第23話 お酒は程々に。
今はすっかり夜も更けり、ドミヤ、シーデ、グレース、俺の四人で酒場のテーブルに着いたところだ。
また、亜人種が入れる酒場を探すのも一苦労で、やっとの思いで席に腰を下ろす事が出来た。しかし、この王国の亜人の扱いの酷さを改めて、痛感する。
このやっと見つけた酒場も、客はガラガラ、内装もお世辞にも綺麗では無い。不人気店という事は、まず間違いないだろう。
「俺は、勿論、アルコール頼むけど。お前らはどうすんだ?」
「あいも、勿論、飲みますでさ」
「あたしは、飲んだ事無いけど、頂くっすッ!」
「私も、少し飲んでみます」
どうやら全員飲むらしい・・・。
ドミヤだけは飲んだ事がある様だが・・・。シーデとグレースは初めてみたいだ。大丈夫だろうか・・・。
どんなものがあるのか、よくわからないので、取り合えず、この店のおすすめの飲み物を4つ注文する。
小さく乾杯して、揃った飲み物を飲み始める。
これは、ビールか。色的にそうかと思ったが、これは正しくビールだ。久しぶりに味わう喉ごしと、アルコールが身体全体に染み渡る。
「くぁ~! 久しぶりで美味しいでさッ!」
「げ~。なんだが、苦い飲み物っすね。これ。」
「そうですね。少し変わった味です。」
ドミヤは慣れている様子だが、後の二人は今一、お口に合わない様子だ。まぁ、初めてビールの感想なんてそんなものだろう。
「仕方ないでさねー。お子様の口には合わないんでさよッ!」
「・・・どう見ても、お前が一番、お子様だろ・・・。」
「旦那・・・。なんか言ったでさか・・・。」
「いいえ。何も・・・。」
つまみを注文した後で、横で渋い顔をしながらコップを傾けているグレースに向き直る。
「グレース。口に合わないなら、無理して飲まなくていいからな」
「いえ、苦味、味は大丈夫なんですが・・・。なんか顔が熱くて・・・。」
言われてみれば、苦味ならば、このビールなぞ、グレース特製の山菜汁には遠く及ばない・・・。
「それは酔いが回ってきてるんだよ。慣れないうちは、少しずつ飲んだほうがいい。気持ち悪くなっちゃうからな」
「あ、そうなんですね。確かに、少し視界がフラフラしてます・・・。」
すると、料理が次々と運ばれて来る。それを、予想通りに、その食べ物を取り合って、ドミヤとシーデのじゃれ合いが始まった。
他に客はいないから、少しくらい騒いでも問題無いと、踏んでそれを傍観する。
「・・・今日は、すみませんでした。」
すると、突然、グレースが謝罪の言葉を漏らした。
「ん? ああ、別に大丈夫だよ。体調が悪い時は誰にだってあるからさ」
「・・・。」
他に、何かあるんだろうか?
