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風詠と蟲姫  作者: 彩ぺん
二章 ペジテ戦役

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ペジテ戦役【選ばれし男とペジテ大工房の至宝】

 窮屈な操縦座席。そしてお荷物二名。何故こんなことになったのかと嘆く暇もない。ティダの操縦する飛行機からドメキア王国第ニ王子ジョンの乗る飛行船はかなり遠い。


「何処に行くんだよ!」


 震える声でパズーが叫んだ。ティダが抱えた時もラステルよりパズーの方が震えは大きかった。蟲の大群に突っ込んでいく度胸とは正反対の気弱さ。やっぱりよく分からない奴だ。


「ああ?そりゃあ戦場だ!お前達だって知ってたら来なかったのによ!」


 しかし謎である。未だ無事のペジテ大工房に飛行蟲の群れの中を落下していた二人。そもそも巨大要塞に蟲が突っ込んでいてもおかしくないくらいの時間は経過している。蟲が流れ弾や爆撃に怒りもせずにペジテ大工房へ憎悪を(たぎ)らせているのはカールが蟲の幼生を利用したからに違いない。カールの率いる紅旗飛行船(フリスト)を確認したのは随分昔だ。どうなっている?


「争いなんてもう止めて!」


 ラステルが立ち上がってティダに掴みかかった。飛行機が揺れる。


「またかよこのイカれ女!大人しくしないなら本当に捨てるぞ!」


 苛々ついでにティダはラステルの背中の服を引っ張り引き剥がした。手で顎を抑えて力を入れる。割と容赦しなかったから痛いだろうが構わない。可愛らしい顔が潰れて気分爽快だった。屈辱の砂粒一つくらいは返してやったと自然と口角が上がる。


「おいティダ!ラステルはうちの国の偉大な妃だぞ!ぞんざいに扱うな!」


 ティダはちらりと振り返ってパズーを睨んだ。


「お前も捨てられたいかパズー!指図するな!気に入らないもんは気に入らねえ!俺はこいつが反吐がでるほど嫌いだ!」


 ヒェッと喉を鳴らしたパズーが「でもさ……」とぶつぶつ聞こえない声を出した。


「なんて酷い……」

 

 罵倒を無視してするりとティダの手から逃れたラステルが操縦席から身を乗り出した。ちらちらと目に赤い色が揺らめくのは気のせいだろうか。


「あそこで逃亡しているのが戦の仕掛け人だ。俺の、いや俺と妃の敵。討ちに行く。流れ弾で死にたくなかったら引っ込んでな馬鹿娘」


 ティダはラステルの頭に乗せた兜を押して足元に戻した。ラステルは素直に従ったが見上げた顔は不満気だった。愛くるしくて大人しそうなのに中身はそうでもない。こういうところは気に入っているが、何せ得体の知れない思考のイカれ女。仲良くする気など毛頭ない。


「どうしてこんな争いを始めたの?」


 ぽそりとラステルが尋ねた。恐怖ではなく怒りで震えているようだ。釣り上げた眉毛に憎々しげな若草色の瞳がティダを見上げる。そう言えばラステルとはろくに話をしていない。勘違いされているのか、それとも生き延びる為の反乱さえ嫌悪の対象なのか計りかねる。


「愚か者が難攻不落の要塞を蟲なら陥落させられるって阿呆に(そそのか)されたのさ。俺たち全員巻き添えだ。殺されそうなら噛み付くなは当たり前だろう。こんな大規模の反乱なんて起こしたくて起こしたわけじゃねえ」


 領地内やドメキア王国とベルセルグ皇国内でおさまっていればよいものの、他者の領域に踏み込んだ両国の権力者達。覇王ペジテ大工房と蟲にまで手を出したからこのまま大陸中に飛び火するのは開戦前から明らかだった。それすら分からない愚か者どもが。ティダは飛行機の速度を上げた。


