第15話 贖罪の時
レンガは、この土壇場で閃いた妙案を、実行に移す為、再び動き始める。
まず、足元に落ちている剣を、ゆっくりとした動作で拾う。
剣って、結構重いんだな・・・。
そんな感想を抱きつつも、グリップをしっかり握る。
「ほぉ・・・。離れてチマチマと攻撃するのは、もうやめたのですか?」
こいつ、やっぱり俺が古式銃を使う事に身構えていたのか。なかなか、斬りかかって来ないから、おかしいとは思っていたが・・・。
つまり、それは、古式銃の攻撃を避ける事が出来るという、自信があるからだ。
先にお手付きしていたら、ヤバかったかもしれないな・・・。
「おまえ・・・。俺と剣でやり合うつもりか?」
「何だ? 貴様・・・剣も使えるのか?」
「当たり前だろ。元々、こっちが本業なんだからよ・・・」
それは、勿論、真っ赤な嘘だ。剣の振り方すら、よくわかっていない。だが、ここは、ブラフを効かせる事に意味がある。
「前に、火竜だって倒してるんだ・・・。お前は、火竜の肉を食った事はあるか?」
「くだらん嘘だ・・・。あんなもの・・・倒せる人間なんている筈がない!」
そんな吐き捨てる様な言葉とは、裏腹に、クリストから少しの動揺を感じる。
すると、突然、グレースが会話に割って入ってくる。
「本当です。それが切っ掛けで、私はレンガ様にお供してるんですから・・・」
「な・・・何だと・・・。」
簡単に言い切るグレースの言葉に、微かな信憑性を感じたのか、今度は明らかな動揺を見せ始める。これは、もう一押しでいけるかもしれない。
「大体・・・おまえこそ、剣なんて使えるのか? いつもデカイ盾に隠れて・・・。それが、お前の騎士道なのか? 一人、亀みたいになってるヤツの、どの辺が美しいのか、俺に教えてくれよ・・・」
「貴様ぁ・・・。」
今度は、奴の怒りを煽る様な言葉を並べ、次々とぶつけて行く。その効果は、抜群の様だ。
「あの・・・炎流剣か? あれだって、人に見せびらかすのに持ってるだけなんだろ? そんなに目立ちたいなら、いっそ、亀の甲羅でも付けて闘うのはどうだ? そんな奴、見た事ないから、さぞ・・・人気者に成れるぞ」
安い挑発を店頭に並べ、次々とクリストに売り付けていく。クリストは、その浴びせ掛けられる暴言の嵐に、先程まで余裕の表情は吹き飛んで行く。
「ちょっとでも、悔しいって思うならな・・・。俺の一太刀くらいは、ちゃんと受け止めて見せてくれよ? 美しい亀の隊長さんよッッ!!」
そう言い放ち、俺は、地面を思いっきり蹴って、クリストに駆け寄った。そして、見よう見まねで剣を振り下ろす。
ギィン!!!!
「くっ!」
二人の間を、激しく金属の刃がぶつかり合う。そして、刃越しの力比べが始まった。
俺とクリストの体格に差はない。筋力は殆ど互角な筈だ。
それに、これだけ至近距離で刃を交えてしまえば、もう・・・技術もへったくれもない。
「このガキぃ・・・」
クリストは、レンガとの均衡する鍔迫り合いに、低く唸りを上げる。
このガキは絶対に許さない・・・。自分に幾度と噛みつき、あろう事か、怪我まで負わせたこの男を・・・。
王国の、隊長である自分に対して、ここまでつかかって来る奴は初めてだ。絶対に・・・この手で八つ裂きにしてやる!
しかし、そう意気込み、更に力を込めて押しやるが・・・まるで均衡は崩れない。
クリストは剣を用いる闘いはあまり得意では無かった。普段は専ら。盾を用いる闘いのみで、無防備な相手に止めを刺す時以外では、使う事はほぼ無い。
レンガが適当に並べた暴言は、遠からず当たっていたという事だ。
だが、クリストも術具の所有者。自分の持つ術具の特性には、直ぐに気が付く。
そうだ・・・! この術具はこうゆう場面でこそ、真価を発揮する物だ!
自分の突発的な閃きに、思わずほくそ笑む。
そして・・・術具を起動させようと、剣の柄を握り直した。
レンガは、そのクリストの動作を見逃さなかった。
奴は今、確かに、柄を握り直した! これは、間違いない・・・!
