫く考えて、答えは出た。
自分の現状はなるべく明かさず、話さず、今の相手の立場のまま口裏を合わせ、そして、少しずつ情報を聞き出していく。
この辺が無難だろう。
そんな事に頭を巡らせていると、まるで、森の中に隠れる様にある、小さな村が見えて来た。
植物の鶴が無数に巻き付いた家屋(ぶっちゃけ小屋にしか見えないが・・・)が、不規則に立ち並んでいる。
男は村の入り口に立ち、頭を下げ、大きく片手を広げる。
「着きました、こちらがイヴァの村に御座います」
まだ、朝が早いからなのか、村人の姿は見えない。
自分には、そのお世辞にも立派とは言いがたい、家々が立ち並ぶその村の感想は、廃村にしか見えなかった。
誰もいない村の広場を、男の後に続き歩いていると、男は何かを思い出した様に急にこちらへ振り返った。
「申し訳ありません。少々、こちらでお待ち下さい」
そう告げると、いつも通りに深々と頭を下げると、中央の大きな家屋に駆け出し、中から装飾の施された派手な椅子を抱えて戻って来る。
「こちらにお掛けになって、暫し、お待ち下さい。すぐに、族長と村の者をお連れしますので」
そう言い残し、男は再び、中央の大きな家へ駆けて行った。
・・・嘘だろ、これに座るのか・・・。
今、目の前にあるのは、センスが良いとは口が裂けても言えない巨大な椅子。
この自然の中にある事もあり、その椅子な異質さは、更に際立っていた。
だが、今は迂闊な行動は避けなければならない。
はぁ、と大きく溜め息を吐いてから、渋々その椅子に腰を下ろした。
「族長! 族長!! 大変です!」
男は建物に入ると、すぐに大きな声を家中に放った。
すると、奥の部屋から、眠そうに目を擦りながら、一人の老人が姿を現す。
「なんだ・・・こんな早くから、騒々しい」
「村に貴族の方がみえています!」
族長と呼ばれた老人はその言葉を聞いて、眠そうに開かれていた目を、大きく見開いた。
「なんじゃと!? 何用でこちらに?!」
「詳しくは・・・わかりませんが、道に迷っているご様子です」
族長はその言葉を聞いて、ほっ、と胸を撫で下ろし、そして、男に次の指示を与えた。
「よし、ならば、すぐに全員起こして、村の広場に集合されるのじゃ」
「わかりました!」
それを聞くと、男は飛び出す様に、族長の家を後にする。
そして、族長は簡単に身なりを整えると、急ぎ広場へと向かった。
暫くして、小さな老人が自分の方へ向かって来るのが見えた。
そして、目の前まで来ると、やはり、静かに跪く。
「御初に御目にかかります。私がこの村の族長をさせて頂いております、シダと申します。只今、村の者を至急集めております故、しばし、お待ちくださいます様、お願い申し上げます」
「いえいえ、こちらこそ、こんな朝早く、いきなり来てしまって申し訳ないです」
「滅相も御座いません! なにとぞ、暫し、お待ち下さいませ」
「はは・・・」
今までされた事ない対応に戸惑い、苦笑いが漏れ出す。
・・・もの凄く疲れるだよな・・・この感じ・・・。
そうこうしているうちに、バタバタと村の人らしき人達が集まって来る。
心なしか、皆、顔が強ばっている様にも思えた。
どうやら、これで村人全員が集まったみたいだ。
村人は全員で20人くらいで、その内、子供が4人。
子供の数を考えると、ここはかなり小規模な村の様だった。
「大変お待たせ致しました。村の者は全員こちらに」
全員が自分に向かって、その場に深く跪いている・・・。
「・・・どうぞ楽にして下さい」
「皆の者 表を上げよ」
そう族長が促すと、全員がゆっくりと顔を上げた。
「高貴なお方、道にお迷いになったと聞きましたのですが、この度はこちらの村へ、滞在して頂けるのでしょうか?」
その言葉を聞いて少し考える。
暫く、ここへ滞在して情報を集めるのは、ありかもしれない。
