第21話 不思議な感覚
「どうした? シーデ、急がないと。」
伸ばされた手を見つめながら、固まっていたあたしに、レンガさんは言った。
「え・・・。あ、いや・・・何でもないっすッ!」
「取り合えず、増援が来る前に、ここから逃げよう!」
彼は更に促してきたが、あたしはゆっくりと首を振る。
「でも・・・あたしはここから出ても、衛兵に捕まったらどの道、終わりっすから・・・。構わず行って下さいっす。」
「どういう事だ?」
彼はあたしの言葉の意図をわかっていない様子で小首を傾げた。
「レンガさんが殺った男が、一応、今のあたしの主だったんすよ。だから・・・もし、あたしが王国の衛兵に捕まったら、処分されるんで、逃げるだけ無意味っす・・・。」
王国の亜人種は主を失った場合、大半は殺処分されるのである。
希に、何かに利用されて生かされる例もあるが、それは相当に異例であった。
「だから、レンガさん一人で行って下さいっす・・・。」
そう、これでいい・・・。もう、これで・・・。
そう言って、あたしは、いつの間にか伸ばし掛けていた手を引っ込めようとしたが。
「それなら尚更だ! 今は、出来る事を・・・ダメ元で一緒に行くぞ!」
彼は、引っ込めようとしていた、あたしの手を乱暴に引いた。
「えっ! ちょ・・・レンガさん!?」
「いいから行くぞッ!」
彼は、あたしの声を遮ると、手を引いたまま走り出した。あたしは、その手を振り払う事も出来ず、その後に只、続いた。
俺はシーデの手を引きながら、外へと続く階段を駆け上がる。
彼女は、全てを諦めている様子だった・・・。彼女の心中を察する事は出来なかったが、あのまま、ここに残して置く事は出来ない。
全部どうにかする、なんて無責任な事は言えないが、ここで会ったのも何かの縁だ。せめて、俺の出来る事はしたかった。
外へと通じる出口が見えて来た。恐らく、外にも見張りはいる筈だ。
俺は、まだ弾丸が残っている古式銃を右手に持った。
残りは2発・・・。長期戦はとても出来ない。牽制しつつ、この場から逃げ去るのが得策だ。
相手は、犯罪者なのだから、大通りに出てしまえば、追ってはこれない筈だ。
「なっ!? オイッ!! 貴様! 何をしているッ!!」
階段を塞ぐ様に、立っていた男がこちらに気が付き、大声を上げた。
くッ!! こんな近くにいるなんて!!
だが、此方は遭遇する可能性も考慮していた。
俺は、男が剣を抜くより速く、古式銃でその胸部を撃ち抜く。
「ぐ、がぁぁッッ!!」
まだ、見張りがいる可能性もあった。しかし、この狭い階段での闘いは避けたかった。
そう考え、崩れ落ちた男を飛び越え、外へと飛び出した。
その時、自分のすぐ横に、気配を感じ、振り向く。
そこには、此方へ両手で剣を構える男がいた。
「死ねっ!!」
男は短く叫ぶと、振り上げていた剣を此方へ降り下ろしてくる。
「くッッ!!」
殆ど、条件反射で、古式銃の引き金を引いた。
ダンッッ!!
射出された弾丸は、男の左肩付近を命中した。男は、その痛みに体勢を崩した。
だが、直ぐ様、右手だけで剣を持ち、刃を此方へ突き出してきた。
やばいッッ!!