「グレースは周りに気を使いすぎだと思うよ。村での事、前に聞いたけど。もう、ここは村じゃないんだから、気楽に行けばいいさ」
少し酔ってきているせいか、普段は言い辛い事もサラサラ言えてしまう。
彼女の性格上、村では相当に気を使っていたのだろう。そういった長年の癖は、中々抜けるものでは無い。でも、それが少しでも変わっていければいいと思う。
「そうですね・・・。ありがとうございます。私・・・レンガ様と一緒に来て良かったです。」
彼女はそう呟いて、小さく微笑んだ。グレースも少し酔っているせいか、いやに直球の言葉を投げ掛けてくる。
すると、そんな空気をぶち壊す様に・・・。
「シーデッ!! 肉ばっか食べてずるいでさッ!! その皿をこっちに寄越すでさよッ!!」
「イヤッっす!! この世界の鉄則は早い者勝ちっす!」
やはり、酒も相まって、二人のテンションはゲージは振り切られ始めていた。この様子じゃ、俺は全く酔う事は出来そうに無いな・・・。
そう思って、残りのビールを一気に飲み干してから、次の飲み物を注文したのだった。
「何でッ!! 俺がこんな目に合わないといけないんだッッ!! ふざけんなァー!」
酒場で飲み始めて、暫くすると、あい達の席にとんでもない酔っぱらいが誕生していた。
それは、この席での一番の年長者、旦那であった・・・。
「ちょいちょい。旦那、ちょっと飲みすぎでさよ・・・。少し、落ち着くでさ。」
あいは、席に立ち上がって、叫ぶ旦那に服の裾を引っ張った。
横に座っていた姉さんは、もう机に突っ伏してぐっすりと眠っている。シーデはというと・・・既に、第2の旦那になりつつあった・・・。
「うるせェぞッ! 幼女ッッ!! 大人ぶってんじゃぁねェーぞォ!!」
「そうだそうだァ! このチンチクリンドミヤァァ!」
あいは、頭の血管がキレそうになるのを必死に押さえた。この状態の二人に、何を言っても無駄だ。
寧ろ、その空気に飲み込まれてしまいそうな気さえする・・・。
あいは、二人を止める事は諦めて、溜め息を漏らしながら、席に腰を落とした。
「ったくッッ!! 俺はただ、地味暮らしてただけなのにィ! ここはどこなんだッ!? 俺の家はどこにいったんだァッ!!」
「そうだァッ!! あたしの明日はどっちだァッ!!」
ああ、旦那の前の世界とか言ってた話みたいでさね・・・。
しかし、それは旦那の動向を見ている限り、嘘では無い様だ。旦那が古式銃と呼ぶ、不思議な筒。それに、彼の纏うこの世界のヒトとは、明らかに違う異質な空気。
それらが、彼の証言を実証していると感じられた。
前に旦那から、冗談半分で聞いた話を思い出す。
馬の代わりに、鉄の馬車が走り回り、何十人も乗せて空飛ぶ乗り物。極めつけは、空に浮かぶ月に行く事も出来ると言う。
それは、お伽話にしても、あまりに行き過ぎている。想像する事も出来ない世界だ。
しかし、もし、その話が本当ならば・・・。旦那は、何故、どうやって、この世界に来たというのか・・・。
目の前には、先程と変わらずに、立ち上がったままで、愚痴を叫びまくる旦那の姿がある。
あの様子では当の本人も、わからないという事なのだろう・・・。
「なんだァ? ドミヤァ、黙りしちゃって。腹でも痛いのかァ?」
すると、突然、叫ぶのを急に止めた旦那が、あいに焦点の合っていない視線を向けてきた。
このヒトはいきなり、何一つわからない土地に一人、置き去りにされたって事なのか・・・。
そう考えると、この酔っぱらいの境遇が少し、不憫に感じる。たまには、酔いたくもなるのだろう。
「旦那も、色々大変だったんでさね・・・。」
「おぉ!? なんだァードミヤァ。なんか、優しいじゃァねェーかァ!? よしッ!! ご褒美に撫でてやろうじゃねェかァ!!」
旦那はそう言うと同時に、机に身を乗りだし、あいの頭を抱え込んできた。
「うわッッ!! ちょっとッ! やめるでさッッ!! 顔が近いでさッッ!!」
「ナハハハッッ!! ドミッチ! 喜んでるみたいっすよォッ!! レンガさんッチューするっすッ!!」
更に、悪ノリ2号がとんでもない提案をする。あいは、必死に旦那から逃げようともがくが、体勢が悪い、力が入らない。
「ちょッ!! シーデッ!! 何とんでもない事を言ってるでさかッ!?」
「アレェー!? ドミッチ、照れてるんっすかァー?! 意外にウブなんっすねェー! レンガさんッいいからやっちゃえェやっちゃえェすッ!!」
「よしッ!! ドミヤッ!! 俺の渾身のチュウを食らえェッ!! そして、俺がお前の呪いを解いて、幼女から、少女に変えてやるゥッッ!!」
「げッッ!?」
そして、旦那の顔が自分の顔に徐々に近づいて来る。こいつ・・・。本気でさッ!!
