血塗れの戦乙女カールの軌跡と毒蛇の巣
主のシュナの寝室への扉は夜が明けても開かない。カールは激しい怒りで一度も睡魔を感じなかった。ティダにいとも簡単に気絶させられたバースとガルがうとうととする度に睨みつけ、頬を殴ったが鬱憤は晴れない。
「心の中では見下しているのだろう。」
冷ややかなティダの黒い瞳と吐き捨てられた台詞が浮かぶたびにカールの怒りを再燃させた。人生最大の侮辱にはらわたが煮えくり返る。二十八年の年月の間が過ぎて、誰よりもシュナを慕っているのは自分だ。それをあの策士め。尻尾を出させて必ず首を刎ねてやる。
ドメキア王国王位継承位第四番目シュナ・エリニュス・ドメキア。彼女の生きる道は険しく過酷だ。シュナは醜く産まれ地下室でひっそりと育った。侍女兼任毒味役として買われたカールはシュナが赤ん坊の時から傍にいる。
金で買われた奴隷。カールがまだ物心ついたばかり、三歳の時だ。それ以前の記憶はない。粗末な服に質素な食事。腹が減って仕方がなく、口にした物で時に命を落としかけた。しかしそれはシュナも同じだった。姫として産まれるもその醜さで半幽閉された日陰者。
母親である第一王妃ナーナは醜い我が子をきちんと愛し、シュナに教養を与えた。ナーナはカールにも同じように教育を施した。今は打算であると理解している。陰謀渦巻くドメキア城で生き抜く為の味方は多いに越したことはない。カールはシュナと共に穏やかな幼少期を過ごせた。
人生で最も安らいだ期間。
母親の愛を受け、慈愛が育った結果シュナもカールを丁重に扱った。他の従者がカールを虐げれば庇い、シュナの代わりに毒味で倒れるカールを甲斐甲斐しく世話した。
幸福は続かない。愛人との間に醜い化物を産んだとして第一王妃ナーナが突如斬首刑となった。愛人と共に。シュナ五つの時である。他の三人の王子より遥かに聡明であったシュナを恐れた、第ニ王妃の計略。ナーナは僅かな信頼できる者にシュナを託した。ナーナの古くからの従者メルビン、護衛にして本物の愛人ラーハルト、そしてシュナ。
「いつか必ず母の無念を晴らす。」
シュナの絶望はカールの絶望。シュナの目的はカールの目的。母親の死をきっかけに気違いを演じることで身を守ることにしたシュナをカールは守り抜いて、必ず玉座へと連れて行く。
侮蔑も中傷も暴力もシュナの仮面を剥がしはしなかった。謀殺未遂は五十回以上。ようやく迎えた十六歳生誕祭、成人の儀に伴い法律に従いシュナにも国軍が与えられた。飾りであろうと権力と戦力。シュナがあらゆる知識を貪って待ちに待っていた瞬間。反撃の第一歩。
最初の任務は東部のグルド帝国との国境線沿いで勃発していた、第三軍とグルド帝国との戦闘支援。久々に国境線が動くかもしれないという大事な戦。
紅旗の国境線戦、奇跡の初陣と名付けられた戦い。
シュナとカールの初陣。
カールはシュナに与えられる予定の第四軍での己の地位を確保する為に、何でもしてきていた。貴族に媚を売り、他の王子に愛想を振りまき、シュナの世話人として振る舞い、時に主を侮辱し、時には殴ってみせた。どれもこれも全てシュナの指示。愚図でイかれた醜姫の飼主として振る舞い、指揮官の補佐になる為。シュナの代わりに四軍へ指示を与えるため。シュナは反対したがカールはラーハルトを教師に密かに体を鍛え、剣技を磨き、馬を乗りこなした。
第四軍は奴隷上がりの弱者やならず者、はみ出し者の寄せ集めだった。碌な鍛錬期間もなく早々に戦を強要された有象無象。老兵にして元軍師メルビンが何とか士気を高めて戦場へは赴いたが、いつ飛散してもおかしくない軍とは呼べない集団。
先頭を行く第三軍の半数、次に中軍として第四軍、下軍は残りの第三軍。戦力は圧倒的にドメキア王国が多くグルドは撤退の様相であった。
