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希望のフリントロック  作者: 猫丸 玉助
第1章 葛藤の放浪
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第10話 抑えられない衝動

今はグレースとドミヤの三人で焚き火を囲んでいた。

昼食の後、日がある内に、少しでも距離を稼いでおこうと、ひたすらに歩き続けた。

だが、山岳地帯を抜ける前に、日は暮れ始め、たまたま見つけた、小さな鍾乳洞の入り口で今夜は野営する事にした。


「旦那~。飯にしましょうでさ。もう、限界でさ~」


ドミヤは少し前から、それしか言わない。腹が減った、あそこなら飯が食べやすい、そんな事ばかりだ。

今まで、グレースと二人で歩いていた時、それは静かなものだった。


しかし、ドミヤが合流してからは、まるで壊れたラジオの様に、引っ切り無しに何かを喋っている。

明るい雰囲気になっていいのかもしれないとも思うが、この飯時の時間はうるさいの一言に尽きる。

甲子園の試合開始前のように、アーアー!と大音量で騒ぐもんだから堪らない。


「もう、わかったよ。グレースは食べれそうか?」


今日は、ほとんどしゃべっていないグレースに尋ねる。

座って何か考えて込む様に焚き火を見つめていたが、呼ばれたことに気が付き、こちらに振り返る。


「あ・・・。はい。私は食べられます」

「やたでさ~!」


グレースのその言葉を聞いてドミヤが歓喜の声を上げた。

はぁ、とため息をつきながら、三人で晩飯の準備を始める。


はしゃぐドミヤを追いやる様に水汲みに行かせると、先程、鍾乳洞で拾った原石の様なものを取り出す。

その取り出した原石に気が付いてグレースが尋ねて来た。


「レンガ様 それは?」

「これは岩塩だ。これで、料理に味付けができると思うんだ」


鍾乳洞で火薬やらを調達している時、たまたま見つけた代物だった。

ドミヤに見つかると早く早くと急かさせそうなんで、こっそりと隠して置いた。

それと、今日ずっと気になっていた事を、口にする。


「なんか、うるさいやつを勝手に加えちゃって・・・ごめんな」


自分は騒がしいのも多少は慣れていたが、グレースの村の様子を見てるかぎり騒がしいのはあまり得意では無さそうだった・・・。そして、後になってから、勝手に加えた事に責任を感じていた。


