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風詠と蟲姫  作者: 彩ぺん
序章

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ひとりぼっちの弟子

 好奇心の塊のような子だ。だから異国から流れ着いたアスベルに彼が興味を示したのは当然だった。怪我で碌に動けなかった時、言葉は全く分からないがセリムが周囲をちょろちょろ動き回ったり話しかけてくるのには随分救われた。


 手の焼くセリムがアスベルの元でおとなしくしているのは城の者からしても都合がよかった。大怪我でアスベルがセリムに危害を加える心配はなかったし、目を離した隙にやんちゃなセリムがどこかへ居なくなってしまう事もない。


 手当の為にクイやケチャをはじめとした女たちも部屋を定期的に訪れる。だからセリムはずっとアスベルの居る部屋に居た。


 それで言葉の通じないアスベルに愛嬌のある笑顔で話しかけ続けた。多分気になることを質問していたのだろう。セリムと共にこの国の言葉を覚えた。今では先生と呼ばれているが、昔はセリムが教師であった。


「先生?」


「ああ、少し昔の事を思い出してな」


 セリムが首を傾げた。アスベルは笑みを漏らしてセリムを見つめる。すっかり一人前の男。


「昔はお前が私の先生だった。言葉も崖の事も随分教えてもらった」


「そうでしたっけ?」


「最初はまだセリムが三つの頃の話だからな」


「それじゃあ覚えてないや。先生は気が付いたら先生だったし」


 怪我が治ってきて動けるようになったとき、たまたま見かけた難産に無理やり手を出して上手くいったのがきっかけだった。それからアスベルはジークに頼まれこの国の医療を手伝うようになり、身寄りのないアスベルは庇護を受け役目を得た。


「助手気分でずっと後ろをついて回っていたからな。特に蟲森へ向かうときは必ずと言っていい程現れる。飛行船に上手いこと隠れて。何度ジークやクイに怒られたことから。いつの間にかお前の世話係だと認識されていたのにも驚いたよ」


 聞かん坊のセリムにせがまれるとどうにも断りきれない。砂漠に1人にすることも躊躇われ、何度も蟲森へ連れて行くことになった。


 国内だろうが国外だろうが所構わず、目を離すとどこかに消えてしまい良く冷や汗をかいたものだ。


 鮮明に恐怖を覚えているのは蟲森で蠍蟲の幼生に手当てと称して触っていた時、それから練習用の風凧に一人で乗っていた時だ。


 蟲に手を出して襲われたら、墜落したらと恐ろしく心配だったが幸運にも無事だった。


 風凧の件では、温厚なクイにしっかり見ていてくれないとは世話係として、師匠としてどうなのかと激怒された。


 誰もがセリムがアスベルと行動するのは諦めていて、その身は望んでもいないのにアスベルに委ねられていた。

「先生、昔話も懐かしいけど話の続き、聞かせて下さい」


 セリムは目の前の種を摘んで目線の高さに持って行った。興味深げ眺めるさまは昔とちっとも変らない。

「ああ、ペジテの主食の米というものだ。そのアシタカから兄弟弟子にどうぞと土産だ」


「丁寧に育て方まで。有り難く試してみます」


 楽しみで仕方がないといった輝く目で米の種を大事に種を袋の中に戻す。


「なあセリム、お前は蟲森で何を探しているんだ」


 途端にセリムの表情が神妙に変わった。探るような青い空色の瞳。


 弟子が最も興味を持ったのは風詠。なのに彼は国を飛び出し、禁じられた地に足を踏み入れている。アスベル同様医学の為に蟲森へと行くのならば、彼は医師やケチャと同じ調薬師の道を歩んだだろう。セリムが今でも植物研究や薬の開発を手伝っているというのはクイから聞いた。だが何か腑に落ちなかった。暇さえあれば、毎日のように蟲森へ行っているという話が引っかかっている。


「先生の住んでいた大陸は蟲森を焼き払おうとして蟲森に覆われてしまったんですよね」


「ああ」


 アスベルは同じことが起こらぬようにと旅に出た。他に生存している同胞を探してはいたが、一番の目的は蟲森に関わることへの警鐘と自身の医療提供だった。大工房ペジテには随分世話になったし十分自説を伝えられたが、他の国は不穏な空気。


