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風詠と蟲姫  作者: 彩ぺん
二章 ペジテ戦役

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ペジテ戦役【カールの独断とアシタカの動揺】

 奇襲は成功。銃を撃たれる前にカールは上官だと思われる男に飛びかかり、鎧義足アルフィシャルアーマーで腹を蹴り飛ばした。男が立ち上がる前に銃口を押さえつけ喉元に刃を突き立てる。


「殺しはせん。人質になってもらうぞ」


「ならば死を選ぶ!」


 叫ぶと同時に男は銃から手を離してカールに殴りかかろうとしてきたので肩を貫いた。悲鳴が部屋に轟く。カールは構わず両腕を捻り上げて男を床に組み敷いた。


「可能な限り殺すな!交渉材料だ!」


 命令されなくともカールの部下たちは同じような行動を取っていた。二、三、いや五名ほどか。死んだのは。自軍は全員無事なようだ。


「他愛もない。ドーム内の温室育ちが」


 カールは改めて自分の体の下にいる男に視線を向けた。何度かペジテ大工房を訪れているが、この男の腕章はやはり護衛人長官。


「蟲で国を滅ぼそうなど何て真似を。恥を知れ」


 苦悶に顔を歪ませながら男が唸った。


「ふんっ。貴様等には悪魔の炎があるだろう。あの蟲どもをまとめて灰にしてもらうぞ」


「悪魔の炎を知っているのか。貴様達の目的はそれか……」


 憎らしげな睨みは大して殺気もなくちっとも怖くない。本当の地獄など知らぬ、軍人もどきといったところか。カールの口角は自然と上がった。


「貴様達?私の独断だ。あのままでは我が主の軍へいつ蟲ケラ共が牙を向けるか分かったもんじゃない」


 紅旗飛行船(フリスト)から降りてきた部下が縄を持ってきた。縛られてさるぐつわをされてもなお男はカールを睨み続けた。やはり殺気は蚊の咬み跡よりも感じられない。


「この通りペジテ人の軍人は我等より劣等!しかし数と兵器には勝てぬ!私を残して全軍撤退!作戦通りシュナ様援護へ迎え!」


 ぐるりと部屋を見渡してカールは剣についている血を近くで縛られているペジテ人の服で拭った。部屋の出入り口二箇所を適当に封鎖する部下達。よく気のつく部下ばかりだ。


「十名程捕虜として連れて行け!残りは部屋の隅にでもまとめておけ」


 気絶しているペジテ人を部下が言われた通り運んでいく。


「カール様!本来の任務、第一軍迎撃は?」


 マルクスの問いにカールは首を横に振った。


「どうせ第一軍は保身の為にこの地へはこまい。シュナ様は密告で動くと計算したようだがあいつらは腑抜けだ。国王もベルセルグのハイエナ行為を恐れて手元から離すまい」

 

「分かりました」


 マルクスが去ると今度はライダとメルがカールの目の前に立って敬礼した。


「我等二人と部下はカール様と残ります」


 どちらもカールの忠臣。予想の範囲内。しかし邪魔なだけだ。


「ライダ部隊長!」


「はい!」


「孫娘に無事薬は届いたか?」


 小さく頷いてからライダは無言で敬礼し続けた。カールは無視してメルへと体の向きを変えた。


「メル部隊長。田舎の作物は今年はどうだ?」


「おかげさまで!」


 二人ともカールの倍は上の年齢。その二人がカールに敬礼し続ける。


「それだけではないのはこの場の全員が知っているな!全て私の名を騙ってきたシュナ様の慈悲だ!私は貴様等になど興味はない!勝手に死ね!しかしシュナ様を死なせてみろ!地獄の果てまで追いかけて首を刎ねるからな!恩知らず共が!」


 しかし誰も動かないのでカールはわざと大きく舌打ちした。


僭越(せんえつ)ながら申し上げます」


 恐る恐るではなく毅然とした様子でメルが床に剣を突き立ててひざまずいた。


「言葉で伝えられても信じられません。我等紅旗騎士団は貴方様の僕。カール様より直々にシュナ姫の生き様を見せていただきとうございます」


 醜く愚鈍で阿呆な姫の仮面を被り続けてきたシュナを早々に信用する部下は少ない。あくまでカールに従ってついてきているというのはヒシヒシと感じていた。だがその信頼こそ亡き同志とシュナ本人の力により築き上げられた紛い物。カールは鼻で笑った。