そう思った時。
シーデが、自分の手を振り払い、横をすり抜けて行った。
そして、目に止まらぬ早さで、その身を回転させ、突き出されていた刃を宙へと舞い上げた。
それは蹴り、所謂、サマーソルトだ。
更にシーデは、間髪入れず、跳躍をする。すると、そのまま、男の背中に飛び乗り、首を掴み、地面に組伏せる。
それと、同時に舞い上がっていた剣が激しい金属音と共に、地面にぶつかった。
「ぐ、ぐあぁッッ!!」
苦痛の呻きを漏らす男は、完全に地面に羽交い締めにされ、無力化された。
す、すごい・・・。
彼女のあのスピードと身のこなし。恐らく、ドミヤを上回るだろう。とても、人間がサシで、やり合って勝てる相手では無い。
「レンガさん、こいつは、とどめを刺しちゃってもいいっすか?」
思わず、シーデの動きに見惚れていた自分は、その呼び掛けで現実に戻される。
そうだ・・・今は、ぼさっとしてる時じゃ無い。しかし、今の状態ならば、殺す必要までは無さそうだ。意識だけを刈り取ればーー
「オイッ!! お前ら、何をしているんだッ!?」
すると、突然、衛兵が此方へ駆け寄って来た。
くそッ! なんてタイミングが悪いんだ・・・。今、シーデの事が衛兵にバレたら・・・不味い。どうにか煙に、巻かないと。
「どうしたんだッ!? 喧嘩か!?」
衛兵があたしの目の前までやって来る。
ふぅ・・・。ここまでっすね・・・。
あたしは、全てを諦め、拘束していた男を解放した。
「いや・・・この男が、亜人種の密売をしていて、それでーー」
レンガさんが衛兵に事の成り行きを説明している。それに対して、あたしが解放した男が猛抗議をしていた。
でも、今のあたしの耳には、二人の声は何も入っては来ない。
あたしは自由に生きて来た・・・。もう・・・悔いは、無い。
「なるほど・・・。それで、そっちの獣人がその取引の物か?」
暫くして、話はまとまった様だった。審判の時が、訪れる・・・。
あたしは、覚悟を決めて視線を前に向けた。
「いえ・・・。それは、私の獣人です。そこの男たちに、拐われてしまって、それを自分が救出してこんな騒ぎに・・・。」
なッッ!?
あたしは、その言葉に驚き、思わずレンガさんに振り向いた。
「そういう事ですか・・・。」
その言葉に、衛兵はあっさりと納得した様子だった。
「ッ!! 嘘だッ!! その獣人は俺達が、外部から仕入れて来た代物だッ!!」
男はレンガさんの言葉に、更に猛抗議を重ねる。だが、衛兵はその男の口をピシャリと遮った。
「お前は、確か・・・前に、何度も窃盗罪で捕まった経歴があったな?」
「くッ!! でも、それとこれとは関係ないだろうがッ!! てめぇも嘘ついてるんじゃねーぞッ!?」
男は更に、怒り狂い、レンガさんに指を指した。
「いやいや、そんなことを言われても・・・。後、衛兵さん。そこの中で一度、自分も監禁されてしまって。中で何人か倒してしまいました。防衛の為とはいえ、少しやり過ぎてしまって・・・申し訳ないです。」
レンガさんは、いつもの口調とはまるで違った低姿勢で、謝罪した。
「いえ、問題は無いです。非は、この男たちにあるのは間違い無い様なので・・・。それに、この密売のグループは最近巷でも少し噂になっていまして。」
レンガさんは・・・この窮地をあっさりと、抜け出してしまった・・・。
それに、何故・・・あたしの事を庇うのか・・・。
「では、自分達はもう、遅いのでこの辺で、失礼しても宜しいですか?」
「あ、はい。ご協力、感謝します。」
衛兵はレンガに、軽くお辞儀をした。
「さぁ、行くぞ。」
レンガは、そう言うと、固まるシーデの手を引いて歩を進め始める。
その場には、衛兵に拘束されても尚、騒ぎ立てる男の怒号が響き渡っていた。
少し離れた路地。その暗がりから、その様子を見ている一つの人影があった・・・。
レンガさんに手を引かれたまま、黙って歩いていると、彼が声を掛けてきた。
「ふぅ・・・。もう、大丈夫そうだな。ちょっとヒヤヒヤしたけど、何とかなったな。」
彼は安堵の息を吐きながら、あたしの手を離した。
「アイツが、前科持ちだった事に助けられた感じだったけどな。」
「・・・。」
レンガさんはカラカラと笑った。でも、私はいつもの様に笑う事が出来ずにいた。
何故、彼はあたしを・・・獣人のあたしを、助けたのか・・・。理由がわからない。
すると、レンガさんは心配そうな表情であたしの顔を覗き込んでくる。