しかし上軍が突如撤退した。先陣に投げ出された中軍。早々に第四軍とシュナを抹殺しようというのだ。分かりやすく単純だが、良い策略だった。言い訳は何とでも思いつく。軍とも呼べない四軍はグルド軍に敗れる可能性が高い。疲弊し勝利に高揚すらグルド軍を第三軍の数で圧殺する。四軍が逃げれば敵前逃亡と処刑する。誰でも考えそうな策だ。
「当然ね。カール。私の代わりに群を鼓舞しなさい。そして戦いなさい。生きる為に進みます。」
メルビンと共に馬に乗っていたシュナは全く動揺していなかった。凛とした佇まいは神々しかった。一方カールは震え、怯えていた。シュナは常に死と隣り合わせだった。カールも同じだったはずなのに。この瞬間己を酷く恥じシュナへの尊敬がより強まった。
シュナが用意していた第四軍の軍旗。血のような紅に染め上げ、国紋の反目する双頭竜を槍で貫く紅旗。シュナの決意。
カールは怯み、今にも離散しそうな四軍に向かって吠えた。
「我らは貧乏くじだ!」
「弱者だ!」
「しかしそれで良いのか!」
「逃げれば第三軍に謀反と虐殺され、進めばグルドの蛮人に残虐の限りを与えられる!」
「だが進軍の方がマシだ!生き延びたければ進め!」
「仮にも国軍!手柄を得れば一気に金も名誉も何もかも手に入る!」
「この世は不公平だ!」
「踏みにじられて満足するな!」
「お前達に幸運の女神が微笑んでいる!」
「成り上がれ!」
「戦乙女と共に血に塗れるのならば至福を与えよう!」
「弱者に甘んじるな!」
「未来を掴め!」
「打算で良い!後からで良い!必ず続け!」
「この戦乙女カールが望むもの全てくれてやる!」
はったりの宣言を叫び終わると、カールは震える体で馬を蹴り先陣を切ってグルド軍へと突撃した。この時カールは初めて人間の首を刎ねた。けれどもそれで震えが止まった。
ドメキア軍の多さに怯んでいたグルド軍は腰抜けだった。撤退準備すらしていた小さな歩兵軍。カールとラーハルトとその部下少数の騎馬隊ですら圧倒可能だった。一度勝機が見えれば他の兵士も続く。そうすれば数で自然と勝機が見えてくる。四軍は結束した。
グルド軍は撤退宣言をしたが、そこに当然のように第三軍が手柄を横取りに戻ってきた。戦の掟を破りグルド軍を追う。第四軍は素直に退いた。正確にはシュナが不平不満を言う兵士に阿呆の様に泣き叫んで帰ると泣きじゃくった。主が下がるのに留まることは許されない。
カールだけがシュナの指示に逆らった。
紅旗をマスク代わりにし、禁足地ロトワ蟲森の植物陰から第三王子ターラを弓矢で射抜いた。額中央を見事に撃ち抜いた時の、ターラの間抜けな面は今でも酒の肴になる。同時に己のその愚行が招いた悲惨な結果に怒りが湧く。
この日カールは戦場の誰よりも返り血を浴びて、全身真っ赤に染まっていた。
高揚していた。
滾る感情を抑えられなかった。
シュナに名誉を、まずは第三軍を潰せ。
腰抜けの第一軍と残忍だが思慮深い第二軍とは異なり、卑劣だが勇猛な第三王子ターラは目障りだった。殺せる時に殺しておきたかった。
戦闘知識ばかり増やしていたカールは蟲を見くびっていた。
蟲森で小柄な丸い蟲を捕まえて弓矢で突き刺し、第三軍先陣へと放り投げた。思惑通り蟲の群れに第三軍は呑まれた。
してやった。
作戦成功の悦に浸ったせいでカールの判断は遅れた。カールは逃げそびれた。予想よりも早い羽の生えた蟲の飛行速度に馬が追いつかれ、右前腕を噛み砕かれた。馬が蟲の体当たりで吹き飛ばされ、痛みで踠いているところを今度は左足首から先を食われた。
ラーハルトがその蟲を殺しカールを拾いあげた。
朦朧とする意識の向こう、全速力で走る馬に揺られて薄れゆく意識の先、真紅の大量の目が人間を蹂躙していた。カールがもたらした地獄絵図。もう平穏だとか平和や安寧には戻れないと思った。
意識を取り戻したのはそれから三日後、ナーナ王妃の故郷ペジテ大工房内の病院だった。シュナとメルビンが手配してカールは人体実験被験者になる代わりに命を救われていた。