「誰がそんなことを……」


「発端はお前と同じ蟲森の民だ。あいつらは蟲も外界も憎んでる。どっちかっていうと外界より暮らしやすいのに、無い物をねだって愚かな奴らだ」


「ああそうなの。そう……。それなら理解出来る」


 ラステルの故郷でも同じなのだろう。意外にも大人しく聞いて、納得しているような様子を見せた。


「太陽に憧れるならまだしも簒奪(さんだつ)とは大馬鹿野郎だ。蟲の激昂を誰よりも知っているくせに恥晒しめ。あいつらは結局ペジテ大工房を破壊し尽くして同じ所に堕としたいだけだ。まあペジテはペジテで傲慢な覇者だったからいい気味だけどな!」


 笑い声を上げると抗議なのかパズーが飛行機を傾けた。ティダが一瞬振り返って睨みつけるとパズーの肩が縮こまった。


「アシタカを侮辱するな!どれだけ尽力していると思ってるんだ!」


「何万って数の人間に一人だけ特異変異がいても意味はねえって事だよ!いい度胸してるじゃねぇかパズー!」


 ティダはわざと急降下して宙返りした。ついでに紅旗の位置を確認する。「うえええ」というなんとも情けない声がパズーから漏れた。歩兵や騎馬隊はほとんどいない。第二軍から離れ始めてジョン王子の飛行船を紅旗飛行船(フリスト)追い始めていた。それに第二軍と思わしき飛行船や飛行機に紅旗がなびいている。優勢な上に戦況もきちんと把握しているようだ。どちらかというともうティダの手は要らないかもしれない。シュナは生きているのだろうか。形式だけの夫婦だが、死んでいたらと想像すると多少惜しいとは感じた。見た目は悪いが心根はそこらの女より余程良い。


「ねえ貴方も蟲森で暮らしていたの?」


 喋るなと言ったがちっとも口を閉じないラステルをティダは膝で小突いた。手は抜いたが青痣が出来るくらいには強くしておいた。けれどもラステルは文句を言わなかった。そこまでされれば質問にくらい答えてやろうとティダはため息をつく。


「少しだけだ」


 ラステルの顔は見ないで答えた。


「蟲森は嫌い?」


「村はな」


 故郷を尋ねられればティダはベルセルグ皇国と答える。しかし思い浮かべるのは大狼と暮らした岩山の蟲森の岩窟。好きとか嫌いではなく、懐かしい心の拠り所。


「蟲は嫌い?」


「あんなの好きになれるか?」

 

 少し間を置いてからラステルがまた質問してきた。


「人は?」


「俺が好むのは矜持。それだけだ」

 

「大狼のこと?セリムが言っていたわ。大狼を従える誇り高い男に会いに行くって。貴方のよね?大狼のことは好きなの?」


「お前達夫婦は質問ばかりだな。大狼は何処に住んでいるんだ?家族は?主食は?寿命は?これから戦だってのに随分のんびりしていたぞお前の旦那」


 だから死んだとは流石に言えなかった。ラステルが楽しげな笑い声を立てる。


「そう、好きなのね。私はそれと同じように蟲が好きよ。変なの。化物よ。貴方の言うようにイかれているんだわ。でもどう?大狼が殺戮されたら貴方はどうする?復讐する?許す?」


 ラステルがティダの目線まで体を伸ばした。操縦の邪魔になるのでティダは兜に手刀をして引っ込めさせる。後ろからパズーが文句を言ったが無視した。


「報復するに決まっている。謝罪の有無など関係ない。目には目を、歯には歯を。食事以外の無益な殺生は大狼の掟破り。俺はその誇りに従う」

 

「そうやって争いが起きるのよ。自らを愛し、他者を愛し、だから戦う。拳を振り上げる。でもそれでは何も変わらない。永遠に憎しみは終わらない」


 なんの演説だ?伸びあがろうとするラステルを押さえ込もうとしたが、それより早くラステルはティダの両肩を掴んで見下ろしてきた。柔らかい微笑みに夕陽が落ちている。燃えたぎる紅の激情に照らされて穏やかに微笑んでいた。吸い込まれそうな緑の瞳は、色は違うのにセリムを思い出させる。


「セリムは許す。私が殺されてもきっと許すわ。それが本当の誇りよ。例え大狼が死んでも想いは消えない。貴方がいれば大狼の想いや愛は巡る」


 死という単語を口にした時、ラステルの頬を涙が溢れた。力強くティダの肩を握る。


「さっきから何が言いたい?」


「私の名はラステル・レストニア。生きるもの全てを愛でた偉大な王子の妃。セリムの愛するものを愛し信じるものを信じる。憎しみで殺すよりも許して刺されろ。亡くなった彼の意思は私が継ぐ。一人でも多くの者が生きれるように手を貸してください」


