第14話 終らない死闘
「おーい! 聞こえないのか!!」
クリストは、何度も外へ向けて、大声で怒鳴り続ける。その表情には、徐々に焦りの色が出始め、その口調も荒さを含み始める。
俺はそんなクリストを余所に、装填を済ませ、火を灯した煙草を足元に置く。
これで、手筈は整った。
「おい! クリスト!」
「おまえは、まだ、気が付かないのか?」
「・・・何の、事です?」
「これだけ呼んでも、返事がない・・・。そして、俺がここにいる。それが、何を意味しているか・・・もう、わかるだろ?」
しかし、彼は未だ、怪訝の表情を崩そうとしない。これは、驚く程、鈍感な奴だ・・・。
俺は、そんな彼に呆れ、大きく溜め息を吐く。
「もう少し、早く気付くと思ったが・・・。クリスト・・・普段、脳ミソ使わないもんだから、退化しちゃったんじゃないか?」
そう、脳も筋肉と同じで、使わなければ衰えていくのだ。
普段、クリストは、常に集団の中に身を置いている。自分の身を守る為、そして、自分を強く見せる為に。
だが、それは間違いという訳ではない。
弱い個体の人間は古来より、群れを成す事で、外敵から身を守ってきた。自分達よりも強大な天敵に、数で対抗して来た。だから、彼の様に群れを作り、そこに身を置く事も、また生物の知恵の一つである。
だが、そこでデメリットも生まれる・・・。それは、思考力の低下だ。
まず、強い安心感が得られる群れを得る事で、危機感が失われていく。次に、何かトラブルが起きた時に、責任の押し付け合いが始まる。それは、無意識化に始まり、本人も気が付かない事である。
これだけの人がいれば、誰かが、やるだろう・・・という感じにだ。
この様に、一度、偽りの安心感を得てしまうと、そこから向け出す事も出来ず、徐々に自分の思考を捨ててしまうという悪循環に嵌まる事になってしまう。
彼も、また、そうなっていった人間の一人であった・・・。
「貴様は、さっきから何を言っている・・・。大体、一人でここへ来てどうするつもりだ。もう、先程の事を忘れたてしまったのか?」
「おいおい・・・。今は、俺の事を気にしてる時じゃない筈だろ? これじゃあ、おまえに付き従ってた部下も浮かばれないな・・・。」
クリストはその言葉を聞いて、ようやく事態を飲み込み始める。そして、先程からずっと保ち続けていた表情を崩し、目に見えた様に狼狽し始めた。
「お・・・おまえ一人で、どうにかできる訳があるまい!!」
「いつ、一人だって言った! ドミヤ!! 右だ!!」
最後にクリストに言い放つと、後方に控えているであろうドミヤを呼んだ。
「へい! 旦那!!」
その声と同時に、漆黒の闇の中から、一つの影が飛び出す。それは、レンガの横をすり抜け、真っ直ぐグレースの元へ駆け抜けた。
「くっ!!」
クリストが、突如、部屋へ侵入して来たドミヤに狙いを絞り、駆け寄ろうと動く。だが、レンガは直ぐにその動きを察知し、クリストに向かって引き金を引く。
シュッダン!!!
ガンッ!
「ぐっぅ!」
クリストは辛うじて盾で身を隠し、弾丸の直撃を避ける。
流石に、警備隊長・・・。その反応速度は、伊達ではない。
しかし、クリストは盾に身を潜めたまま、明らかな動揺を起こしていた。次々と起こる不測の事態に、次の行動を決めかね、棒立ち状態になっている。
そんな隙に、ドミヤはグレース元に辿り着く。
そして、クリストは動きの止めたドミヤの姿を確認すると、怒りに目を見開いた。
「あっ!! 貴様は!!」
「あ、隊長さん、毎度でさ。また、術具壊しちゃってごめんでさ」
そんな反省の色など微塵も感じられないドミヤの態度に、クリストは更に怒りを強めた。
「このガキぃぃぃ!!!」
激昂するクリストは、ドミヤに襲いかかろうと動き出す。
レンガは再び、引き金を引く。
シュッダン!!!
ギンッ!!