体力が戻りかけるとハリボテではない義手と義足の手術を受けさせられた。それが実験だった。壮絶な痛みの寄せては返す波に一月以上悪夢を味わった。昼も夜も痛みに嘔吐し、高熱に魘され死にかけた。
常に蟲の羽音と、体を噛み砕かれた音が幻聴として襲ってきた。眠れば夢に大量の赤い目が現れてカールを睨んだ。
自分の愚かさを呪った。そして世界の頂点に君臨する蟲もいつか引きずり下ろしてやろうと思った。シュナの為ではない。この苦しみへの復讐。そしてカールの大事な手足、シュナを守るための道具を奪った蟲を決して許さない。力を得て蟲ごと森を焼き払ってやる。
ある日突然嘘のように痛みが引いた。他の被験者は何十人と死んだらしい。カールは執念で生き残ったのだと思った。手入れは必要だが、カールは自由に動く手足を取り戻した。
シュナはこの間に密かにペジテへの協力者として盟約を交わしていた。ドメキア王国は長年ペジテ大工房を狙い、その大技術を欲している。ナーナ王妃の輿入れも互いの牽制だった。
ナーナ王妃を失い国内に賛同者の乏しかったシュナと、外界とは断絶し不可侵を掲げるペジテ。いつ、どのように盟約を交わしたのかカールは知らない。しかしあっさりと決まっただろう。そのおかげでカールは地獄へ落ちずに生き残った。おまけにペジテで暮らせるように手配されていた。
シュナはカールを奴隷としてではなく家族として扱い、道具として切り捨てずに命を救った。そして穏やかに生きれる場所さえ提供した。だからこの命尽きるまでシュナの為に燃やし続ける。
カールはシュナの反対を押し切って帰国した。メルビンは喜んでくれた。そしてメルビンはペジテ大工房との密通者として首を吊られた。それがメルビンのシュナへの最後の忠義だった。年老いて耄碌が始まっていたメルビンの望んだ最後。カールという被験者の経過報告が途絶えればペジテが戦を起こすという偽りでカールを守った。カールにシュナを託した、カールの命の恩人。祖父と孫程の差があった盟友。
もう1人の盟友ラーハルトはカール不在中に第四軍を第一軍や第二軍にも劣らない軍隊に育て上げた。カールが帰郷すると以前より厳しく鍛えられた。裏でカールを何度も負かすのに、公の鍛錬ではカールを引き立てる為に負けてみせ、戦場では常にカールを立て、手柄をあげさせ、カールを第四軍の頂点へと押し上げた。
ラーハルトはシュナにもありったけの知識を与え真の王となれるように指南した。彼の身体はカールを助けた際に蟲につけられた傷から入った胞子毒に蝕まれていた。そして紅旗の奇跡の初陣から僅か一年後、ついに永眠した。
愛した女が愛した娘の為に、他の男との子でも、焼け付くような嫉妬に焦げても、愛する女の死への悲痛さえも隠して生きた男。
愛とはそういうものだ。
軽々しく口にするものではない。
だからティダの言葉の全てに虫酸が走る。
紅旗の国境戦からもうすぐ10年。シュナには自分しかいない。魑魅魍魎が跋扈するこの世界でカールしか寄る辺がない。メルビンとラーハルトが残した護衛親衛隊はそこそこ信頼出来るが、いつ裏切るか分かったもんじゃない。ナーナ王妃と2人の盟友の為にもカールはシュナを必ずや王へと導いてみせる。
「カール様そろそろお休みになられては?」
何度かカールに殴られているせいで左頬を真っ赤にしているガルが恐る恐る口を開いた。カールは睨みつけた。
「婿殿が出て来るまで私はここにいる。何度も言わせるな。先に行け。」
「あの今頃シュナ様は。」
「ガル黙れ。殺されていたら私はあの男の首を刎ねる。ついでにこの城も焼き尽くして自決する。」
ガルが口を噤んだ。バースは俯いて黙り込んでいる。紅旗の国境戦からカールを見ているバースはこれが本気だと知っている。まだ若いガルは萎縮しているが、俯いてはいてもバースは涼しい表情だ。
「ガル先に休め。」
気遣いだと言うようにバースがガルへ微笑んだ。カールはガルを顎で行けと促した。ガルが一目散に去って行く。
「私はお伴しますよ。どこまでも」