「どうした? どこか怪我でもしたのか?」
的外れな心配をする彼に、思いきって尋ねてみる事に決める。
「・・・レンガさんは、何であたしをワザワザ助けたんっすか? あの状況下であたしを助けるメリットなんて、何も無かった筈っすよ?」
あたしの問いに、彼は少し考える仕草を見せながら、再び口を開いた。
「いや・・・何でって言われてもな。特に理由は無いかな・・・。強いて言うなら、あの部屋から、連れ出しちゃったからってところかな・・・。」
「あたしは・・・獣人っすよ?」
そう、あたしと彼は違うのだ。
ヒトと獣人。それは強いたげる者と強いたげられる者。そんな関係だ。
「俺は、そう言うのよくわからないんだ・・・。変かもしれないけど。俺は俺、シーデはシーデ。それでいいんじゃないのか?」
「・・・ワケが、わかんないんっすよ・・・。」
意味がわからない・・・。でも、レンガさんが嘘をついている様子は無い、と思う。
でも・・・。何か、思惑があるのかもしれない。
あたしが、そんな考えに頭を巡らせていると。
「まぁ、お互い無事だったからいいじゃないか。取り合えず、俺の宿に来いよ。動いたから腹も減っただろ?」
あたしは、その単語を聞き逃さなかった。
「食い物があるんっすか!? 行くっすッ!!」
「なんて、チョロいんだ・・・。」
「レンガさん・・・。しっかり聞こえてるっすよ。」
彼は聞こえない程の声で言ったのだろうけど、獣人の聴力を甘く見ないで欲しい。一言一句しっかりと聞こえている。
「えッ?! ごめんごめん。」
「あたしの耳を舐めないで欲しいっすねー。まぁ、お詫びに、たらふく食べさせて貰うから、気にしなくていいっすよー。」
「わかったよ・・・。これは、また家計が厳しくなりそうだな・・・。」
あたしの頭の疑惑は晴れ無かったけど、少なくとも彼は悪いヒトでは無さそうだ。
今は、これで、いいだろう・・・。
シーデはレンガの後に続いて、夜の町を宿へと歩いて行った。
「旦那・・・。その子は、どうしたんでさか・・・。」
「レ、レンガ様・・・。」
部屋に戻ると、俺は二人から質問攻めにされていた。勿論、こうなる事は予想はしていたのだが・・・。
グレースからは軽蔑的な視線。ドミヤからは、女たらしとか、色ボケだの散々な言われようだった。
「だからッ! 違うって言ってるだろッ! 大変な目に合ったんだって! シーデからも何とか言ってやってくれよッ!」
「んん? あたしっすか?」
自分の隣でマイペースに干し肉を食べているシーデに助けを求める。
「んーまぁ、レンガさんが言ってるのは、ホントっすよー。でも・・・俺の宿に来いよって、ナンパされたのも事実っすねー。」
そう言うと、彼女は干し肉をくわえながらケラケラと笑った。
こいつ・・・。このタイミングでなんて、笑えない冗談を・・・。確かに、そう言ったのは事実だったが、そうなつもりで言った訳では、断じて無い。
「全く、旦那・・・。心配して損したでさよ・・・。」
「違、わなくは無いけども・・・。そういう意味で言ったわけじゃねーよッ!シーデも、誤解を生む様な言い方するなって!」
「まぁまぁー、レンガさん。そんなに熱くなっちゃダメっすよー。落ち着いて落ち着いてー。」
誰のせいで熱くなってる思ってるんだッ!
自分のそんな気持ちとは裏腹に、シーデは相変わらず、呑気に尻尾振りながら、干し肉を食べ続けている。
すると、突然、グレースが立ち上がった。
「・・・レンガ様、私は少し、湯編みに行って参ります。・・・失礼します。」
そう言うと、此方の返事も待たずに、グレースは部屋から出て行ってしまった。
「あッ! 姉さん、あいも一緒に行くでさッ!」
それに続いて、ドミヤも一緒に部屋を飛び出して行った。こうして、部屋には、自分とシーデだけが残された。
「・・・あたし、何か悪い事しちゃったっすかね・・・。」
「・・・まぁ仕方ないだろ。誤解なんだし、すぐに晴れる、と思うよ・・・。」
グレースは恐らく、置いて行った事を怒っているのだろう・・・。まぁ、こういう時は、時間を置くに限る。
だが、その後、二人が戻って来てからも、部屋を包み込む空気は、なんとも重苦しかった。
仕方なく、今日は大人しく就寝する事にしたのだった・・・。
その夜、皆が寝静まった後。シーデは静かに起き上がり、窓際の椅子に座っていた。
月の光を受けて、怪しく光るその瞳には、眠るレンガの姿が写っていた。




