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風詠と蟲姫  作者: 彩ぺん
序章

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35/316

友の杯

長らく拮抗状態が続いた大陸情勢も今は不安定。北部は広範囲の不作で飢饉にあえぎ、生活苦を打開すべくグルド第2国帝国とエルバ連合筆頭ボブルは一触即発状態。


 西部ベルセルクが東方へ進軍しボブル国を侵略しようという気配もある。エルバからの書簡に記されたその不吉な知らせにユパは頭を悩ませた。


 近年稀にみる大豊作で喜びに満ちる国内との温度差。食糧支援で凌げるという安堵はあったものの、盟約では同盟の証として必ず王族を戦場へ送り出さなければならない。誰かはもう決まっている。だから、残り少ないレストニアでの暮らしに口は出さない。


「会わせたい人がいる。収穫祭に招待したい」


 自覚のない、熱気のこもった目に胸が酷く痛んだ。家族をまだ作らぬ末弟に残す者がない事、それが唯一の救いでもあったというのに。


 そもそも、20歳以上離れた異母弟はユパにとって息子も同然だった。子は全て流れ、妻も先に逝ってしまった。だからこそ己が戦地へという気持ちは、父ジークによりセリムが戦地へと決定された今も変わらない。


 しかし、まだ8つになったばかりのカイと弟クワトロでこの国を守っていけるかという問いに、ユパは解答を出せない。だからこそ反対が出来ず、ついにはエルバ連合へセリムを紹介する収穫祭がやってきてしまった。もう後戻りはできない。


 そこに予想しなかった報があった。


 大工房ペジテ


 国交のない西方に位置する、鎖国している技術大街。アスベルから渡された手紙に記されていたのは親交の意思だった。


 巨大飛行船に帆船、古代遺跡から採掘される数々の物資。この小国相手に何故、猜疑心は仲介のアスベルによって緩和はされど、完全には消えはしない。


 王間に同席してもらったアスベルが扉を開くと、まだあどけなさの残る青年が緊張した面持ちを浮かべていた。黄色がかった肌に烏羽色の髪と瞳は、近隣国では見られない、ユパが一度も見たことのない容姿。手足はあまり長くなく、どちらかというとずんぐりしていて熊を思わせる。背は低くはないが決して高くもない。凛々しい太めの眉毛に切れ長の涼しげな目元からは、意志の強さを感じさせられた。


 前で合わせたた白い装束、内側に重ねている服のうち1枚は帷子のようだ。身軽そうな足元は薄いズボンと靴が一体化しているのか別々なのか分からない漆黒で、皮を足首から脛にかけて巻いている。


 容姿も服装も全く違うが、纏う雰囲気がセリムに良く似ていた。緊張しているが、好奇に満ちている。アスベルが世話になったというのも、おそらくはその逆だろう。


「ペジテ大工房より参りました、議会議員にしてペジテ大技師の息子アシタカと申します。このたびは急な来訪にも関わらず歓迎ありがたく、まず礼を述べさせてください」


 一歩踏み入れてアシタカは深々と頭を下げた。丸腰だという事に気が付き、ユパは椅子から立ち上がってサイドテーブルに置いていた短剣と銃を、脇の寝台でじっとアシタカを観察するジークへと渡した。


「遠慮はるばる良くいらっしゃいました。エルバの盟友崖の国レストニアのユパと申します」


「新王ユパ様と古王ジーク様のお話はアスベル様から聞いております」


 ユパは絨毯に腰を下ろし、アシタカを促した。躊躇うことなくアシタカもユパの前に座った。


 足腰はもう役に立たないが、ジークの腕はいつでもアスベルの頭を打ちぬくことが出来る。


 それでもアシタカはちらりとジークを見ただけで、ユパと目線を合わせた。どことなく余裕のある様子に、つい笑みが零れた。


「気に入った」


 立膝にしていた足を胡坐に組み変えてユパは膝を叩いた。アシタカがポカンと口を開けた。父親も同じなのだろう、王間にユパとジークの笑い声が響く。


「アスベルからペジテの話は良く聞いている。十中八九、貴方が訪れるだろうということもな。しかし若造よ、無鉄砲も良いが己を大事にしなされ」


「心に留め置きます」


「大方、交渉が決裂し帰国にならなければ武力行使も辞さないといったところだろう。未来ある若者を駒に使うとはあまり心象は良くない」


「そんなつもりはありません。私が志願したのです」


「印象の問題だよ。それから懐の獲物はもう少しうまく隠すと良い」


 何もかも見透かされている事に、アシタカは苦笑を浮かべた。胸元から出したのは筒だった。おそらく吹き矢であろう。ジークが豪快に笑い、目元に皺を寄せた。おそらくユパも酷似した表情を浮かべているのかもしれない。アシタカが縋るようにアスベルを見た。先ほどまでの凛々しい姿はどこへやら、年相応の幼さが顔をのぞかせる。アスベルも笑いを堪えていたようで、口を隠す髭が小刻みに震えている。


