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風詠と蟲姫  作者: 彩ぺん
三章 ペジテ変動と蟲の民の復活

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三つ子娘と姫と妃2

 シュナ達が廊下に出ると、廊下の壁にティダがもたれかかって腕を組んでいた。その隣にはパズーがビクビクしながら立っている。パズーの足元の廊下にアピと呼ばれる子蟲が立っていた。ペシペシとパズーの靴の甲を打楽器のように前脚で叩いている。


「これは愛くるしいお嬢様方、揃いも揃ってどちらへ?」


 見たこともないような甘ったるい微笑みを浮かべるティダに呆気にとられた。笑顔を向けられた三人娘達がラステルとシュナの前にズンと立ちはだかった。


「私達お世話役になりましたの」


「湯浴みへご案内するところです」


「殿方はご遠慮あそばせ」


 ふーんとティダが三人娘を値踏みするように観察し、それからシュナを見つめた。


「君たちそっくりだ……僕は」


 三人娘に声を掛けようとしたパズーをティダが押しのけた。


「護衛もつけずに何処へ行くつもりだ?」


「こちらの可愛らしい世話係が沐浴へ連れて行ってくださるそうだ。昨晩のような扱いはたまったもんじゃない」


 ティダを言いくるめるのは無理だろうなと思いながら、昨夜急かされるように湯を浴びさせられたことを非難材料にしてみた。ティダの目が却下と訴えている。


「アピ君おいで。一緒に行きましょう。これで良いかしら?」


 ラステルが呼ぶとブーンとアピが飛んできてラステルの頭の上に乗った。シュナは思わず身を(すく)めた。


「まあアピスの子ね!」


「蟲を(なだ)めた英雄よ!」


「ノアグレス平野を虹色に輝かせたのを見たわ!なんて可愛らしい!」


 シュナとは逆で三人娘はきゃあきゃあとアピに手を伸ばした。青い三つ目のアピは三人娘をそれぞれ見てからブーンと飛んでティダと三人娘の間に空中静止した。


「君達、ただの使用人ではないな」


 そっとアピを横にどかすと、珍しく穏やかな口調のティダが愛想笑いを浮かべた。こんな態度も出来るのかとまたしても面食らう。


「そうよ。お世話係よ!」


「まあなんてフカフカ。目もくりくりと大きくて愛らしいわ」


「ええ、ええ、ぜひ遊びましょう」


 ララだけはティダの質問に答えたが、リリとルルはティダなどまるで眼中に無いと無視した。アピを抱きしめて産毛をサワサワしている。三人娘を眺めるパズーの顔が羨ましそうなのは気のせいだろうか。


