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風詠と蟲姫  作者: 彩ぺん
二章 ペジテ戦役

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紅旗第4軍の反撃の狼煙

ホルフル蟲森でセリムが多羽蟲(ガン)から祝いの歌を贈られていた頃


ペジテ大工房北方のノアグレス平野に設営された第四軍野営地


***


ドメキア王国醜姫の紅旗飛行船(フリスト)内の司令本部室。ティダは机いっぱいにクロディア大陸地図を南北で半分に折って広げた。


「現在アシタバ蟲森から南下する蟲の群れは未だ怒りが足りないのか海上とミンス沿岸を右往左往している」


ティダは地図上に印の代わりにチェスの駒ボーンを二つトンと置いた。それから偵察飛行機ヒルデーとヴリューの報告書をシュナに渡した。司令室最奥のソファに寄りかかるシュナは腫れぼったい瞼で報告書眺めてニヤニヤと破り捨てた。よくもまああそこまで演技できるものだとティダは微笑んでみた。シュナは無視して鼻歌交じりに報告書を千切っていく。一読で記憶するという、能力があるからこそとはとても見えない。


師団長達がクスクスと笑いだす。カールが師団長達をギロリと睨みつけた。青白くなった師団長達はシュナから目を逸らした。


「俺たちはここノアグレス平野。ペジテ大工房とベルセルグ皇国のだいたい中間地点。紅旗飛行船(フリスト)で半日、馬なら二日程度だ」


ティダはクイーンの駒を置いた。クイーンの周りに一旦全部の駒を配置する。


「蟲がここから全速力で移動したとしてペジテ大工房まで四日前後。つまりこの野営地まで平均二日」


ボーンを指差してティダはノアグレス平野に置いたキングとナイトを掴んだ。


「俺がペジテ大工房へ潜入するまでに大狼で一日半。大技師に直訴してペジテ大工房を味方につけるまでの猶予は二日程度になる」


ティダはペジテ大工房の文字の上にキングをドンと置いた。それからナイトとビショップをそれぞれ別の手で掴んだ。ティダの手が塞がったのでバースが気を利かせて野営地の駒を前進させた。


「ティダ不在の間に第四軍は南下する。ギリギリ砲丸の届かない位置まで全軍共に微速移動。蟲の移動が野営地まで二時間となったら軍を三つに分ける」


ティダは野営地から南西位置にナイト、南東位置にビショップを置いた。ペジテ大工房の左翼と右翼。


「第四軍元帥カールと旧副元帥バースの謀反を偽装。紅旗飛行船(フリスト)はこの時点でカールが簒奪(さんだつ)したと第ニ軍へ報を入れる。既に計画は密告してある。ウズウズして待機している第一軍が懲罰に打って出る」


ティダはクイーンの周りのボーンをナイトとビショップに振り分けた。野営地に残ったのはクイーンとルークの駒のみ。ティダはルークを放り投げた。作戦には不在の駒だ。床の上に大理石製のチェスの駒が転がっていった。それをシュナが愉快そうに拾い上げて司令室をひょこひょこと歩き出す。


師団長達の顔を覗き込んでニヤニヤしたりルークの駒を飛行機のように動かす。シュナは完璧なる道化。この後が楽しみだとティダはほくそ笑んだ。


「更にシュナの護衛兵は霧散しろ。そう見せかけてカール軍とバース軍へ合流するんだ。カールはこの間に紅旗飛行船(フリスト)を置いてペジテ大工房を南側から半周してバース軍と合流。これで第一軍は肩透かしだ」


ティダはナイトの駒をビショップの隣に並べた。


「さて愚鈍なシュナ姫は後方から迫り来る蟲から逃げている。謀反人カールとバースを恐れてペジテ大工房へ進軍するしかない。蟲の群れ後方の第二軍にはさぞ楽しい余興だろう。命令通り無駄死にしに行く醜い妹」


ティダはクイーンの駒を進めた。おどけるようにふらふらと南下させる。


「いいか私が最も信頼する紅の騎馬隊は全力でシュナ様を守護しろ。失敗したあかつきにはカール元帥直々に首を刎ねる!カール軍へのシュナ様無血合流が最低条件だ」


それまで黙って腕を組んでいたカールが叫んだ。司令室に呼ばれている紅の騎馬隊指揮官ゼーロスと副指揮官ビアーが姿勢を正してカールへ敬礼した。師団長が気の毒にと囁きあっている。ついにカール様が上を取りに行くのか?という台詞まで聞こえてきた。カールはそれが誰だか認識したようなのに黙って聞き流した。


