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風詠と蟲姫  作者: 彩ぺん
三章 ペジテ変動と蟲の民の復活

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大狼兵士の秘密1

 争いの原因も全体像も分からないうちに、ペジテ大工房とノアグレス平野に平穏が訪れた。巨大な爪痕を残して。


***


 見たこともない体の中に液体を入れる管に繋がれている。寝ていたのかとセリムは周りを見渡した。ラステルがセリムの脇の椅子に腰掛けて手を握って眠っている。ラステルの膝の上にはガンの幼生"アピ"が脚を折りたたんで、羽もねかして乗っかっていた。灰色の三つ目。声もしないし眠っているのだろう。


 夜か明け方か?どのくらい時間が過ぎたのだろうか。


「やっと起きたかセリム」


 声の方向に顔を向けると大きなソファの中央ににどかりと座ったティダがニヤリとした笑みを浮かべていた。ティダの隣にはちょこんと腰掛けて目を閉じて俯いているシュナ。反対隣には口を開けて眠るパズーが座っていた。


「全員起きろ!」


 ティダが吠えた瞬間に全員がパチリと目を覚ました。アピが驚いてラステルの膝から飛び立って周囲をうかがった。ラステルがセリムから手を離してアピを抱きしめる。


〈ヘンテコ人間起きた。遊ぼう〉


 ラステルが「アピ君大丈夫よ」と宥めたが、全く見当違いだとセリムは苦笑してアピを撫でた。パズーがビクビク頬を痙攣(けいれん)させながらアピを見つめる。パズーに抱きつかれそうになったティダがパズーの足を踏んだ。


「っ痛!なんでお前は毎度そんな乱暴なんだよ!」


「耳元で五月蝿(うるせ)え!あんな小さい蟲一匹にビビってるんじゃねえ!臆病者が!」


 言い合いをはじめそうなティダとパズーを呆れたように眺めたあと、シュナが大きくため息を吐いた。


「病み上がりに申し訳ございません。お加減は?直ぐに話がしたいと聞かないもので」


 シュナがセリムとラステルに軽く頭を下げた。チッと舌打ちしてティダがソファの背もたれに腕を広げた。


「あのお坊っちゃん一人じゃ頼りにならねえ。セリム、お前が間に立つというなら全部話してやる。夫婦揃って血塗れになるつもりはあるのかよ?」


 嘲笑うようにティダがラステルを睨んだ。


「唐突に何の話だティダ?ラステル?」


「我等は反乱軍です」


 ラステルが口を開く前にシュナが告げた。


「元々囮として戦争に駆り出されました。王の暗殺はことごとく失敗。我が母の故郷、ペジテ大工房への支援要請は無視されて逆賊として生き残る事を決意しています。これから祖国へ帰り我が軍と可能な限りの民を救うつもりです」


 セリムは顔をしかめた。どういうことだ?


「私、シュナ姫を助けたいの。あとティダ皇子に命を助けてもらったわ。きちんと恩を返したい」


 体を起こしながらセリムは全員を見渡した。彼等はいつの間に知り合い、何があったのだろう。


「僕がラステルを迎えに行っただろう?」


 パズーが踏まれた足の甲を撫でた後セリムを見た。


「ああ、ありがとうパズー。お前の批判は的を得ていた。しかし悔しかったよ」


「怖かったんだからな!折角ラステルの所まで行ったら誰かに狙撃されたんだ!」


「そこの出来損ない女を(さら)おうとしたグルド兵だろう」


 ()()()()()女。何故その名称を知っている?セリムが疑問を口にする前にティダは続けた。


「お前が欲しいものは俺の道と同じはずだ。俺はベルセルグ皇国へ返り咲く。戦争しようという愚か者共を全部潰す」


「ちょっと待ってろよ!僕が話しているんだ!」


 はいはいと告げてティダがパズーの頭を小突いた。パズーはティダを睨んだが睨み返されて背筋を伸ばして体を震わした。セリムは思わず笑い出しそうになったが、パズーに怒られるので止めた。


「それで何だっけ。狙撃されて宙に投げ出された。ラステルが助けようとしてくれたけど二人して落下した。そこをこいつが戦闘機で助けてくれたんだ」


 フンッとティダが鼻を鳴らした。


「そもそも何で空の上で抱き合って浮気してたんだよお前ら」


「浮気⁈違う違う違うからなセリム!」


 慌てて手を振って否定するパズー。そんな事は知っているのに酷く動揺している。ラステルが少し赤くなってぶすくれた。何だ?


