第12話 鬼が生まれる時
レンガは落ち着きを取り戻すと、一人、野営地に戻って来る。
そこに、ドミヤの姿はなかった・・・。
クリストの口ぶりからして、ドミヤは・・・あの一団と何らかの関係があったのは確かだ。恐らく、逃げたのだろう。
溜め息を吐きつつ、もうすっかり火力が弱まっている、焚き火の前に腰を下ろし、タバコに火を灯す。
これから、どうするか・・・。
勿論、あの一団を追うという事は決まっている。しかし、奴等がどこへ向かったのか、わからない。
あの騒動の後、すぐに追わなかった事を、今になって猛烈に後悔していた。
とんだ失態だ・・・。
このままでは、グレースがどうなるかも、わからない。奴等の様子を見るからに、最悪の想定をした方がいいだろう。
そんな考えから、焦りが募り、勢いよく腰を上げた。
仕方ない・・・。奴等が行った方向を闇雲にでも、探すしかない!
ガサッ!
すると、突然、森の中からドミヤが飛び出して来た。
もう、二度と会う事はないだろうと考えていたので、驚いてしまう。
「おまえ・・・何、やってんだ? こんな所で?」
ドミヤはその言葉に目を細めて、明らかに不機嫌な表情を見せる。
「何って? あいが、居たら、そんなに嫌なんでさか?」
そして、暫しの沈黙が訪れる。
やがて、沈黙を破る様に俺はゆっくりと口を開く。
「・・・ドミヤ、おまえ・・・あそこに居たんだろ?」
ドミヤはその問いに俯きながら、暫しの間を開けてから、口を開いた。
「・・・・居たでさ。」
「やっぱりか・・・。」
これだけ静かな所で、あれだけ派手に闘っていたんだ。ドミヤは気付かない筈がないとは思っていた。
そんな事を考えていると、ドミヤが俯いたまま、伺う様にこちらを上目遣いで見てくる。
「・・・怒らないんでさ?」
そのドミヤの問いに少し笑う。
「別に怒らないよ。それに、あそこでドミヤが乱入しても事態が好転したとも思えないしな・・・。下手するともっと、悪くなったかもしない・・・」
ドミヤは目を丸くして驚いている様だった。そして、いきなり、深々と頭を下げた。
「・・・旦那。ありがとうでさ・・・」
そんな珍しく、しおらしいドミヤの様子に驚きを隠せなかった。
だが、それよりも、今は気になる事があった・・・。
「それよりおまえ・・・追われてるみたいだけど、それは知ってるのか?」
「それは、あいもさっき知ったでさ・・・。本当でさ・・・。」
そう言って、再び俯いてしまう。
でも、俺はその言葉が本当だと信じられる理由があった。
「信じるも何も・・・。寧ろ、追われてるんだったら、王国に行く、なんて言わないだろ?」
それは指名手配者が、わざわざ警察署に行く様なものだと思う。
まず、自ら行こうとは言い出さない筈だ。
「何か追われる、心当たりはあるのか?」
「多分・・・さっきの大盾の男に個人的に追われてるみたいでさ・・・。王国は、そもそも一匹の亜人何かを、一々相手に何かしないでさから・・・」
そのドミヤの言葉に、今一、要領を得られない。
個人的な恨み・・・って事なのか?
「もう・・・こうなってしまったら、全部喋りますでさ・・・。」
ドミヤは大きく溜め息を吐いてから、語り出した。
「あいが工房をクビになったのは・・・。あの男の、大事な術具を壊したからなんでさ」
「それで責任取らされたって事か・・・。」
一回のミスで、クビとはなかなか厳しい世界だな・・・。
「ちょっと、生成に失敗してしまって、それで見事に弾け飛んでしまったでさ・・・」
ドミヤは恥ずかしそうに、頭をぽりぽりと掻いた。
「でも、少しの一回のミスで・・・クビが飛んじゃうなんて、ドミヤは大変な所に居たんだな・・・」
「いや~。それが割りとよくあることで・・・あの男だけでも、かれこれ20回目なんでさ・・・。」
前言撤回だ。やっぱりこいつはだめだ、早くなんとかしないと・・・。
そんな下らないやり取りをしていて、あっ、と思い出す。
「ごめん! ドミヤ、今はのんびり話してる場合じゃなかったんだ!」
そういって走り出した俺を、ドミヤが声を掛けてきた。
「あいつらの居場所なら、あいがわかるでさ」
思っても見なかった発言に、その足を止めた。
「どうしてーー」
そう言い掛けると、ドミヤは怒んないで聞いてくだせっ、と言ってから話し出した。
「あの時、旦那がやられた後・・・。あいは奴等を付けてたんでさ。そもそも・・・奴等をここに呼び込んでしまったのも、あいのせいですし・・・。それにーー」
ドミヤが言い終わる前に、歓喜のあまり、ドミヤに抱き上げていた。
見た目通りに軽い身体は、簡単に宙を舞う。まるで、子供を高い高いしている様な光景だ。