「シュナはペジテ大工房の砲撃をかいくぐってバース軍カール軍と南西で合流。第四軍は蟲の群れを大きく迂回して第二軍へ討て出る!兵差は倍だが油断しきってる第二軍なら叩き潰せる!」


一堂がカールの宣言に神妙な面持ちで頷いた。兵力二倍の第二軍への反旗に大手を挙げて賛成とはいかないようだ。


「これではまだ不安定だ。そこで俺の登場。ペジテ大工房への懇願は傍観だ。申し訳程度のシュナへの威嚇攻撃。そして後方から迫り来る蟲の群れには手を出させない。この戦役にペジテを参加させない」


ティダはキングを動かしてカール軍野営地へ移動させた。師団長達が少し前のめりになってティダの手を見つめる。


「可能であれば紅旗飛行船(フリスト)で第一軍をペジテの迎撃領域へ誘導する。不可能だったとしても第一軍は肩透かし。カール軍はここにはいない。それから俺は大狼で蟲の群を進む」


静かにティダの作戦説明を聞く師団長達が顔をしかめた。シュナがぐずってソファの上で軽く暴れたからだ。カールがぐずり始めたシュナの背中を優しく撫でる。


「蟲は手を出さなければ攻撃してこない。俺が群れの中から第二軍へ発砲する。恐怖で奴らは蟲へ攻撃してくるだろう。いや、させる。ペジテ大工房は蟲に手を出さない。そうするとどうだ?バース」


指名されたバースが感心したように目を大きくしている。


「第二軍は蟲に襲われます」


ティダは両手を机に大きな音を立てて置いた。


「いいか!よく覚えておけ!蟲は決して向こうからは手を出さない!恐怖に染まっても決して手を出すな!」


師団長達が嘘だろ?どういうことだ?と口々に懐疑を零した。


「祖国ベルセルグ皇国はペジテ大工房と古き血縁関係。ペジテが隠す蟲の秘密を俺は知っている!」


おお!という感嘆が沸き起こった。ティダが知っているのは蟲の性質「反撃しかしない」この一点だけだ。師団長達が簡単に騙されるのが心配になった。意外にもカールも関心したような表情だった。大丈夫か?こいつら。ティダは胸の中で舌打ちした。


「いいか。第四軍は逃亡すれば良い。目指すは手薄になった本国。国王の首を狙う。と言いたいがそれは難しいらしい」


ティダは後ろを振り返った。さあ出番だとシュナへ右腕を伸ばした。シュナはピタリとぐずるのを止めてソファからスッと立ち上がった。ニヤニヤ笑いしていた唇を真一文字に結び、ぼんやりした瞳に鋭い眼光を宿らせる。それからシュナはティダの右手をパァンと払った。可愛げのない妻の態度にティダは苦笑いした。


カールがティダを押しのけた。ティダは素直に脇に退きシュナに立ち位置を明け渡した。シュナとバース、それから紅の騎馬隊指揮官ゼーロスが誇らしげに胸を張ってシュナと横一列に並んだ。他の師団長達や騎馬隊副指揮官ビアーはぽかんと口を開けた。


「いいか!第一軍は運が良ければ潰すとして、第ニ軍に恩を売り蟲に襲われ逃げ惑う兵士を救出する!戦場をかける女神カールを求心力として第四軍を補強する!それが本作戦の目的だ!本国へ帰還し王が隙を見せたら首を刎ねる!私は本日よりドメキア王に反旗を翻す!」


声すら変わった変貌したシュナに対して部屋中にざわめきが起こった。シュナが右手を握ってその拳で叩いて大きく机を殴った。水を打ったように司令室に静寂がおとずれる。


「バース軍は先に第二軍の後方へ回り込む。カール軍は東から突撃。どうせあの豚兄(第二王子)は大軍に胡座をかいて平野いっぱいに兵を広げるはずだ。後ろと横から一気に叩いて中央制圧。豚兄(第二王子)さえ討ってしまえばいい!」