「城が燃えればお前の一族も路頭に迷うぞ」
「土地と田畑さえあれば生きていけます」
何故か兵士の一部はカールに忠実だ。紅旗騎士団隊長ゼロースと護衛親衛隊隊長バースはその筆頭。都合が良いから放っておくがその理由が理解出来ない。戦場を駆け抜け、血を浴びて、殺し、シュナの為に軍を鍛えてきた。暴言を吐き、殴りつけ、兵士に優しくしたことなど一度もない。それなのに。ふいに聞きたくなった。
「何故だ」
「はい?」
「何故私に従う。この小娘に。血塗れの鬼の化身に」
バースが目を丸めた。それから背筋を伸ばしてカールに敬礼した。カールの父親程の年のどちらかというと老兵。シュナの護衛として残された数少ないメルビンの部下。ラーハルトの元指南役。戦力的には弱いが求心力的には目を瞑るしかない。
「美しいからです。その忠誠心。恐ろしいのに惹かれる。見目の麗しさも拍車をかけていますよ。誰よりも真っ先に戦場へ飛び出す勇猛果敢さ。皆はそうでしょう」
「皆はね。お前は?」
「聡明な姫こそこの国に相応しい。我が一族子々孫々まで生き残るには玉座に相応しい者が必要です。このままでは国は滅ぶ」
「知っていたのか。シュナ様のこと。メルビンから託されたか」
「いえ。私はメルビン様が代わりに生かしたカールという娘が生きるに値しなければ葬ろうと思っていました」
「生きる価値があったか。私に」
カールは挑発的にバースの頬を撫でた。バースは眉毛一つ動かさない。
「ラーハルトの死後。貴方の数々の戦略は申し訳ないが、争いに熱して我を忘れかける貴方の知恵とは思えず覗き見しました。もう何年も前です」
「そうか」
思わぬ拾い物にカールは考えてみたが、シュナに話をする方が利益が大きいだろうか。
「私は賢く忠義に厚い者だけを誘導してきました。公にしたことはありませんが賢い者は感じていますよ。我らが主の真の姿」
「護衛親衛隊を私はそれなりに信頼していた。それがお前の計略か。見事なりバース殿」
カールはバースに敬礼を返した。
「貴方方は孤軍ではない。我らが四軍の主として光栄すぎる程立派な主人です。シュナ様が密かに民に施しを与えているのも知っています」
「それは知らなかった。まあいい。なら尽くせ。殺せ。亡骸の頂点に穢れなきままシュナ様の頭上に王冠を乗せる。使えなければ切り捨てる!」
「必ずや地下暗闇より我らが主を天上へ!」
カールは胸の中で鼻を鳴らした。安安と信じる気は無い。ここは毒蛇の巣。張り巡らされた陰謀に気がつかなければ、噛み喰らわれる。バースもカールの疑惑を感じても否定はしない。この城で言葉など無意味。全て生き様で示すしかない。
「それで婿殿の様子は伺わなくても?」
「殺されはしない。むしろ殺さない。だから時期出て来る筈だ。しばらく泳がす」
シュナを手篭めにして何かなすつもりなのは見え見えだ。ハイエナから産まれた犬皇子。誰が言い出した。野心に満ちた瞳は隠れていない。ドメキアを乗っ取るか、四軍を使って祖国へ返り咲く。大方そんなところだろう。シュナは醜い。しかしだからこそ本物の愛を知っている。偽りに騙されるような柔な心は持っていない。手篭めにしようなど浅はかで愚かな傲慢をへし折ってやる。
精神的にも物理的にも。
ーー心の中では見下しているのだろう
またティダの言葉を思い出してカールは舌打ちした。ティダが不審なそぶりを見せたらすぐに首を刎ねてやる。
何を知っている。
何が分かる。
ここは毒蛇の巣。
生き様がこそ全て。
***
夜が明けて日も高くなり過ぎた頃にようやくティダが扉を開けた。上半身裸で生欠伸をしながらカールを見て苦笑した。
「ずっといたのか。忠犬」
「これ以上出て来なければ様子を見るところだった。シュナ様はどこだ?」
半分開けられた扉の向こう、ソファに腰掛けるシュナの姿にカールは安堵した。それを知られないようにティダを睨んだ。
「怖い怖い。シュナならそこで本を読んでいる。話が弾んでな。あんな賢い女はベルセルグの皇居にはいなかった」