「アスベル先生まで。困ったな、こんなつもりでは無かったのだけれど。迎えに来てくれたセリム王子といい、民といい、一大決心だったのに、ここまで肩すかしを食らうとは夢にも思っていませんでした」


「相手は己の鏡だ。誇ると良い。そなたは良い面構えをしておる。正直国友とはいえ、攻め入られればこの小国など吹き飛ぶような大都市からの親交要求。こちらも崖から飛び降りる覚悟だった。目に飛び込んできた者がそなたのような人物だったというだけで、随分気が楽になった」


「ありがとうございます」


 辟易した様子を隠す事もなく、アシタカは鼻の頭を掻いてもう一度苦笑いした。


「さて、単刀直入に話そう、我がレストニアは近々戦役に参加せねばならぬ。ペジテが有事の際に駆け付ける国力も、手段も持たぬ。そもそも大陸一の軍事力持つ大国に支援などいるのか?」


「我が国は防衛のみを大地の神々に誓いを立てた民。いざという時に滅びるまで抵抗することも辞さない。けれどもやはり人の命は最優先。逃げられる者は、特に未来を担う女子供は巻き添えにしたくない。いざという時に暮らせる場所が、受け入れてくれる者が必要なのです。毒蛇とハイエナが手を組み、睨まれ、市民に不安が溢れている。人が生きれる土地は少ない。アスベル様より、このレストニアは天然要塞に加え、長年培ってきた叡智と天候学で繁栄してきたと聞いております。しかし蟲森からの毒によって、なかなか子供は育たず、女も出産で命を落とすとも聞いています」


「移民を受け入れる気概は持つ国民だ。しかし見ての通りこれだけ容姿も文化も違う。ペジテの避難民がこの国を受け入れられるとお思いか?」


「争いを好まぬ市民です。土の神に誓って」


「繁栄といっても、何とか過酷な暮らしに耐えてきただけだ。今年は大豊作に恵まれたとはいえ、それも非常に珍しい」


「代わりに貴国が望むものは先に提供いたします。戦争となればそれなりに物資も必要でしょう。それに大都市ペジテの有する巨大飛行船も帆船も、古文書から超科学技術もあらゆる資産は避難民に託される」


「反目しあった際には、この崖の国の民が滅びるという訳だ」


「そんなことは!」


「ペジテは王を持たぬ国と聞く。いざという時に誰が孤独と恐怖に支配された避難民を纏め上げる?暴走を諌める?中立として防波堤となる?」


 熟考するようにアシタカは腕を組んで唸った。故郷の人物を思い浮かべているのだろう。


「戦陣の先頭に立たずに、そなたが民を導け」


 意外そうな顔つきでアシタカが面を上げて、黒曜石のような瞳でユパを見つめた。


「気に入ったと言ったであろう。我が国がペジテの避難民を受け入れるのはアシタカ殿、そなたの姿を確認した時だ。大々的に同盟となると情勢的に不安要素も増える。戦争支援はいらぬ。下手に軍事力を有すると敵の牙が崖まで及ぶからな。エルバ連合の中でも無いに等しい立場も失われ、より支援活動を要求されるだろう。個人的な友として、助けを乞うといい」


「そのような権限を私が持てるか。まずはペジテに帰還し――……」


「なら交渉は決裂だ。覚悟の無い者に未来は託さぬ」


 言葉を遮り、ユパは立ち上がった。ジークから短剣を受け取ると、鞘から引き出してアシタカへ切っ先を向けた。


「惑い、陰鬱となった流浪の民を率いて他国と渡り合うのだろう。遠路はるばる、命を民に捧げる覚悟で故郷を経ったその勇気に心動かされた。これより後続として訪れる者を本当の意味で信用など出来ん。疑心は抗争の火種となる」