「唄子の歌で蟲を(なだ)めるつもりだったの。途中までは順調だった。でも突然意識を失くして、気がついたらパズーと空にいた」


 ラステルが不安そうにセリムを見上げた。


〈姫はセリムが死んで悲しんだ。それで(レークス)が怒った〉


「アピが言うには僕が死んで蟲が怒ったと。僕は蟲の家族だからだ。ラステルもよく分からないが蟲と繋がっているから、人間の所は危ないと連れていかれたんだ」


 アピが嘘だとセリムの膝に飛び乗ったが産毛を撫でて「ラステルには色々と秘密だ。僕とお前達で守らないと」と心の中だけで呟いた。アピが納得したと頭部を揺らす。


「いや、蟲がペジテを襲い始めたのはその後だ。カールとかいう女騎士が蟲を殺して投げ込んできたんだ」


 パズーの発言に、アピがブブブブブと羽を震わせていきり立った。目が一瞬で赤くなったがセリムが産毛を撫でると大人しくなった。目も青い色に戻った。


〈アシタバはみんな怒った。アシタバアピスを殺された。人と蟲を争わせる為に利用された!道具にされた!元々はペジテ大工房があの怖い人間に酷いことをしたからだ!ペジテ大工房は罪まみれなんだ!〉


 アピの目が赤と青をいったりきたりする。セリムは優しく撫で続けた。ラステル以外の者が怪訝そうにしている。ラステルは不思議そうに、しかし少し羨ましそうにセリムとアピを見比べていた。


「ラステルは何故か蟲の家族だと思われている。僕はラステルの(つがい)として認められた。それでまあ、贈り物をもらったんだ。それから蟲と話せる。全員かは知らないけどとりあえずこのアピ達の仲間とは話せるんだ」


〈腹減りセリムはすぐ食べた。姫も小さい頃食べたのにちっとも意思疎通できない。出来損ないの末蟲(すえむし)は手がかかる〉


 アピがラステルの膝の上に戻った。子供をあやすようにラステルがアピの産毛をさわさわした。逆だよと、ラステルに伝えてやろうか迷ったが話がどんどん逸れそうなのでやめておいた。

 

「まあ、セリムが食べたあの銀色の玉?ホルフル蟲森で蟲がくれた。あれにそんな意味があったのね」


「死んでたかも、らしい。アピが言うには君も昔食べているって。それか。それだな、ラステルの秘密は」


 ラステルが目を丸めた。蟲の王(レークス)が言っていた人形人間(プーパ)の方がラステルの本当の秘密だろう。それが何なのかセリムは突き止めたい。それがきっとラステルを守る為に絶対に必要な事だ。


「セリムお前何してるんだよ!ほいほい妙な物を食べるんじゃない!あー、どうせ何も知らないで食べたんだろう」


 パズーがうな垂れた。隣でティダが苛々した様子で舌打ちする。


「何の話がしたいんだお前達は!とことん妙な夫婦だというのはよく分かった!カールが蟲を殺して投げ入れたって?」


「知らないよ!お前達の軍人なんだろう?突然現れて滅茶苦茶にされたよ!」


 パズーの声が上ずった。シュナがおもむろに口を開く。


「そうですか。そんな作戦は無かったから独断でしょう。カールはずっとペジテ大工房を憎んでいましたから」


「ペジテ大工房には手を出すなと散々言ったのにあの馬鹿野郎が。それでカールは処刑でもされたか?」


 シュナがニヤニヤするティダを睨んだ。


「僕を殴って逃げたよ。アシタカが"ドメキアの真の姫"と呼んでとても怒っていた。僕の国の者が追っていってそれきりだ。ハクは無事なんだろうか……」


 セリムはカールの凶暴さを思い出して少し身震いした。


「カールは蟲に手足を食われてこの国に救われました。人体実験で相当辛かったようです。それからずっと悪夢に(うな)されていて……。我が母を見殺しにされたのも、私の亡命の受け入れ拒否が長年続いていたのもあってペジテ大工房を恨んでいます」


 へーっとティダが珍しく険しくない表情を浮かべた。シュナが辛そうに顔を歪めた。


「それに私が姫ではないと決めつけられる事を昔から嫌悪していました。たまたま美しく、王家の者に似て産まれた自分が姫だと言われるのが堪らなく嫌なんです。私への裏切り打診、姫と間違われての暗殺未遂の数々……」


 激しい憎悪を抱えていて恐ろしい女だと思っていたが中々壮絶な人生を歩んでいるらしい。あの激情が仕方ないと思えてくる。それにしてはシュナは真っ直ぐで穏やかな瞳をしているではないか。不思議な人だ。崖の国とドメキア王国では全く王家の環境が違うようだが、良くこのような女性が育った。


「ペジテ大工房を破壊すれば第四軍は手柄を得て帰国できる。私に軍を残して戦死するつもりだったんでしょう。カールこそ姫だと持ち上げられて別の争いが起こるかもしれないからと」