「やるじゃないか! ドミヤ!!」
ドミヤはレンガの突然の行動に、驚き固まっていたが、やがて盛大に暴れ始める。
「やめるでさ!! あいは、子供みたいに振り回さすんじゃないでさ!!」
文句を言い続けるドミヤを、気が済むまで振り回した後、地面に下ろす。
「すぐに行こう!」
「わかったでさ・・・。全く・・・」
そして、必要なものだけ持ち、足早に野営地を後にした。
「あそこで、野営しているみたいでさ」
森を向けた先、山岳地帯にある無数の岩の影に、ドミヤと二人、身を潜めていた。
ドミヤが指を指した先を見る。そこには、崩れ掛かった遺跡があった。
遠目に、ランタンを持った男が外に二人立っているのも見える。
あの建物を根城として使っているわけか・・・。
「ドミヤ、あそこの遺跡の中が、どうなってるかはわかるか?」
「大丈夫でさ。前に、仲間と来た時、探索した事があるでさ。確か・・・あの中は、大きな広間が一つあるだけだったでさ」
なら、外に見張りが2人、中の広間にクリストを含め、3人って事か・・・。
相変わらず、5対2と、不利な状況は変わらないが、今は時間の猶予がない。
直ぐに、何かしら決行しなければ、グレースの身が危ない。
「早く、何か、いい手を考えないと・・・」
「旦那。姉さんの身は多分、安全だと思いますでさ」
すると、ドミヤが突然、不可思議な事を言い出す。
「えっ? なんでだ? 何か確信でもあるのか?」
「エルフ種は術具の開発に大変、貴重な種なんでさ。だから、殺すよりも、無傷で王国に連れ帰るほうが栄誉なるみたいなんでさぁ・・・。恐らく、奴等はその目的で姉さんを捕縛したんだと思うでさ。」
ドミヤの意外な知識に少し感心した。
思わず、腐っても王国技師なんだな・・・などと、失礼な感想を抱く。
しかし、術具の開発にエルフを使う? 一体、どういう事なのか・・・。
昼の道中でドミヤから少し聞いたのだが、術具とは、ヒト種が術を用いる為に使う、所謂、中継器の様な武具らしい。
個人個人で適正などがあり、使える物は限定されてしまうみたいだが。
しかし、まだまだ、色々と研究段階の武具らしく、不完全の物が多い様との事。
だとすると、その術具の研究や、改良にエルフの協力が必要になるってところか・・・。
色々と、ドミヤに聞きたい所ではあったが、こんな所で悠長に話している時ではない。
後で、ゆっくり聞く事にしよう。
取り合えず、一時、グレースの身の心配から解放され、じっくりと辺りの地形と見張りの動きを観察する。
この地形ならば、気付かれずに近づく事は出来そうだ・・・。
あの馬鹿貴族・・・快適な野営地を選んだ事に感謝するぞ。
そういえばと、気になった事をドミヤに尋ねてみる。
「ドミヤは闘えるのか?」
今は猫の手も借りたい状況。ドミヤも戦力として数えられるならば、とてもありがたい。
「任してくださいでさ。姉さんみたいに術は使えないでさが、ヒト種なんかにゃ、力じゃ絶対に負けないでさ!」
そういえば、ドミヤに引っ張られた時があったな・・・。腕が、千切れるんじゃないかって程の怪力だった気がした・・・。
ドワーフ種は術が使えない代わりに、筋力が特質している種族なのだろう。
すると、ドミヤは背中側の服の中から、何かを取りだし、此方に見せてきた。
その手にあったのは、何とも頼り無さそうな、くたびれた石製の斧だった。
「何だこれ? どこかで拾ったのか?」
その言葉を聞くと、ドミヤは怒った様に目を吊り上げ、猛抗議してきた。
「なっ! 相変わらず失礼でさ! これが、あいの武器でさ!」
そう言うと、柄の部分に取り付けてある紐を持ち、石斧を空中にブランブランと振って見せてくる。
「それを投げて攻撃するわけか」
「そうでさ! 見た目よりも、丈夫なんで安心してするでさ」
ケタケタと笑いながら胸を張る。
強度が平気なら大丈夫か。あの怪力から放つならば、かなりの威力なるのだろう。
しかし、ドミヤが戦えるとなると、大いに助かる。これは、何とかなるかもしれない。
「じゃあ、ちょっと色々と考えるから、何も話しかけないでくれ・・・。」
「なんか、いちいち、言い方に棘がある気がするでさ・・・。」
そして、文句を言うドミヤを尻目に、打開策を練り始めた。
ドミヤは特にする事も無くなり、何となく星空を見て、物思いにふけっていた。
・・・何で、あいは、こんな事してるんでさか・・・。
確かにこうなってしまった事には、責任は感じている。しかし、だからといって、命を張る必要はない筈。
この闘いに勝利したとしても、自分には何のメリットもないのだから・・・。寧ろ、後々、色々と面倒な事にもなりそうである。