 鮮やかな緑色の穏やかで優しい目をしてラステルは微笑んだ。セリムへの思慕の強さが伝わってくる。こんな風に可憐に笑う女を見たことがなかった。


「ああん?俺は元々そのつもりだ。無駄死は誰にも許さない。その為にドメキア王国にはシュナが、ベルセルグ皇国には俺が必要。それが俺の正義。無血なんて旦那と同じ戯言は存在しない。止めるなら突き落とすぞ」


「貴方は憎まれ口ばっかだけど本当はとても優しいわ!私は貴方を信じようと思う。セリムは貴方を信じていた。パズーを助けてくれた御礼もしたい。私は貴方の為に祈るわ!」


 宣言するとラステルは操縦席のへりに腰掛けて唄子の声を出し始めた。ペジテ大工房に向かっていた空を舞う蟲が方向転換する。穏やかな緑色の目をしてティダ達の乗る飛行機を通り過ぎていき、ジョン王子の乗る第二軍飛行船を追っていった。襲いはしない。取り囲んで大きな羽を羽ばたかせる。機体がぐらぐらと揺れた。砲弾の音が次々と鳴り響いたが、飛行する蟲は颯爽と避けていく。なおも飛行船は大きく揺れて仕舞いには機体は回転しながらゆっくりとノアグレス平野へと落ちていく。


「お前なんてばけ……」


 化物。そう言い終わる前に不意にラステルの声が止んだ。


「異国の皇子ティダよ。姫が新たなテルムを選び王位を奪うという。道を示せテルム。古きテルムの愛は巡る。しばし猶予を与えよう」


 不意に変化した瞳の色は激しく燃え上がる赤。まるで別人のような荘厳な声。真っ白な肌に浮かぶような真紅は言葉を失う程迫力があった。気圧される。


 呆然としていると、ラステルがそっとティダのゴーグルと目出し帽を外して剥き出しになった額に口づけした。


 やはりこの女はおかしい。まるで蟲のように目の色を変える。蟲を操る人の形をした化物。本人が告げたように化物だ。しかし夕焼けに照らされて慈悲深く微笑む様は真逆の存在にも感じられる。セリムはなんていう女を嫁にし、しかも一人残して逝ったのか。この女はいつか破壊神となる。そしてティダはこのイカれた女に選ばれてしまった。何にか分からないが選出された。


「ラステル変だ。どうしたんだ?テルムって?」


 ラステルはきょとんと目を丸めた。また若草色の瞳に戻っている。ぞわぞわと産毛が逆立った。ティダはラステルの唇が触れた場所を服で擦って奪うようにゴーグルと目出し帽をひったくり身につけた。


「旦那が死んで本当に頭がイかれたのか?」


 怯えたようにラステルが自身の体を抱きしめて座り込んだ。


「嫌よ。覚めたのに引き戻さないで……」


「どういう意味だ?おいパズー!何か知ってるか?」


「僕に分かる訳がないだろう?セリムに聞けば分かるよきっと!」


 背後から意外な台詞が飛んできた。パズーがティダの背中を叩いた。


「なんか二人とも勘違いしてるみたいだけどセリムなら怪我して休んでるだけだ!」


 何だ死んでなかったかとティダは自然と安堵の息を漏らした。操縦座席に深くもたれかかる。ここまで安心するとは意外だ。


「セリムは生きているの!」


 ラステルの輝いた目は瑞々しい草の色。多分これがラステルという女だ。ならあの赤目は何だ?ティダの体に覆いかぶさるようにラステルが前のめりになる。何でこんな恐ろしい女を抱きかかえないとならない。指一本触れたくない。しかし支えてやらないと操縦席から落下しそうだ。


「ピンピンしてるよ!いや怪我はしてる!ラステルに会いたがって無茶しようとしてた!だから置いてきた!やっと伝わったのか……あんなに叫んだのに……」


 パズーがしゃくりあげて泣く声がした。子供みたいにおいおいと泣く。ティダは小首を傾げた。ティダが王狼(ヴィトニル)と戦場を駆けている間に何があったのか。そもそもこの二人は飛行蟲の群れの中で何をして、どうして抱き合って落下していた?