 無言で立ち上がったアシタカの拳は強く握られている。煽ってもこちらの思う通りには口を割らない。予想通り、賢明だ。追い詰められたこの勇敢で聡明な青年が、どうするのか興味深い。ユパはじっとそれを待った。


「貴方は王、いや統率者だ。こうして掌で踊らされている。対等な友など議会も市民も納得、信用しない。私には荷が重い」


「ふむ、それが答えか」


 言葉とは裏腹にアシタカの目に決意の光が満ちている。ますます気に入ったとユパが心の中でほくそ笑んだ。


「迎えにきたセリム王子となら」


「ほう」


「大工房ペジテは彼を外交窓口とします。私は、彼と友の杯を交わしたい。誓いを立てましょう」


 アスベルからアシタカという青年について話を聞いてから、セリムと気が合うだろうという予感があった。わざわざセリムにペジテからの使者を迎えに行かせたのも、アシタカが来るだろうというアスベルの予想があったからだ。同じ師を持つ兄弟弟子。例え本人たちは知らなくとも押しかけ弟子同士、根底に似たものを感じているとアスベルは言っていた。


 対面してみて、それは確信となった。本人としては考えがあって慎重に振る舞っているつもりでも、そうではない。無鉄砲で無防備で、危なげで、それが故にするりと懐に入ってくる。自分をまず犠牲にして道を切り開く、そうゆう男。本当の意味で人を疑う事を知らない、性善を性根に有し、非道にはなれないだろう。


「我が弟は戦役へ召集されれば、この国を去る。そう遠くない」


 驚いたように目を見開いたが、アシタカはすぐに動揺を隠した。


「友の不在に、杯を交わした友人が支援に馳せ参じる。こちらからの支援が必要となった時に名目として使えますよ。彼を本国に一度招いてもよろしいでしょうか」


「承知した。」


 ユパは鞘に短剣を治めるとアシタカに放った。慌てた様子でそれを受け取ると、アシタカは短剣をグッと握りしめた。


「ミト、セリムを連れて来てほしい」


「セリム様なら壁に耳をつけているでしょうから、勝手に来ますよ。ほら」


 トントンとノッカーが扉を叩く音がした。ミトがゆっくり扉を開くと、やはりそこにはセリムの姿があった。


「全く、困ったものだ」


「新王、ユパ様」


 まだ兵役については伝えていなかったので、セリムは戸惑ったような表情をしていた。


「盗み聞きしていたのであろう。ハクは何をしていたのか」


「僕が勝手に。ハクは悪くありません」


「誰も彼もお前を甘やかす。セリム、客人を寝室へ案内しなさい。兵役の話は予想もつくだろうし、そもそも可能性示唆の段階で正式ではない。滞在期間、彼の世話は予定通りお前に任せる。ペジテとの外交交渉も全任する。くれぐれも粗相のないように」


「はい」


 セリムは納得はしても、何か言いたげな表情だったが大人しく引き下がった。アシタカが叱られたセリムに向ける目は、クロトワやケチャと同じもののようだった。セリムは短期間でよくもまあ人の心と掴むと、感心する。まだまだ幼さが目立つ、頼りなげな弟が戦場で生き残れるのかと不安も掻き立てられた。


「アシタカ殿、長距離な上に、ホルフル蟲森や砂漠に山脈を越えるという旅は危険であっただろう。しかしそれを成し遂げるまずは休まれると良い。」


「ありがとうございます」


 ミトが二人を連れて王間を去った。ほっと胸をなでおろし、ユパは玉座に腰を下ろした。


「未来が楽しみな青年だのう。それをみすみす先陣切らすとはペジテという都市は大丈夫なのか」


「おそらく大反対を押し切ってきたのでしょう。そういう子です。ジーク、やはりセリムを?」


「アスベル、私も惜しい。まあ今回の件がきっかけで、仮にエルバ連合軍に参戦しなくともペジテに何かあれば飛んでいくだろうな。既に気心知れていそうだ。アスベルの見る目は確かだったという訳だ」


「買い被り過ぎだジーク、アシタカに関してはまあその通りだろう」


「父上、収穫祭でのエルバ連合との会食はあの二人は抜きにします」


「次から次へと問題がなだれ込んでくるな。ユパ、先ほどのようにしっかり頼むぞ。アスベルも力添えを是非。」


 3人は顔を見合わせて、無言で頷いた。


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