 世の中は真贋(しんがん)を持たない者ばかり。カールには部下に対する真心などない。兵士達はただの便利な駒。それなのにカールを慕う騎士団に昔から虫酸が走っていた。やっと本音で過ごせる。


「死ぬなと申すか。私は捨て身で来た訳ではない。貴様等が邪魔だというだけだ。ここに残るなら私が首を刎ねる。使えぬ駒は要らん!」


「しかし!」


「ペジテ人は私を殺さん。しかしあの戦場でシュナ様が死んでみろ。私は自決するぞ」


 カールは静かに告げるとメルの首根っこを掴んで引きずった。蟲があけた大穴の前にメルを放り投げる。それから首筋に剣の刃を添わせた。反対の手でメルの兜を脱がす。マスクと目出し帽、そして目の保護プレートにも剥がした。


「首を刎ねられるか蟲が運ぶ毒で死ぬか選ばせてやろう」


 カールは剣を振り上げて勢いよく腕を下ろした。メルが上半身を逸らして避ける。メルの首があった場所を剣が横切った。カールはもう一度剣を構えた。今度は本気だ。


「……承知しました」


 渋々というようにメルが起き上がってカールが脱がした防具を身につけ始めた。


「全兵撤退!小型戦闘機一機は置いていけ!私が戻るまではシュナ姫と大狼兵士に従え!」


 ティダと名を言うのが腹立たしくてカールはわざと名前を呼ばなかった。ドメキア王国に婿入りしてわずか数日だというのに、あっという間に第四軍の人心掌握をした男がカールは心底嫌いだ。全幅とは言えないがシュナの信頼を短い時間で得たのが一番憎らしい。しかし大駒、必ずシュナの役に立つ。


 指示通り紅旗飛行船(フリスト)と騎士団はカールを置いて出発していった。迫り来る蟲の大群を眺めながらカールは沈み始めた太陽を眺めた。真紅の瞳の行列に注がれる血のような光。まるでこれからの蟲の殲滅(せんめつ)を予言するような実に爽快な光景だ。


***


 絶命した小蟲から(ランス)を引き抜く。緑色の体液が滴るのに嫌悪感が沸き起こりカールは(ランス)を離すか迷った。しかし亡き同胞の忘れ形見。一先ずそこいらのペジテ人の服で蟲の体液をふいた。


「不気味な蟲をどこで仕入れたんだか。あの男」


 (ランス)を確認しながら小蟲を箱に閉じ込めていたティダを思い出す。隠していたのを偶然見つけた。ベルセルグ皇国から婿入りした野心に目を滾せる男。得体が知れない。シュナは何処まで奴の秘密を知っているのだろうか。


「しかし遅いな。見捨てられたか?」


 護衛人長官であろう男の隣に座ってカールは男の止血がきちんとされたか確認した。問題なさそうで、男が床でもがくのでカールは背中を踏んづけた。


「大人しくしてろ。とって食いやしない」


 その時、ゴンゴンと扉の方から大きな音がした。来た。護衛人長官を踏むのをやめて後ろから抱きかかえるように持ち上げて剣を喉に当てる。そのまま封鎖していた扉が開くのを待った。


 金属が擦れるような耳障りな高音がして火花が散る。扉より一回り大きく切り取られた扉が外された。途端に銃を構えた兵士達が押し寄せてくる。カールをぐるりと取り囲んだが予想通り。むしろ敵の方が発砲する相手、カールの部下達が消えているのに困惑して様子だった。


「仲間ごと蜂の巣にするか?」


 カールの問いかけに誰も答えなかった。腕の中で護衛人長官が身をよじるので怪我している肩をわざと鎧義手アルフィシャルアーマーで握りしめた。男の布で縛られた口から声にならない悲鳴がこぼれた。


「止めろ。手荒なことはしないでくれ」


 凜として落ち着いた男の声がした。まだ若い。ペジテの護衛人が道を作るように避けると、その中央を予想通り若い男がゆっくりと歩いてきた。カールの目の前にペジテ人の民族衣装に古風な鎧を着た男が短銃を片手に仁王立ちする。全面透き通ったマスクなので顔がよく見えた。生粋のペジテ人という容姿。ティダに何処か似ている。しかしもっと貴族らしい品のある顔立ちに佇まい。軍人ではなさそうだ。