 どうしたものかと考えていたらラステルがティダに抱きついた。歓喜を表すようにきつく。その時セリムの機体が飛行機へと向かってきた。無人の機体が頭上を掠めていった。


「あいつヤキモチ焼きかよ。オルゴーで威嚇するとは怖い怖い」


 この男の思考回路は変すぎる。その男の国の妃はもっと奇妙だ。一番はその中心の崖の国の王子セリム。こんな女をどうして受け入れた?


 言葉とは裏腹に嬉しそうなパズーの声、そして耳元ではラステルのすすり泣き。眼下では血生臭い戦争。右往左往して彷徨っていた蟲の群れが再びペジテ大工房へと進んでいる。白い大地が火災のように赤く染まっていた。


 まさに混沌。


***


 気絶したセリムを支えたのは勢いよく飛んできた子蟲。大きくても顔くらいの大きさの羽が生えた子蟲が何匹も押し寄せてくる。


「撃つな!」


 護衛人が銃を構えたのでアシタカは吠えるように叫んで静止した。


〈怖いよ助けてテルム。姫を迎えに行こうよテルム。寝ていちゃ駄目だよ。みんな怒ってる。テルムが生きてるって信じない〉


 わらわらとセリムの体を取り囲んだ子蟲達が鉛色の丸い体と金色の毛を震わしてセリムに擦り寄った。ラステルと同じ新緑の瞳をしてセリムを優しく揺する。


「君達……僕が古いテルムの子だ……」


 アシタカはそっと腰を落とした。途端に子蟲の目が黄色に変色して点滅した。


〈へんてこ人間じゃない。怖い。怖い。怖いよテルム。助けてテルム。姫は起きたのに寝てないで〉


 可哀想なくらい恐怖を感じる声が響いてくる。


「何もしないよ。みんな下がれ。子蟲はただ怯えている」


 なるべく穏やかに口にしてアシタカは両手を挙げた。護衛人は一歩も動かないどころか子蟲に銃口を向けたままだ。アシタカはぐるりと護衛人を睨んだ。子蟲が一匹そろそろとアシタカに向かって歩いてきてアシタカの靴に触覚を当てる。それから全速力なのか近寄った時より早くテテテテテとセリムの元に戻った。他の子蟲も真似しだす。


〈匂いがする。でもへんてこ人間じゃない。怖いけど怖くない別のへんてこりん。僕らは撃たれない。怖いのに撃たないへんてこりん。セリムがいると皆おこりんぼにならない〉


「どういうことだ?彼はテルムなのか?」


 一通りの子蟲がアシタカに接触するのが終わるとセリムの体を上から掴み、下からも支えて運び始めた。


〈起きるまで遠くに行こう。ここは怖い。怖いよ。テルムを起こそう。テ、テ、テ、テ、テルム。ラステル姫の婿テルム。へんてこ人間テルテテテルム〉


 まるで鼻歌のような声を木霊させながら子蟲はセリムを連れて行ってしまった。アシタカは呆然とそれを眺め瞬きを繰り返す。途切れた雨雲の隙間から光が梯子のように真っ赤な大地を照らす。子蟲の毛を反射させたのか子蟲の塊は黄金に輝きまるで太陽のように暗く白い世界を進む。あっという間に雲は再び分厚くなり擬似太陽は失われた。


「見たかお前達……僕達は神話を生きている」


 護衛人が次々と銃を捨てた。


「アシタカ様……私にも聞こえました。撃たないでありがとうと……」


 俺にもです、僕にもです、私もだとすすり泣きが総司令室を占拠する。


「ペジテ人の贖罪(しゃくざい)を成す時です。死ぬ事になろうと憎むな。許せとそういう声がします」


〈巡り巡る。風が運ぶ。許しの先にこそ未来は続く〉


 ラステルの声だ。燃えるように激しい祈りなのに夏の偽りの庭を思い出させる穏やかさと命への賞賛で満ちている。


「蟲が対立している」


 ブラフマーが呟いた。穏やかな緑の瞳がペジテ大工房の前にいつの間にかずらりと並んでいた。迫り来る真紅の大波。緑の目をした蟲達は震えるように体を揺らし、時折目を黄色く変えている。それでも動かない。