「いえ・・・。私はなら大丈夫です。もう、少し慣れましたから・・・」


口ではそう言ってはいたが、気を使っているのが目に見えてわかる。


「それに・・・今までこんなことはなかったんで。もっと慣れれば、賑やかなのも楽しく感じられると・・・思います。だから、あまり、気にしないで下さい」


こうは言っているもののこれで、わかりましたとは言えないし、言いたくなかった。

せめて、何かで気を紛らわしてあげる事でも出来れば・・・。

腕を組んで考えを巡らせていると、あるものに目についた。


何となく、ずっと付けっぱなしにしていた祖父の腕輪だ。

女性の機嫌が悪い時は、プレゼントが効果大! とかいう雑誌の記事を、昔、目にした様な記憶がある。

でも、それは少し安直な上、物で釣るのも汚い気もしたが、背に腹には変えられないか・・・。


「これ、良かったら受け取ってくれないかな? 前に俺の術具とかの綺麗な装飾品とか好きそうだったから」

「え・・・。」


そう言って、トルコ石が散りばめてある腕輪をグレースに差し出す。

グレースは突然、その差し出された腕輪を見て固まっていた。


これは、幾らなんでも、急すぎたか・・・。

地雷を踏んだかと思い、冷や汗が流れ出しそうになる思いだ。


「え、でも・・・これは、とても、高価なものなんですよね?」


グレースは遠慮がちにそう返してきたが、その目はレンガと腕輪を交互に行き来している。

その反応に勝機を見出して、更に攻めて見る。


「いいんだ。グレースにはお世話のなりっぱなしだし・・・。それに、ほら」


シャツの下にいつも付けている、トルコ石のネックレスを見せる。

祖父に貰ってから、只、なんとなく付けっぱなしにしているアクセサリーだ。


「この石は魔よけ効果とかあって・・・まぁ、つまり、良くない事から身を守ってくれるらしいんだ。だから、二個付けてても、仕方ないから、一つをグレースに上げるよ」


実際、それは本当の事らしいが、自分はそんな事はまったく信じていない。今は、それをこじ付けの様な言い回しで使っただけである。

そして、未だ、戸惑っているグレースの腕に、半ば強引にそれを嵌めた。

グレースはあっと短く声を上げたが、特に抵抗する素振りはなかった。そして、彼女の細い腕に、腕輪が付けられると、彼女はそれを、暫く見つめていた。


「・・・あ、ありがとうございます。レンガ様・・・その、とても嬉しいです」


彼女はその腕輪を手で押さえながら、満面の笑みを浮かべた。


やっぱり、こういうアクセサリーじゃ女の子が付けてこそだよな・・・。じいちゃんの物を勝手にあげちゃったけど、これだけ似合ってれば、文句はないだろ・・・。


夕焼けの光を浴びて、その腕輪は彼女の腕で輝きを放つ。

ほんのり紅く染まる彼女の綺麗なブロンドとそのトルコ石・・・そして、その笑顔がとても神秘的なものの様に見えた。


「綺麗だね・・・。」

「えっ・・・」


それは無意識に、声に出てしまう。

何を言っているんだと、思った時には既に、遅かった・・・。

彼女は驚いた表情で、その顔がみるみると赤くなっていく。


「あっ! いや・・・何でもないよ! 忘れて!」

「え、いえ・・・。大丈夫です!」


恐らく、真っ赤になっているのは、彼女の顔だけではないだろう・・・。

このままだと、恥ずかしさから余計な事を口走ってしまいそうな予感がする。だが、その考えが、更なる焦りを呼ぶ。


「ご飯の準備は出来てるでさか!!」


すると、突然、ドミヤがその空気をぶち壊す様に元気に戻って来た。


ナイス!! ドミヤナイス!!

