第24話 ドミヤの憂鬱
あの酒場での宴会から数日が過ぎていた。
予定日から一日ずれてしまっていた初狩りも、翌日、めでたく収穫を得る事が出来た。
そして、今日も日中から、王国の外周で狩りに赴いていた。
今は、少し離れた草原にて、旦那、姉さん、シーデの3人で大鹿を仕留めようと、悪戦苦闘している。
あいはと言うと、少し休憩を取って、木陰に寝転んでいた。
長時間の炎天下での作業になるので、こうして順番に休憩を取っているのだ。
狩りに対する自分達の連携は、上手く取れていた。
旦那か姉さんが飛び道具で牽制もしくは、手負いを負わせる。そして、あいかシーデが接近して止めを刺す。
そんな理想的な流れが、既に出来上がっていた。
ここ最近、自分の暮しは充実していると感じる。
少し前までは、憑かれた様に日々、術具の開発に明け暮れていた。毎日、ひたすらに作業に没頭し、常に自らの技術の向上に努めていた。
それが、嫌だったという訳では無い。しかし、楽しい事など、何一つない生活だった。
そして、あいは、その場に寝転ぶと、あの日々の事を少し、思い出していた。
ドミヤは、大陸の端にある小さな村で生まれ育った。両親とは生まれてすぐに、死別しており、親がいたという認識すらなかった。
家族がいないせいか、幼い頃から一人遊ぶ事が多かった。一人、木の枝や石を使って、何かを作ったりしてよく遊んでいた。
その為、村の中ではかなりの手先の器用さと、発想力を持った少女へと成長していた。
そして、10歳になったある日、村に王国の貴族がやって来た。その貴族は、ドミヤを工房に来ないかと誘った。
ドミヤ自身、少し迷ったが、村長からも行く様に言われ、10歳という若さにして、工房にて住み込みで働く事になった。
ドワーフ種が工房へと誘われる事例は、少なくは無い。
元々、手先が器用と高い筋力を備えた種族。その中でも、突飛した者が王国の施設で働くというのは、とても栄誉な事なのだ。
ドミヤは新しい生活に胸が高鳴りつつ、故郷の村を後にした。
しかし、工房での暮しは、想像とは絶する程、辛い毎日であった。一日の全てを、機械の如く働かせられる毎日。
寝る時間が確保出来ないなんていうのも、ざらだった。
そして、日々、使えないと判断された者は、突然、その姿を消し、すぐに新しい者が補充される。
姿を消した者は、噂に寄ると、処分されているとの事であった。恐らく、術具の機密保持するのが目的なのだろう。
中には、そんな生活に耐えられ無くなって、逃げたすドワーフもいた。しかし、その逃亡が成功したかは定かでは無かった。
ドミヤ自身、何度も逃げ出したい気持ち駆られた事はあった。しかし、ドワーフは元々、野生での生活が難しい種族なのだ。
筋力はあるが、俊敏性さは獣人程では無く、狩りには向かない。
極めつけは、その燃費の悪さにあった。様は、食欲が異常な程あるのだ。
更に、見た目よりその身体は繊細で、激しい気温の変化に対応し辛く、すぐに体調を崩し、死んでしまう。
なので、このように工房で働く事が、結局は一番の長生き出来る生活になってしまう。村で一生生活するドワーフの寿命は非常に短いのだ。
そんな理由も相まって、彼女もまた、この辛い毎日に耐えるしか無かったのだ。それが、自分が生き長える、唯一の手段だった。
それから何年か経過した、ある日。
ドミヤは、その腕を見込まれて、王国の警備隊長クリストの専属技師に任命された。
しかし、その隊長とは、めちゃくちゃな注文する事で有名な人物だったのだ。
そして、実際そうなった・・・。
「ここには、こういったギミックを追加するんだ。オイッ! 貴様、ちゃんと聞いているのかッ!?」
この男は毎度来る度に、用途不明なギミックやら、装飾を求めてくる。正直、もう、うんざりだった。
「隊長さん、そんな改良をしたら、術具が壊れちゃうでさ・・・。それに、こんなギミック、何に使う気なんでさか?」
「そんな事は貴様が知る事では無い! 貴様は黙って、私の言う通り造れば良いのだッ! 壊れるならば、壊れない様に改良しろッ!!」
「はぁ・・・。わかったでさ。どうなっても知らないでさよ・・・。」