 泣きそうな声を出したシュナの髪をティダが丁重に(すく)った。パズーが驚いたように目を大きくした。セリムも少し驚いた。


「自殺する玉かよあの女。どうせ暴れ回って自分もお前の所に戻るつもりだったんだろう。顔でも隠してな。現に逃走してる」


 会いたくないという雰囲気を全身から(かも)しながらティダが呻いた。それでも手はシュナを労っている。シュナが自分の髪に触れるティダの手を払った。


「君達が引き連れてきた蟲はカールがきっかけでペジテを襲った。同時に僕のせいで蟲が人を滅ぼそうとした。別々の事が一緒に起こっていた訳か……」


 合点がいったとセリムは髪をくしゃりと掻いた。蟲の王(レークス)が人を許してもアシタバの蟲達はペジテ大工房への侵攻を止めなかった。そもそも理由が違ったのか。そしてアピが教えてくれた。ペジテ大工房は蟲に憎まれている。おそらく大昔から。キッカケがあれば断罪したいと、滅ぼさんと思わせる何か因縁がある。


「いいっ!滅ぼす⁉︎」


「どういうことセリム?」


 ラステルに素直に話すか迷った。あまり嘘を重ねるのもどうかとセリムは胸を張った。


「ラステル。君は蟲達にとって特別らしい。理由は知らない。そして蟲はずっと人を見張ってきた。たった一人を選んで、その人間が殺されたらこの大陸の人間を今度こそ滅ぼす。そういう掟らしい」


〈知らない知らない。僕達はまだ脱皮してないから知らないよ〉


 アピを撫でる手が止まったラステルの膝をアピが脚でペタペタと叩いた。


「ラステルが殺されたら?」


「違うパズー。ラステルの大切な人間が殺されたらだ」


「セリム……そういうことか!だからセリムが爆風で吹き飛ばされた後から蟲が怒り狂った!」


 ラステルが怯えるようにパズーを見つめている。しかしパズーは気にしていないようだ。


「でもラステルはずっと蟲達を止めようとしていた。セリムが死んだと思っていても、僕達を蟲から守って直接蟲の群れの中で祈っていた!僕は見た!一度蟲達は止まった!最後だってそうだろう!」


 パズーが敬意の視線をラステルに向けるとラステルが泣きそうに瞳を潤ませた。


「私聞こえたわ。パズーの声。テトの事が浮かんだの。それからセリムの事。私……」


 何で泣くんだよとパズーがアワアワとセリムに縋るような目を向けた。


「僕が生きていて蟲の方が僕を殺しかけた。だからパズー。君とテトに変わった。ラステルの大切な者」


〈トムトム、トトトトト。トルトル、ルルルルル。トムは遊んでくれた。変なバサバサ風に揺れるやつ。楽しーいやつ〉


 アピが歌いだしてパズーに向かって飛んでいった。しかしパズーの顔が引きつっているのですぐラステルの膝へ戻ってきた。アピは不機嫌そうに、つまらないというように触覚でラステルの膝を叩いた。


 セリムの友達でトム、ラステルの友達でトルらしい。セリムはラステルの婿でテルムと呼ばれていた。安直な名付けばかりだ。


「無意識にしろラステルが祈り続けて届いたんだ。みんな憎しみを堪えて帰って行った」


 真実は胸にしまっておこうとセリムはアピを手招きした。パズーのラステルを見る目を曇らせたくなかった。ラステルが人として生きていくにはセリムだけでは足りない。


末蟲(すえむし)に手柄をあげよう。僕らのお手柄。遊びたいって頼んだらみんな帰った〉


 アピスの幼生達が人と、セリムと遊びたいと騒ぐから蟲はしぶしぶ帰った。セリムが蟲を受け入れたのはラステルがいたから。ラステルのおかげというのは間違いない。アピは一旦セリムの膝の上にきたがすぐラステルの元へ戻っていった。


〈これでも脱皮しないなんて世話がかかる〉


 ラステルがアピを抱きかかえて「ありがとう。偉いわ」と頬を寄せた。通じ合わない、平和な誤解ははたから見てると中々面白い。


「けったいな女だな。覇王ペジテは腹立たしいが大陸の均衡を保つ大事な柱。蟲を(そそのか)せば砕けるというのは本当だったのか。だから手を出させたくなかったのに。それにテルムの伝承も本当って訳か。悪魔の炎も本当に存在したしな……作戦失敗……面倒な事になったな……」


 笑みを浮かべずにティダは顎をさすりながら考えるように視線を落とした。


「おいシュナ。とっととドメキアを陥落させてベルセルグへ進撃する。そしたら自由に生きろ。蟲女と暮らすのも崖の国とやらに行くのも好きにすればいい。そこまでは約束通り付き合ってもらうぞ。セリムお前もだ。どうせその出来損ないの嫁は巻き込まれる。手を貸すなら大狼と俺が全部まとめて守ってやる」


 立ち上がったティダがセリムとラステルを見下ろした。


「どういうことだ?」


「俺の秘密教えてやろう」


 ティダが上半身裸になった。セリムとラステルは同時に息を飲んだ。パズーが小さな悲鳴を上げた。

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