「奇襲に制圧、見事だ。ドメキア王国第四軍最高司令官カール殿とお見受けする。我が名はアシタカ……」


「誰か指一本でも動かしてみろ!この男の首を刎ねる!捕虜も殺す!」


 アシタカの言葉を遮ってカールは護衛人長官の喉元に刃を食い込ませた。肉に少し食い込む感触がする。また腕の中で男が激しく呻いた。アシタカは素直に銃をカールへ向かって投げた。それから何故かその場にしゃがむと胡座をかいた。ペジテ人の護衛人も従うように銃を離した。


「そなたの主、シュナ姫の伴侶ティダとの会談で和平を結んだ。我が都市を内乱に巻き込まないと。万が一の際は援護も考えていた。恩を仇で返すとはこの作戦の発案者は?」


「私だ。独断で主は知らん」


 そうだろうといった納得顔をしてアシタカはまっすぐカールを見据える。


「要求は?」


「悪魔の炎で蟲を焼き尽くせ」


 少し驚いた顔をしてからゆっくりとアシタカが首を横に振った。


「あれはこのペジテ大工房が滅びようとも使用しない」


 途端にペジテの護衛ひとから口々に声が上がった。


「何を言っているのですかアシタカ様!」


「要求など無くても蟲は殺す!」


「ヤンと捕虜を解放しろ!内乱軍ごと焼き払うぞ!」


「黙れ!我等は誇り高き一族!大掟は破らん!都市が消滅しようと地下室は残る。死にはせん。蟲に手を出すことは許さん!大陸中の蟲森から蟲が来るぞ!そうなれば悪魔の炎でも殲滅しきれん!いいか!悪魔の炎は万能ではないむしろ欠陥品だ!」


 アシタカの怒声により場が静まり返った。口々に不審と疑惑の声が漏れる。


「聞いての通りだ。悪魔の炎の名は我が誇り高き娘ナーナ様より聞いたのか?大陸ごと共に滅びるというのなら蟲と交戦しよう。その覚悟はあるか?」


 その言葉が聞きたかった。この男は挑発に乗ってくるはずだ。カールが高らかに笑い声を響かせるとアシタカが眉をひそめた。


「我が肉体を実験に使用した罪の重さ思い知れ。私と共に滅びるが良いペジテ人め」


 悪魔の炎と呼ばれる古代兵器が蟲にとてつもない威力を発揮するというのはナーナから聞かされて育った。その古代兵器は大地を焼き尽くして毒をばら撒き大陸に蟲森を出現させた。愚かなペジテ人。罪深き民。それがシュナの母親ナーナの故郷のペジテ大工房。眠れない夜にお伽話のように聞かされて、蟲に手を出すなと教えられた。


「ならばヤン長官と捕虜には犠牲となってもらう。和平は破断だ」


 釣れた。カールはほくそ笑んだ。


「それは困る!私の愚かな判断でシュナ様に迷惑をかけられない。それこそ万死に値する。私の独断だ!」


 わざと焦ったような声を出した。あっさりと本来の目的が果たせたのでカールは剣を手離して両手を掲げ無抵抗を装う。あっという間に護衛人に取り囲まれた。後ろから腕を抱えられて足首を縛られて立たされる。アシタカが立ち上がってカールの前まで来た。


「自ら捕まりに来たようだが何を隠している」


 カールは兜で表情が見えないのを幸いに顔を思いっきり歪ませた。歯がなりそうな程食いしばる。憎々しいペジテ人にわざわざ首を捧げに来てやった。拷問されようとも真実は語らない。アシタカの両腕がカールの兜へ伸びた。止めさせようと暴れたが無駄な抵抗。兜を脱がされて簡易マスクの眼球保護付きの目出し帽子も剥がされた。


***


 アシタカは息を飲んだ。戦場で血塗れになり鬼のような強さを誇るというドメキア王国最高指揮官カール。女だというのは噂で聞いていたし、本人の声も女性だった。アシタカの前に現れたカールの素顔。


 セリムに似ている。いやセリムの姉であるケチャ姫に瓜二つ。崖の国はかつてドメキア王国の王族の一人が東へ民と共に去って創られた。同じドメキア人の血を引くとはいえ、似過ぎている。


「なんだ?我が美貌に惚れたか?」


 金髪碧眼の美女カールが怪しく微笑んだ。その表情を崖の国の王族は決してしないであろう。狡猾と残虐が滲んでいる。


「そなたの顔……」


 推測を思わず口にしそうで唾を飲んで言葉を止めた。アシタカの叔母であるナーナ。ペジテ大工房から陰謀渦巻くドメキア王国へ平和を諭しに行った会ったことのない叔母。残る写真で顔を知っているが面影は見当たらない。しかしナーナの血が薄い分、ドメキア王族の血が濃く出たのではないか?外交で会ったことのある現在のドメキア王国の王族は肥えている。しかしその顔はもし痩せたらセリムと似るかもしれないと朧げなドメキア王の顔を思い出す。