そう言って、クリストの術具を受け取る。もう、この男には、何を言っても無駄だと悟る。
そして、その日も遅くまで作業場に籠り、馬鹿げたギミックの開発に勤しむ。
「ドミヤ、またアイツから、ワケわかんない注文を受けたのか?」
「そうなんでさ・・・。ホントにいい加減にして欲しいでさ・・・。」
苦笑いを浮かべる同僚のゲンに、あいは呆れた表情で返す。
「お前の苦労は、本当に察するよ・・・。じゃあ、俺は明日、朝から資材の調達があるから、お先に失礼するよ。」
「了解でさ。お疲れさまでさ。」
同僚が一人、また一人と上がっていく中、自分はクリストに言いつけられた改良を、何とか完成させる為に今日も寝る間も惜しんで、作業を続けた。
そして、その努力の甲斐も空しく、クリストの術具は砕け散った。
実際、ドミヤの腕は工房の中でも、飛び抜けており、そんな無茶な注文でも、半々程の確率で成功を納めていた。
しかし、クリストはそれでも、欠片も満足する事は無かった。
術具を破損した次の日に、待っているのは、クリストからの罵声と暴力の嵐であった。
そんな毎日に、ドミヤの精神は擦りきれつつあった・・・。そんな時だった。
今日は、クリストからの受注も無く、一般の術具の組み立てを終わらせ、早くに休もうと自室へ歩いていた時、廊下の角で工房の仲間の声が聞こえた。
「ドミヤのヤツ、そろそろ不味いって噂みたいだぞ・・・。」
あいは、そんな単語が耳に届き、思わず足を止めた。
「ああ、その話はこの前、王国の奴等が話してるのを聞いた奴がいるよ。クリストの一存で処分対象に浮上してるって話だ・・・。」
「ホントかよ・・・。だから、最近、クリストの奴の注文が少ないのか。でも、ドミヤは可哀想だよな・・・。腕前は、この工房でも随一なのによ・・・。」
あいが、処分対象ってなんの話でさ・・・。彼らは、何の話をしているんでさ・・・。
頭は、まだその言葉の意味を理解しきれずにいた。しかし、身体はその言葉の意味をしっかりと捉えていた。
足が震え、その場にへたり込みそうになってしまう。覚束ない足取りで、何とか自室に戻ると、シーツをくるまり、震える全身を押さえつけた。
そして、その夜から、眠れない夜が続いた。いつ、自分を迎えに来るのかと思うと、ぐっすりと眠る事が出来なかった。
更に、その体調不良と極度の緊張状態から、普通の術具の組み立てすらも、覚束なくなって来てしまった。
そして・・・。ある夜。ドミヤは工房を逃げ出した・・・。
物思いに耽っていたドミヤは、ゆっくりと瞳を開いた。風に揺れる木々の隙間から、眩しい日の光が差し込んでいる。
今・・・工房のみんなは、どうしているのだろうか。今でも、辛い毎日を送っているのだろうか。
胸の奥が、少しチクリとする。あの時、仲間を置いて逃げ出した事。それが、自分の心に痼を作っていた。
しかし、あの時、自分にはどうする事も出来なかった。この不条理こそが、ヒトと亜人種の世界の断わりなのだから。
上体を起こして、狩りに興じる皆を見る。
姉さんの矢が刺さっている大鹿に、シーデと旦那が組ついている。
旦那・・・。あのヒトは、不思議な人だ。あいは、今まで様々なヒト種に会ってきた。でも、旦那の様なヒトは始めてだった。
時々、旦那といると、この世界の事がわからなくなる。もっと、違う世界もあるのかもしれない、と思ってしまう。
亜人種もヒトと同じ様に生きていける。そんな世界が・・・。
昔、何度も繰り返し抱いた気持ちが甦って来る。
何故、この世界はこんな苦しいのか・・・。
それは、ずっと忘れていた気持ち。
今の世界が、当たり前だと感じる様になってしまった日から、忘れていた気持ち。
しかし・・・。旦那もまた、何かに苦しみ、怯え、諦めている。そんな風に感じる時がある。
それが、何かはわからない・・・。只の、あいの勘違いなのかもしれない。
でも、いつか、それがわかる日は来るだろう。そんな確信はあった。だから、今は・・・。
ドミヤは気持ちを切り替える様に、被り振ると、駆け出した。大鹿を仕留めて、歓喜する3人の元へ。