 毒蛇の巣と名高いドメキア帝国とハイエナの異名を持つ好戦的なベルセルグ皇国には争いに巻き込まれそうで近寄れなかった。アスベルの力など必要ないと門前払いを受けた医療大国と呼ばれるグルド帝国。飢饉で疲弊しているエルバ連合。


 戦争が激しくなれば必ず蟲森も被害を受け、結果蟲が人類に牙を剥くだろう。もしくは蟲を戦争に利用しようとする者が出てくる筈。アスベルが故郷を失ったのと同じ道を、この大陸は歩んでいる。


 俯いたまましばらく口を閉ざし、それからセリムは申し訳なさそうに話し始めた。


「蟲森には発見が沢山ある。いろんな蟲が居て、知らない植物があって。それに色々調べていたら蟲も植物も住む植物も蟲も、僕らの知っている物が環境に適応して進化したみたいなんです。僕が調べた限りまったくの異形というのは存在しなくて、僕らの世界と共通点がある。きっと蟲森という環境に合わせて進化したのだと思います」


 セリムはまっすぐにアスベルを見た。真剣そのものの表情。自信を持って言える程調べたのだろう。アスベルが思っている以上に蟲森の奥深くまで踏み込んでいるに違いなかった。物理的にも精神的にも。


 それは故郷を蟲森に奪われたアスベルには決して抱くことのできない感情だ。


「僕らだってそんな風に共存出来るはずです。蟲森も蟲も知らないから畏怖が生まれる。もっとよく知れば違うはずです。それに、蟲森がいつどうやって生まれたのかとっても興味があります」


 成長し行動範囲が広がってセリムの探究心は更に強まったのだろう。


 クイが、いや恐らくこの国の誰もが無意識にセリムに抱いているだろう感情が理解できた。セリムがこの国を飛び出して戻らないのかと恐れているのだ。


 先ほどのクイと今のアスベルはきっと同じ気持ちであろう。


「それから蟲森とか砂漠の方にはレストニアとは全然違う風が吹くんです。捕まえて乗っかるのは楽しいんですよ」


「なら今度は私と共に行くか、セリム。目的は違えど旅するのは同じだ。1人より2人の方がいいだろう?」

 

 虚を突かれたように目を丸くしてセリムは大きく首を振った。


「僕はこの国で生きていきます」


 何の不満もなさそうな笑顔だった。思わずアスベルは吹き出してしまった。誰がどう見ても国を飛び出してしまいそうなのに、本人には全くその気がない。湯水のように湧くセリムの好奇心以上に不思議な事だった。


「先生?」


「いや、ははっ」


 訳が分からないと拗ねたセリムが頬を膨らませた。アスベルは再び笑った。


「その道は孤独だぞ」


「仕方ないですよ」


 諦めたような顔付きに、哀しみが湧いてくる。それでも故郷を蹂躙されたアスベルは、セリムと同じものを目指せない。利用できるものは利用し、必要最低限しか蟲森には関与しない。しかし広い世界にはもう1人の弟子のように、彼の賛同者となり得る者はいる。


 王子として生まれ、国を愛するがゆえに自然と縛られてしまうセリムを可哀想だとも憐れとも思う。


「なら、早く所帯を持ってクイ様を安心させてやれ。お前がどこまでも飛んで行くと心配しているぞ。」


「先生まで。何処にも行くつもりなんて無いのになあ。姉様達も諦めてくれればいいのに。そもそも僕に嫁ぎたいなんて普通は思わないですからね。情勢が不安定ですし、そのうち政略結婚かもしれません。まあ、そういうのよく分からないからどうにかなりますよ。」


「その前に好いた者と夫婦にという親心だ。」


「知ってますよ。でも興味が湧かないんだから仕方ないんです。」


 酷く寂しそうに微笑むと、セリムは米の説明書に視線を移した。息子同然のセリムが、研究熱心でも私生活が投げやりなことに胸が痛んだ。


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