「ぐぁっっ!!」
クリストはまたもその弾丸を盾で弾いたが、今度は一瞬、反応が遅れた。盾の端で弾いた弾丸は、彼の足を掠める。
突如、襲いかかるその痛みに、クリストは片膝をついた。
「余所見してんなよ! 敵はこっちにもいるぞ!」
クリストは片膝をついたまま、怒りに染まる瞳をレンガに向ける。
「この野郎が・・・。」
ドミヤは壁に足を付け、グレースと壁を繋ぐ鎖を渾身の力で引っ張る。すると、石壁ごと崩れ落ち、張り付けられていたグレースは壁から開放された。
グレースは、そのまま、前のめりに倒れ、両手を地面付ける。
「ドミヤちゃん、ありがと!」
よし!完璧だ、ドミヤ!!
俺は解放されたグレースを横目で確認すると、新しい古式銃を抜きながら、ドミヤに叫ぶ。
「ドミヤ、行くぞ!!」
ドミヤはレンガの声に軽く頷き、目の前のグレースそっと耳打ちをする。
「姉さんも・・・」
クリストは、そんな二人のやり取りを見て、目を白黒させ、更に同様を見せる。
「な・・・何だ!? こ、今度は何をするつもりなんだ!?」
そんなクリストの様子を見て、俺は思わず、口許を緩ませる。
そうだ・・・もっと動揺しろ! お前のその精神的な脆さ・・・そこに、存分に漬け込ませて貰うぞ!
レンガは元より、この遺跡の広間でクリストと闘う事は想定していた。
ドミヤから、簡単な地形については聞いている。それに基ずいて、闘いを有利に運ぶ算段は、既についている。
細かな、地形まではわからなかったが、そこまで知る必要はない。一番重要だったのは、この部屋の明るさ・・・それだけだったからだ。
俺は、固く目を閉じ、古式銃の銃身を持つ。そして・・・この部屋の唯一の光源、目の前にあるランタンをグリップエンドで思いっきり叩き割った。
光源を失った広間は、一面、暗闇に包まれる。
「あ・・・な、な、何だ!? 何が起きているんだ!?」
目を閉じている自分の耳に、激しく悲鳴を上げるクリストの声だけが届いてくる。奴の光に慣れきっていた目は、今、暗闇に全く対応出来ずいる筈だ。
そして、レンガは一呼吸置いてから、ゆっくりと目を開けた。
よし・・・。見えるぞ。
前もって目を閉じておいた効果で、レンガの目はいち早く暗闇に慣れていた。
しかし、部屋はかなり暗い為、完璧に見える訳ではないが、キョロキョロと動揺して動く、クリストのシルエットはハッキリと確認出来る。
「ドミヤ!」
「りょうかいでさ!」
それを合図に、ドミヤとグレースも目を開く。
そして、レンガは足元に隠して置いた火の点いた煙草を拾い上げ、クリストの向かって左側に放り投げる。
煙草は放物線を描き、飛び、やがて、地面に落ちると、バッと激しい火花を上げた。
クリストは突然、現れたその光源に向かって、素早く盾を身構える。
「そこか!!」
ドミヤはその動きを確認すると、ドミヤに対して背中を向ける様に構えるクリスト、目掛けて石斧を投げ付けた。
ガイィン!!!!
「ぐぅぅ!!」
石斧はクリストの盾の内側に当たった。そして、激しい金属音と共に盾は、主の手の中から逃れる。
シャァァーーーーーーーー・・・・。
盾は飛ばされた勢いのまま、広間の済みへと滑って行く。
これで、おまえの厄介な武器は、もう・・・無いな!
俺は、勝利を確信して、口許を緩ませた。そして、丸腰になったクリストに引導を渡そうと、古式銃を構え、引き金を引いた。
これで・・・終わりだ! クリスト!!
シュッダン!!!
「ぐあぁぁ!!」
「なっ!?」
撃ち出された弾丸は、クリストの左肩を掠めた。鮮血を上げているものの、致命傷には至ってはいない。
しまった・・・外した!?
直前のドミヤの攻撃の衝撃にクリストが大きく身体を揺らした事が、大きな要因ではあった。
しかし、攻撃に移る前、自分は強く勝利を確信してしまった・・・。その油断と慢心が、この結果を呼び込んでしまったのかもしれない・・・。
だが、今は反省会をしている時ではない! 直ぐに、次の行動に移さなければ!
時間が経てば、やがて、クリストの目も闇に慣れてしまう・・・。そんな、焦る気持ちが出てくる。
「だぁぁぁぁ!!」
すると、ドミヤが手繰り寄せた石斧を手に、クリストに飛び掛かった。ドミヤもまた、同じく短期決戦を望み、クリストの健在を確認するやいなや、次の手に打って出ていたのだ。
「キサマラぁぁぁぁ!!」
しかし、クリストはその叫びに反応して、血走っている目を、自分へと迫るドミヤに向けた。
ガンッ!!