少し、対応に疲れる事を除けば、多分、安全だと思う・・・。
第一、ここを出ても行く宛がある訳もなく、また、次に出会う人間が友好的かどうかもわからない。
ならば、今の状態で何か解るまでの間だけでも、ここへ居る方がいいだろう。
「その前に、ここがどこなのか知りたいので・・・地図の様なものはありませんか? 」
族長は、その言葉を了承してくれて、先程出て来た家屋へと、戻って行った。
そして、別段する事がないので、もう一度、村人達を見渡してみる。
しかし・・・本当に皆、耳が尖っているな・・・。
子供や女性、青年、そして中年すらも、皆、耳が尖っている。
そんな風に見渡して感じた事がある。
自分と目が合うと、皆、驚いた様に目を伏せるのだ。
いきなりの珍客に緊張しているのだろうか・・・。
暫くして、族長が地図を持って戻り、こちらに見える様に地図を広げた。
やはり、それは、全く見た事がない物だった。
なにやら、ところどころに文字みたいな物が記載してあるが、まるで、見たことのない字体。
族長は地図の東側に指をやり一点を示した。
「今、御られるのがこちらです」
これで、ここが自分のよく知る世界ではない事が判明した。
「わかりました・・・ありがとうございます。もし・・・良かったら、少し休みたいので、暫く、こちらに滞在してもいいですか?」
「こちらは、大歓迎です」
拍子抜けする程、あっさりと受け入れて貰え、安堵する。
「では、こちらへどうぞ」
そして、族長に案内されるまま、その後へと、ついて行く。
案内された先は、木造の小さな小屋だった。
中へ入ると、小さな机とベッドがあるだけのシンプルな部屋だ。
どうやら、土足で良さそうなので、靴のまま中へと入る。
「では、お世話をさせて頂く者をお連れしますので、御くつろぎになってお待ち下さい」
そう言い残し、族長は小屋から出て行った。
・・・お世話する者? 今度はなんなんだよ、もう・・・。
また理解出来ない言葉が飛び出したが、もう、驚きすぎて、もう聞くのも面倒だった。
取り合えず、歩き回り、気疲れした身体を休める為に、ベッドへ寝転んだ。
変な対応の連続で固まってしまっっていた身体を、解しながら考える。
ここは、本当に別世界みたいだな・・・。
今だ、あまり現実味はないが、これが夢ではない事だけはわかっていた。
ここが地球ではない以上、先程、考えていた神隠しの様なものあってしまったと、考えるしかないのか・・・。
前の生活に、これといって未練はないからなのか、それ程、強く帰りたいとも思わなかった。
今の所、戻る方法がない以上、少しずつこちらの世界に慣れていくしかないんだろうな・・・。
だが、前向きに考えれば、これはある意味チャンスなのでは、と考える。
向こう世界では、色々失敗してしまった結果が、あの終息した生活だった・・・。
もしかしたら、一からやり直すことが出来るのかもしれない・・・。
そんな考えが頭を過っていた。
すると、突然、失礼致します、と誰かが小屋に入って来た。
「族長よりお世話を・・・任命されました・・・。グ、グレースと申します。よ、よろしくお願いします・・・」
そこには、綺麗なブロンドを腰まで伸ばした、少し細すぎる体格の少女が居た。
身長は低すぎず高すぎず、顔つきからして、年齢はまだ20歳前後だろうか。
この子も他の村人と同じく、表情は強ばり、口調も緊張した様に辿々しい。
「こっちは、藤原レンガって言います。よろしく」
しかし、この子に世話を焼かれるのか・・・。
これは目のやり場に困るな、などと考えている自分に気付き、ふと、我に帰る。
・・・さっき、やり直せるかも、何て考えていたのに、早くも転びそうになってどうする!
同じ失敗を繰り返さぬ様に、他人に固執して味わった苦しみを思い返す。
この世界で失敗しない為に・・・。