そう、確信したレンガは、固く目を閉じ、次の行動に備える。
次の瞬間・・・。クリストの刀身から、凄まじい発光を発しながら、炎が立ち登る。
その熱を、肌で感じると、レンガは目を瞑ったまま、クリストの腹部を蹴りを叩き込み、後方へと飛び退く。
すると、突然、クリストの絶叫が広間に響き渡った。
「ぐああぁぁぁぁぁぁ!!」
クリストは剣を取り落とし、両目を押さえて悲鳴を上げ続ける。持ち主の手から、離れた術具は地面に落ちるのと同時に、その効力を失う。
クリストは、突然の光に完全に目をやられていた。
失明こそ、してはいなかったが、この暗闇で、あの強い発光を・・・しかも、至近距離で見てしまったのだ。
まるで、目を抉られた様な、激痛がクリストに襲いかかっていた。
「うわぁーー!! 目がッ目がァッッーー!!!」
何かどこかで、聞いた様な台詞だな・・・。
光の気配が消えた事を感じ取り、レンガも目を開ける。その目の前には、両目を強く押さえつけ、悶絶するクリストの姿があった。
だが、その時・・・。レンガは、自分の身体にも違和感を覚えた。まるで、チクチクと、針で指されている様な痛みが、右手に感じられたのだ。
「ッッ!!」
見ると、自分の右の二の腕に火が灯されていたのだ。だが、まだその火はかなり小さい。俺は、焦ってその火を叩き、消そうとする。
「くっ!」
しかし、火の勢いは収まるどころか、ドンドンその火力は増して行く。やがて、激しさを増して来た炎は自分の肉を焼き始める。
「うあぁぁぁぁぁッッッ!」
忽ちに、襲いかかる激痛に悲痛の叫びが漏れる。
しかし、突然、その痛みから解放された。気付くと、全身がずぶ濡れになっている。
な・・・何が、起きた・・・。
横を見ると、グレースが少し離れた水溜りに膝を付き、此方に手を掲げていた。
「大丈夫ですか!? レンガ様!!」
「グレース!?」
グレースが自分に対して、水の術を放出してくれたのだ。
その水には、治癒効果こそ無かったものの、彼女の咄嗟の機転で自分に引火していた炎は完全に消えていた。
黒ずむ右腕の具合を確認する様に、動かしてみる。まだ、微かに痛みを感じるが、大した事は無さそうだ。
そして、クリストに目を向ける。彼は、未だ、目を押さえ、土下座でもするかの様に地面に伏せている。
その口からは、小さな呻き声も聞こえる。
「森の時とは逆の立場だ、クリスト。でも・・・俺はおまえみたいな、甘い事はしないぞ」
俺は、許しを乞う様に、踞るクリストに銃口を向ける。
「これで・・・終わりだ、クリスト」
そう言い放つと、引き金を引いた。
しかし・・・。
ガキッ!
撃鉄は勢いよく倒れた。が・・・何も起きない。
なんだ?! 後、一発・・・残ってる筈だぞ!?
直ぐにもう一度、撃鉄を起こし、引き金を引くが、弾丸は発射されない。
「・・・あっ!!」
そうだ、水で火薬がーー
そう思いかけた時・・・。クリストが咆哮を上げ、猛烈な勢いで体当たりをして来た。
「ぬあああぁあぁぁぁぁぁ!!!!!」
「ぐっっ!!」
すごい勢いで地面に叩きつけられ、一瞬息が止まる。
完全にマウントポジションを取ったクリストは更に、奇声を上げる。そして、手をめちゃくちゃに振り回し、レンガを激しく殴打し続ける。
「ふざあけるなぁ! ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁ!!」
その狂気に満ちた顔はまるで、別人。血走り充血した目で、レンガを睨み付ける。
レンガは顔の前に腕を組み、幾度と無く繰り出される殴打から身を守るのが精一杯だった。
すると、クリストはその手を一瞬、止める。そして、自分のブーツに備え付けてあるナイフを取り出し、それをレンガの顔面目掛けて、一気に振り下ろす。
「しねしねしねしねぇ!! 殺してやるぅぅぅ!!!」
レンガは咄嗟の反応で、そのナイフを持つ手を受け止める。しかし、この余りにも不利な体勢・・・。
振り下ろされる刃は、じわじわとレンガの顔面に近づいて来る。
くそ・・・! 凄い力だ・・・。このままでは、確実にやられる!
だが、この状態をひっくり返す術はない。自分に出来る事は、只、この迫るナイフを力で押し退ける事だけだった。
余計な考えは捨て、両手に全ての力を注ぎ込む。
「ぐうぅぅぅッッ!!」
ドンッッ!!!!
突如、何かがぶつかった衝撃が、クリストの身体越しに自分へ届く。それと、同時にクリストの腕の力が消えていった。
「レンガ様!!!!」
声の先を見ると、グレースが手錠されたままの両手で剣を持ち、それをクリストの背中に深々と突き立てている光景が見えた。
「うぅぅ・・・・う・・・」
クリストは、悲痛の呻きを上げ、そのまま横向きに倒れる。そして、生まれたばかりの赤ん坊の様に丸まり、クリストを中心に、大量の血の池が形成される。
俺は、その光景を何とも言えない気分で見下ろした。
更に、広がりを続ける紅い液体は、彼の命が外へ漏れ出している様だった。
彼の傍らに転がっている、もう一本の剣を拾い上げる。
もう、彼はこのまま放って置いても、直に・・・死ぬだろう・・・。
でも・・・苦しむ、のたうつ彼を、楽に。
いや、それは、只、自分がその光景を見ていたくないだけなのかもしれない・・・。
「クリスト・・・。これで、終わりだ・・・。」
切っ先をクリスト胸元へ、垂直に向ける。
クリストはその動きを察知して掠れた声で、何度も囁く。
「や・・・めて・・・。殺さ、ない・・・で・・・くれ・・・。」
涙を溢し、助けを求め続けるクリストの姿に、目を瞑りたい衝動を駆られる。でも・・・ここで、目を瞑ってはいけない。そんな、気がする・・・。
だから、せめて・・・お互いの苦しい時間を終わらせる為に・・・言葉を紡ぐ。
「悪い・・・。それは出来ないんだ。すまない・・・。そして、さよならクリスト・・・。」
彼に最後に言葉を与えると、両手に力を入れる。
グッシュゥゥゥゥ・・・
刃が、クリストの胸の中へ差し込まれて行く。そして、自分の手には、水分をたっぷり含んだ雑巾を絞っている様な、水っぽい感触が広がる。とても・・・嫌な感触だ・・・。
彼は、剣が差し込まれ行くごとに、口からゴポゴポと、紅い泡を漏らしていく。
俺は・・・その光景を、見続ける・・・。目は離さない。時間の流れが永遠と思える程、長い・・・。
やがて・・・クリストは完全に動かなくなった。
こうして・・・真夜中の死闘は終りを告げて行った・・・。