「ふはははははは!殺す前に凌辱するか?穢らわしきペジテ人が!」


 ゲラゲラと大笑いするカールには気品さのカケラも無い。動いて喋っているとケチャ姫とはまるで別人。大笑いするカールの両頬を両手で包むとアシタカはカールの青い目を凝視した。それでもカールは楽しそうに、愉快だと言わんばかりに狂ったように笑う。


「そなた己を葬り去りにきたのか」


「何を言っている?そんなに我が美に酔いしれたか」


 目を背けずにカールはにっこりと柔らかく微笑んだ。穏やかな表情をするとケチャ姫とやっぱり酷似している。


「パズーはいるか!」


 部屋を見渡したがパズーは居ない。確かハクに連れられて護衛人の最後尾にいたはず。


「はい!何だよアシタカ!」

 

 破壊した扉の奥の方からパズーがそろそろと顔を出した。アシタカはパズーの元まで向かって手首を掴むとカールの前に連れ出した。


「どう思う?」


「ケチャ様⁈いや違うか?いや似てる?」


 パズーがしきりに首を捻った。やはり似ているかとアシタカは頭を掻いく。パズーの緊張感の無い声で張り詰めていた糸が切れた。カールがパズーを呆然とした表情で眺める。アシタカに苦笑が漏れた。


「この忠臣を死なせると今後のドメキア王国との関係も難しくなるな。蟲も押し寄せてくる。そもそもこんな事してる場合じゃないのにどうしたものか」


 独り言のようにアシタカは零した。


「どういうこと?」


「なんだと?」


 パズーとカールが同時に口にした。


「カール殿、一旦その首私が預かる。地下……セリム!」


 蟲があけた穴から大鷲凧(オルゴー)の姿が見えてアシタカは叫んだ。みるみるうちに大鷲凧(オルゴー)が大きくなった。大穴の頭上の破られたドームから大鷲凧(オルゴー)が舞い降りる。機体の下にぶら下がってゆっくり下降してくる大鷲凧(オルゴー)。セリムが大声で叫んだ。


「燃料が切れそうだ!急いで補給を頼む!」


 アシタカは1番近い護衛人の肩を叩いた。セリムがまた叫んだ。


「僕が死んでないってラステルに伝えないと!あともう少しだったんだ!言っても言っても蟲は全然信じない!またペジテのせいだって怒ってる!」


「どういうことだ?」


 大鷲凧(オルゴー)が着陸する場所をあけさせるとセリムがふわりと部屋に降りて来た。


「僕にも分からない!古きテルムの子を出せって!テルムが産まれるって言っていたのに全然分からない!」


 フラフラと機体から降りてきたセリムの腹部に血が滲んでいた。


「セリム!大丈夫か⁈」


「セリム様!」


 パズーとハクが倒れそうになるセリムを抱きかかえるように支えた。セリムの顔は床に釘付けだった。


「これ……」


 光を失った小蟲の亡骸にセリムは跪いて悼むように抱きかかえた。体液で汚れた鉛色の蟲を赤子を抱くように優しく包む全身が震えている。


「その蟲を投げ込まれた」


 顔を上げたセリムのゴーグルの向こうで青い瞳から涙が溢れゴーグルの内側を濡らした。やはりカールと似た目元。

 

「誰だ?そいつと謝りに行く。多羽蟲(ガン)はペジテのせいだと思ってる。それにまた兵器を使うって言ってる。誤解を解かないと。地下まで根こそぎ破壊するつもりだ」


「どういうことだよ?」


 アシタカよりも先にパズーが質問した。不安がでセリムよりも顔が青い。


「分からないけど怒ってるんだ!ラステルは頼んでるのに多羽蟲(ガン)が怒ってる。僕が死んで怒って、この蟲のせいで怒って、ペジテにも怒ってて、とりあえず怒ってるんだ!全部聞こえないから分からない!」


 言い終わると肩で息をしてセリムが力なくうなだれた。行かないと呟いたが、抱えている蟲の死骸にセリムの血が滴る。ずいぶん出血したようだ。何があった⁈


 ふいにアシタカに声が響いてきた。


〈テルムが産まれ死んだ。断罪する〉

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