あいは、身の危険を感じ、火事場の馬鹿力を発揮する。
「このエロオヤジッッ!! いい加減にするでさッッ!!」
そして、酒場一体に、パンッと激しい平手の音が木霊したのだった。
夜中、グレースはトイレに行きたくなり、目を覚ました。ベッドから、ゆっくりと上体を起こす。
なんか頭がクラクラする・・・。視界はゆっくりと動き周り、上手く焦点が定まらない。
自分が、いつここへ戻って来たのか、記憶が全く無かった。
横のベッドを見ると、ドミヤちゃんとシーデちゃんが一緒に寝ている。肢体を全開まで伸ばして、泥の様に眠るドミヤちゃんのその顔に、シーデちゃんのフワフワの尻尾が被せられていた。
「ふふふ・・・。」
その少し間抜けな光景に思わず、笑いが込み上げてくる。
反対のベッドには、レンガ様がイビキをかきながら、うつ伏せに眠っていた。
私は、ダルい身体に鞭を打って、やっとの思いで立ち上がる。そして、壁に手を当て、フラつく足取りで、廊下にあるトイレへと向かった。
ようやく目的地に辿り着き、用を足す。
何となく、先程、酒場でレンガ様の言った言葉を思い出す。
ー気楽にいけばいいと思うよー
今の私には、その言葉が、凄く嬉しかった。自然と頬が綻んでいるのがわかった。
私も、少しずつ変わっていければ、いいのかもしれない。そう思う事が出来たから・・・。
そして、グレースは再び、フラつきながらも、部屋へと戻って行った。
「う、ううぅ・・・。」
俺は朝目覚めると、最悪な気分だった。猛烈に響く頭痛と共に目が覚めた。まだ、軽くアルコールが残っているのか、まだ意識も朧げだ。
これは、飲み過ぎたのかもしれない・・・。その証拠に、昨晩の途中から全く記憶がない。
何とか、無事に部屋には戻って来てはいるみたいだが。
だが、そこで、少しおかしなものに気が付く。
自分の身体が、何か柔らかで暖かいものに覆われているのだ。更には、何やら甘い香りまで放っており、朝の元気な自分の分身が更に元気になり始める。
これは、一体なんだ・・・。
ボヤけた意識で、何とか自分を包むものを、ゆっくりと引き剥がしていく。
すると、その正体が判明した・・・。
「ッ!!」
それは紛れも無く、グレースだった。その少女の顔が自分の顔の数センチ先にあった。
あまりの驚きに固まっていると、その瞳がゆっくりと開かれた。
「あ、レンガ様・・・。おはようございます・・・。」
「あ、うん・・・。」
グレースはまだ、寝ぼけている様で、そう囁くと、再び瞳を閉じようとする。しかし、何かに気が付いた様に、今度は瞳を全開まで開けた。
そして、その顔はリンゴの様に真っ赤に染まった。
「ッ!!」
すると。
「ああァァッッーー!!」
今度は、ドミヤの叫びが部屋に全体に響いた。俺は、その声に驚き、ベッドから転げ落ちた。
「ふ、二人共ッ!? 朝ッぱらから、何やってるんでさかッ!?」
「んんぅ・・・。 なんすか? 朝からうるさいっすね~。何か頭が、痛いんすから静かにしてほしいっすよー。」
その声に、どうやらシーデも起きたみたいだった。
しかし、今はそんな事を冷静に分析している時では無いッ!すぐに、この誤解を晴らさなくてはッ!
「違うんだ! ドミヤこれは・・・。」
そう言って立ち上がると、自分に巻き付いていたシーツが滑り落ちた。いや・・・正確には、自分の下半身でその落下は止まっていた・・・。
それはそれは、立派なテントであった。
「このッッ!! 変態オヤジッッ!!」
静かな朝の宿には、乾いた平手の音が木霊していた。
そして、体調不良者が3人も出た為、この日の初狩りは延期となった。
お酒とは非常に怖いものであると、身を持って実感した今日この頃であった・・・。