司令室は静まり返ったままだ。


「ちなみにティダの任務が成功すれば第四軍はほぼ無傷。期待しようではないか」


嫌味っぽい言い方をしてシュナはティダの肩を叩いた。ティダは軽く会釈をした。本当はため息をつきたかったが今はシュナを立てるべき時間だ。


シュナは机によじ登ると地図を両足でしっかりと踏んだ。両腕を組んで一同を見下ろす。


「謀殺されかける事108回。毒蛇の牙にかからぬ醜い姫。我が名は不死の蛇(ヴォロス)私に従えば死が避けて通る!勝利の女神を従える唯一の蛇だ!」


仁王立ちしたシュナが一同を順繰りに見据えた。シュナの隣にカールが飛び乗る。


「血塗れの戦乙女の参謀長シュナ姫を裏切れば私が地獄の果てまで追いかけよう!従う者には勝利を!報償を!権力を!あらゆる物を授けると約束しよう!英俊豪傑 (えいしゅんごうけつ)不老の蛇(ヴォロス)に心臓を捧げる者はおるか!」


ティダはシュナを引っ張って机から引き摺り下ろした。それから両腕で横抱きにすると机に飛び乗った。


「無敗神話の大狼兵士ティダ・エリニュス・ドメキアここに!」


シュナがフンッと鼻を鳴らしてティダの腕の中で狡猾な笑みを浮かべた。お前のことなど信頼していないという冷めた目線。


「血塗れの戦乙女カールは当然ここに!」


カールがティダの左足を踏みつけようと宙に浮いたのでティダはサッと足を引いた。矛先を失ったカールの足が机にぶつかり巨大な音を立てた。カールは露骨に険しい顔をしてチッと舌を鳴らした。美貌に似つかわしくない凶暴さ。ティダはこの忠犬とは仲良くなれそうもないと改めて感じた。


賢翁(けんおう)バースここに!」


バースが机の前方に進んで両腕で剣を握り剣先を天井へ向ける。


「戦乙女の盾にして剣。威風王シュナ様の忠実なる家臣ゼロースここに!」


高々と左腕で剣を掲げたゼロース。それを見てビアーが同じように剣を掲げた。師団長達は戸惑っている。


「私には燃犀之明ねんさいのめいがある!美の神が嫉妬で燃やし尽くしても消し炭にならなかった才覚がある!愚者な王子に寝返るのなら大手を振って見送るぞ!不老の蛇(ヴォロス)狂った狼(メニア)に命を預ける猛勇はもういないのか!」


シュナの怒号に師団長達が次々と剣を掲げた。


「愚か者が!」


カールが師団長の一人に飛びかかって蹴り飛ばした。それから隣の師団長を鎧義手アルフィシャルアーマーで殴りつける。


「ベズルルド!ナッカー!今回だけは見逃してやるが私がシュナ様を裏切るという侮辱を再びしてみろ!その首刎ねて豚に食わせてやる!」


カールはバースを突き飛ばして机の前方、シュナの眼下に移動した。剣の柄を両掌に当てて剣先を床に向ける。


「全員並べ!」


元帥カールの命令に師団長が整列した。そにバース、ゼロース、ビアーの三人が並んでカール、いやティダの腕の中のシュナに敬礼した。


「我が第四軍の主は誰だ!」


カールが吼えた。


「シュナ・エリニュス・ドメキア様です!」


シュナがティダの腕から降りた。ティダは机を降りてバースの隣へ並んだ。


「ベルセルグ皇国にもこのような主はいない!皆の者!幸運に喜び震えろ!」


ティダもカールに負けじと吠えた。カールが火花を散らすようにティダを睨んだ。ベルセルグ皇国には妖艶な女、ドメキアには獰猛な女。妖よりは獣の方がマシと言うものだ。ティダはシュナへ向き直った。獣よりも知恵のある猛獣の方が良い。道を外せば大狼が噛み殺してやる。


ティダの予想ではシュナは道のど真ん中しか進まない。ベルセルグの犬は誰にでも懐くがこれよりベルセルグの大狼は信念と主以外には牙を剥く。ドメキア掌握幇助の褒賞はベルセルグ皇国。必ずそこまで導いてみせる。


「打算で良い!裏切り上等!毒蛇の巣では生き様がこそ全てだ!しかし尽忠報国の働きをすれば家族ならず子々孫々へ輝く未来を約束しよう!民を虐げ搾取するドメキアの強欲蛇王(アバリーティア)に裁きを下す!我が名は不死の蛇(ヴォロス)!どんな毒も食らい生き残る!」


高らかに宣言したシュナにその場にいる全員が跪いて首を差し出した。


こうして愚鈍な醜姫はこの日死んだ。

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