「父上⁈」


「ヌーフ様!」


 砦の壁の影から赤鹿(サァン)が現れた。背にヌーフらしき小さな男が乗っていて蟲に向かって歩いていく。後ろから人がどんどん現れてついて行った。


「アシタカ様!蟲の大渦で都市内が大混乱です!奇妙な歌が消えてからというもの、避難せずにデモ行進やら外界へ逃げようとする者で中々おさまりません!ヌーフ様が行方不明になり酷い有様です!作戦は失敗したのですか⁈どうかアシタカ様!」


 部屋に飛び込んできたのは避難誘導の筆頭に任命していた長官アバヤだった。ゼイゼイと呼吸を荒げて座り込む。アシタカは半壊した総司令室の機械類を確認した。


「市内への通信系統は無事だな。幸運というよりこれも導きか……」


 アシタカは電源を入れて収声機(マイク)をトントンと叩いた。問題無さそうなので大きく深呼吸して、最後に深く息を吐いた。


「民よ、ペジテ大工房は滅びぬ。蟲に手を出さなければ滅びない。我等は大掟を二千年も守り続けた。これからも続ける。誇り高き民だからだ」


 市内の様子は分からないがアシタカは続けた。


「他国の戦に関与するべからず。侵略するべからず。先制攻撃するべからず。それが我らペジテ大工房の大掟。この未曾有の争いに巻き込まれても未だ破りはしていない」


--テルムは若草の祈りを捧げよ


 アシタカはテルムではない。テルムはどうやらセリムの事らしい。パズーの「セリムの尻に乗るな」という痛烈な揶揄が脳裏を掠めた。卑怯でも構わない。開かれようとしている共生の道をペジテ大工房が破壊するのだけは避けたい。始祖テルムの罪を子孫が増やしてはならない。築き上げてきた誇りが失われる。


「大技師一族がテルムとして再び絆を結ぶ。風を感じ耳を澄ませ。蟲の女王の子孫は大技師一族の味方である」


 アシタカは集声機(マイク)の音量を最大にした。聞こえるのか、届くのか分からない。風の吹かない閉ざされた都市内にラステルの想いよどうか届いてくれ。


--テルムは若草の祈りを捧げよ


〈愛してる。残された想いは消えない。人を諦めないで〉


 ヌーフは民を率いて大自然の中でラステルの想いを伝えようとしている。それが己の使命だと信じているに違いない。息子であるアシタカもテルムの大罪を背負い未来を切り開かなければ生きてきた価値が無くなる。この先を生きる権利はない。


「ブラフマーこのまま音を拾わせといてくれ。僕はセリムを探しに行く。僕が崖の国から引っ張り出した。必ず守る。僕は選ばれ無かった一市民。ペジテの至宝は虚像だった」


 歩き出したアシタカに護衛人達はどうしてだか敬礼した。隠れるように身を縮めながらアシタカは総司令室を後にした。大反対を押し切って崖の国へ飛び出した時、使命感に突き動かされていたが今は違う。この争いの中でアシタカがいかに器が小さいのか痛感させられた。己に力がないからとラステルを利用し、恩人を信じず、迎えにも助けにも行かなかった。パズーの後を追わずに人民救済を押し付けた。何よりセリムを過信し頼り切った。


 友の盃


 これから新しい時代が切り開かれる。それを見届け伝える。友と一緒に伝承にはなれないが伝承者となる。


--いざという時に誰が孤独と恐怖に支配された避難民を纏め上げる?暴走を諌める?中立として防波堤となる?


 セリムの兄、崖の国の王ユパの言葉がアシタカを奮い立たせる。


 ペジテの至宝と敬われてきたからにはこれ以上恥を晒すのは御免だ。


--私は、彼と友の杯を交わしたい。誓いを立てましょう


 崖の国の王ユパに誓った。友人に全てを背負わせてはならない。

 

 格納庫のマルチロール機に乗り込んでアシタカはペジテ大工房のドームから出発した。


***


 この時セリムが古い夢から目覚め、ラステルがティダの額に口づけしていた。


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