「貴方達アピ君と話せるの?」


 ラステルが羨ましそうに尋ねた。これは勘違いではなさそうだ。


「ルルだけですよ」


 ララも羨ましそうだった。これもおそらく的を得ている。


「少しだけです!」


 照れたようにルルがはにかんだ。シュナは混乱してきた。蟲を恐れる自分が異端な気がしてくる。大人しくリリの腕の中にいるアピが何だか可愛く見えてきた。


「では心強い護衛も付いたし行きましょう」


 さらっと歩き出したラステルの腕をティダが掴んだ。


「おい!ふざけているのか!」


「痛いわ!離して頂戴!」


 ラステルが叫ぶと目を赤くしたアピがティダの顔の前で威嚇(いかく)するように前脚をバタつかせた。


「女性に乱暴はよして!」


「非紳士的な方ね!女性の湯浴みを覗こうなんて破廉恥(はれんち)だわ!」


「そうよそうよ!変態なのね!」


 アピの下に三人娘が並び腰に手を当ててティダを見上げた。怒りで頬がピクピクしているティダにシュナはトドメを刺すことにした。


「無礼な不届き者なんです。私が代わりに謝ります。あとでよく言い聞かせますから。お許しください。さあ行きましょう」


 今にも爆発しそうなティダの肩をパズーが叩いた。


「一旦引いた方が良くない?あー多分この様子だと大丈夫じゃないか?」


「か弱い妻を心配だっただけです。過保護をお許しください可憐なお嬢様方」


 額に浮き出た血管が切れそうな程怒張しているティダは憎々しげに、しかし穏やかそうに笑った。


「それは仕方ないわね。胞病(ほうびょう)は大変な病ですもの」


「薬液の湯はきっと効果あるわ」


「献身的な殿方ね。こちらこそ非礼を謝ります」


 三人娘は揃ってティダに頭を下げるとさっと歩き出した。ララがシュナの手を引き、リリがラステルの手を握った。ルルの頭にアピが乗って体を小刻みに左右に揺らす。


「どうせ付けてくるぞあの男。鼻が良い」


 シュナはラステルに小声で告げた。


「まるで番犬ね」


 ラステルが掴まれた腕を痛そうにさすった。番犬とは少し違うと言いたかったがシュナが口を開く前にララがウインクした。


「次の角を曲がってすぐに隠し扉があります。追ってはこれませんよ」


「ペジテ大工房は私たちの迷宮ですもの。少し歩幅を大きく、優雅に早く歩いてください」


 さあ、と言われて小走りになると背後から嫌な気配がした。絶対にティダが付いてきている。殺気がまるで隠れていない。


「振り返らないで。ああ本当に怖い方」


「でもやっぱりとても格好良いわ」


「ララは趣味が悪いのね」


 ルルが愉快そうに肩を揺らした時、廊下を右折した。すぐさまルルが右手の壁に掌を掲げた。壁が動いて目の前に階段が現れ、シュナが仕組みを確認する前に三人娘がシュナとラステルを隠し通路の方へ押した。


「お姉様達やお兄様にも秘密なのよ」


「お二人が初めてです」


「偽りの庭にお友達を呼ぶのも初めてですのよ」


 リリがスカートの中、足に付けていた短い棒を出した。薄暗かった階段通路がぼうっと橙の灯りに照らされる。


「とっても名誉な事なのね。私達を庇って勇ましかったわ」


 ラステルが褒めると三人娘は破顔した。あまりの穏やかな光景にシュナは疑惑を抱くのをつい忘れた。陰謀(いんぼう)渦巻く毒蛇の巣なら今頃廊下に死体が転がっているだろう。シュナは特殊な環境で育ったのだと改めて自覚した。


***


 階段はずっと下まで繋がっている。


「疲れました?」


 ルルがアピを抱きしめて撫でながらシュナを気遣った。正直アピに近寄りたくないが、想像よりずっと安全そうだ。


「トルトルルルル、トルトルルルルル。ルルルルル」


 ルルがのんびりとした歌を口ずさむ。


「トル?」


 ラステルがルルに尋ねた。


「分かりませんわ。アピ君がそう歌っているんです」


 シュナにはブブブブブブという小さな鳴き声にしか聞こえない。アピはルルの腕の中で左右にゆらゆらと触覚を揺らしている。深い藍色の三つ目はよくよく見れば宝石のようだ。


「着きましたわ」


 一歩先に進んでいたリリが両腕を広げた。階段の終わりは広間だった。切れ目のない灰色の石の円形広間。ルルが中央に走っていった。シュナ達を手招きする。


「浮遊石で移動します。怖かったら座っていてくださいね。さあアピ君、今から楽しい遊びよ」


 ルルがアピから手を離して、右掌を床にぺたりとつけた。


「浮遊石?母上から聞いたことがある。古代の電気工学……っ!」


 床が下に丸くくり抜かれてそのままゆっくり落下し始めた。アピがルルの頭上に飛び立って自ら飛行してついてくる。円柱の床がシュナ達をどんどん地下へと運んでいった。しばらく経つと巨大な空洞に出た。薄暗いがキラキラと無数の白い光が煌めいている。


「まあ綺麗。星空みたい」


 ラステルが感嘆の声を上げた。シュナも息を飲んだ。


「古代のガラスの破片が混ざっているのよ」


「古代?」


 シュナの隣でラステルが首を斜めに傾けた。二千年前の文明を古代と呼ぶと教えてあげた。想像がつかないようでラステルは反対側に首を傾けただけだった。更に地下へと進んでいく。


「ペジテ大工房の地下は古代の負の遺産にまみれた遺跡。許可された採掘場以外には大技師しか入れないのよ」


「本当は入ってはいけないの。お父様は私達を見逃しているけれどね。お兄様も知らないわ。秘密にしてね」


「絶対に秘密よ」


 こんな簡単に機密を漏らし、秘密の場所へと招き入れるとは三人娘の愚かさにシュナは呆然としてしまった。


「ルルかお父様が居ないと入れない。どんなに手酷い拷問をされても招けない。心身共に健やかでないと入れない場所なの。だから別に良いのよ」


 ルルが一生懸命後ろをついてくるアピを応援するように手を振った。


「でも信じているのを忘れないで」


 ララが真剣な眼差しでシュナを見つめた。


「信じることは難しい。それでも先に心を開きなさい。お父様の教えよ」


 リリがラステルに、にこやかに告げた。ラステルが即座に首を縦に振った。


「いつでも殺されると疑え。決して気を許すな。信じられるのは生き様だけだ。ララさん、リリさん、ルルさん。恩には恩を仇には仇を返す。それが母上の教えだ」


 何故か三人娘はきゃあきゃあとシュナに抱きついた。ラステルがシュナに敬意の視線を投げた。こんな風に誰かと打ち解けて、日の当たる道を歩くために泥水を(すす)って生きてきたのかもしれない。そう思いたいほど胸が詰まった。円柱の床が水平方向に動き始めた。まるで道があるようにゆっくりと進んでいく。


 瞬く輝きにシュナは祈りを込めた。シュナが毒蛇の巣から毒の牙を抜けるようにと。

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