この、何とも気まずい空気を一撃で払拭してくれた、ドミヤの功績に心から賛美した。

ドミヤの評価が自分の中で少し上がった気がする。


「ああぁ~! まだ焼いてないじゃないでさ!」


今ならば、どんな叱咤も受け入れますとも。

今回ばかりは、文句一つ言わず、救世主ドミヤの為にせっせと働いた。


「まぁ、ドミヤ、そう怒らないくれ。今回はとっておきの、隠し味があるんだよ・・・」

「はぁ? 旦那~変な事して、折角のお肉を不味くしないでくれでさ!」


相変わらず、口の悪いヤツだな、と思いながらも、黙って調理を続ける。

そして、焼いている肉に岩塩をナイフで削って振り掛けて、それを二人に渡した。


「なにでさこれ! ちょ~うまいでさぁ!!」

「ほんと・・・すごく、美味しいです」


ただ塩を振っただけなのだが、二人ともかなり気に入ってくれたみたいだ。

思えば、村で出された食事には、味付けは一切されていなかった。

この世界には、調味料類は普及していないのだろうか・・・。


すると、暫く、夢中で肉を頬張っていたドミヤが、唐突に口を開いた。


「そーいえば、旦那。これって、何の肉なんでさ?」

「これは火竜の肉だよ」


その返答にドミヤは、目を丸くした。


「へ!? 火竜ってあの飛んで、火吹くやつでさ?!」

「そうそう、それ」


しかし、ドミヤは疑惑の目をこちらに向けつつ、フンと鼻を鳴らす。


「旦那・・・また、あいを騙そうとしても、もうひっかからないでさ!」


そこにグレースが割って入り、今だ疑うドミヤを窘めた。


「本当ですよ・・・。村を襲いに来た火竜を、レンガ様が退治してくれたんですから」

「もう・・・姉さんまでぇ。これ以上あいをからかわないで下さいでさ~。で、ホントは違うんでよね?」


その言葉にグレースは無言で首を横に振った。


「・・・・・・・ほんと、なんでさ?」


少し間を空けてから、苦笑いを浮かべつつ、ドミヤは再びグレースを覗き込んで、もう一度。確認する。


「本当です」


グレースは笑顔で、きっぱりそう言い放った。


「・・・あい、旦那には・・・これから、もう少し優しくして見ようかと思うでさ」


ドミヤは無表情に遠い目をして呟いた。

俺はその顔を見てぷっ、と噴出す。

でも、グレースの機嫌が少し、良くなって気がする。俺は、心の中で、日本の雑誌の記者にそっと感謝した。





晩飯も食べ終わり、辺りはすっかり暗くなっていた。

ドミヤは食べ終わってからは、別人の様に大人しい。いや、もう半分寝ているからか・・・。

グレースは腕輪を余程気に入ってくれたみたいで、晩飯以降しきりに、それを眺めている。

俺はというと、タバコを吸いながら、焚き火で堅砂利を溶かし、弾丸のストック作りに勤しんでいる。

もしもの時の為、ストックは多いに越した事はないだろう。


ともあれ、日が落ちた後は、特にする事がない。各々、ひと時の自由な時間を過ごしているという訳だ。


すると、グレースがゆっくりと立ち上がった。


「レンガ様・・・少し、失礼します」


多分、トイレだろう。

特にそれには何も言わず、片手を上げ、どうぞと答えると、グレースは森の中へ入って行った。


俺は一旦、作業を止め、軽く欠伸をする。


このペースなら、後2日くらいで王国に着けるか・・・。

俺は、慣れない長距離ウォーキングで、すっかりクタクタになっていた。

今までの人生の中で、これだけ歩き続けた事なんかないだろう。

それに加え、今日はテントもない状態での夜営・・・。しっかりと寝れるかも、怪しい所だ。

危険な野生動物に襲撃されるかも、という心配が尽きない・・・。

早く、落ち着ける所でゆっくり休みたい所ものだ。


この世界の首都か・・・。

自分はまだ、この世界の自分と同種、ヒト種には出会った事がなかった。彼らが、どの程度の文明を持っているか、すら不明である。


それに、エルフと彼等の関係性・・・。

恐らく・・・あまり、良いものではないだろう。

自分の憶測では、エルフとヒトの関係性は、絶対的な主従の関係、そんな感じだ・・・。

ドワーフについては、まだ、わからないが、やはりエルフと同じ様な感じなのか。


自分の世界とは違う、知的生物が複数いる世界・・・。実際、それがどういった形で形成されているのかは、見当もつかない。

横では、ドミヤが、もう、完全に眠っている。まるで、子供の様に小さな身体を、丸め、器用に座ったまま寝息を立てている。


確かに、ドミヤもグレースも、身体的に違う生き物というのは、自分にはわかる。

でも、彼らと一緒にいて、言葉を交わし、わかった事。それは・・・。

違う生き物でも、友好的な関係を築ける・・・。そんな気がしていた。


そして、自分の肩を軽く揉み、再び、弾丸製造作業を再開した。






グレース、やけに遅いな・・・。


もう、彼女がこの場から去って、そこそこの時間が過ぎていた。幾らなんでも、遅すぎる。

何か嫌な予感を感じて、適当な木の棒の先に焚き火を灯し、グレースの行った方向へ歩を進めた。

相変わらず、夜の森には慣れない。静寂の空間に時折、風が木々を揺らす音に、未だビクビクする。

いきなり、恐ろしいものでも、飛び出して来るのではないかと想像してしまう


ちっぽけな松明を便りに、木々の中を進みながら辺りを見回す。

グレースの姿は、まだ確認できない。声を出して呼んで見るか、と思った時。


「す、すみません! やめて下さい!」


大きめなグレースの声が、自分の向かう、少し先の方向から聞こえて来る。俺は、直ぐ様、走り出した。