「黙れ!」
バースしか居ないがいつ誰が聞き耳を立てているか分からない。カールはティダの口を掌で覆った。
「っ痛!」
横殴りにされてカールはよろめいた。
「名をあげるんだろう。偽りの愚鈍な醜姫は終わりだ。なんだそこの兵士は知っているのか?」
バースが槍を構えるより早くティダがカールを羽交い締めにして喉元に短剣の刃を当てた。一瞬見えた短剣はシュナの護身刀だった。
「間も無く行われるペジテ大工房襲撃。愛し合う夫婦の共同戦線として栄光への第一歩!四軍は今日から俺の指揮下で働いてもらう。その為に最高指揮官カールには犠牲になってもらうってな」
カールがシュナを見ると済まなそうに大きく頷いた。シュナはこれ以上カールを付き合わせる気がない。逃げろと言うのだ。この毒蛇の巣から。自分は得体の知れない男と手を組んで、戦争の隙に国家転覆を図るつもりだ。
「私も戦う!いくらシュナ様とてこの命令は聞かぬ!今更平穏など欲しくはない!生かされる苦痛より死を選ぶ!この男の配下としてで構わない!シュナ様私は手足捥げようと戦場に舞い戻る!」
シュナが大きく首を横に振った。ティダがカールを離して突き飛ばした。それからシュナに向かって。肩を竦めた。
「おいシュナ。折角お前に騙されてやろうかと思ったが無駄だ。無駄。諦めろ」
「分かっていたの?」
「勘だ。計画を話した時のシュナの顔。逃がしてやるつもりだったのだろう?」
一晩で一気に親しくなったような雰囲気が妬ましくて、カールは立ち上がるとティダを殴りつけた。避けれるのにティダはわざと殴られた様に見えた。カールはティダに馬乗りになって拳を振り上げた。
「カール!止めなさい!」
カールを裏切るなどシュナは決してしない。もしそんな事があっても全てカールの為だ。シュナの考えは手に取るように分かる。国家転覆の狼煙を上げるのに際してカールを争いから遠ざかるつもりだったのだろう。処刑など偽り、逃がすつもりだった。何故それが分かる。つい昨日シュナと会ったばかりで何故だ?
「カール」
ティダが真摯な表情でカールを見上げる。
「俺は争いを止めたい。被害を最低限にする。この国へ追いやられたおかげで幸運にも良い妻を手に入れた。賢く軍事力がある」
「先程とは真逆の戯言を。詐欺師め」
カールの振り上げている腕をシュナが両手で抑えた。
「間も無くペジテは蟲の襲撃を受ける。罪のない者が大勢命を落とす。シュナも同意した」
蟲に滅ぼされた三軍の惨劇が蘇る。手を引いたのはカールだ。同じ手でもっと大規模な破壊を行うというのか。毒蛇とハイエナは。驚きでカールはシュナへと顔を向けた。
「シュナ。猿芝居は辞めて真実を語れ!この女は逃がせない。共に火に飛び込ませるしかない」
「カール。共に骸の道を歩まなくて良いのよ。私はもう大丈夫。四軍に私の賛同者も育った。計算外だけど不思議な夫も得た」
シュナがカール腕を離して、膝をついた。それからカールを優しく抱き締める。
「逃げて。私のために」
「拐かされたんですね」
「違うわ」
「どちらでもいい。私は死ぬまで貴女から離れない。世界を焼き尽くせというのなら滅ぼし、世界を救えというなら英雄にもなる。逃がしたいならその手で絞め殺せ」
シュナがほろほろと泣いた。カールはその震える背中を撫でた。
「おいティダ!お前の全てが虚像だと判断したら首を刎ねてやる!シュナ様を極楽浄土へ導かなければ死よりも恐ろしい目に合わせてやる!しばらく見届けてやろう!」
ティダがシュナとカールの下で困ったように笑った。
「俺は裏切りが1番嫌いだ。誓った通り愛し抜くさ。やっと真実の情も知れた。見習うよ」
何が本心なのかさっぱり分からない白々しい男。
ここは毒蛇の巣。
生き様こそ全て。
生き抜けるかは神のみぞ知る。
どちらかの息の根が止まるまで見届けてやろうではないか。
カールは高笑いを響かせた。