「うっ!!」
怒り任せに、繰り出したクリストの前蹴りがドミヤの胴体に叩き込まれた。
寸分の差であった・・・。それは完全に体格の差、ドミヤとクリストのリーチの差が勝敗を決めていた。
ドミヤはその蹴りに勢いよく飛ばされ、折れた石の柱の角に盛大に叩きつけられ、地面に倒れ込む。そして、その動きを完全に止めた。
「ドミヤ!!」
俺はドミヤに向かって叫ぶが、反応は返っては来ない。
打ち所が悪かったのか、意識を失ってしまったのか・・・。今はそれを確認する術は、自分には無かった。
すると、やっと暗闇に目が慣れてきた、クリストが腰の剣を抜く。
「ふふふ・・・。やっと、貴女方の姿も見える様になって来ましたよ・・・。」
どうする・・・。弾丸は後1発・・・。これを外したら、もう自分には攻撃手段がない・・・。
打って変わって、窮地に追い込まれ、焦りの気持ちが沸き上がってくる。
だが、この距離なら・・・古式銃を持つ自分の方が優勢の筈だ・・・。
そう思う気持ちもあるのだが、同時に、もう一つの考えも首をもたげる。
奴には、既に3発の射撃を行っている。しかし、その全部が防がれるか、外されている・・・。
次も、もし・・・。そんな考えに頭は支配される。
せめて・・・何かで、隙を作る事が出来れば・・・。
「もう・・・快進撃は終わりですか? 今度は・・・焼き殺すさずに、じっくりと切り刻んでやるぞ!」
俺はクリストのその言葉を聞いて、あること思い出した。
ドミヤが遺跡に向かっている時、言っていた事をーー
「あいつの剣の炎は・・・術具は、何なんだ?」
ドミヤの案内の元、クリスト達の夜営地に向かう道中で尋ねてみる。一瞬、ドミヤに自分の境遇を明かしていない事をすっかり忘れ、純粋に聞いてしまいそうになる。
「あれは炎流剣って術具で、こう・・・両手で握って柄の部分を回すと炎が出るって仕掛けなんでさ」
やはり、あれが術具なのか。なるほど、確かに、あれは凄い物だ。
しかし、少し疑問に思う事もある。
「でも、斬るのにわざわざ、炎が出ても、そこまで意味はないんじゃないのか?」
見た目のインパクトは相当の物ではあったが、斬って致命傷を与えられる相手ならば、炎を纏う必要性は薄い気はする。場合によっては、あの炎で敵の注目を集めてしまう事さえある気がしてならない。
「あれには、用途があるんでさ。あの隊長さんに関しては、周りにアピールする為に、よく使うみたいなんですが・・・。本来は当て太刀、受け太刀した時に、作動させて、相手を火ダルマにするって使い方をするんでさよ」
なるほど・・・。確かに、あの炎を纏った状態の刃を、受け太刀などしようものなら、一瞬で燃え移りそうだ。
それなら、攻守に渡って役に立つ場面は多そうだ。
「でも、まぁ・・・近接攻撃が出来ない俺には、あんまり関係ない術具だな」
「まぁ、そうかもしれないでさね」
そうだ、ドミヤは確か、そんな事を言ってた・・・。そして、今、奴はその術具を抜いた。これじゃあ、ますます俺の勝機は薄れていくな・・・。
あの術具がある限り、奴とインファイトするのは、もはや絶望的である。まぁ、でも、どの道、闘いのど素人の自分が、直接やりあった所で到底、勝ち目などある筈もないが・・・。
思えば、さっきの暗闇包まれた時・・・あの術具を使われたらまずかったな・・・。
あっ・・・でも、そんな事をしたらーー
そう考えた時。雷鳴の如く閃いた・・・。
「さぁー。どうしました? 此方から、行きましょうか?」
クリストは自分に優勢が移った事を確信して、余裕の表情で薄ら笑いを浮かべている。
だが、レンガには、そんな事は何も気に無らなかった。そして、今、レンガの足元には一本の剣が転がっていた。
それは、外の見張りが投げ飛ばした剣だ。
それを、目にしたレンガは脳裏で、全てのピースがはまった。
ドミヤ・・・。あの術具、どうやら俺にも、大いに関係がある事になりそうだ・・・。