森の木々が一旦、終わり迎えた、ちょっとした広場、そこにグレースを囲む様に男が5人立っていた。


「グレース!」

「レ、レンガ様!」


こちらの存在に気が付き、彼女は涙目で振り返った。

勿論、取り囲んでいた男たちも一斉にこちらを見る。

その男達は、中世の騎士の様な軽装な鎧を身に纏い、腰には剣を携帯している。

身なりからして、彼らは王国の兵士なのだろうか。だが、彼らが纏っている空気には、友好的なものは感じられない。

何か、異質な・・・ものを感じる。


「これは、あなたの家畜ですか?」


そのうちの一人、背中に巨大な盾と赤いマントを付けた男が、こちらへ丁寧な口調で尋ねてきた。

長身で綺麗に切り揃えられた銀髪、小さな整った顔。そして、綺麗な刺繍が施されている革の鎧。

この集団の中で、一番気品のある格好をしていた。恐らく、彼が、このグループのリーダー。

それに、耳が尖ったり、背丈が異常に低い訳ではない事から、彼らがこの世界のヒト種と言う事で間違いなさそうだ。


だが、彼の口から飛び出た言葉は、その身なりとは対照的な、乱暴な単語だった。


家畜・・・。

それは、あまりに聞きなれない単語だ。

一瞬、それが何を指しているのか、わからなかったが、直ぐにそれが指しているものを理解した。


「そんなのじゃないですよ・・・。彼女は・・・。」


彼の質問に苛立ちが募り、思わず声のトーンが低くなる。


「そうですか・・・。では、仕方ありませんね」


男は小さく溜め息を吐くと、横にいるグレースの腕を強く掴んだ。

その男の、突然の行動に驚きの声を上げる。


「何をする?!」


男はレンガの疑問に対して、鼻で軽く笑い飛ばし、言った。


「決まっているでしょう? 罪人は連行します」

「罪人?・・・何を、言ってるんだ?」


男の言っている意味が理解出来ない。

罪人?・・・何の罪だっていうんだ?


「この辺りはぎりぎりですが、王国の厳重区域です。家畜達の、主人抜きでの立ち入りは厳罰です」


厳重区域・・・厳罰・・・。男の口からは、次々と、よく分からない単語が飛び出してくる。

俺たちは、只、歩いていただけなのに、何の厳罰だっていうんだ?


「ヒト種である貴方は、よくわかっているでしょう? まぁ、このエルフには何の事かわからないでしょうけどね・・・。ふふふ・・・。」


男はグレースを横目に見て、笑いを溢した。

詳しくはわからないが、何となく男の言っている罪がわかった。

恐らく、この辺りには、侵入禁止区域の様なものがあるのだろう。そこに、ヒト種以外が侵入する事は禁止されている、そんな所か・・・。


「あの・・・でも、彼女は知らなかったんじゃないですか? それに・・・彼女は自分と行動を共にしているんです。だから、何か罪を問うなら、自分が聞きます・・・」


少し納得がいかないが、仕方ない。彼女をこんな所で見放す事なんか出来はしない。

ここは下で出て、様子見るしかない。

しかし、男はその言葉を聞くと、不敵な笑みを浮かべ鼻を鳴らした。


「しかし、先程は違うと言いましたね? 今さら、覆す事は出来ませんよ。規則ですから」


男は取り付く島も与えずに、ばっさりと斬り捨てた。


どこの世界にも、こういうヤツってのは・・・いるもんだな・・・。

口開けばやれ規則だ、やれ決まっている事だの・・・。少しは、自分の頭で考えろよ。

そんな事を考えてしまい、更にイライラが高まっていく。


男は、こちらのそんな心情を余所に、相変わらず落ち着き払った様子で、何かを思い出した様に尋ねてきた。


「そうでした・・・。あなた、この辺りでドワーフの少女を見かけませんでしたか?」


それを聞いて、直ぐに誰の事を指しているのかわかった。ドミヤの事で間違いないだろう。

だが、今一、信用できないこの男に話す義理もない。


「さぁ・・・知らないな」

「そうですか・・・。では、あなたはもういいですよ。私達も、これで失礼します」

「あ、ちょっと待っーー」


男はこちらの言葉に耳を貸さずに、きびす返し、グレースの腕を乱暴に引っ張った。

彼女は、何も言わず、その動きに身を任せ、とぼとぼとぼとぼとと歩を進める。

先程から、ずっと俯いていた彼女の顔から、一瞬、幾つかの水滴が溢れ落ちたのが見えた。

後は、身体が勝手に動いていた。


「おい・・・。ちょっと、待て・・・。」


低く、絞り出す様な声で呼び止める。その手には、いつの間にか古式銃が握られていた。


男達は振り返る。そして、レンガの手に武器の様な物が握られているのを見て、腰を落とし、剣を抜いた。

そんな様子を見たグレースは、悲痛の叫びを上げた。


「いけません!! レンガ様!!」


取り巻きに守られながら、先程の男が、不気味な笑みを浮かべ、レンガに小さく呟く。


「まだ・・・何か、あるんですか?」


5対1か・・・。状況は最悪だな・・・。

完全に勢いで、行動してしまった。でも、もう退く事は出来ない・・・。

こいつは・・・こういう奴は、俺がわからせてやる・・・。

この状況で、勝てるビジョンすら浮かばなかったが、自分の闘志には激しく燃え上がっていた。


「やめた方が、懸命ですよ? 今ならば・・・まだ間に合います」


男は、溜め息混じりに言った。

だが、そんな男の言葉は、レンガの耳には届いてはいなかった・・・。



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