そもそも、何故、彼等に付いて行ったのか。それは、旦那の存在である。
仕事も住む場所も失った、あいは完全に路頭に迷っていた。
ヒト種ならばまだしも、只の一介のドワーフ如きが、そこから生計を立て直す等、不可能に近い。
そんな時、出会ったのがこのヒト種の旦那だ。
そこそこの身なりをしていて、更には術具まで保有していた旦那は、自分の救いの光に見えた。
このヒトに付いていけば、自分は助かるかもしれない。そう、強く思った。
だが、蓋を開けてみれば、一文無しで、ヒト種の常識すら、まるで持っていない様子・・・。
このヒトは一体、何者なのだろうか・・・。
星空から、旦那の方へ視線を移す。彼は、岩影から身を乗り出し、辺りを忙しく見回し、何やらぶつぶつと呟き、考えている様子。
何故、連れているエルフ一人にあそこまで、熱心になるのか・・・。変わったヒトである。
でも・・・そう考えて、一つの違和感に気が付く。
何故・・・自分は、あの時、クリストの後を付けたのかと。
あの時、自分が取れる最善は、早々にあの場から逃れると事だった筈。なのに、何故、態々彼等の後を追い、更に旦那の元へ戻ったのか・・・。
しかし、それについては、自分の中で確信の様なものがあった。
旦那は、絶対に姉さんを助けに行くと・・・。
何でそう思ったのかはわからない。でも、旦那と話していて、そう感じたから。
まだ、半日しか一緒にいないが、そう感じていた。
旦那が、姉さんや自分に向ける目と仕草。それは、今までヒトが自分達、亜人種に向けるものとは異なっていた。
自分達を、下に見る訳でも、避ける訳でもなく・・・。只、同じ目線で接し、それが当たり前の様な・・・。そんな感じ・・・。
自分に失礼な事ばかり言ってくる事は腹立たしいのだが、ちょっと不思議で変なヒトだ・・・。
すると、今まで考え、固まっていた旦那が、動き出す。
「よし、ドミヤ。ちょっとこっちに来てくれ。」
「はいはい。直ぐに行くでさよー。」
レンガは考えをまとめ終え、これから行う攻撃の段取りをドミヤに事細かに説明すると、一旦、ドミヤとは別れ、お互い遺跡の近くに移動し、再び身を潜めていた。
正直、ドミヤがちゃんと覚えられているかすごく心配であった・・・。本人は、記憶力には自身があると、言ってたが、今一信用出来ない。
もし、手筈を少しでも誤れば、奇襲は台無しになってしまう・・・。
大まかな流れは、外と中の見張りを波状攻撃で一気に撃破し、あわよくば、クリストの寝首を刈る。それが無理ならば、2対1で仕留めるというものだ。
奴等の装備等を見るからに、敵を探知する道具や、通信する道具などは持ってはいない筈。
ならば、闇に紛れての奇襲はかなり有効と踏んでいる。
問題は、声を上げさせる間もなく、鎮圧するという事だ。
だが、それについては、敵が見張りを分担してくれた事が、功を奏してくれた。
各個撃破に、更に奇襲という要素が加われば、自分の古式銃は無類の強さを発揮してくれる。
後は、奥にグレースと共にいると思われるクリストの存在。
古式銃の弾丸を易々と弾く、強靭な大盾がかなり厄介だ。おまけに、グレースを盾に使われる心配まである。
更に、腕もそれなりに立つ。
ドミヤ曰く、奴は王国の外部の警備隊長らしい。
あの妙な騎士道精神と、慢心さえ無ければ、相当の手だれなのだろう。
だが、先の闘いの中・・・奴の弱点も見つけた。
常に、回りに己の強さ、尊厳を見せつける様に振る舞うあの仕草。・・・あれは、自己評価の低さ、強い集団への固執からきているものだ。
集団の中に、その身を置いて、己の弱さを隠している典型的な人間。
そんな人間は、集団から離れ、孤立した時・・・その精神は非常に脆い。
孤独への不安、恐怖に全身を蝕まれ、その心は泥船の如く決壊していく・・・。そこに大きな隙が生まれる。
普段、回りから持て囃され、守られているクリストには、孤独というのは無縁の代物。自分がそんな状況に追いやられるなんて、夢にも思っていないだろう。
ならば・・・。そんな状況を、此方が作ってやればいい・・・。
そんな事を考えていると、これから自分が人を殺すという事が、現実味を帯びてくる。
勿論、過去に人を手に掛けた事などある筈もない・・・。自分が、こんな事をする日が来るとは思ってもいなかった。
出来れば、こんな事はしたくはない・・・。
しかし、奴等は、自分に・・・グレースに、刃を向けた・・・。
ならば、此方も、全力でそれに答えるしかない。向けられた刃を振り払い、先に刃を突き立てるしかない・・・。
微かに震える右手に力を入れ、強引にねじ伏せる。
俺は・・・。今だけは・・・。人の心を捨て、鬼を宿す・・・!!




